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兵革の五月[May of Struggle]
Mission7 湖城蒼
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湖城家に戻った俺たちは夕食まで部屋で待機していた。
とはいえ、ただ単にぼうっとして時間を過ごすのは退屈なのでトランプゲームに興じていた。
「──ちょっとトイレ行ってきますね」
尿意を感じ、俺は持っていたトランプを裏向きに床に伏せて置くと立ち上がる。
「……ああうん、トイレの場所は判る?」
湖城先輩の問いにはい、と返して部屋から出る。
しかし本当は手洗場がどこにあるかなんて把握していない。
適当に家の中を歩いていればいつか見つかるだろうくらいの気持ちでなんとか手洗場まで辿り着き、元の部屋まで戻ろうとした時だ。
──っ!──ぁっ!
どこかからバシンとなにかを強く打つ様な音と共に声が聞こえた。
その音と声に俺は部屋まで戻ろうとする足を止めた。
「この音は?」
気になった俺は部屋まで戻るという予定を変更し、どこが音源なのかを探しに行く。
人の家であまりうろうろするのはどこか罪悪感を覚えるがそれ以上に音の正体について知りたいという興味が勝っていた。
2分ばかりだろうか。音の源を探し、俺はとある部屋の前に立つ。
「『練習中』……」
部屋の扉にはそう達筆で書かれた木札がぶら下げられている。
俺はそれを手に取って読み上げた。
「はっ!やああっ!」
部屋からは威勢のいい声が聞こえてくる。
ここが先の打つ様な音と声の発生源だろう。それらは今も聞こえている。
「練習中……って、剣道でもしてるのかな?」
バシンという音や威勢のいい声は剣道の練習によるものならば納得できる。
音の正体を知った俺はそのまま部屋に戻ろうとしたが中から聞こえていた声と音がぴたりと止んだ。
練習を終えたのだろうか。俺はそう思い、扉を開ける。
射し込む陽光を反射する塗装された木目の床、壁に掛けられた『涓滴岩を穿つ』と書かれた板、中央に置かれた3つの打ち込み台、窒息してしまうのではないだろうかと思ってしまうほど厳かな雰囲気……俺が入ったのは剣道場だった。
「ふぅ……こんなものかな」
既に中にいた後ろで1つに結った髪と新雪の様に白い少女が肌を濡らしている汗をタオルで拭いながらそう言った。
彼女は確か、昼食の際に紹介して貰った……湖城先生の妹さんである蒼さんだ。彼女は白い稽古着に身を包んでいる。
彼女は左手に薙刀を持ちつつ、ペットボトルに入っているスポーツドリンクを飲む。
「……あれ、あんたは……」
ごくごくと半分ほど飲んでから蒼さんは俺の存在に気付く。
そしてペットボトルの蓋を閉めると「なにか用?」と俺に問うた。
その瞳は冷ややかで「用があってもなくても早く出ていけ」と言っている様だった。
「すみません。声が聞こえたからちょっと興味本位で……」
「……鍵掛けとけばよかった」
彼女はひとつ溜め息を吐いてそう言った。
彼女はぷいっとそっぽを向くと俺に興味などないかの様に再びスポーツドリンクを飲む。
「……ここは道場、ですか?」
「見れば判ると思うけど」
気まずさを和らげるために問うたがそうぶっきらぼうに返されてしまった。
更に気まずさが増し、俺は逃げたくなった。
「蒼さんは──」
「……あんた、年齢は?」
気まずい沈黙を破ろうと問おうとした俺に逆に蒼さんが問うた。
「え、15ですけど……」
「高校1年?」
「はい……」
俺がそう答えると蒼さんは「同い年か」と言った。
「それじゃあ敬称なんていらない」
「え、はい……わかりました」
「敬語もいらない」
「……判った」
同い年である彼女──湖城蒼は敬語を使われることが嫌いな様だ。
俺は彼女に対しての敬語と敬称の使用を禁じられ、代わりにタメ口を使うこととする。
