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第一部 三回目の人生
信用できるのは、大嫌いだった男 4
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「という具合で、わたしは空飛ぶ犬に助けられて、今まで生きていたの。薬の作り方もラロが教えてくれたし、その薬を売りに行くのもラロがしてくれてる。お兄様の情報をくれたのもラロよ」
わたしが説明を終えると、クリストバルはこめかみを押さえて呻いた。
「とてもじゃないが、すぐに咀嚼できない話だな」
ま、それはそうね。
実際にラロを見てもらえば理解が早いでしょうけど、ラロはわたし以外には見えないし。
「だが、納得がいくのも確かだ。五歳で離宮に閉じ込められ、使用人たちが全員出て行った状態では、普通の子供ならばとてもではないが生きられない。薬の作り方だって誰にも教えてもらわない状態である日ぽっと作れるようになったとも思えない。それに薬を売りに行くにしてもお前は離宮から出られないし、行商人が離宮に向かったという話も聞いていない。いろいろ謎だったことが、今の説明で一気に解決した。……信じがたい話ではあるがな。だがそれよりも」
クリストバルはそこでいったん話を区切って、ダンッとテーブルに拳を叩きつけた。
ちょ、ちょっと、びっくりするじゃないの。なんで不機嫌そうなの?
「お前が、離宮に到着して閉じ込められていたなんてはじめて聞いた。それが本当なら、使用人どもは逃げただけではなく殺人未遂……いや、ラロとやらがいなかったら確実に死んでいたからもう殺人と言い換えてもいいな。その罪まで犯していたことになる。到底許しがたい!」
……そ、そんなに怒ること?
わたしの感覚だと遥か昔のことだし、子供の頃の話だから、その件についてはどうだっていいのよね。意識が朦朧としていたせいか、実感も少ないし。
「お前を見捨てた使用人のほとんどの居場所はつかめている。立証するならお前の予算をくすねているやつを一網打尽にする時だと思ってまだ泳がせていたが、もはやそんな悠長なことは言っていられないな。一刻も早く捕縛して痛い目に見せてやる」
「いやいやいや、それはまずいんじゃないの? お兄様とか、公爵の計画もあるんだろうし」
「表に出なければいいだろう。裏からいくらでもやりようがある」
クリストバルが怖いんですけどっ!
これ、離宮から逃亡した使用人たちは地獄を見るやつじゃないの? 別に使用人たちに同情なんてしないけど、クリストバルが暴走しそうで不安だよ!
だけど、わたしのことで、クリストバルはなんでこんなに怒るのかしら?
……ま、まあ、ちょっと怖いけど、悪い気はしないんだけどね。
誰かがわたしのことで怒っているのは、嬉しいと言うかなんというか。
くすぐったい気持ちになるというか、なんかドキドキしてくるっていうか。
……あの時の吊り橋効果、まだ残っているのかしら、心臓がおかしいわ。
お怒りモードのクリストバルにそわっそわしながら、わたしは続けた。
「そんな昔の問題はあとでいいわよ。今はお兄様の方じゃない?」
「あとでいいとは思わないが、確かに殿下の事実なら大変なことだぞ。だが何故殿下が狙われる? それも、体調が悪くなる程度の少量の毒を盛り続けるなんて……」
「ラロが言うには、王位継承問題が関係しているんじゃないかって」
「王位継承……、クベード侯爵家か」
あら、あっさりそこを疑うのね。
「確証はないが、クベード侯爵家が一番怪しいな。お前の予算の件でも、関与があるのではないかと父上が疑っていた。だが、殿下に毒を盛られているのが昔からなら、すべての証拠を探すのは骨が折れそうだ」
「やっぱり昔の件を探るのは大変なの?」
「そうだな。俺たち一家がサモラ王国に戻って来たのは九年前だ。ここ九年の間の出来事ならまだ探りやすいが、それ以前のこととなると手間取る。お前を見捨てた使用人たちを探すのに手間取ったのもそのためだ」
そういえば、オルティス公爵家は九年前まで外交官として他国――エチェリア公国にいたんだったわ。クリストバルもエチェリア公国で生まれたのよね、確か。
オルティス公爵がサモラ王国に戻って来たのは、前公爵、つまりクリストバルのおじい様が亡くなられたからである。公爵が跡を継ぐために戻って来たのだ。
そうなると、オルティス公爵家がお兄様に毒を盛っている可能性はぐっと下がるわ。やっぱりクベード侯爵家が怪しいわよ。
