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突然、モテ期がやってきました 4
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街から帰るころにはすっかり日も暮れていた。
ラルフに家まで送ってもらって、お土産に買った小さなシュークリームの箱を大切に抱えて馬車から降りる。
今日はすっごく楽しかった。
楽しすぎて、目的の店以外にもたくさんの店を回ったから足が棒のようだ。
シュークリーム以外にも、ほかの店でチョコレートを買ったし、それにあう紅茶も買った。食べ物ばかり欲しがるのがオーレリアだなとラルフには笑われたが、ラルフ相手に気取って「新しい宝石がほしいんですの」などと言うはずがないのは彼もわかっているだろう。第一、宝石は食べられないのでそれほど興味ない。最低限のものがあればいいと思っているくらいだ。
「明後日からあんまり来れなくなるけど、ちゃんと食べろよ?」
ラルフは明後日から本格的に仕事がはじまるらしい。朝にサンプソン家に出勤して夜に帰る日々だそうだ。時には泊りもあるという。休みは週に一回だと言うから、今まで以上に気軽に会えなくなるけれど、彼が王都の士官学校に通っていた時は季節ごとのまとまった休みの時くらいしか会えなかったから、それに比べればましな方だ。
(でも……お父様たちが死んでから、毎日来てくれてたから……淋しいな)
ラルフはいなくなるわけではないけれど、毎日会えなくなると思うと、心にぽっかりと穴が開いたみたいな気持ちになる。
淋しいと思ったのが顔に出ていたのか、ラルフがオーレリアの頭をポンポンと撫でた。
「そんな顔するなよ。休みの日には必ず会いに来るからさ」
「ほんと?」
「ああ。……それに」
ラルフは急に真剣な顔をすると、オーレリアの頬をするりと手の甲で撫でて言う。
「結婚してくれって言っただろ? 言っておくけど、あれ、冗談じゃなくて本気だから。だからちゃんとお前を口説きに来るよ」
「へ? 口説……っ⁉」
「当り前だろ。お前絶対、わかってないもんな」
ラルフは苦笑して、それからそっと身をかがめると、オーレリアの額に触れるだけのキスを落とした。
「ひゃっ!」
オーレリアが弾かれたように額を押さえて、金魚のよろしく口をパクパクすると、ラルフがあははと笑う。
「そう言うことだから、お前も覚悟しておけよ。じゃあな。……ハンカチ、楽しみにしてるから」
ラルフがひらひらと手を振って馬車に乗り込む。
馬車が見えなくなるまで額を押さえたままぼんやりと見送ったオーレリアは、頬を押さえてその場にしゃがみこんだ。
(あれはいったい誰⁉)
ラルフはどうしてしまったのだろうか。なんだかすっかり別人のようだ。
(額にキスなんて、お兄様にもされたことなかったのに!)
子供のころに父や母にされた記憶はあるけれど、それも十歳前後までの話だ。
いつまでたっても家に入ってこないオーレリアを心配して様子を見に来たドーラが、しゃがみこんだまま「あー」とか「うー」とか唸っているオーレリアにギョッとする。
「お嬢様、そこで何をしているんですか⁉」
オーレリアは慌てて立ち上がると、「何でもないの!」と叫んでドーラにお土産の小さなシュークリームが入った箱を押し付ける。
「み、みんなで食べて! シュークリーム! わ、わたし服を着替えるから、それじゃ!」
そのまま急いで玄関に飛び込んでバタバタと二階に駆けあがる。
「お嬢様! 着替えるって、そのドレスは一人で着替えられないでしょう?」
ドーラのあきれた声が階下から聞こえたけれど、オーレリアはそのまま自室に飛び込んで、勢いよくベッドの上にダイブした。
(もうっ、ラルフがよくわからないわ!)
枕を抱きしめて、ごろごろとベッドの上を転がる。
(口説くなんて、額にキスするなんて、あれではまるで、まるで……!)
まるでラルフが本当にオーレリアのことを好きみたいだ。
ラルフはオーレリアのことを妹のようにしか思っていないはずなのに、どうしてだろう。
「もう、わけわかんないわ!」
ギルバートもラルフも、まるで昨日を境に別人になってしまったみたい。
オーレリアはひとしきりベッドの上をごろごろしたあと、ハッとして顔をあげた。
「もしかして、これがモテ期⁉」
友人によると、モテ期とは人生のどこかで訪れる、よくわからないけれど異性に異様にモテる時期だと言う。
そんなものが本当に存在するのか半信半疑だったけれど、もしかしなくてもオーレリアにモテ期が到来したのだろうか。
少なくともラルフの求婚がただの彼の優しさからの同情だったなら、彼が「口説く」なんて似合わないセリフを吐くとは思えない。額にキスだってしないはずだ。
しかしたとえモテ期が到来したのだとしても、一夜に二人から求婚されるのは問題だった。どちらもオーレリアにとっては大切な人だ。もしどちらか一方だったならば、困惑しつつもその求婚を受け入れただろう。しかし、二人同時で来られたら――オーレリアはどうしたらいいのかわからない。
ギルバートは大切な友人。
ラルフは大切な家族同然の人。
どちらも大切だから、選べない。
オーレリアは怖いのだ。
どちらか一方を選ぶことで、もう一人との関係性が変わってしまうことが。
(……でも、ラルフが求婚してくるなんて……そんなこと、考えたこともなかったな……)
ベッドの上に投げ出したままのバッグから、街で購入した青いハンカチを取り出す。
オーレリアに求婚したと言うことは、ラルフはオーレリアのことが……好き、なのだろうか。
だとしたら、それはいったい、いつからだったのだろう。
誰かいい人を見つけて結婚して、叔父からこの家を守れればそれで万々歳だったはずなのに、予想外の壁にぶち当たってしまった。
「わたしはいったい、どうしたらいいのかしら……」
朝から同じような自問ばかりしている気がする。
まるで出口のない迷路に迷い込んでしまったような気分だった。
ラルフに家まで送ってもらって、お土産に買った小さなシュークリームの箱を大切に抱えて馬車から降りる。
今日はすっごく楽しかった。
楽しすぎて、目的の店以外にもたくさんの店を回ったから足が棒のようだ。
シュークリーム以外にも、ほかの店でチョコレートを買ったし、それにあう紅茶も買った。食べ物ばかり欲しがるのがオーレリアだなとラルフには笑われたが、ラルフ相手に気取って「新しい宝石がほしいんですの」などと言うはずがないのは彼もわかっているだろう。第一、宝石は食べられないのでそれほど興味ない。最低限のものがあればいいと思っているくらいだ。
「明後日からあんまり来れなくなるけど、ちゃんと食べろよ?」
ラルフは明後日から本格的に仕事がはじまるらしい。朝にサンプソン家に出勤して夜に帰る日々だそうだ。時には泊りもあるという。休みは週に一回だと言うから、今まで以上に気軽に会えなくなるけれど、彼が王都の士官学校に通っていた時は季節ごとのまとまった休みの時くらいしか会えなかったから、それに比べればましな方だ。
(でも……お父様たちが死んでから、毎日来てくれてたから……淋しいな)
ラルフはいなくなるわけではないけれど、毎日会えなくなると思うと、心にぽっかりと穴が開いたみたいな気持ちになる。
淋しいと思ったのが顔に出ていたのか、ラルフがオーレリアの頭をポンポンと撫でた。
「そんな顔するなよ。休みの日には必ず会いに来るからさ」
「ほんと?」
「ああ。……それに」
ラルフは急に真剣な顔をすると、オーレリアの頬をするりと手の甲で撫でて言う。
「結婚してくれって言っただろ? 言っておくけど、あれ、冗談じゃなくて本気だから。だからちゃんとお前を口説きに来るよ」
「へ? 口説……っ⁉」
「当り前だろ。お前絶対、わかってないもんな」
ラルフは苦笑して、それからそっと身をかがめると、オーレリアの額に触れるだけのキスを落とした。
「ひゃっ!」
オーレリアが弾かれたように額を押さえて、金魚のよろしく口をパクパクすると、ラルフがあははと笑う。
「そう言うことだから、お前も覚悟しておけよ。じゃあな。……ハンカチ、楽しみにしてるから」
ラルフがひらひらと手を振って馬車に乗り込む。
馬車が見えなくなるまで額を押さえたままぼんやりと見送ったオーレリアは、頬を押さえてその場にしゃがみこんだ。
(あれはいったい誰⁉)
ラルフはどうしてしまったのだろうか。なんだかすっかり別人のようだ。
(額にキスなんて、お兄様にもされたことなかったのに!)
子供のころに父や母にされた記憶はあるけれど、それも十歳前後までの話だ。
いつまでたっても家に入ってこないオーレリアを心配して様子を見に来たドーラが、しゃがみこんだまま「あー」とか「うー」とか唸っているオーレリアにギョッとする。
「お嬢様、そこで何をしているんですか⁉」
オーレリアは慌てて立ち上がると、「何でもないの!」と叫んでドーラにお土産の小さなシュークリームが入った箱を押し付ける。
「み、みんなで食べて! シュークリーム! わ、わたし服を着替えるから、それじゃ!」
そのまま急いで玄関に飛び込んでバタバタと二階に駆けあがる。
「お嬢様! 着替えるって、そのドレスは一人で着替えられないでしょう?」
ドーラのあきれた声が階下から聞こえたけれど、オーレリアはそのまま自室に飛び込んで、勢いよくベッドの上にダイブした。
(もうっ、ラルフがよくわからないわ!)
枕を抱きしめて、ごろごろとベッドの上を転がる。
(口説くなんて、額にキスするなんて、あれではまるで、まるで……!)
まるでラルフが本当にオーレリアのことを好きみたいだ。
ラルフはオーレリアのことを妹のようにしか思っていないはずなのに、どうしてだろう。
「もう、わけわかんないわ!」
ギルバートもラルフも、まるで昨日を境に別人になってしまったみたい。
オーレリアはひとしきりベッドの上をごろごろしたあと、ハッとして顔をあげた。
「もしかして、これがモテ期⁉」
友人によると、モテ期とは人生のどこかで訪れる、よくわからないけれど異性に異様にモテる時期だと言う。
そんなものが本当に存在するのか半信半疑だったけれど、もしかしなくてもオーレリアにモテ期が到来したのだろうか。
少なくともラルフの求婚がただの彼の優しさからの同情だったなら、彼が「口説く」なんて似合わないセリフを吐くとは思えない。額にキスだってしないはずだ。
しかしたとえモテ期が到来したのだとしても、一夜に二人から求婚されるのは問題だった。どちらもオーレリアにとっては大切な人だ。もしどちらか一方だったならば、困惑しつつもその求婚を受け入れただろう。しかし、二人同時で来られたら――オーレリアはどうしたらいいのかわからない。
ギルバートは大切な友人。
ラルフは大切な家族同然の人。
どちらも大切だから、選べない。
オーレリアは怖いのだ。
どちらか一方を選ぶことで、もう一人との関係性が変わってしまうことが。
(……でも、ラルフが求婚してくるなんて……そんなこと、考えたこともなかったな……)
ベッドの上に投げ出したままのバッグから、街で購入した青いハンカチを取り出す。
オーレリアに求婚したと言うことは、ラルフはオーレリアのことが……好き、なのだろうか。
だとしたら、それはいったい、いつからだったのだろう。
誰かいい人を見つけて結婚して、叔父からこの家を守れればそれで万々歳だったはずなのに、予想外の壁にぶち当たってしまった。
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