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ダンスレッスンで恋の種は芽吹きません
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ロゼウスにより、次の日からリチャードのスケジュールが調整されて、毎日午後から三時間ほどのダンスのレッスンが開始された。
もちろん、カレンはこのレッスンとは別に、午前中のものも今まで通りある。
思いのほか体力の使うダンスレッスンに、カレンは寝るころにはへとへとだ。
「今、タイミングがずれましたわ!」
ロスコーネ夫人の叱責に、むっと口を曲げるリチャードを見上げて、カレンは思わず笑ってしまった。
何でも完璧にこなしているように見えるリチャードにとって、「うまくいかないこと」があるのは面白くないらしい。
膝枕や、抱きしめられるのとは違う密着具合に、カレンは最初こそ緊張したが、すっかりこの距離感にも慣れてきた。
この五日で、カレンもワルツではロスコーネ夫人の注意があまり入らなくなっていた。まだ及第点というわけではないそうだが「だいぶましになりましたわね」という評価を得ている。明日からは少しテンポアップして練習するそうだ。
「君と俺が踊るのはワルツだからこれさえクリアできれば何とかなりそうだが、今後のことも考えて、ダンスの練習はしばらく続けた方がよさそうだな。どう思う?」
カレンにはあまりうれしくない提案だったが、リチャードがカレン以外に触れられないと言うことは、今後も、同じようにダンスパーティーのパートナーとして出席することになりそうだ。否は唱えられない。
カレンが渋々頷くと、リチャードは小さく笑った。どうやら顔に出ていたらしい。
「俺は君とのダンスレッスンは楽しいけどな」
「それは殿下に体力があるからです。わたしはもうとへと……」
「確かに、続けての練習はしんどいかもな」
「そうです。それに、ヒールが高い靴は慣れなくて……。足痛いし、膝ががくがくします」
カレンが頬を膨らませると、リチャードがぷっと吹き出した。
「なるほど、女性は大変そうだ」
「笑い事じゃないです。わたしは本気で言ってるのに……」
「すまない、だが、そうだな……、君がつらい思いをして頑張ってくれているんだ。パーティーが終わったら何かご褒美をあげるよ」
「ご褒美?」
「そう。ドレスでもアクセサリーでも何でも好きなものを」
「ドレスとかアクセサリーはほしくありません」
「そう? じゃあ、君は何なら喜ぶんだろう?」
「別にわたしは……」
ほしいものなんて特にない――、そう告げようとしたカレンを遮ったのは、手拍子を売っていたロスコーネ夫人だ。
「殿下、カレンさんはチョコレートボンボンがお好きですわ」
「そうなの?」
「あ……、それは……」
貧乏生活を送っていたカレンは、甘いものはぜいたく品で滅多に口にしたことはない。ましてやチョコレートは超がつくほど高級品だ。父が亡くなってからは一度も口にしていなかった。
だが、先週、ロスコーネ夫人がお茶請けにと、王都の有名なチョコレート店で、チョコレートボンボンを買ってきてくれた。ガナッシュやプラリネ、アーモンドなどのナッツ類が細かく砕かれたものや、ブランデーなどが中に入ったチョコレートボンボンが詰められた箱は、カレンの目にはどんな宝石よりも輝いて見えた。
もちろん、有名なチョコレート店の品というだけあって、味も格別。恍惚とした表情でチョコレートボンボンを口にするカレンに、ロスコーネ夫人は苦笑していたのだが。
「それはそれは嬉しそうでしたもの。ドレスや宝石類がいらないのであれば、チョコレートボンボンならいいのではないかしら?」
カレンはうっと言葉に詰まった。チョコレートボンボンは――ほしい。しかし、値段は知らないが、ただでさえ超がつくほどの高級品であるチョコレート。さらに王都の有名店の品ときている。相当高いに決まっていた。そんな高級品を頼むわけにもいかずに悩んでいると、リチャードはそんなカレンの心中などお見通しのように誘惑してきた。
「遠慮はしなくていい。だってご褒美だからね。もちろんダンスパーティーがうまくいかなければあげないよ。正当な報酬だと考えてみたらどうかな」
「……報酬」
つまり、労働に対しての対価。それなら――
「じゃあ、チョコレートボンボンがいいです……」
ぐらぐらと誘惑に揺れる心は「報酬」というとどめの言葉で傾いた。
リチャードは満足そうに頷くと、エメラルド色の綺麗な瞳を細めて、ぐっとカレンの細い腰を引き寄せる。
「じゃあ、もっと練習をがんばらないとね」
なんだか一瞬、目の前にニンジンをぶら下げられた馬になったような気がしたのだが、カレンは深く考えないことにした。
もちろん、カレンはこのレッスンとは別に、午前中のものも今まで通りある。
思いのほか体力の使うダンスレッスンに、カレンは寝るころにはへとへとだ。
「今、タイミングがずれましたわ!」
ロスコーネ夫人の叱責に、むっと口を曲げるリチャードを見上げて、カレンは思わず笑ってしまった。
何でも完璧にこなしているように見えるリチャードにとって、「うまくいかないこと」があるのは面白くないらしい。
膝枕や、抱きしめられるのとは違う密着具合に、カレンは最初こそ緊張したが、すっかりこの距離感にも慣れてきた。
この五日で、カレンもワルツではロスコーネ夫人の注意があまり入らなくなっていた。まだ及第点というわけではないそうだが「だいぶましになりましたわね」という評価を得ている。明日からは少しテンポアップして練習するそうだ。
「君と俺が踊るのはワルツだからこれさえクリアできれば何とかなりそうだが、今後のことも考えて、ダンスの練習はしばらく続けた方がよさそうだな。どう思う?」
カレンにはあまりうれしくない提案だったが、リチャードがカレン以外に触れられないと言うことは、今後も、同じようにダンスパーティーのパートナーとして出席することになりそうだ。否は唱えられない。
カレンが渋々頷くと、リチャードは小さく笑った。どうやら顔に出ていたらしい。
「俺は君とのダンスレッスンは楽しいけどな」
「それは殿下に体力があるからです。わたしはもうとへと……」
「確かに、続けての練習はしんどいかもな」
「そうです。それに、ヒールが高い靴は慣れなくて……。足痛いし、膝ががくがくします」
カレンが頬を膨らませると、リチャードがぷっと吹き出した。
「なるほど、女性は大変そうだ」
「笑い事じゃないです。わたしは本気で言ってるのに……」
「すまない、だが、そうだな……、君がつらい思いをして頑張ってくれているんだ。パーティーが終わったら何かご褒美をあげるよ」
「ご褒美?」
「そう。ドレスでもアクセサリーでも何でも好きなものを」
「ドレスとかアクセサリーはほしくありません」
「そう? じゃあ、君は何なら喜ぶんだろう?」
「別にわたしは……」
ほしいものなんて特にない――、そう告げようとしたカレンを遮ったのは、手拍子を売っていたロスコーネ夫人だ。
「殿下、カレンさんはチョコレートボンボンがお好きですわ」
「そうなの?」
「あ……、それは……」
貧乏生活を送っていたカレンは、甘いものはぜいたく品で滅多に口にしたことはない。ましてやチョコレートは超がつくほど高級品だ。父が亡くなってからは一度も口にしていなかった。
だが、先週、ロスコーネ夫人がお茶請けにと、王都の有名なチョコレート店で、チョコレートボンボンを買ってきてくれた。ガナッシュやプラリネ、アーモンドなどのナッツ類が細かく砕かれたものや、ブランデーなどが中に入ったチョコレートボンボンが詰められた箱は、カレンの目にはどんな宝石よりも輝いて見えた。
もちろん、有名なチョコレート店の品というだけあって、味も格別。恍惚とした表情でチョコレートボンボンを口にするカレンに、ロスコーネ夫人は苦笑していたのだが。
「それはそれは嬉しそうでしたもの。ドレスや宝石類がいらないのであれば、チョコレートボンボンならいいのではないかしら?」
カレンはうっと言葉に詰まった。チョコレートボンボンは――ほしい。しかし、値段は知らないが、ただでさえ超がつくほどの高級品であるチョコレート。さらに王都の有名店の品ときている。相当高いに決まっていた。そんな高級品を頼むわけにもいかずに悩んでいると、リチャードはそんなカレンの心中などお見通しのように誘惑してきた。
「遠慮はしなくていい。だってご褒美だからね。もちろんダンスパーティーがうまくいかなければあげないよ。正当な報酬だと考えてみたらどうかな」
「……報酬」
つまり、労働に対しての対価。それなら――
「じゃあ、チョコレートボンボンがいいです……」
ぐらぐらと誘惑に揺れる心は「報酬」というとどめの言葉で傾いた。
リチャードは満足そうに頷くと、エメラルド色の綺麗な瞳を細めて、ぐっとカレンの細い腰を引き寄せる。
「じゃあ、もっと練習をがんばらないとね」
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