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姫と妖精の約束
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「いいか、お前のやっていることはおせっかい以外のなんでもないんだぞ」
規則性なく密集している木々の間を縫うように進みながら、メリーエルはうんざりとした。
蛇や獣は冬眠中だろうが、それでも念のためとメリーエルの先を歩いてくれるユリウス優しさは嬉しい。
だが、先ほどからくどいくらいに同じことを言いながら説教を続けるのだけはいただけなかった。
メリーエルがシュバリエ王子のかわりにマリアベル姫に会いに行くと言ったとき、さすがにシュバリエの手前「やめろ」と言わなかったユリウスだが、彼が城へ戻った途端に説教をはじめた。
まずアロウンに薬を盛った件――シュバリエが帰るころにはアロウンの薬の効果は切れていたが、今回ばかりは彼はユリウスからかばってくれなかった――、それから勝手にマリアベルに会いに行くと言い出した件、それにおまけで過去のことまで引っ張り出して「お前は向こう見ずなんだ」という説教は、実に三時間に及んだ。
それでも最後に折れて、メリーエルとともにルノディック国へむかうことにしてくれたユリウスは優し――いや、超がつくほどの過保護であるが、いまだに納得していない彼は暇さえあれば説教をはじめるようになった。
(なにがおせっかいよ。おせっかいなんて、あんたの専売特許でしょうが)
メリーエルが龍の国ラナドーンの沼で溺れ死にかけたときに通りかかって助けてくれたあと、「危なっかしい」の一言で自称保護者としてつきまとっている誰かさんの方が、よっぽど「おせっかい」ではないか。
メリーエルはぷっくりと頬を膨らませてユリウスのうしろをついて歩くが、おせっかい筆頭の彼は見事に自分のことを棚に上げて、さらに説教を続けた。
「いいか? 相手を好きになるもならないも、結婚がうまくいこうが破綻しようが、すべて当人たちの問題だ。お前が首を突っ込んでひっかきまわす必要はどこにもない」
「ひっかきまわすって……、まだひっかきまわしてないじゃない!」
「まだ、とか言っている時点でひっかきまわす気満々だろうが」
「違うわよ! ひっかきまわす気なんてこれっぽっちもないわよ! うまくいけばいいなーっていう親切心じゃない!」
とはいえ、メリーエルは自分が関わると、面倒ごとを複雑にしてしまうことが多々あることを自覚している。どうしてそうなるのかどうかわからないのだが、どういうわけか変な方向へと話が進んでいく。しかしこれは不可抗力だし、今回そうなるとは限らない。なぜなら、今回はちょっとマリアベルと話をしに行くだけだ。複雑になりようがない!
昼間だというのに薄暗い樹海の中で、メリーエルとユリウスの声が響き渡る。
ここは、ルノディック国のラーシェット山脈の麓にあるラーシェットの樹海だ。
目的地であるルノディック国の城はここから馬車で何時間もかかる場所にあるのだが、どうしてもそこへ行く前に「光苔」を採取していきたいというメリーエルの我儘で、先にこの地を訪れたのだ。
「それにしても……、右も左もわかんなくなる森ね」
「世界にいくつもある迷いの森の一つだからな」
「そうなの?」
「ああ。俺の国やアロウンの国、妖精の国……、普通なら人が入り込めない世界への入口がある森は、たいていこのように人を迷わす作りをしている」
「てことは、ここも、どこかとつながっている場所があるのね!」
メリーエルはパッと顔を輝かせた。光苔を手に入れるつもりだったが、うまくすればもっといいものが手に入るかもしれない。そんな期待を込めてユリウスを見上げれば、肩越しに振り返った彼は、腕を伸ばしてメリーエルの額を小突いた。
「いた! なにすんのよ!」
「馬鹿なことを考えていそうだからだ。絶対に俺から離れるなよ。ほら、手をかせ」
メリーエルは。幼い子供が迷子になるのを防止するようにユリウスに片手を握られる。
ユリウスはいつも過保護だが、今日はそれに輪をかけて心配性な気がして、メリーエルは小首をかしげた。
「ここ、どことつながっているの?」
おとなしくユリウスに手をつながれたまま訊ねれば、彼は肩をすくめた。
「数ある妖精の国の一つとだ。迷い込まれれば俺でも簡単には連れ出せない」
「妖精の国の一つ? 妖精の国って何個もあるの?」
メリーエルが無邪気に訊けば、ユリウスはあきれたように嘆息した。
