10 / 27
突然、モテ期がやってきました 4
しおりを挟む
街から帰るころにはすっかり日も暮れていた。
ラルフに家まで送ってもらって、お土産に買った小さなシュークリームの箱を大切に抱えて馬車から降りる。
今日はすっごく楽しかった。
楽しすぎて、目的の店以外にもたくさんの店を回ったから足が棒のようだ。
シュークリーム以外にも、ほかの店でチョコレートを買ったし、それにあう紅茶も買った。食べ物ばかり欲しがるのがオーレリアだなとラルフには笑われたが、ラルフ相手に気取って「新しい宝石がほしいんですの」などと言うはずがないのは彼もわかっているだろう。第一、宝石は食べられないのでそれほど興味ない。最低限のものがあればいいと思っているくらいだ。
「明後日からあんまり来れなくなるけど、ちゃんと食べろよ?」
ラルフは明後日から本格的に仕事がはじまるらしい。朝にサンプソン家に出勤して夜に帰る日々だそうだ。時には泊りもあるという。休みは週に一回だと言うから、今まで以上に気軽に会えなくなるけれど、彼が王都の士官学校に通っていた時は季節ごとのまとまった休みの時くらいしか会えなかったから、それに比べればましな方だ。
(でも……お父様たちが死んでから、毎日来てくれてたから……淋しいな)
ラルフはいなくなるわけではないけれど、毎日会えなくなると思うと、心にぽっかりと穴が開いたみたいな気持ちになる。
淋しいと思ったのが顔に出ていたのか、ラルフがオーレリアの頭をポンポンと撫でた。
「そんな顔するなよ。休みの日には必ず会いに来るからさ」
「ほんと?」
「ああ。……それに」
ラルフは急に真剣な顔をすると、オーレリアの頬をするりと手の甲で撫でて言う。
「結婚してくれって言っただろ? 言っておくけど、あれ、冗談じゃなくて本気だから。だからちゃんとお前を口説きに来るよ」
「へ? 口説……っ⁉」
「当り前だろ。お前絶対、わかってないもんな」
ラルフは苦笑して、それからそっと身をかがめると、オーレリアの額に触れるだけのキスを落とした。
「ひゃっ!」
オーレリアが弾かれたように額を押さえて、金魚のよろしく口をパクパクすると、ラルフがあははと笑う。
「そう言うことだから、お前も覚悟しておけよ。じゃあな。……ハンカチ、楽しみにしてるから」
ラルフがひらひらと手を振って馬車に乗り込む。
馬車が見えなくなるまで額を押さえたままぼんやりと見送ったオーレリアは、頬を押さえてその場にしゃがみこんだ。
(あれはいったい誰⁉)
ラルフはどうしてしまったのだろうか。なんだかすっかり別人のようだ。
(額にキスなんて、お兄様にもされたことなかったのに!)
子供のころに父や母にされた記憶はあるけれど、それも十歳前後までの話だ。
いつまでたっても家に入ってこないオーレリアを心配して様子を見に来たドーラが、しゃがみこんだまま「あー」とか「うー」とか唸っているオーレリアにギョッとする。
「お嬢様、そこで何をしているんですか⁉」
オーレリアは慌てて立ち上がると、「何でもないの!」と叫んでドーラにお土産の小さなシュークリームが入った箱を押し付ける。
「み、みんなで食べて! シュークリーム! わ、わたし服を着替えるから、それじゃ!」
そのまま急いで玄関に飛び込んでバタバタと二階に駆けあがる。
「お嬢様! 着替えるって、そのドレスは一人で着替えられないでしょう?」
ドーラのあきれた声が階下から聞こえたけれど、オーレリアはそのまま自室に飛び込んで、勢いよくベッドの上にダイブした。
(もうっ、ラルフがよくわからないわ!)
枕を抱きしめて、ごろごろとベッドの上を転がる。
(口説くなんて、額にキスするなんて、あれではまるで、まるで……!)