「それで──なにか質問したかったんじゃないの?」
そう問われて俺は彼女に問おうとしていたことを思い出した。
「ああうん。随分熱心に取り組んでいるみたいだったから……なにか理由があるのかなって」「理由?……湖城流武術を絶やしたくないから」
彼女はそう答える。その瞳は相変わらず冷ややかではあるが若干熱が込もっている様に感じた。
「湖城家の本家の人間としてはこの武術は絶やしたくない。絶対に」
「……家に誇りを持ってるんだね。重圧を感じたりは?」
「勿論ある。ないわけがない。けど、それ以上に湖城流武術は我が家の誇りだと思ってるからそんなものに負けていられない」
その双眸は真っ直ぐ正面を見据えていた。
名家の重圧から逃れずに彼女は向き合っている。
自家の武術を凋落させない……それが彼女、湖城蒼の行動原理なのだと知った。
「……そっか。ありがとう。話を聞かせてくれて」
「……ああ少し待った」
皆のところまで戻ろうとした俺をそう引き止める。
彼女は床にスポーツドリンクを置くと左手に持っていた競技用薙刀を構える。
刃先は実物ではなく、木でできているものだ。
「せっかくここに来たんだから練習に付き合ってよ」
「え、でも俺、薙刀なんて使ったこと──」
「誰も薙刀を使えなんて言ってないよ。初心者相手じゃ戦った気にならないし……」
確かに自分よりも実力のない相手に本気を出して勝っても虚しいし、その勝利が自身の実力になるとは思わない。
蒼はゆっくりと右手で俺の腰を指差す。
──否、正確には腰に帯びている脇差をだ。
「脇差があんたの得物でしょ。それを使って戦ってよ」
「これで?……判った」
俺は鞘に収まったままの脇差をゆっくりと構える。
それを見て満足そうに蒼を薙刀を構える。
「勝負は先に1本取った方が勝ち……でいい?」
「ああうん。それは君に任せるよ」
「OK、じゃあそれでいこう」
ルールの確認を終え、脇差と薙刀を構えた俺たち2人の視線がぶつかり合う。
空気が一瞬で氷柱の様に鋭く冷たくなる。
彼女が床を蹴ったのと同時に俺も床を蹴り、距離を詰めた──
とはいえ、ただ単にぼうっとして時間を過ごすのは退屈なのでトランプゲームに興じていた。
「──ちょっとトイレ行ってきますね」
尿意を感じ、俺は持っていたトランプを裏向きに床に伏せて置くと立ち上がる。
「……ああうん、トイレの場所は判る?」
湖城先輩の問いにはい、と返して部屋から出る。
しかし本当は手洗場がどこにあるかなんて把握していない。
適当に家の中を歩いていればいつか見つかるだろうくらいの気持ちでなんとか手洗場まで辿り着き、元の部屋まで戻ろうとした時だ。
──っ!──ぁっ!
どこかからバシンとなにかを強く打つ様な音と共に声が聞こえた。
その音と声に俺は部屋まで戻ろうとする足を止めた。
「この音は?」
気になった俺は部屋まで戻るという予定を変更し、どこが音源なのかを探しに行く。
人の家であまりうろうろするのはどこか罪悪感を覚えるがそれ以上に音の正体について知りたいという興味が勝っていた。
2分ばかりだろうか。音の源を探し、俺はとある部屋の前に立つ。
「『練習中』……」
部屋の扉にはそう達筆で書かれた木札がぶら下げられている。
俺はそれを手に取って読み上げた。
「はっ!やああっ!」
部屋からは威勢のいい声が聞こえてくる。
ここが先の打つ様な音と声の発生源だろう。それらは今も聞こえている。
「練習中……って、剣道でもしてるのかな?」
バシンという音や威勢のいい声は剣道の練習によるものならば納得できる。
音の正体を知った俺はそのまま部屋に戻ろうとしたが中から聞こえていた声と音がぴたりと止んだ。
練習を終えたのだろうか。俺はそう思い、扉を開ける。
射し込む陽光を反射する塗装された木目の床、壁に掛けられた『涓滴岩を穿つ』と書かれた板、中央に置かれた3つの打ち込み台、窒息してしまうのではないだろうかと思ってしまうほど厳かな雰囲気……俺が入ったのは剣道場だった。