クリストバルやオルティス公爵たちがそんなことをするとは思っていなかったけどね。でも、可能性が低いと思うとホッとするわ。
「えっとね、あと、もしかしたらお兄様は、自分に毒が盛られていると気づいているかもしれないってラロが言っていたわ。だから食事をあまり取らずに、できるだけ摂取する毒を減らしているんじゃないかって」
「なるほどな。だが、それはそれで本末転倒だろう。毒を取るのも問題だが、きちんと食事をしないと体力が落ちて回復も遅くなる。……お前の作った栄養薬で体調が回復したのも頷けるな」
「問題は、お兄様も今のところ、そのくらいしか打つ手がないってことじゃないかしら? 手があるならとっくに犯人を捕まえているでしょうし」
誰が好き好んで何年も毒を接しし続けるだろう。わかっていて口にしなければならない状況だなんて、お兄様、可哀想すぎるわ。
「殿下は自分の周囲の人間を疑っているんだろう。だから俺にも相談できなかったし、誰が味方かわからない状況で、そんな話を打ち明けられるはずがない。殿下自身が寝たきりなんだ、誰かが代わりに調査する必要があるが、誰にも頼れなかったんだ」
「それなら、クリストバルが動けない?」
「そうだな。奇しくも栄養薬を持って行ったことで、殿下は俺に対する疑いを多少なりとも晴らしてくれたはずだ。だが、詳細を話すにしても、長時間二人きりでいると怪しまれるかもしれない」
まあ、確かにね。
王太子ってことは、この国で二番目に偉いってことよ。
そんなお兄様の部屋にはたくさんの使用人がいるでしょうし、隙を見て内緒話をするにしても長時間は無理だろう。栄養薬も、隙を見てこそっと渡したと言っていたし。
「逆に、お兄様に来てもらうって方法は?」
「今の体調だと難しい」
「……これでも?」
わたしは、ことんとテーブルの上に小瓶を置いた。
昨日ラロの話を聞いて急遽作った解毒薬だ。モニカさんに渡したのと一緒で、広範囲の毒を解毒できる。とはいえ、全部の毒を解毒できるわけではないだろうから、お兄様に盛られているのがこれが効く毒でない場合はどうしようもないんだけど。
「効くかどうかはわかんないけど、試してみる価値はあるんじゃない?」
クリストバルは大きく目を見開き、それからにやりと笑った。
「お前、もしかしたら殿下が即位した暁には、この国の英雄になるかもしれないぞ」
そんなものになりたいとは思わないから、丁重に辞退申し上げるわよ。
わたしが説明を終えると、クリストバルはこめかみを押さえて呻いた。
「とてもじゃないが、すぐに咀嚼できない話だな」
ま、それはそうね。
実際にラロを見てもらえば理解が早いでしょうけど、ラロはわたし以外には見えないし。
「だが、納得がいくのも確かだ。五歳で離宮に閉じ込められ、使用人たちが全員出て行った状態では、普通の子供ならばとてもではないが生きられない。薬の作り方だって誰にも教えてもらわない状態である日ぽっと作れるようになったとも思えない。それに薬を売りに行くにしてもお前は離宮から出られないし、行商人が離宮に向かったという話も聞いていない。いろいろ謎だったことが、今の説明で一気に解決した。……信じがたい話ではあるがな。だがそれよりも」
クリストバルはそこでいったん話を区切って、ダンッとテーブルに拳を叩きつけた。
ちょ、ちょっと、びっくりするじゃないの。なんで不機嫌そうなの?
「お前が、離宮に到着して閉じ込められていたなんてはじめて聞いた。それが本当なら、使用人どもは逃げただけではなく殺人未遂……いや、ラロとやらがいなかったら確実に死んでいたからもう殺人と言い換えてもいいな。その罪まで犯していたことになる。到底許しがたい!」
……そ、そんなに怒ること?
わたしの感覚だと遥か昔のことだし、子供の頃の話だから、その件についてはどうだっていいのよね。意識が朦朧としていたせいか、実感も少ないし。
「お前を見捨てた使用人のほとんどの居場所はつかめている。立証するならお前の予算をくすねているやつを一網打尽にする時だと思ってまだ泳がせていたが、もはやそんな悠長なことは言っていられないな。一刻も早く捕縛して痛い目に見せてやる」
「いやいやいや、それはまずいんじゃないの? お兄様とか、公爵の計画もあるんだろうし」
「表に出なければいいだろう。裏からいくらでもやりようがある」
クリストバルが怖いんですけどっ!
これ、離宮から逃亡した使用人たちは地獄を見るやつじゃないの? 別に使用人たちに同情なんてしないけど、クリストバルが暴走しそうで不安だよ!