まるでラルフが本当にオーレリアのことを好きみたいだ。
ラルフはオーレリアのことを妹のようにしか思っていないはずなのに、どうしてだろう。
「もう、わけわかんないわ!」
ギルバートもラルフも、まるで昨日を境に別人になってしまったみたい。
オーレリアはひとしきりベッドの上をごろごろしたあと、ハッとして顔をあげた。
「もしかして、これがモテ期⁉」
友人によると、モテ期とは人生のどこかで訪れる、よくわからないけれど異性に異様にモテる時期だと言う。
そんなものが本当に存在するのか半信半疑だったけれど、もしかしなくてもオーレリアにモテ期が到来したのだろうか。
少なくともラルフの求婚がただの彼の優しさからの同情だったなら、彼が「口説く」なんて似合わないセリフを吐くとは思えない。額にキスだってしないはずだ。
しかしたとえモテ期が到来したのだとしても、一夜に二人から求婚されるのは問題だった。どちらもオーレリアにとっては大切な人だ。もしどちらか一方だったならば、困惑しつつもその求婚を受け入れただろう。しかし、二人同時で来られたら――オーレリアはどうしたらいいのかわからない。
ギルバートは大切な友人。
ラルフは大切な家族同然の人。
どちらも大切だから、選べない。
オーレリアは怖いのだ。
どちらか一方を選ぶことで、もう一人との関係性が変わってしまうことが。
(……でも、ラルフが求婚してくるなんて……そんなこと、考えたこともなかったな……)
ベッドの上に投げ出したままのバッグから、街で購入した青いハンカチを取り出す。
オーレリアに求婚したと言うことは、ラルフはオーレリアのことが……好き、なのだろうか。
だとしたら、それはいったい、いつからだったのだろう。
誰かいい人を見つけて結婚して、叔父からこの家を守れればそれで万々歳だったはずなのに、予想外の壁にぶち当たってしまった。
「わたしはいったい、どうしたらいいのかしら……」
朝から同じような自問ばかりしている気がする。
まるで出口のない迷路に迷い込んでしまったような気分だった。
ラルフに家まで送ってもらって、お土産に買った小さなシュークリームの箱を大切に抱えて馬車から降りる。
今日はすっごく楽しかった。
楽しすぎて、目的の店以外にもたくさんの店を回ったから足が棒のようだ。
シュークリーム以外にも、ほかの店でチョコレートを買ったし、それにあう紅茶も買った。食べ物ばかり欲しがるのがオーレリアだなとラルフには笑われたが、ラルフ相手に気取って「新しい宝石がほしいんですの」などと言うはずがないのは彼もわかっているだろう。第一、宝石は食べられないのでそれほど興味ない。最低限のものがあればいいと思っているくらいだ。
「明後日からあんまり来れなくなるけど、ちゃんと食べろよ?」
ラルフは明後日から本格的に仕事がはじまるらしい。朝にサンプソン家に出勤して夜に帰る日々だそうだ。時には泊りもあるという。休みは週に一回だと言うから、今まで以上に気軽に会えなくなるけれど、彼が王都の士官学校に通っていた時は季節ごとのまとまった休みの時くらいしか会えなかったから、それに比べればましな方だ。
(でも……お父様たちが死んでから、毎日来てくれてたから……淋しいな)
ラルフはいなくなるわけではないけれど、毎日会えなくなると思うと、心にぽっかりと穴が開いたみたいな気持ちになる。
淋しいと思ったのが顔に出ていたのか、ラルフがオーレリアの頭をポンポンと撫でた。
「そんな顔するなよ。休みの日には必ず会いに来るからさ」
「ほんと?」
「ああ。……それに」
ラルフは急に真剣な顔をすると、オーレリアの頬をするりと手の甲で撫でて言う。
「結婚してくれって言っただろ? 言っておくけど、あれ、冗談じゃなくて本気だから。だからちゃんとお前を口説きに来るよ」
「へ? 口説……っ⁉」
「当り前だろ。お前絶対、わかってないもんな」
ラルフは苦笑して、それからそっと身をかがめると、オーレリアの額に触れるだけのキスを落とした。
「ひゃっ!」
オーレリアが弾かれたように額を押さえて、金魚のよろしく口をパクパクすると、ラルフがあははと笑う。
「そう言うことだから、お前も覚悟しておけよ。じゃあな。……ハンカチ、楽しみにしてるから」
ラルフがひらひらと手を振って馬車に乗り込む。
馬車が見えなくなるまで額を押さえたままぼんやりと見送ったオーレリアは、頬を押さえてその場にしゃがみこんだ。
(あれはいったい誰⁉)
ラルフはどうしてしまったのだろうか。なんだかすっかり別人のようだ。
(額にキスなんて、お兄様にもされたことなかったのに!)