「そんなことも知らないでよく魔女を名乗っていられるな……」
「失礼ね! わたしは魔女であって妖精の専門家じゃないもの!」
だいたい、妖精の国になんて行ったこともないし、そもそも妖精に会ったこともないのだ。知るはずがない。
ユリウスは前方に飛び出た小枝をぽきりと折って通りやすくしながら、「それもそうか」と頷いた。
「そもそも妖精と一くくりにされているが、妖精には無数の種族があるんだ。全部が国を持っているわけではないが、それぞれ住処はべつにある。一つのところに集まっているわけじゃない」
「なるほど。確かに、人だっていくつも国があるしいろんなところに住んでるものね」
「ま、そんなところだ」
「それで、ここはどことつながってるの?」
「それは知らん」
ユリウスがはっきりと告げると、メリーエルは目を丸くした。
「知らないの? あんたにも知らないことってあったんだ……」
するとユリウスは足を止めて、メリーエルを振り返った。
「お前は俺を何だと思っているんだ。俺は神でも賢者でもない。お前たち人間よりちょっと長く生きているだけだ。知らないことだったある。妖精とかかわりがないわけではないが、すべての妖精を知っているわけじゃない。ここには来たことがないし、……知っている気配がしない」
「ふぅん」
「だから、離れるなと言ったんだ。知らないところへ行かれたら守れないだろう」
そう言いながら、ユリウスはぎゅっとメリーエルの手を握りなおす。
ユリウスの手は温かくて、メリーエルはちょっぴりドキドキしながら彼の手を握り返した。
そのとき――
――きゃあああああ!
遠くで悲鳴が聞こえて、メリーエルはハッと顔をあげた。
「ユリウス、誰かの叫び声がした!」
「ああ俺も聞こえた。奥だ。急ぐぞ。転ばないように注意しろよ」
メリーエルはユリウスと手をつないだまま、声がした方へと急いで向かう。
しかし、声が下あたりにたどり着いても誰もおらず――
「籠……?」
そこには一つの小さな籠と、そして、淡い光を放つ光苔が無数に散らばっていた。
規則性なく密集している木々の間を縫うように進みながら、メリーエルはうんざりとした。
蛇や獣は冬眠中だろうが、それでも念のためとメリーエルの先を歩いてくれるユリウス優しさは嬉しい。
だが、先ほどからくどいくらいに同じことを言いながら説教を続けるのだけはいただけなかった。
メリーエルがシュバリエ王子のかわりにマリアベル姫に会いに行くと言ったとき、さすがにシュバリエの手前「やめろ」と言わなかったユリウスだが、彼が城へ戻った途端に説教をはじめた。
まずアロウンに薬を盛った件――シュバリエが帰るころにはアロウンの薬の効果は切れていたが、今回ばかりは彼はユリウスからかばってくれなかった――、それから勝手にマリアベルに会いに行くと言い出した件、それにおまけで過去のことまで引っ張り出して「お前は向こう見ずなんだ」という説教は、実に三時間に及んだ。
それでも最後に折れて、メリーエルとともにルノディック国へむかうことにしてくれたユリウスは優し――いや、超がつくほどの過保護であるが、いまだに納得していない彼は暇さえあれば説教をはじめるようになった。
(なにがおせっかいよ。おせっかいなんて、あんたの専売特許でしょうが)
メリーエルが龍の国ラナドーンの沼で溺れ死にかけたときに通りかかって助けてくれたあと、「危なっかしい」の一言で自称保護者としてつきまとっている誰かさんの方が、よっぽど「おせっかい」ではないか。
メリーエルはぷっくりと頬を膨らませてユリウスのうしろをついて歩くが、おせっかい筆頭の彼は見事に自分のことを棚に上げて、さらに説教を続けた。
「いいか? 相手を好きになるもならないも、結婚がうまくいこうが破綻しようが、すべて当人たちの問題だ。お前が首を突っ込んでひっかきまわす必要はどこにもない」
「ひっかきまわすって……、まだひっかきまわしてないじゃない!」
「まだ、とか言っている時点でひっかきまわす気満々だろうが」
「違うわよ! ひっかきまわす気なんてこれっぽっちもないわよ! うまくいけばいいなーっていう親切心じゃない!」
とはいえ、メリーエルは自分が関わると、面倒ごとを複雑にしてしまうことが多々あることを自覚している。どうしてそうなるのかどうかわからないのだが、どういうわけか変な方向へと話が進んでいく。しかしこれは不可抗力だし、今回そうなるとは限らない。なぜなら、今回はちょっとマリアベルと話をしに行くだけだ。複雑になりようがない!