だけど、わたしのことで、クリストバルはなんでこんなに怒るのかしら?
……ま、まあ、ちょっと怖いけど、悪い気はしないんだけどね。
誰かがわたしのことで怒っているのは、嬉しいと言うかなんというか。
くすぐったい気持ちになるというか、なんかドキドキしてくるっていうか。
……あの時の吊り橋効果、まだ残っているのかしら、心臓がおかしいわ。
お怒りモードのクリストバルにそわっそわしながら、わたしは続けた。
「そんな昔の問題はあとでいいわよ。今はお兄様の方じゃない?」
「あとでいいとは思わないが、確かに殿下の事実なら大変なことだぞ。だが何故殿下が狙われる? それも、体調が悪くなる程度の少量の毒を盛り続けるなんて……」
「ラロが言うには、王位継承問題が関係しているんじゃないかって」
「王位継承……、クベード侯爵家か」
あら、あっさりそこを疑うのね。
「確証はないが、クベード侯爵家が一番怪しいな。お前の予算の件でも、関与があるのではないかと父上が疑っていた。だが、殿下に毒を盛られているのが昔からなら、すべての証拠を探すのは骨が折れそうだ」
「やっぱり昔の件を探るのは大変なの?」
「そうだな。俺たち一家がサモラ王国に戻って来たのは九年前だ。ここ九年の間の出来事ならまだ探りやすいが、それ以前のこととなると手間取る。お前を見捨てた使用人たちを探すのに手間取ったのもそのためだ」
そういえば、オルティス公爵家は九年前まで外交官として他国――エチェリア公国にいたんだったわ。クリストバルもエチェリア公国で生まれたのよね、確か。
オルティス公爵がサモラ王国に戻って来たのは、前公爵、つまりクリストバルのおじい様が亡くなられたからである。公爵が跡を継ぐために戻って来たのだ。
そうなると、オルティス公爵家がお兄様に毒を盛っている可能性はぐっと下がるわ。やっぱりクベード侯爵家が怪しいわよ。
クリストバルやオルティス公爵たちがそんなことをするとは思っていなかったけどね。でも、可能性が低いと思うとホッとするわ。
「えっとね、あと、もしかしたらお兄様は、自分に毒が盛られていると気づいているかもしれないってラロが言っていたわ。だから食事をあまり取らずに、できるだけ摂取する毒を減らしているんじゃないかって」
「なるほどな。だが、それはそれで本末転倒だろう。毒を取るのも問題だが、きちんと食事をしないと体力が落ちて回復も遅くなる。……お前の作った栄養薬で体調が回復したのも頷けるな」
「問題は、お兄様も今のところ、そのくらいしか打つ手がないってことじゃないかしら? 手があるならとっくに犯人を捕まえているでしょうし」
誰が好き好んで何年も毒を接しし続けるだろう。わかっていて口にしなければならない状況だなんて、お兄様、可哀想すぎるわ。
「殿下は自分の周囲の人間を疑っているんだろう。だから俺にも相談できなかったし、誰が味方かわからない状況で、そんな話を打ち明けられるはずがない。殿下自身が寝たきりなんだ、誰かが代わりに調査する必要があるが、誰にも頼れなかったんだ」
「それなら、クリストバルが動けない?」
「そうだな。奇しくも栄養薬を持って行ったことで、殿下は俺に対する疑いを多少なりとも晴らしてくれたはずだ。だが、詳細を話すにしても、長時間二人きりでいると怪しまれるかもしれない」
まあ、確かにね。
王太子ってことは、この国で二番目に偉いってことよ。
そんなお兄様の部屋にはたくさんの使用人がいるでしょうし、隙を見て内緒話をするにしても長時間は無理だろう。栄養薬も、隙を見てこそっと渡したと言っていたし。
「逆に、お兄様に来てもらうって方法は?」
「今の体調だと難しい」
「……これでも?」
わたしは、ことんとテーブルの上に小瓶を置いた。
昨日ラロの話を聞いて急遽作った解毒薬だ。モニカさんに渡したのと一緒で、広範囲の毒を解毒できる。とはいえ、全部の毒を解毒できるわけではないだろうから、お兄様に盛られているのがこれが効く毒でない場合はどうしようもないんだけど。
「効くかどうかはわかんないけど、試してみる価値はあるんじゃない?」
クリストバルは大きく目を見開き、それからにやりと笑った。
「お前、もしかしたら殿下が即位した暁には、この国の英雄になるかもしれないぞ」
そんなものになりたいとは思わないから、丁重に辞退申し上げるわよ。
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