子供のころに父や母にされた記憶はあるけれど、それも十歳前後までの話だ。
いつまでたっても家に入ってこないオーレリアを心配して様子を見に来たドーラが、しゃがみこんだまま「あー」とか「うー」とか唸っているオーレリアにギョッとする。
「お嬢様、そこで何をしているんですか⁉」
オーレリアは慌てて立ち上がると、「何でもないの!」と叫んでドーラにお土産の小さなシュークリームが入った箱を押し付ける。
「み、みんなで食べて! シュークリーム! わ、わたし服を着替えるから、それじゃ!」
そのまま急いで玄関に飛び込んでバタバタと二階に駆けあがる。
「お嬢様! 着替えるって、そのドレスは一人で着替えられないでしょう?」
ドーラのあきれた声が階下から聞こえたけれど、オーレリアはそのまま自室に飛び込んで、勢いよくベッドの上にダイブした。
(もうっ、ラルフがよくわからないわ!)
枕を抱きしめて、ごろごろとベッドの上を転がる。
(口説くなんて、額にキスするなんて、あれではまるで、まるで……!)
まるでラルフが本当にオーレリアのことを好きみたいだ。
ラルフはオーレリアのことを妹のようにしか思っていないはずなのに、どうしてだろう。
「もう、わけわかんないわ!」
ギルバートもラルフも、まるで昨日を境に別人になってしまったみたい。
オーレリアはひとしきりベッドの上をごろごろしたあと、ハッとして顔をあげた。
「もしかして、これがモテ期⁉」
友人によると、モテ期とは人生のどこかで訪れる、よくわからないけれど異性に異様にモテる時期だと言う。
そんなものが本当に存在するのか半信半疑だったけれど、もしかしなくてもオーレリアにモテ期が到来したのだろうか。
少なくともラルフの求婚がただの彼の優しさからの同情だったなら、彼が「口説く」なんて似合わないセリフを吐くとは思えない。額にキスだってしないはずだ。
しかしたとえモテ期が到来したのだとしても、一夜に二人から求婚されるのは問題だった。どちらもオーレリアにとっては大切な人だ。もしどちらか一方だったならば、困惑しつつもその求婚を受け入れただろう。しかし、二人同時で来られたら――オーレリアはどうしたらいいのかわからない。
ギルバートは大切な友人。
ラルフは大切な家族同然の人。
どちらも大切だから、選べない。
オーレリアは怖いのだ。
どちらか一方を選ぶことで、もう一人との関係性が変わってしまうことが。
(……でも、ラルフが求婚してくるなんて……そんなこと、考えたこともなかったな……)
ベッドの上に投げ出したままのバッグから、街で購入した青いハンカチを取り出す。
オーレリアに求婚したと言うことは、ラルフはオーレリアのことが……好き、なのだろうか。
だとしたら、それはいったい、いつからだったのだろう。
誰かいい人を見つけて結婚して、叔父からこの家を守れればそれで万々歳だったはずなのに、予想外の壁にぶち当たってしまった。
「わたしはいったい、どうしたらいいのかしら……」
朝から同じような自問ばかりしている気がする。
まるで出口のない迷路に迷い込んでしまったような気分だった。
7
あなたにおすすめの小説
これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー
小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。
でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。
もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……?
