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その日の夜、セシリアはもやもやして眠れなかった。
レシティの言う通り、過激派の連中は魔王が撃退したらしい。彼らによって破壊された二階の一部も、リュシルフルの力で元通りだという。
しかし、破壊された部分が元に戻ったからと言って、過激派の魔族たちの行動はなかったことにはならない。セシリアがここにいるせいで起こった事件だ。
レシティは、ここにいればセシリアは安全だという。リュシルフルがいるから、過激派が何をしてこようと、セシリアの身に危険が及ぶことはないという。
もちろん、そう聞かされても怖いものは怖いけれど、恐怖よりも何よりも、グリモアーナ国を再興しようと、安易な考えでここに来てしまったことを何より後悔した。セシリアが来なければ、リュシルフルに迷惑をかけることはなかっただろう。
セシリアはごろんと寝返りをうつ。
ごろん、ごろんと何度も寝返りを打って、どうやっても寝付けそうにないとわかると、むくりと起き上がった。
(少し散歩でもしようかな……)
少し歩けば眠くなるかもしれない。
セシリアはサイドテーブルの上に置いてあるランタンに火をともすと、夜着の上にショールを羽織って部屋を出た。
夜の城はちょっとだけ不気味だ。
廊下にはふかふかの絨毯が敷かれているから足音は響かないが、ランタンで足元をともそうとも廊下の奥は暗く、闇色の何かがうごめいているような錯覚すら覚える。
あまりあちこち歩き回ると迷子になりそうなので、セシリアは道順を覚えている一階のサロンへ向かうことにした。
中央階段を降りれば、玄関ホールには明かりが灯されていたので、そのオレンジ色の光にちょっとほっとする。
玄関ホールの中央には大きな花瓶があって、香りのいい色とりどりの薔薇が生けてある。およそ魔王の城らしくない華やかな印象だが、親切なこの城のメイドたちの顔を思い浮かべると逆にこれが子の城らしいと思えてしまうから不思議だ。
香りに釣られるようにふらふらと花瓶に近づいて、赤や白やピンクの大輪の薔薇たちを覗き込む。セシリアが暮らしていた離宮の庭には小さな草花が多かったので、こんなに大輪の薔薇を見たのは久しぶりだった。それこそレバニエル国の城で暮らしていたとき以来だ。
(いい香り)
セシリアは薔薇の香りが好きだった。薔薇の香水やオイルは高価なので、倹約していたセシリアには手が出なかったが、レバニエル城で生活していたころにメイドにもらった薔薇のポプリを、ほとんど香りがしなくなっても大事に取っていたくらいに好きだ。その大好きな薔薇の香りで少し気分が落ち着いてきて、セシリアが香りごと大きく息を吸い込んだ――そのときだった。
「何をしている」
「ひっ!」
背後から突然声が聞こえて、セシリアは飛び上がった。
振り返ると黒髪に月色の瞳をした背の高い魔王陛下の姿がある。リュシルフルは階段のすぐそばに立っていて、怪訝そうに眉を寄せていた。
「気配がすると思って降りてみれば、こんな夜中にこんなところで何をしている」
あきらかに不審がられている。城に押しかけて来た人間が、夜中に一人でふらふらと歩き回っていれば訝しがられても仕方がないだろうと気がついて、セシリアは慌てた。
「起こしてごめんなさい! 眠れなかったから、それで少し散歩に……」
「花の中に顔を突っ込んでいるように見えたが」
「う……、いい香りがしたから、つい」
それから、薔薇に鼻先がつくほどに顔を近づけはしたが、花の中に顔を突っ込んではいない。けれどもリュシルフルの位置らはセシリアが花の中に顔を突っ込んでいるように見えたのだろう。……それは確かに、不審極まりない。
「薔薇か。欲しいならメイドに言えば浴槽に山ほど浮かべてくれるだろう」
「え、そんなもったいないことはしませんよ」
セシリアがぶんぶんと首を横に振れば、リュシルフルはわずかに目を見張った。
「もったいない?」
「そうですよ。お湯なんかにつけたら花の再利用ができなくなるじゃないですか。もったいない。それに、一度きりの入浴のためにたくさんの薔薇を切っちゃうなんて、可哀そうです」
「…………は」
小さく笑ったような声がして、リュシルフルが片手で口元を覆った。
セシリアはハッとした。とんでもなく貧乏くさい発言をしてしまったと気がついたからだ。
(やっちゃった……)
ただでさえ印象が悪いのに、これ以上リュシルフルの中のセシリア評価を下げるわけにはいかないのに、やらかしてしまったようだ。
セシリアは頭を抱えたくなったが、それより先にリュシルフルがゆっくりと近づいてきて、花瓶の中から赤い薔薇を一輪抜き取った。無言で差し出されたので、おずおずと受け取る。
リュシルフルが少しだけ口端を持ち上げたように見えた。
「あの女も薔薇が好きだったが……、その子孫のくせに、こうも違うとはな」
「え?」
「それはやるから、早く寝ろ。もう遅い」
「あの……」
薔薇を渡されたセシリアが戸惑っている間に、リュシルフルが踵を返す。
そのまま一度も振り返ることなく去っていった魔王の後ろ姿が見えなくなるまで、セシリアはただただ茫然と立ち尽くした。
