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第一部 三回目の人生
信用できるのは、大嫌いだった男 3
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わたしが覚悟を決めて伝えると、クリストバルはひゅっと息を呑んだ後で、とっても険しい顔になった。
「アサレア、俺は以前、お前は特に発言には気をつけなくてはならないと言ったはずだ。その上で訊く。……その情報はどこからだ。そして、どの程度信用できる。もし冗談なら俺が怒る前に撤回しろ」
「冗談なんかじゃないわ」
「では、誰から聞いた」
うーん、まあ、そう来るわよね。
わたしも、クリストバルに相談しようと決めてから、たぶんわたしについて話さなくてはならなくなるだろうなとは予測していた。
ただ、ラロの話をして、クリストバルが信じてくれるかどうかはわからない。
ラロの存在は、お兄様に毒が盛られているという話以上に、ずっと荒唐無稽なものだからだ。
……わたしが未来から過去に戻って来たって話はもっと荒唐無稽でしょうから、これは誰にも言えないんだけど。
ラロすら知らないのだから、これはクリストバルには言えない。
だけど、ラロのことは伝える必要があるのだ。そうしなければ、城に近づくどころか、これまで離宮から出たことがなかったわたしが、いったいどうして誰も知らないような情報を持っているのかって話になるのよ。
クリストバルが相手じゃなかったら、間違いなくわたしが犯人として捕まってもおかしくない話なのよね。
何せ、嫌われ者の魔女だから。
「わたしが今からする話は、クリストバルには信じられないかもしれないけど……」
「信じる信じないは俺が決める」
「わかった」
わたしは一つ頷いて、二回も人生をやり直しているわたしにとっては、ずっとずっと昔のことに思える、ラロとの出会いから語り出した。
☆
わたしが離宮に移された時の記憶は、曖昧だ。
五歳だったし、お城でも部屋に閉じ込められていて、関わる人間は最低限だった。
そのため、たぶんだけど、通常の五歳児よりも脳の発達が緩やかだったのだろう。人と関わらないから刺激が少なかったに違いない。
ある日、わたしは数名の使用人たちに連れられて部屋を出ると、窓を潰した馬車に押し込められた。
そしてそのまま一時間くらい馬車に揺られただろうか。もしかしたらもっと長かったかもしれないし、短かったかもしれない。だって記憶が曖昧だし、あの当時わたしはぼんやりしていたから、体感時間で具体的な時間が測れるはずがなかったのだ。
しばらくして、馬車は山のふもとにたどり着いた。
馬車を下ろされると騎士がいて、わたしを荷物のように抱えて歩き出した。
騎士のあとには使用人もぞろぞろとついてくる。
その誰もが、わたしを睨みつけていた。今思えば、わたしの世話をするために彼らは離宮送りにされたのだから、恨んでいたのだろう。
騎士に荷物のように運ばれて離宮に到着したわたしは、今度は使用人に手を引かれて三階の物置部屋に連れていかれた。
ちらっとしか確認できなかったけど、到着したばかりの離宮は、王家の離宮だけあって豪華だったと思う。高そうな壺とか絵とかなんかいっぱいあったはずだ。
だけど、わたしが再びそれらの豪華な品々を目にすることはなかった。
何故なら連れていかれた三階の部屋に閉じ込められたからだ。
最初のうちは、食事だけは運ばれて来た。
三階の部屋は物置部屋のようだったけど、もともとは使用人が使う部屋だったのか、続きにお風呂やトイレがあった。
だけどお風呂はお湯を運んでもらわないと入れないから、もちろん使えない。
トイレは配管を通して下水に落ちるように作られていたから、何とか使えた。紙がなかったから、物置部屋の中に押し込められていた、古いボロボロのシーツのようなものを、同じく物置部屋で見つけた錆びついた鋏で切って使った。思えば五歳児にしては頑張った方だと思う。
そんな感じで、閉じ込められてからどのくらいが立っただろうか。
一日三食運ばれて来た食事が二食になり、一食になり、二日にいっぺんになり、三日にいっぺんになり、やがて運ばれてこなくなった。
そのときにはもともとぼんやりしていたわたしはさらにぼんやりしてしまって、まともに体を動かすことすらできなくなっていた。
起きているのもつらくなって、一日の大半を寝て過ごした。
というか、意識が朦朧としていたから、半分気絶していたんだと思う。
そしていつしかわたしの意識はぷつりと途絶えた。
本当なら、わたしはそこで、死ぬ運命にあったのだろう。
だけど、再びわたしが意識を取り戻したとき、わたしがいた場所は三階の物置部屋ではなくて、なんかいろいろ荒らされていて散らかってはいるけれど、ベッドのある広い部屋だった。
ずっとまともに食事をとっていなかったからか、視界がぼんやりしていてまともに見れなかったけれど、遠くで声がしたのを覚えている。
「アサレア‼ よかった‼」
聞いたことがない声がして、わたしは誰かに抱き起された。
ほとんど目が見えない状態だったわたしの口元に、とろとろのパン粥のようなものが乗ったスプーンが押し当てられて――飢餓状態だったわたしは、一心不乱でそれを食べたのを覚えている。
それから数日……もしかしたらもっとかもしれないけど、日が経つにつれてわたしの視力が戻って来た。
そんなわたしの視界に飛び込んできたのは、真っ白な子犬で、その子犬はぷかぷかと宙に浮いていて、五歳児のわたしは悟った。
――あ、死んだんだ。
だけど違った。
空飛ぶ子犬ラロは、わたしと一緒にここに来た使用人たちが離宮にあった金目の物を持ち出して逃亡したことを教えてくれて、彼らの代わりにこれからは一緒にいてくれると言った。
