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ダンスレッスンで恋の種は芽吹きません
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カレンにつけられている教師は二人いる。
一人は歴史、数学、文学、語学を担当しているヨハネス・ボールドウィン、二十八歳。
彼は男爵でありながら、「教育」にとても熱心で、領地に少年少女を学ばせるための学校を作っている、貴族の中では少し風変わりな人だ。
彼の領地の学校は貴族や平民を問わず希望すれば学べる環境にあって、また、領民で学問に秀でている人物を教師として雇用することで、領地の雇用促進にもなっている。
彼自身も昔は教鞭をとっていたそうだが、最近は雇っている教師たちに任せきりだそうで、以前ヨハネスから学んだことがあるというリチャードがカレンの教育の適任だと連れてきた。
栗色の髪と目をして、黒ぶちの眼鏡をかけている、穏やかそうな青年だ。実際、物腰も穏やかで品がある。
もう一人は、ギーゼラ・ロスコーネ伯爵夫人。三十一歳。彼女は主にマナーの教師である。赤みがかった金髪に琥珀色の目をした、こちらは一件気の強そうな女性。
実際、はじめて会ったときにドレスの裾をつまんで一礼したカレンにあきれたような視線を向けて、「あなた、いままで誰に教わってきましたの!?」といきなり説教を受けた。
リチャードがカレンの境遇を説明すると、ロスコーネ夫人はショックを受けて、なんて不憫な、わたくしが一流のレディにして差し上げますと息巻いた。――根は、悪い人ではなさそうだ。
カレンの教育は午前のみと決められていて、午後からはロザリーに混ざってメイドの仕事をしたり、リチャードの休憩につきあったりしてすごしている。
「明日からダンスレッスンをはじめますわ」
ロスコーネ夫人から歩き方のレッスンを受けていたカレンは、夫人の言葉に振り返った。その拍子に、体の重心がぶれるのを防ぐために頭に乗せていた本がばさりと床に落ちる。
「振り返るときも頭を揺らしてはいけません! 優雅に、なめらかに!」
すかさずロスコーネ夫人の叱責が飛んできてカレンは首をすくめた。
(頭を揺らさずに振り返るなんて、曲芸師でもない限り無理よ!)
と思うのだが、反論すると怒られそうなので黙っておく。
背筋をピンと伸ばして、頭を揺らさずに歩こうとするせいか、普段使わない筋肉を使うらしく、ここ数日は筋肉痛だ。
「ダンスレッスンは、しばらくあとにするんじゃなかったんですか?」
床に落ちた本を拾い上げながらカレンが問えば、ロスコーネ夫人は頬に手を当てて「そういうつもりだったのですけどね」と答える。
「予定が変わりましたの。二週間後に、イオライト国のカイザー王子がいらっしゃることはご存知ですわね?」
「はい、殿下からお聞きしていますが……」
「そこで、カイザー王子を歓迎するためのダンスパーティーを開かれるそうですの。あなたはそのパーティーでリチャード殿下と一曲踊っていただく必要がありまして」
「え? ちょっと待ってください。ダンスですか?」
「そうよ。殿下たってのご希望ですもの。ですから、ダンスレッスンを急ぐことになりましたの。時間がありませんし、付け焼刃になると思うけれど、殿下に恥をかかせるわけにはいきませんわ。ビシバシ指導させていただきますわよ」
カレンは口端をひきつらせた。
(殿下―! 何勝手に決めてくれてるのよぉー!)
せめて事前に相談とかないのだろうか。ロスコーネ夫人の言い草だと、すでに決定事項になっているようだ。拒否権はない。
「さあ、本を頭に乗せて、そこから、この端までを歩いてくださいませ」
カレンはロスコーネ夫人に従いながら、リチャードに会ったら文句の一つでも言ってやろうと口を尖らせた。
一人は歴史、数学、文学、語学を担当しているヨハネス・ボールドウィン、二十八歳。
彼は男爵でありながら、「教育」にとても熱心で、領地に少年少女を学ばせるための学校を作っている、貴族の中では少し風変わりな人だ。
彼の領地の学校は貴族や平民を問わず希望すれば学べる環境にあって、また、領民で学問に秀でている人物を教師として雇用することで、領地の雇用促進にもなっている。
彼自身も昔は教鞭をとっていたそうだが、最近は雇っている教師たちに任せきりだそうで、以前ヨハネスから学んだことがあるというリチャードがカレンの教育の適任だと連れてきた。
栗色の髪と目をして、黒ぶちの眼鏡をかけている、穏やかそうな青年だ。実際、物腰も穏やかで品がある。
もう一人は、ギーゼラ・ロスコーネ伯爵夫人。三十一歳。彼女は主にマナーの教師である。赤みがかった金髪に琥珀色の目をした、こちらは一件気の強そうな女性。
実際、はじめて会ったときにドレスの裾をつまんで一礼したカレンにあきれたような視線を向けて、「あなた、いままで誰に教わってきましたの!?」といきなり説教を受けた。
リチャードがカレンの境遇を説明すると、ロスコーネ夫人はショックを受けて、なんて不憫な、わたくしが一流のレディにして差し上げますと息巻いた。――根は、悪い人ではなさそうだ。
カレンの教育は午前のみと決められていて、午後からはロザリーに混ざってメイドの仕事をしたり、リチャードの休憩につきあったりしてすごしている。
「明日からダンスレッスンをはじめますわ」
ロスコーネ夫人から歩き方のレッスンを受けていたカレンは、夫人の言葉に振り返った。その拍子に、体の重心がぶれるのを防ぐために頭に乗せていた本がばさりと床に落ちる。
「振り返るときも頭を揺らしてはいけません! 優雅に、なめらかに!」
すかさずロスコーネ夫人の叱責が飛んできてカレンは首をすくめた。
(頭を揺らさずに振り返るなんて、曲芸師でもない限り無理よ!)
と思うのだが、反論すると怒られそうなので黙っておく。
背筋をピンと伸ばして、頭を揺らさずに歩こうとするせいか、普段使わない筋肉を使うらしく、ここ数日は筋肉痛だ。
「ダンスレッスンは、しばらくあとにするんじゃなかったんですか?」
床に落ちた本を拾い上げながらカレンが問えば、ロスコーネ夫人は頬に手を当てて「そういうつもりだったのですけどね」と答える。
「予定が変わりましたの。二週間後に、イオライト国のカイザー王子がいらっしゃることはご存知ですわね?」
「はい、殿下からお聞きしていますが……」
「そこで、カイザー王子を歓迎するためのダンスパーティーを開かれるそうですの。あなたはそのパーティーでリチャード殿下と一曲踊っていただく必要がありまして」
「え? ちょっと待ってください。ダンスですか?」
「そうよ。殿下たってのご希望ですもの。ですから、ダンスレッスンを急ぐことになりましたの。時間がありませんし、付け焼刃になると思うけれど、殿下に恥をかかせるわけにはいきませんわ。ビシバシ指導させていただきますわよ」
カレンは口端をひきつらせた。
(殿下―! 何勝手に決めてくれてるのよぉー!)
せめて事前に相談とかないのだろうか。ロスコーネ夫人の言い草だと、すでに決定事項になっているようだ。拒否権はない。
「さあ、本を頭に乗せて、そこから、この端までを歩いてくださいませ」
カレンはロスコーネ夫人に従いながら、リチャードに会ったら文句の一つでも言ってやろうと口を尖らせた。
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