ヴァイオレント・ノクターン

乃寅

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濫觴の四月[April of Beginning]

Mission15 戦う覚悟

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1日を終え、俺は家路に就く用意をしていた。
そんな俺のところに直巳がリュックを左肩だけで背負った状態で早足でやってきた。

「ああ大和、ちょっと今日は先に帰るぜ」
「なにか用事が?」
「ああ。例年に比べてちょいと早めの繁忙期でさ、今日は特にな。賃金はちゃんと払ってくれるから別に不満だとは思ってねえけどな」

前も言ったが彼の家は母親がカフェを経営している。
どうやら繁盛している様で何よりだ。

「それじゃあな」
「ああ。さようなら」

彼は急ぎ足でそのままその場から去って行った。
カフェか……しばらく行っていなかった。今度行ってみるか。

「大和」

俺は荷物をまとめて昇降口へと向かう途中で背後から誰かに肩を叩かれた。

「拓海姉」

振り向くと拓海姉がいた。
彼女とは学年──俺が1年で拓海姉が3年──が違い、下駄箱の場所も離れているので一旦別れ、靴を履いてから外で合流した。
俺たちはそのまま歩き、話を始める。

「大丈夫だった?仙ちゃんから聞いたよ」
「大丈夫って?……ああ、襲われたって話?」

俺は推測し、それが合っているかどうか彼女に確認した。
姉さんから聞いたという俺を心配する様な話と言ったらそれくらいだろう。

「そう。怪我とかしてない?」
「大丈夫。東京にいた時も鍛えてて正解だったよ」

元々父さんによって俺と姉さんは武術を叩き込まれている。
叔父さんの家にいた3年間も一応鍛えてはいた。
武術を覚えても使う機会はないだろう……と思っていたがあった。

「ああ。無事ならよかった。それよりも部隊はどうなった?」
「部隊?ああ既に組んだけど名前が決まらなくて……」

俺自身も色々と考えてみたが中々思い付くものでもない。
この調子では部隊編成届の提出日までに思い付きそうにない。

「名前か……ふざけた名前だと却下されそうだしね」
「拓海姉も部隊に入ってるんだよね?この学園の生徒ってことは」
「ああ。“神聖なる円舞曲セイクリッドワルツ”っていう部隊にね」

セイクリッドワルツ……神聖なる円舞曲か。
言葉の響きは格好いいが……なんというか……

「……そんな感じでいいの?ちょっと、なんていうか……中二感が……」
「問題なかったよ。……まあ、ちょっと中二感それはあるけど」

自覚はあるのか。それならよかった。
自覚なしの中二病ほど怖いものはない……多分。
いや、そもそも拓海姉は中二病ではなさそうだ。

「ああ勿論だけどちゃんと意味はあって名付けたよ?」
「そりゃあね……一応迷ったら参考にさせてもらうよ」
「どうぞご自由に。……あ、そうだ」

拓海姉はぴたりと足を止める。
俺もそれに合わせて足を止め、彼女の方へと身体の向きを変える。

「どうした?」
「こないだの夜、覚えてる?赤い髪の女の子を大和の家まで運んだ夜」

俺は少し考え、記憶の海からその夜の出来事を引き揚げた。
突然倒れた緋色の髪を持つ少女が目覚めるまで我が家に置いている。

「ああ……あの子、少しすれば起きるかなって思ってたんだけど、全然起きる気配がないよ。今も家で寝てる」
「それは心配だなぁ。病院とかは?」
「一応病院の先生に看に来ては貰ってるけど『大丈夫』って言ってる」

そうは言っているが俺たち家族は安心できずにいた。
少しすれば目覚めるだろうと高をくくっていたがここ数日は寝ている。
本当に大丈夫なのか、彼女が目覚めるまで安心できない。

「そっか、ならよかった……ってその話じゃなくて。いや、まあ、その報告も大事だけど……」
「この話じゃないならどの話?」
「ここの道、その日の夜に通りかかったんだけど……その時に怪しい人影を見たんだよね」
「人影?」

そう、と言って拓海姉は近くの家の屋根を指差す。

「ちょうどそこの家の屋根だったかな、3人組で誰かがいた。フードを目深に被って顔を隠してた」
「それは確かに怪しいな……その3人組は?」
「地区を囲む壁の向こう側に行ってた。会話の内容からGRのテロリストだと思う」

壁の向こう側……GRによる占領地に用があるなんてただの人たちではなさそうだ。
壁の外に用があるのは奪還作戦のために突入するイージスか、町の大半を占拠しているGRくらいだろう。
民間人が占領地に用があるとは思いがたい。

「あの家を見て思い出してさ。もしかして大和を襲ったのもその3人組かも……」
「でも、俺を襲った犯人は単独だった」
「もしかしたらその3人組の1人かも──」

そんな時だった。
突然拓海姉が俺を突き飛ばした。

「え──」

一瞬なにが起こったのか理解できずにいた。
俺は重力に引かれる様にして、横に倒れた。

「……まさか気付かれるなんて。気配は消していたつもりだったのに」
「これでも耳はいいからね。靴と地面の微かな摩擦音で気付いたよ。それでもそのくらい近くなるまで気が付かなかったけど……」
「突き飛ばして助けるなんて……あと少しだったのに」

見上げると拓海姉の双眸は俺ではないものを映していた。
彼女の瞳に映るもの……それは白い仮面とナイフだ。
刹那、俺は何故突き飛ばされたのか理解した。

「ごめん大和、いきなり突き飛ばして……立てる?」
「あ、ああ……」

白い仮面はナイフを俺の首へと振るっていた。
そのままでは首を切り裂かれて死んでいた。
けれど拓海姉はナイフが俺の首へと届く前に突き飛ばして助けてくれたのだ。
彼女の差し出した手を借りつつ、俺は立ち上がり、俺へとナイフを振るった人物を睨む。

「昨日振りね」
「あんたは……!」

濡れた様な長い黒髪、黒いパーカーのフードと白単色のシンプルな仮面──
俺はその人物に見覚えがあった。
それもそうだろう。自身を殺しかけた襲撃者の姿なのだから。

「まさか戦いとは無関係そうな人間に邪魔されるなんて思っていなかったけれど……ワタシを目撃した以上殺すしかないわね」
「彼女に手を出すなっ!」
「それはどうかしら……ねっ!」

彼女が逆手に持ったナイフを拓海姉へと振るった。
俺は咄嗟に脇差を抜いてそのナイフを弾いた。
凶刃は弾き飛ばされ、近くの塀に叩きつけられ、重力に従って落ちた。

「……あら、傷付けることを恐れてるんじゃなかったの?」
「ああ。怖いよ。とてもね。できることなら傷付けたくはない」

──俺は他人を傷付けることを恐れている。
これが変わることは一生ないだろう。

「……甘ちゃんね──」
「──けど、大切な人を傷付けられるくらいなら俺は戦う」

俺の手にあるのは人を殺められる道具だ。
それを握りしめ、目の前の襲撃者を睨む。
彼女は弾き飛ばされたナイフを拾うことはせずに懐中から新たにナイフを取り出した。

「大和……」
「拓海姉はどこかに隠れてて」
「わ、判ったッ!」

拓海姉がいなければ俺は気配と殺意を消していた襲撃者──いや、暗殺者か──の凶刃によって殺されていただろう。
そんな彼女を今度は俺が守るために握った脇差を構えた。

「……確かに戦う覚悟はあるみたいね。なら、ワタシはその覚悟を否定するわ」
「やれるものならやってみろっ!」

戦うことを決めた俺とその覚悟を否定する暗殺者による戦いの火蓋が切られた。
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