「ふぅ……こんなものかな」
既に中にいた後ろで1つに結った髪と新雪の様に白い少女が肌を濡らしている汗をタオルで拭いながらそう言った。
彼女は確か、昼食の際に紹介して貰った……湖城先生の妹さんである蒼さんだ。彼女は白い稽古着に身を包んでいる。
彼女は左手に薙刀を持ちつつ、ペットボトルに入っているスポーツドリンクを飲む。
「……あれ、あんたは……」
ごくごくと半分ほど飲んでから蒼さんは俺の存在に気付く。
そしてペットボトルの蓋を閉めると「なにか用?」と俺に問うた。
その瞳は冷ややかで「用があってもなくても早く出ていけ」と言っている様だった。
「すみません。声が聞こえたからちょっと興味本位で……」
「……鍵掛けとけばよかった」
彼女はひとつ溜め息を吐いてそう言った。
彼女はぷいっとそっぽを向くと俺に興味などないかの様に再びスポーツドリンクを飲む。
「……ここは道場、ですか?」
「見れば判ると思うけど」
気まずさを和らげるために問うたがそうぶっきらぼうに返されてしまった。
更に気まずさが増し、俺は逃げたくなった。
「蒼さんは──」
「……あんた、年齢は?」
気まずい沈黙を破ろうと問おうとした俺に逆に蒼さんが問うた。
「え、15ですけど……」
「高校1年?」
「はい……」
俺がそう答えると蒼さんは「同い年か」と言った。
「それじゃあ敬称なんていらない」
「え、はい……わかりました」
「敬語もいらない」
「……判った」
同い年である彼女──湖城蒼は敬語を使われることが嫌いな様だ。
俺は彼女に対しての敬語と敬称の使用を禁じられ、代わりにタメ口を使うこととする。
「それで──なにか質問したかったんじゃないの?」
そう問われて俺は彼女に問おうとしていたことを思い出した。
「ああうん。随分熱心に取り組んでいるみたいだったから……なにか理由があるのかなって」「理由?……湖城流武術を絶やしたくないから」
彼女はそう答える。その瞳は相変わらず冷ややかではあるが若干熱が込もっている様に感じた。
「湖城家の本家の人間としてはこの武術は絶やしたくない。絶対に」
「……家に誇りを持ってるんだね。重圧を感じたりは?」
「勿論ある。ないわけがない。けど、それ以上に湖城流武術は我が家の誇りだと思ってるからそんなものに負けていられない」
その双眸は真っ直ぐ正面を見据えていた。
名家の重圧から逃れずに彼女は向き合っている。
自家の武術を凋落させない……それが彼女、湖城蒼の行動原理なのだと知った。
「……そっか。ありがとう。話を聞かせてくれて」
「……ああ少し待った」
皆のところまで戻ろうとした俺をそう引き止める。
彼女は床にスポーツドリンクを置くと左手に持っていた競技用薙刀を構える。
刃先は実物ではなく、木でできているものだ。
「せっかくここに来たんだから練習に付き合ってよ」
「え、でも俺、薙刀なんて使ったこと──」
「誰も薙刀を使えなんて言ってないよ。初心者相手じゃ戦った気にならないし……」
確かに自分よりも実力のない相手に本気を出して勝っても虚しいし、その勝利が自身の実力になるとは思わない。
蒼はゆっくりと右手で俺の腰を指差す。
──否、正確には腰に帯びている脇差をだ。
「脇差があんたの得物でしょ。それを使って戦ってよ」
「これで?……判った」
俺は鞘に収まったままの脇差をゆっくりと構える。
それを見て満足そうに蒼を薙刀を構える。
「勝負は先に1本取った方が勝ち……でいい?」
「ああうん。それは君に任せるよ」
「OK、じゃあそれでいこう」
ルールの確認を終え、脇差と薙刀を構えた俺たち2人の視線がぶつかり合う。
空気が一瞬で氷柱の様に鋭く冷たくなる。
彼女が床を蹴ったのと同時に俺も床を蹴り、距離を詰めた──
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