ヴァイオレント・ノクターン

乃寅

文字の大きさ
39 / 92
兵革の五月[May of Struggle]

Mission1 嘔気横溢

しおりを挟む
──五月、春の後半に当たる月だ。
別名を皐月さつき、グレゴリオ暦で1年の5番目の月だ。

「うっ……吐きそう……」 

俺たちは今姉さんの運転する車に乗っていた。
俺は彼女の荒い運転でまさに嘔吐ばくはつ寸前だった。

「我慢して!あたしが運転下手なのは知ってるはずよ!」

運転席でハンドルを握る俺の姉、東条とうじょうせんがそう言った。
目線は前方に固定されていて、その表情に余裕はない。
車が右、左……と激しく揺れ、俺の嘔気を更に煽る。

「知ってるけどさ……どういうわけか前より下手くそになってない?」

今にも爆発寸前の嘔気を抑えつつ俺はそう問うた。
俺は以前彼女の運転する車に乗ったことがある。
けれど以前はここまで酷い運転ではなかった(世間一般で見れば酷い運転ではあったが)。

「しばらく乗ってなかったからね……」
「そういや運転歴は何年なの?仙ちゃん」

助手席で緑茶の入ったペットポトルを一口飲んでから幼馴染の南室なむろ拓海たくみがそう彼女に問うた。

「19の時に取ったから……今年で6年目ね」
(6年目でこんなに下手なのかよ……)

上達しないで逆に下手になるとは一体どういうことなのだろうか。
俺は激しい揺れで嘔気を刺激され、若干涙目になりつつそう思った。

「おいおい……大和。大丈夫かよ、顔真っ青だぜ?」

俺の隣に座っている友人、赤城あかぎ直巳なおみがそう言った。
俺に『顔が真っ青』と言うがそんな彼の顔色は普通だ。

「なんで直巳は平気そうなんだよ……」
「んー……いつもヘリに乗ってるからじゃないか?時々荒い運転もするし、乗り物酔いに対する耐性がついたのかな」

それは羨ましい。その耐性とやらを俺にも分けて欲しい。
──一応言っておくと俺はそこまで乗り物酔いをするタイプではない。どちらかというと乗り物酔いはしない方だ。
けれど彼女の運転は別だ。直巳の様に特殊なタイプでないのならば確実に酔うだろう。

「大和、本当に大丈夫?お水あるけど飲む?」

彼女はそう言ってレジ袋からミネラルウォーターの入ったペットポトルを取り出す。
未開封のものだ。冷えているらしく、ペットポトルの表面には水滴がついている。

「ありがとう拓海姉……もらうよ……」

差し出されたそれを受け取る。
酔っている身体は掌に冷たい水滴が触れただけでも心地よかった。
俺はキャップを開けてよく冷えた水を体内に流し込んだ。
少し酔いが楽になった様な気がした。

「中々強烈な運転だね……これは……」

俺の後ろでそう声がする。
毛先が薄く赤と青に染められた長い黒髪、縞瑪瑙オニキスの様に黒い瞳──雪の様に白い肌を持つ少女だ。
そしてまず目に入ったのは左目を隠す黒い眼帯アイパッチだ。
北見きたみ一颯いぶき──森さんのルームメイトだという少女だ。今回の旅行で森さんが誘ったらしい。
メッシュにアイパッチとその格好は清楚な森さんとは真反対でロックで今時といった感じだ。

「大丈夫?乗り物酔いには飴もいいって聞くけど……舐める?」
「ああ……ありがたく頂くよ……」

4月の終わり、新たに俺たち家族の一員となった少女、凛華りんかはそんな彼女へと飴を差し出す。

「一颯ちゃんもお水飲む?まだあるよ」

拓海姉は袋からペットボトルを取り出し、俺経由で北見さんへと渡した。

「ああすまない……というか、何故南室先輩も平気なんだい……?」
「えー?結構仙ちゃんのドライブとか付き合わされてるからね。何回も乗っていれば慣れるよ」
(姉さんのドライブに……?しかも何回も……?)

それは申し訳ない。

「う……ところで姉さん、次のパーキングまであとどれくらい?」
「えーっと……?あと……7キロ?ね」

前に固定された視線を無理やりカーナビへとずらし、パーキングエリアまでの距離を確認する姉さん。
その様子は見ていて危なっかしい。

「ななきろ……?」

けれど俺はそれよりも嘔吐寸前で、込み上げてくる嘔気と戦っているので残りの距離に絶望した。

「ちょ……ちょっと、大和……大丈夫……?」
「……じゃないかも」

5月最初の出来事は嘔気との格闘だった。
しかし今の俺たちには知る由もなかった。
この後俺たちを待ち受けている悪意の存在に──
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

Amor et odium

佐藤絹恵(サトウ.キヌエ)
ファンタジー
時代は中世ヨーロッパ中期 人々はキリスト教の神を信仰し 神を軸(じく)に生活を送っていた 聖書に書かれている事は 神の御言葉であり絶対 …しかし… 人々は知らない 神が既に人間に興味が無い事を そして…悪魔と呼ばれる我々が 人間を見守っている事を知らない 近頃 人間の神の信仰が薄れ 聖職者は腐敗し 好き勝手し始めていた 結果…民が餌食の的に… ・ ・ ・ 流石に 卑劣な人間の行いに看過出来ぬ 人間界に干渉させてもらうぞ

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

サディストの私がM男を多頭飼いした時のお話

トシコ
ファンタジー
素人の女王様である私がマゾの男性を飼うのはリスクもありますが、生活に余裕の出来た私には癒しの空間でした。結婚しないで管理職になった女性は周りから見る目も厳しく、私は自分だけの城を作りまあした。そこで私とM男の週末の生活を祖紹介します。半分はノンフィクション、そして半分はフィクションです。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

処理中です...