昼間だというのに薄暗い樹海の中で、メリーエルとユリウスの声が響き渡る。
ここは、ルノディック国のラーシェット山脈の麓にあるラーシェットの樹海だ。
目的地であるルノディック国の城はここから馬車で何時間もかかる場所にあるのだが、どうしてもそこへ行く前に「光苔」を採取していきたいというメリーエルの我儘で、先にこの地を訪れたのだ。
「それにしても……、右も左もわかんなくなる森ね」
「世界にいくつもある迷いの森の一つだからな」
「そうなの?」
「ああ。俺の国やアロウンの国、妖精の国……、普通なら人が入り込めない世界への入口がある森は、たいていこのように人を迷わす作りをしている」
「てことは、ここも、どこかとつながっている場所があるのね!」
メリーエルはパッと顔を輝かせた。光苔を手に入れるつもりだったが、うまくすればもっといいものが手に入るかもしれない。そんな期待を込めてユリウスを見上げれば、肩越しに振り返った彼は、腕を伸ばしてメリーエルの額を小突いた。
「いた! なにすんのよ!」
「馬鹿なことを考えていそうだからだ。絶対に俺から離れるなよ。ほら、手をかせ」
メリーエルは。幼い子供が迷子になるのを防止するようにユリウスに片手を握られる。
ユリウスはいつも過保護だが、今日はそれに輪をかけて心配性な気がして、メリーエルは小首をかしげた。
「ここ、どことつながっているの?」
おとなしくユリウスに手をつながれたまま訊ねれば、彼は肩をすくめた。
「数ある妖精の国の一つとだ。迷い込まれれば俺でも簡単には連れ出せない」
「妖精の国の一つ? 妖精の国って何個もあるの?」
メリーエルが無邪気に訊けば、ユリウスはあきれたように嘆息した。
「そんなことも知らないでよく魔女を名乗っていられるな……」
「失礼ね! わたしは魔女であって妖精の専門家じゃないもの!」
だいたい、妖精の国になんて行ったこともないし、そもそも妖精に会ったこともないのだ。知るはずがない。
ユリウスは前方に飛び出た小枝をぽきりと折って通りやすくしながら、「それもそうか」と頷いた。
「そもそも妖精と一くくりにされているが、妖精には無数の種族があるんだ。全部が国を持っているわけではないが、それぞれ住処はべつにある。一つのところに集まっているわけじゃない」
「なるほど。確かに、人だっていくつも国があるしいろんなところに住んでるものね」
「ま、そんなところだ」
「それで、ここはどことつながってるの?」
「それは知らん」
ユリウスがはっきりと告げると、メリーエルは目を丸くした。
「知らないの? あんたにも知らないことってあったんだ……」
するとユリウスは足を止めて、メリーエルを振り返った。
「お前は俺を何だと思っているんだ。俺は神でも賢者でもない。お前たち人間よりちょっと長く生きているだけだ。知らないことだったある。妖精とかかわりがないわけではないが、すべての妖精を知っているわけじゃない。ここには来たことがないし、……知っている気配がしない」
「ふぅん」
「だから、離れるなと言ったんだ。知らないところへ行かれたら守れないだろう」
そう言いながら、ユリウスはぎゅっとメリーエルの手を握りなおす。
ユリウスの手は温かくて、メリーエルはちょっぴりドキドキしながら彼の手を握り返した。
そのとき――
――きゃあああああ!
遠くで悲鳴が聞こえて、メリーエルはハッと顔をあげた。
「ユリウス、誰かの叫び声がした!」
「ああ俺も聞こえた。奥だ。急ぐぞ。転ばないように注意しろよ」
メリーエルはユリウスと手をつないだまま、声がした方へと急いで向かう。
しかし、声が下あたりにたどり着いても誰もおらず――
「籠……?」
そこには一つの小さな籠と、そして、淡い光を放つ光苔が無数に散らばっていた。
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