ちなみに、ラロが自分のことを「伝説の聖獣フェンリル様だ!」と言ったセリフは、聞き流しておいたけどね。
「アサレア、俺は以前、お前は特に発言には気をつけなくてはならないと言ったはずだ。その上で訊く。……その情報はどこからだ。そして、どの程度信用できる。もし冗談なら俺が怒る前に撤回しろ」
「冗談なんかじゃないわ」
「では、誰から聞いた」
うーん、まあ、そう来るわよね。
わたしも、クリストバルに相談しようと決めてから、たぶんわたしについて話さなくてはならなくなるだろうなとは予測していた。
ただ、ラロの話をして、クリストバルが信じてくれるかどうかはわからない。
ラロの存在は、お兄様に毒が盛られているという話以上に、ずっと荒唐無稽なものだからだ。
……わたしが未来から過去に戻って来たって話はもっと荒唐無稽でしょうから、これは誰にも言えないんだけど。
ラロすら知らないのだから、これはクリストバルには言えない。
だけど、ラロのことは伝える必要があるのだ。そうしなければ、城に近づくどころか、これまで離宮から出たことがなかったわたしが、いったいどうして誰も知らないような情報を持っているのかって話になるのよ。
クリストバルが相手じゃなかったら、間違いなくわたしが犯人として捕まってもおかしくない話なのよね。
何せ、嫌われ者の魔女だから。
「わたしが今からする話は、クリストバルには信じられないかもしれないけど……」
「信じる信じないは俺が決める」
「わかった」
わたしは一つ頷いて、二回も人生をやり直しているわたしにとっては、ずっとずっと昔のことに思える、ラロとの出会いから語り出した。
☆
わたしが離宮に移された時の記憶は、曖昧だ。
五歳だったし、お城でも部屋に閉じ込められていて、関わる人間は最低限だった。
そのため、たぶんだけど、通常の五歳児よりも脳の発達が緩やかだったのだろう。人と関わらないから刺激が少なかったに違いない。
ある日、わたしは数名の使用人たちに連れられて部屋を出ると、窓を潰した馬車に押し込められた。
そしてそのまま一時間くらい馬車に揺られただろうか。もしかしたらもっと長かったかもしれないし、短かったかもしれない。だって記憶が曖昧だし、あの当時わたしはぼんやりしていたから、体感時間で具体的な時間が測れるはずがなかったのだ。
しばらくして、馬車は山のふもとにたどり着いた。
馬車を下ろされると騎士がいて、わたしを荷物のように抱えて歩き出した。
騎士のあとには使用人もぞろぞろとついてくる。
その誰もが、わたしを睨みつけていた。今思えば、わたしの世話をするために彼らは離宮送りにされたのだから、恨んでいたのだろう。
騎士に荷物のように運ばれて離宮に到着したわたしは、今度は使用人に手を引かれて三階の物置部屋に連れていかれた。
ちらっとしか確認できなかったけど、到着したばかりの離宮は、王家の離宮だけあって豪華だったと思う。高そうな壺とか絵とかなんかいっぱいあったはずだ。
だけど、わたしが再びそれらの豪華な品々を目にすることはなかった。
何故なら連れていかれた三階の部屋に閉じ込められたからだ。
最初のうちは、食事だけは運ばれて来た。
三階の部屋は物置部屋のようだったけど、もともとは使用人が使う部屋だったのか、続きにお風呂やトイレがあった。
だけどお風呂はお湯を運んでもらわないと入れないから、もちろん使えない。
トイレは配管を通して下水に落ちるように作られていたから、何とか使えた。紙がなかったから、物置部屋の中に押し込められていた、古いボロボロのシーツのようなものを、同じく物置部屋で見つけた錆びついた鋏で切って使った。思えば五歳児にしては頑張った方だと思う。
そんな感じで、閉じ込められてからどのくらいが立っただろうか。
一日三食運ばれて来た食事が二食になり、一食になり、二日にいっぺんになり、三日にいっぺんになり、やがて運ばれてこなくなった。
そのときにはもともとぼんやりしていたわたしはさらにぼんやりしてしまって、まともに体を動かすことすらできなくなっていた。
起きているのもつらくなって、一日の大半を寝て過ごした。
というか、意識が朦朧としていたから、半分気絶していたんだと思う。
そしていつしかわたしの意識はぷつりと途絶えた。
本当なら、わたしはそこで、死ぬ運命にあったのだろう。
だけど、再びわたしが意識を取り戻したとき、わたしがいた場所は三階の物置部屋ではなくて、なんかいろいろ荒らされていて散らかってはいるけれど、ベッドのある広い部屋だった。
ずっとまともに食事をとっていなかったからか、視界がぼんやりしていてまともに見れなかったけれど、遠くで声がしたのを覚えている。
「アサレア‼ よかった‼」
聞いたことがない声がして、わたしは誰かに抱き起された。
ほとんど目が見えない状態だったわたしの口元に、とろとろのパン粥のようなものが乗ったスプーンが押し当てられて――飢餓状態だったわたしは、一心不乱でそれを食べたのを覚えている。
それから数日……もしかしたらもっとかもしれないけど、日が経つにつれてわたしの視力が戻って来た。
そんなわたしの視界に飛び込んできたのは、真っ白な子犬で、その子犬はぷかぷかと宙に浮いていて、五歳児のわたしは悟った。
――あ、死んだんだ。
だけど違った。
空飛ぶ子犬ラロは、わたしと一緒にここに来た使用人たちが離宮にあった金目の物を持ち出して逃亡したことを教えてくれて、彼らの代わりにこれからは一緒にいてくれると言った。
ちなみに、ラロが自分のことを「伝説の聖獣フェンリル様だ!」と言ったセリフは、聞き流しておいたけどね。
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