レシティの言う通り、過激派の連中は魔王が撃退したらしい。彼らによって破壊された二階の一部も、リュシルフルの力で元通りだという。
しかし、破壊された部分が元に戻ったからと言って、過激派の魔族たちの行動はなかったことにはならない。セシリアがここにいるせいで起こった事件だ。
レシティは、ここにいればセシリアは安全だという。リュシルフルがいるから、過激派が何をしてこようと、セシリアの身に危険が及ぶことはないという。
もちろん、そう聞かされても怖いものは怖いけれど、恐怖よりも何よりも、グリモアーナ国を再興しようと、安易な考えでここに来てしまったことを何より後悔した。セシリアが来なければ、リュシルフルに迷惑をかけることはなかっただろう。
セシリアはごろんと寝返りをうつ。
ごろん、ごろんと何度も寝返りを打って、どうやっても寝付けそうにないとわかると、むくりと起き上がった。
(少し散歩でもしようかな……)
少し歩けば眠くなるかもしれない。
セシリアはサイドテーブルの上に置いてあるランタンに火をともすと、夜着の上にショールを羽織って部屋を出た。
夜の城はちょっとだけ不気味だ。
廊下にはふかふかの絨毯が敷かれているから足音は響かないが、ランタンで足元をともそうとも廊下の奥は暗く、闇色の何かがうごめいているような錯覚すら覚える。
あまりあちこち歩き回ると迷子になりそうなので、セシリアは道順を覚えている一階のサロンへ向かうことにした。
中央階段を降りれば、玄関ホールには明かりが灯されていたので、そのオレンジ色の光にちょっとほっとする。
玄関ホールの中央には大きな花瓶があって、香りのいい色とりどりの薔薇が生けてある。およそ魔王の城らしくない華やかな印象だが、親切なこの城のメイドたちの顔を思い浮かべると逆にこれが子の城らしいと思えてしまうから不思議だ。
香りに釣られるようにふらふらと花瓶に近づいて、赤や白やピンクの大輪の薔薇たちを覗き込む。セシリアが暮らしていた離宮の庭には小さな草花が多かったので、こんなに大輪の薔薇を見たのは久しぶりだった。それこそレバニエル国の城で暮らしていたとき以来だ。
(いい香り)
セシリアは薔薇の香りが好きだった。薔薇の香水やオイルは高価なので、倹約していたセシリアには手が出なかったが、レバニエル城で生活していたころにメイドにもらった薔薇のポプリを、ほとんど香りがしなくなっても大事に取っていたくらいに好きだ。その大好きな薔薇の香りで少し気分が落ち着いてきて、セシリアが香りごと大きく息を吸い込んだ――そのときだった。
「何をしている」
「ひっ!」
背後から突然声が聞こえて、セシリアは飛び上がった。
振り返ると黒髪に月色の瞳をした背の高い魔王陛下の姿がある。リュシルフルは階段のすぐそばに立っていて、怪訝そうに眉を寄せていた。
「気配がすると思って降りてみれば、こんな夜中にこんなところで何をしている」
あきらかに不審がられている。城に押しかけて来た人間が、夜中に一人でふらふらと歩き回っていれば訝しがられても仕方がないだろうと気がついて、セシリアは慌てた。
「起こしてごめんなさい! 眠れなかったから、それで少し散歩に……」
「花の中に顔を突っ込んでいるように見えたが」
「う……、いい香りがしたから、つい」
それから、薔薇に鼻先がつくほどに顔を近づけはしたが、花の中に顔を突っ込んではいない。けれどもリュシルフルの位置らはセシリアが花の中に顔を突っ込んでいるように見えたのだろう。……それは確かに、不審極まりない。
「薔薇か。欲しいならメイドに言えば浴槽に山ほど浮かべてくれるだろう」
「え、そんなもったいないことはしませんよ」
セシリアがぶんぶんと首を横に振れば、リュシルフルはわずかに目を見張った。
「もったいない?」
「そうですよ。お湯なんかにつけたら花の再利用ができなくなるじゃないですか。もったいない。それに、一度きりの入浴のためにたくさんの薔薇を切っちゃうなんて、可哀そうです」
「…………は」
小さく笑ったような声がして、リュシルフルが片手で口元を覆った。
セシリアはハッとした。とんでもなく貧乏くさい発言をしてしまったと気がついたからだ。
(やっちゃった……)
ただでさえ印象が悪いのに、これ以上リュシルフルの中のセシリア評価を下げるわけにはいかないのに、やらかしてしまったようだ。
セシリアは頭を抱えたくなったが、それより先にリュシルフルがゆっくりと近づいてきて、花瓶の中から赤い薔薇を一輪抜き取った。無言で差し出されたので、おずおずと受け取る。
リュシルフルが少しだけ口端を持ち上げたように見えた。
「あの女も薔薇が好きだったが……、その子孫のくせに、こうも違うとはな」
「え?」
「それはやるから、早く寝ろ。もう遅い」
「あの……」
薔薇を渡されたセシリアが戸惑っている間に、リュシルフルが踵を返す。
そのまま一度も振り返ることなく去っていった魔王の後ろ姿が見えなくなるまで、セシリアはただただ茫然と立ち尽くした。
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