表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。
全年齢作品です。
ベリーズカフェ公開日 2022/09/21
アルファポリス公開日 2025/06/19
作品の無断転載はご遠慮ください。
大好きな婚約者に「距離を置こう」と言われました
ミズメ
恋愛
感情表現が乏しいせいで""氷鉄令嬢""と呼ばれている侯爵令嬢のフェリシアは、婚約者のアーサー殿下に唐突に距離を置くことを告げられる。
これは婚約破棄の危機――そう思ったフェリシアは色々と自分磨きに励むけれど、なぜだか上手くいかない。
とある夜会で、アーサーの隣に見知らぬ金髪の令嬢がいたという話を聞いてしまって……!?
重すぎる愛が故に婚約者に接近することができないアーサーと、なんとしても距離を縮めたいフェリシアの接近禁止の婚約騒動。
○カクヨム、小説家になろうさまにも掲載/全部書き終えてます
氷の騎士と契約結婚したのですが、愛することはないと言われたので契約通り離縁します!
柚屋志宇
恋愛
「お前を愛することはない」
『氷の騎士』侯爵令息ライナスは、伯爵令嬢セルマに白い結婚を宣言した。
セルマは家同士の政略による契約結婚と割り切ってライナスの妻となり、二年後の離縁の日を待つ。
しかし結婚すると、最初は冷たかったライナスだが次第にセルマに好意的になる。
だがセルマは離縁の日が待ち遠しい。
※小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。
【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!
りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。
食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。
だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。
食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。
パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。
そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。
王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。
そんなの自分でしろ!!!!!
【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね
江崎美彩
恋愛
王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。
幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。
「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」
ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう……
〜登場人物〜
ミンディ・ハーミング
元気が取り柄の伯爵令嬢。
幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。
ブライアン・ケイリー
ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。
天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。
ベリンダ・ケイリー
ブライアンの年子の妹。
ミンディとブライアンの良き理解者。
王太子殿下
婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。
『小説家になろう』にも投稿しています
妹の身代わりだった私に「本命は君だ」――王宮前で王子に抱き潰され、溺愛がバレました。~私が虐げられるきっかけになった少年が、私と王子を結び付
唯崎りいち
恋愛
妹の身代わりとして王子とデートすることになった私。でも王子の本命は最初から私で――。長年虐げられ、地味でみすぼらしい私が、王子の愛と溺愛に包まれ、ついに幸せを掴む甘々ラブファンタジー。妹や家族との誤解、影武者の存在も絡み、ハラハラと胸キュンが止まらない物語。
自己肯定感の低い令嬢が策士な騎士の溺愛に絡め取られるまで
嘉月
恋愛
平凡より少し劣る頭の出来と、ぱっとしない容姿。
誰にも望まれず、夜会ではいつも壁の花になる。
でもそんな事、気にしたこともなかった。だって、人と話すのも目立つのも好きではないのだもの。
このまま実家でのんびりと一生を生きていくのだと信じていた。
そんな拗らせ内気令嬢が策士な騎士の罠に掛かるまでの恋物語
執筆済みで完結確約です。
【完結】私たち白い結婚だったので、離婚してください
楠結衣
恋愛
田舎の薬屋に生まれたエリサは、薬草が大好き。薬草を摘みに出掛けると、怪我をした一匹の子犬を助ける。子犬だと思っていたら、領主の息子の狼獣人ヒューゴだった。
ヒューゴとエリサは、一緒に薬草採取に出掛ける日々を送る。そんなある日、魔王復活の知らせが世界を駆け抜け、神託によりヒューゴが勇者に選ばれることに。
ヒューゴが出立の日、エリサは自身の恋心に気づいてヒューゴに告白したところ二人は即結婚することに……!
「エリサを泣かせるなんて、絶対許さない」
「エリサ、愛してる!」
ちょっぴり鈍感で薬草を愛するヒロインが、一途で愛が重たい変態風味な勇者に溺愛されるお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる