36 / 46
行商人は女好き
5
しおりを挟む
城に帰ると、お土産のショコラタルトを持ってカレンはリチャードのもとを訪れた。
ショコラタルトは三つあったが、一つを毒見用として回収されて、カレンの手元には二つのショコラタルトが残った。
内扉を叩くと、すぐにリチャードの返事がある。
「おかえり。城下はどうだった?」
ソファで本を読んでいたらしいリチャードは顔をあげてカレンに微笑む。
「楽しかったです。これは、お土産です」
カレンはテーブルの上にショコラタルトの乗った皿をおくと、リチャードのために紅茶を煎れはじめる。
「二個あるから一緒に食べよう」
「でも、わたしは街で食べましたし」
「そう言われても、俺に二個は多いよ。それに、ヨハネスははじめから君が一緒に食べることを想定して二個用意していたんじゃないかな?」
カレンはちらりとショコラタルトを見て、小さく頷く。
「じゃあ、いただきます。紅茶に砂糖は入れますか?」
「いや、なしでいいよ」
「わかりました」
カレンは手際よく紅茶を二つ入れると、それを持ってリチャードの隣に座る。
いただきますとリチャードがフォークを手に取ると、馬車の中で聞いた「毒」という単語が胸裏をよぎって、思わずじっと彼の手元を見つめてしまった。
「どうかした?」
「いえ、その……」
カレンは迷ったが、馬車の中でヨハネスに聞いたことをぽつぽつと語ると、リチャードはくすくすと笑いだした。
「ああ、だから俺の手元を見ていたの? このタルトに毒が入っていたらどうしようとか思った?」
「……はい」
「大丈夫だよ。ヨハネスのことだ、毒見用に余分にタルトを買っていただろう?」
「あ、はい」
「だから大丈夫。君にタルトが渡されたってことは、毒見で問題なかったってことだからね。それに、俺、毒にはある程度耐性があるから」
そう言えば、ヨハネスも似たようなことを言っていた。毒に慣らしているとかなんとか。どういうことだろう。
「ん? 気になる?」
カレンが首を縦に振ると、リチャードはショコラタルトを一口頬張ってから、
「小さいころから死なない程度の毒を少しずつ取らされていたからね。いろんな種類のものを。だから、普通の人よりは毒に強いよ」
なんてこともないように告げるリチャードに、カレンは息を呑む。
「そんなことをして、大丈夫なんですか?」
「大丈夫だからここにいるんだよ。まあ、高熱が出たり、吐いたりしたことは何度もあったけどね。体中に激痛が走ったときは死んだ方がマシだと思ったこともあったけど、王子に生まれたんだから仕方がない」
「仕方ないって……」
「仕方ないんだよ。第一王子の義務ってやつだ。毒に耐性をつけることも、結婚も、子供をつくることも、全部。そこに俺の意思はあまり必要ない。……あ、今、人形みたいだって思った?」
「いえ、そんなことは……」
「いいんだよ。俺自身も思うし。人形みたいだなってさ。蕁麻疹が出るおかげで強制結婚させられずにはすんでいるけどね。いつまで逃げられるかはわからない。……つまんない人生だよねぇ」
リチャードは大口でショコラタルトを平らげていく。すべて食べ終えると、紅茶を一口飲んでから、凍りついたように固まってしまったカレンの頬を指先でつついた。
「ほら、食べないと。好きだろう? ショコラ」
頬をつつかれて、カレンはハッとしたように手元のショコラタルトを見た。だが、フォークを近づけるものの、どうしてかタルトをカットする前に手が止まる。
「ごめん。嫌な気持ちにさせるつもりじゃなかったんだ。なぜか無性に愚痴を言いたくなっただけ。――確かに俺の人生はつまらないけど、君が来てからはそれなりに楽しいよ。だから、そんな顔をしていないで、早く食べるといい」
カレンはこくんと頷いたが、やはり手が進まず、見かねたリチャードがカレンの手元から皿とフォークを取り上げた。
「仕方ないから俺が食べさせてあげるよ。ほら、口をあけて。あーん」
ショコラタルトを一口大にカットして、リチャードはカレンの口にフォークを近づける。
カレンはおずおずと口をあけてショコラタルトを口に入れてもらうと、もぐもぐと咀嚼しながら、リチャードの言葉をかみしめた。
――君が来てからはそれなりに楽しいよ。
明日からは、もう少しリチャードに優しくしてあげようと、思った。
ショコラタルトは三つあったが、一つを毒見用として回収されて、カレンの手元には二つのショコラタルトが残った。
内扉を叩くと、すぐにリチャードの返事がある。
「おかえり。城下はどうだった?」
ソファで本を読んでいたらしいリチャードは顔をあげてカレンに微笑む。
「楽しかったです。これは、お土産です」
カレンはテーブルの上にショコラタルトの乗った皿をおくと、リチャードのために紅茶を煎れはじめる。
「二個あるから一緒に食べよう」
「でも、わたしは街で食べましたし」
「そう言われても、俺に二個は多いよ。それに、ヨハネスははじめから君が一緒に食べることを想定して二個用意していたんじゃないかな?」
カレンはちらりとショコラタルトを見て、小さく頷く。
「じゃあ、いただきます。紅茶に砂糖は入れますか?」
「いや、なしでいいよ」
「わかりました」
カレンは手際よく紅茶を二つ入れると、それを持ってリチャードの隣に座る。
いただきますとリチャードがフォークを手に取ると、馬車の中で聞いた「毒」という単語が胸裏をよぎって、思わずじっと彼の手元を見つめてしまった。
「どうかした?」
「いえ、その……」
カレンは迷ったが、馬車の中でヨハネスに聞いたことをぽつぽつと語ると、リチャードはくすくすと笑いだした。
「ああ、だから俺の手元を見ていたの? このタルトに毒が入っていたらどうしようとか思った?」
「……はい」
「大丈夫だよ。ヨハネスのことだ、毒見用に余分にタルトを買っていただろう?」
「あ、はい」
「だから大丈夫。君にタルトが渡されたってことは、毒見で問題なかったってことだからね。それに、俺、毒にはある程度耐性があるから」
そう言えば、ヨハネスも似たようなことを言っていた。毒に慣らしているとかなんとか。どういうことだろう。
「ん? 気になる?」
カレンが首を縦に振ると、リチャードはショコラタルトを一口頬張ってから、
「小さいころから死なない程度の毒を少しずつ取らされていたからね。いろんな種類のものを。だから、普通の人よりは毒に強いよ」
なんてこともないように告げるリチャードに、カレンは息を呑む。
「そんなことをして、大丈夫なんですか?」
「大丈夫だからここにいるんだよ。まあ、高熱が出たり、吐いたりしたことは何度もあったけどね。体中に激痛が走ったときは死んだ方がマシだと思ったこともあったけど、王子に生まれたんだから仕方がない」
「仕方ないって……」
「仕方ないんだよ。第一王子の義務ってやつだ。毒に耐性をつけることも、結婚も、子供をつくることも、全部。そこに俺の意思はあまり必要ない。……あ、今、人形みたいだって思った?」
「いえ、そんなことは……」
「いいんだよ。俺自身も思うし。人形みたいだなってさ。蕁麻疹が出るおかげで強制結婚させられずにはすんでいるけどね。いつまで逃げられるかはわからない。……つまんない人生だよねぇ」
リチャードは大口でショコラタルトを平らげていく。すべて食べ終えると、紅茶を一口飲んでから、凍りついたように固まってしまったカレンの頬を指先でつついた。
「ほら、食べないと。好きだろう? ショコラ」
頬をつつかれて、カレンはハッとしたように手元のショコラタルトを見た。だが、フォークを近づけるものの、どうしてかタルトをカットする前に手が止まる。
「ごめん。嫌な気持ちにさせるつもりじゃなかったんだ。なぜか無性に愚痴を言いたくなっただけ。――確かに俺の人生はつまらないけど、君が来てからはそれなりに楽しいよ。だから、そんな顔をしていないで、早く食べるといい」
カレンはこくんと頷いたが、やはり手が進まず、見かねたリチャードがカレンの手元から皿とフォークを取り上げた。
「仕方ないから俺が食べさせてあげるよ。ほら、口をあけて。あーん」
ショコラタルトを一口大にカットして、リチャードはカレンの口にフォークを近づける。
カレンはおずおずと口をあけてショコラタルトを口に入れてもらうと、もぐもぐと咀嚼しながら、リチャードの言葉をかみしめた。
――君が来てからはそれなりに楽しいよ。
明日からは、もう少しリチャードに優しくしてあげようと、思った。
12
あなたにおすすめの小説
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
勘違いで嫁ぎましたが、相手が理想の筋肉でした!
エス
恋愛
「男性の魅力は筋肉ですわっ!!」
華奢な男がもてはやされるこの国で、そう豪語する侯爵令嬢テレーゼ。
縁談はことごとく破談し、兄アルベルトも王太子ユリウスも頭を抱えていた。
そんな折、騎士団長ヴォルフがユリウスの元に「若い女性を紹介してほしい」と相談に現れる。
よく見ればこの男──家柄よし、部下からの信頼厚し、そして何より、圧巻の筋肉!!
「この男しかいない!」とユリウスは即断し、テレーゼとの結婚話を進める。
ところがテレーゼが嫁いだ先で、当のヴォルフは、
「俺は……メイドを紹介してほしかったんだが!?」
と何やら焦っていて。
……まあ細かいことはいいでしょう。
なにせ、その腕、その太もも、その背中。
最高の筋肉ですもの! この結婚、全力で続行させていただきますわ!!
女性不慣れな不器用騎士団長 × 筋肉フェチ令嬢。
誤解から始まる、すれ違いだらけの新婚生活、いざスタート!
※他サイトに投稿したものを、改稿しています。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』
透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。
「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」
そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが!
突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!?
気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態!
けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で――
「なんて可憐な子なんだ……!」
……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!?
これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!?
ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆
枯れ専モブ令嬢のはずが…どうしてこうなった!
宵森みなと
恋愛
気づけば異世界。しかもモブ美少女な伯爵令嬢に転生していたわたくし。
静かに余生——いえ、学園生活を送る予定でしたのに、魔法暴発事件で隠していた全属性持ちがバレてしまい、なぜか王子に目をつけられ、魔法師団から訓練指導、さらには騎士団長にも出会ってしまうという急展開。
……団長様方、どうしてそんなに推せるお顔をしていらっしゃるのですか?
枯れ専なわたくしの理性がもちません——と思いつつ、学園生活を謳歌しつつ魔法の訓練や騎士団での治療の手助けと
忙しい日々。残念ながらお子様には興味がありませんとヒロイン(自称)の取り巻きへの塩対応に、怒らせると意外に強烈パンチの言葉を話すモブ令嬢(自称)
これは、恋と使命のはざまで悩む“ちんまり美少女令嬢”が、騎士団と王都を巻き込みながら心を育てていく、
――枯れ専ヒロインのほんわか異世界成長ラブファンタジーです。
異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜
京
恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。
右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。
そんな乙女ゲームのようなお話。
ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく
犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。
「絶対駄目ーー」
と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。
何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。
募集 婿入り希望者
対象外は、嫡男、後継者、王族
目指せハッピーエンド(?)!!
全23話で完結です。
この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる