夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~

狭山ひびき

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猫王妃と離婚危機

フィリエルの答え 8

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「いいですかお兄様、きちんと、オーレリアン殿下にはお断りを入れておいてくださいよ?」

 ステファヌたちがロマリエ国に帰る日。
 城の玄関先まで見送りに出たフィリエルは、厳しい表情を作ってステファヌに指を突きつけた。
 ステファヌがうんざりした顔でため息を吐く。

「しつこいな。わかっているって。こちらとしてもこのまま放置していたら外交問題になるからな、お前に嫁ぐ意思がない以上断るしかない」
(だから、嫁ぐ意思も何もわたしは既婚者だってば!)

 フィリエルはむっと口をへの字に曲げた。
 もしもこの話が、もっと前――昨年の秋冬頃に持って来られていたらと思うとぞっとする。
 あの頃のリオンはフィリエルのことなんてどうだってよかっただろうから、ステファヌの提案をあっさり受諾していただろう。

「オーレリアン殿下の件は心配しなくてもいいが、お前もいい加減どこかで里帰りしろ。母上たちが気をもんでいるからな」
「わかっていますけど……」

 あとからステファヌに教えられたことだが、母の、あのしつこい手紙は、実はフィリエルを泣きつかせるための作戦だったらしい。
 子はまだかとせっついていたら、そのうち観念してコルティア国でどういう扱いを受けているのか白状し助けを求めると思っていたそうだ。

(あの容赦ない手紙にそんな意図があったなんてね……)

 フィリエルが思っていた以上に母に心配をかけてしまっていたらしい。

(でも今里帰りしたら、この六年のことを根掘り葉掘り聞かれそうだし……もうちょっと後でいいかな……)

 母の追及をかわすのは大変そうだ。
 詳細を話すにしても、できれば「昔はこうだったのよ」と笑い話にできるくらい経ってからにしたい。

「お母様には手紙を書いておきます。もう大丈夫ですから、お兄様も、わたしの娘を息子の嫁にするとか意味のわからない手紙を送りつけてくるのはやめてくださいね。もう冗談は結構です」
「冗談で言ったわけじゃないぞ?」
「はい?」
「私は本気だった。ちなみに今も本気で思っている」
「…………。もう帰ってくださる?」

 しっしと手を振ると、ステファヌが眉を跳ね上げる。
 ルシールがおっとりと「どうしようもない方」と苦笑しつつ、ステファヌの背中を押して馬車に乗りこませた。

「イザリアも元気でね」
「お姉様もね。ああ、側妃が必要になったらいつでも声かけてくれていいから」
「結構よ。というかあなたも我儘ばっかり言ってないで、そろそろ真剣に相手を探しなさいよ」
「そう思うならどこかの大国の王子様でも紹介してよ。お姉様昔から何故かモテてたから、知り合いならいっぱいいるでしょう?」

 何故か、は余計だ。それに、外交で他国の王子に会ったことはたくさんあるが、イザリアが言うほどモテていた記憶はない。

「フィリエル、そんなに人気だったのか?」

 隣で家族の語らいを見守ってくれていたリオンが、わずかに眉を寄せてフィリエルの顔を覗き込んできた。

「人気じゃないですよ!」
「人気でしたよ。お姉様、黙ってたら儚そうに見えるタイプなんで。外見詐欺ってやつですね。色気はまったくないですけど」
(誰が外見詐欺よ! 色気がなくて悪かったわね!)

 ムカッとしたが、文句を言う前にイザリアが手を振って馬車に乗り込んだ。
 馬車の扉が閉まり、ゆっくりと馬車が動き出す。
 リオンと並んで馬車が見えなくなるまで手を振っていたフィリエルは、「さっきの話だけど」とリオンに話しかけられてぎくりとした。
 リオンの声が、いつもより幾分か低かったからだ。

「フィリエルはそんなに人気だったの?」

 同じことを訊かれて、フィリエルはぶんぶんと首を横に振った。

「人気じゃないですよ!」
「イザリアが……」
「イザリアが勝手に言っているだけです!」
「でも、オーレリアン殿下の件もあるだろう?」
「あ、あれは……、オーレリアン殿下はきっと、そう、わたしを姉のように慕ってくれていたんですよ。だからです、たぶん!」
「ふうん」

 リオンは頷いたが、その表情は納得していなさそうだ。

(な、何故かしら……。ここで陛下を納得させておかないと、後が怖いような嫌な予感がするわ)

 何といっていいのか……そう! あれだ。猫のときの、お風呂に連行される前のような、いやーな予感だ。

「……義兄上から聞いたけど、縁談、たくさん来ていたんだろう?」
(お兄様今度会ったらしばく‼)

 来てない来てないと首を横に振ったが、リオンの疑いのまなざしは濃くなる一方だ。

「俺以外を選んでいた可能性も、あるよね」

 フィリエルはふるふると震えた。よくわからないが、怖い!
 泣きそうになったフィリエルは、やけくそになって叫んだ。

「あり得ません! それこそ、十二歳の時から、わたしが好きなのは陛下だけですっ」

 叫んで、フィリエルはハッと両手で口を押える。

(ここ……城の玄関だったっ)

 ばっと周囲を確認すると、兵士とか文官とかメイドとかが、何とも生暖かい視線をフィリエルへ向けていた。

(ひーっ!)

 フィリエルは心の中で悲鳴を上げて、大急ぎでこの場から逃げ出そうとしたが、その前にリオンに手首をつかまれてしまった。
 そーっと振り返ると、リオンが頬をうっすらと染めて、嬉しそうに微笑んでいる。

「そうか。それはなんだか……いい気分だ」

 行こう、と手を引かれてリオンとともに歩き出す。
 いったいこれは何の罰ゲームなんだと羞恥で顔を染めながらも、フィリエルは、楽しそうに笑っているリオンにホッとした。
 フィリエルはもう猫ではないが、リオンはよく笑いかけてくれる。

 ――俺の妻はフィリエルがいい。他はいらない。

 リオンは愛がわからないと言ったが、フィリエルは、あの時のあの言葉だけで充分だ。

 結婚六年目。
 ようやく、フィリエルとリオンの、結婚生活に幕が上がった。




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