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王子様の憂鬱
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ロマリエ国、城下町――
城の大門からまっすぐ南北に延びる大通りの裏の裏の、さらに裏。細い路地裏を進み、小さな商店の建ち並ぶ細い通りの中の、人一人通れるかどうかという目立たない道を行った先の行き止まりに、雑貨屋『気分屋』はある。
その名の通り、店が開くのは店主の気分次第。いつもは店の木戸にはクローズの文字。店が開くのは、多くても週に一、二度、開かないときは一月以上も閉まったままという、実にやる気のない店だった。
しかし、売っているものはほかの店ではお目にかかることのない珍しいものばかりで、最近密かに人気を呼んでいる店である。
さて、その『気分屋』の中である。
「ふわああああああ」
実に二週間ぶりに店の扉にオープンの看板をかけると、小さな店内のカウンターに座って、『気分屋』の店主であるメリーエル・フォーンは、大きな口をあけて欠伸をした。
店には、怪しげな石や壺、アクセサリーがぽつぽつと並んでいるが、この店で一番人気なのは不定期におかれる「不思議な薬」である。
おかれる時期によって効果の違うその「不思議な薬」は、店の奥にあるカウンターのすぐわきにある戸棚におかれて、厳重に鍵がかけられていた。
(売るものがないから、とりあえず、この前禿げさせちゃったユリウスの髪を治すために作った毛生え薬の残りを持って来けど、だぁれも来ないわ)
顔を隠すために目深にかぶった外套のフードをいじりながら、メリーエルはつまらなそうにもう一つ欠伸。
国境付近の山奥に、ユリウスが建てた邸で勝手に暮らしているとは言え、食費やその他もろもろに先立つものは必要だ。
魔法薬はそれなりにいいお金になるものの、ユリウスはさすが王子様とだけあって、食費をケチって節約するなんてことは当然知らない。
なんだかんだとエンゲル係数が高めなので、気がついた時にはあったはずのお金が無くなっている。
今回も、気がついた時にはお金は底をついており、ユリウスから「そろそろパンを買う金がないぞ」と言われて、メリーエルは慌てる羽目になった。
(だいたいね、せめてもう少し早く言いなさいよね。まあ、前回のダイエット薬は失敗して全然稼ぎにならなかったけど、だからってねぇ)
どうしても困ったら、ユリウスの首に「お金をください」と札をかけて道に立たせておけば、気前のいいお金持ちのおばさまたちがお金をくれるのではないかと思うのだが、あの矜持の高いユリウスが是と言うはずもない。
「せっかくステーキ楽しみにしてたのに、お金がないからまた今度なんてひどすぎる……」
メリーエルは近くにあった、よくわからない壺をぺしっと叩いた。これ自体には全く魔法の効果なんてなく、メリーエルが魔法薬の材料を探しに山の中を歩いていた時に、打ち捨てられていたのだ。なんとなく見た目が怪しそうだったので、飾っておけば物好きが買うのではないかと思ったのだが、誰も買ってくれない。
メリーエルは本来ならばステーキだった今晩の夕食を思って、がっくりとうなだれた。買い物に出たユリウスが、思ったより肉が高くて買えなかったと言って魚の干物を買ってきたのを見たときは口から魂が抜け落ちそうになった。
「あー、誰か来ないかなぁ。肉食べたい肉ぅ」
メリーエルが、そうつぶやいたときだった。
木戸の上につけていた小さな鈴がカランと鳴って、メリーエルはハッと振り返った。
客かと喜んだメリーエルだったが、入ってきた男を見て思わず嘆息する。艶々と光る黒髪がふっさふさの若い男だ。全然毛生え薬を必要としていそうにない。
(ちっ、どうせ来るなら額が後退しているおじさんがいいのに。頭頂が光っているおじさんでもいいわ)
内心で毒づきながらも、メリーエルは「いらっしゃいませ」と男に声をかける。
なかなか目鼻立ちの整った男だ。
髪は短めで、背が高い。顔立ちは精悍だが、目尻が少しだけ下がっているからだろうか、少し甘めの印象だ。
(なんか、どこかで見たような……)
ユリウスやアロウンほどではないが、なかなか美形の部類に入るだろう男の顔をまじまじと見つめて、メリーエルは首をひねる。なんとなくどこかで見たことがあるような気がするのだが、どうしても思い出せない。
メリーエルがじっと男を凝視していると、男はきょろきょろと狭い店内を見渡しながら、ゆっくりとメリーエルに近づいてきた。
「何かお探しです?」
メリーエルが訊ねれば、男はバツが悪そうに視線を彷徨わせて、それから意を決したように口を開いた。
「惚れ薬はおいているか?」
メリーエルは沈黙した。
城の大門からまっすぐ南北に延びる大通りの裏の裏の、さらに裏。細い路地裏を進み、小さな商店の建ち並ぶ細い通りの中の、人一人通れるかどうかという目立たない道を行った先の行き止まりに、雑貨屋『気分屋』はある。
その名の通り、店が開くのは店主の気分次第。いつもは店の木戸にはクローズの文字。店が開くのは、多くても週に一、二度、開かないときは一月以上も閉まったままという、実にやる気のない店だった。
しかし、売っているものはほかの店ではお目にかかることのない珍しいものばかりで、最近密かに人気を呼んでいる店である。
さて、その『気分屋』の中である。
「ふわああああああ」
実に二週間ぶりに店の扉にオープンの看板をかけると、小さな店内のカウンターに座って、『気分屋』の店主であるメリーエル・フォーンは、大きな口をあけて欠伸をした。
店には、怪しげな石や壺、アクセサリーがぽつぽつと並んでいるが、この店で一番人気なのは不定期におかれる「不思議な薬」である。
おかれる時期によって効果の違うその「不思議な薬」は、店の奥にあるカウンターのすぐわきにある戸棚におかれて、厳重に鍵がかけられていた。
(売るものがないから、とりあえず、この前禿げさせちゃったユリウスの髪を治すために作った毛生え薬の残りを持って来けど、だぁれも来ないわ)
顔を隠すために目深にかぶった外套のフードをいじりながら、メリーエルはつまらなそうにもう一つ欠伸。
国境付近の山奥に、ユリウスが建てた邸で勝手に暮らしているとは言え、食費やその他もろもろに先立つものは必要だ。
魔法薬はそれなりにいいお金になるものの、ユリウスはさすが王子様とだけあって、食費をケチって節約するなんてことは当然知らない。
なんだかんだとエンゲル係数が高めなので、気がついた時にはあったはずのお金が無くなっている。
今回も、気がついた時にはお金は底をついており、ユリウスから「そろそろパンを買う金がないぞ」と言われて、メリーエルは慌てる羽目になった。
(だいたいね、せめてもう少し早く言いなさいよね。まあ、前回のダイエット薬は失敗して全然稼ぎにならなかったけど、だからってねぇ)
どうしても困ったら、ユリウスの首に「お金をください」と札をかけて道に立たせておけば、気前のいいお金持ちのおばさまたちがお金をくれるのではないかと思うのだが、あの矜持の高いユリウスが是と言うはずもない。
「せっかくステーキ楽しみにしてたのに、お金がないからまた今度なんてひどすぎる……」
メリーエルは近くにあった、よくわからない壺をぺしっと叩いた。これ自体には全く魔法の効果なんてなく、メリーエルが魔法薬の材料を探しに山の中を歩いていた時に、打ち捨てられていたのだ。なんとなく見た目が怪しそうだったので、飾っておけば物好きが買うのではないかと思ったのだが、誰も買ってくれない。
メリーエルは本来ならばステーキだった今晩の夕食を思って、がっくりとうなだれた。買い物に出たユリウスが、思ったより肉が高くて買えなかったと言って魚の干物を買ってきたのを見たときは口から魂が抜け落ちそうになった。
「あー、誰か来ないかなぁ。肉食べたい肉ぅ」
メリーエルが、そうつぶやいたときだった。
木戸の上につけていた小さな鈴がカランと鳴って、メリーエルはハッと振り返った。
客かと喜んだメリーエルだったが、入ってきた男を見て思わず嘆息する。艶々と光る黒髪がふっさふさの若い男だ。全然毛生え薬を必要としていそうにない。
(ちっ、どうせ来るなら額が後退しているおじさんがいいのに。頭頂が光っているおじさんでもいいわ)
内心で毒づきながらも、メリーエルは「いらっしゃいませ」と男に声をかける。
なかなか目鼻立ちの整った男だ。
髪は短めで、背が高い。顔立ちは精悍だが、目尻が少しだけ下がっているからだろうか、少し甘めの印象だ。
(なんか、どこかで見たような……)
ユリウスやアロウンほどではないが、なかなか美形の部類に入るだろう男の顔をまじまじと見つめて、メリーエルは首をひねる。なんとなくどこかで見たことがあるような気がするのだが、どうしても思い出せない。
メリーエルがじっと男を凝視していると、男はきょろきょろと狭い店内を見渡しながら、ゆっくりとメリーエルに近づいてきた。
「何かお探しです?」
メリーエルが訊ねれば、男はバツが悪そうに視線を彷徨わせて、それから意を決したように口を開いた。
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