ヴァイオレント・ノクターン

乃寅

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兵革の五月[May of Struggle]

Mission9 最悪の会議

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──湖城家に来て、3回目の朝がやって来た。
俺たちは朝食を摂るために手早く着替えると食卓に向かう。

「やぁ、おはよう」
「おはようございます。あれ、スーツですか」

俺たちが茶の間に来ると既に湖城先生が卓上の前に座っていた。
彼女はこれから学校に出勤するわけでもないのにレディスーツを着ている。
それもそうだろう。何故なら今日は──

「ああ。会議だからな、いよいよ。着ないと落ち着かないんだ」

──そう。両家の不和に終止符を打つことになるかもしれない親族会議がある。
湖城家くらいの名家になると親族会議で着る服は普段着ではなく、礼服で臨まないといけないのだろう。とても格式張っている。

「2世紀も続いた不和……今回の会議でそれを終わらせる」
「……うん。同感」

湖城先生の向かいに座っている蒼も彼女同様にレディスーツに身を包んでいる。その隣にいる湖城先輩もだ。
けれど湖城先生と蒼のお父さんである基綱さんと湖城先輩のお母さんである若葉さん、そして湖城家現当主であるトメさんの3人は和装だ。
和装に身を包んでいるためか3人とも会議前だというのに落ち着いた雰囲気を醸し出している。

「さて、朝食を食べ終えた後、会議の場へと向かうことになっている」
「何時から、ですか?」
「9時からだ。今7時半だから……食べ終えたらすぐに準備をし、出発する」

俺たちはそれぞれ長方形の卓を囲む様にして座り、朝食を摂る。
初日同様に卓上に存在する溢れんばかりの料理を食べ、「すぐに用意を済ませなさい」と言われた俺たちは言われた通り準備を終え、湖城家の人たちと共に会場まで向かう。
親族会議の場は町にあるホテルの会議室だ。そこを利用して行われる。
俺たちは彼らが会議をしている間、不審な人物が入ってこないか警備をすることになる。

「……いよいよ警備、だね」

森さんが緊張を紛らわせるためかそう言った。
会議室前で衝撃吸収素材でできた制服に身を包んだ俺たちはいつでも武器が使用できる様に警戒しながらそれぞれの持ち場につく。

「改めて思ったけど警備って結構責任が重いんじゃあ……」
「重いよ。失敗は許されないし」

レイは間を置かずにそう答えた。
普段は明朗快活という言葉が似合う彼女だがその表情は冷たく、鋭い瞳で辺りを睥睨する様に見ている。

〈ああ。アメリカにいた頃は2人で警備を任されていたな〉
「そういや神崎さんとレイって2人でアメリカにいたんだっけ」
「うん。イージスのアメリカ支部にいてね、そこでも警備をしてたんだ。あたしがそこで不審者がいないか警備をして、千秋は監視カメラの映像を見て……って感じにね」

神崎さんとの過去を語り始めるとレイのその表情は少しではあるが和らいだ。緊張していたのだろう。

「そういえば神崎さんと直巳は今どこに?」
〈私たちはホテルの一室にいる。そこで私はホテル全体のシステムに異常がないかを見ている。最近はシステムに攻撃をする輩も多いからな〉
「サイバーテロ……だっけ?」

人差し指を顎に当て、凛華がそう言った。
それに対し、神崎さんは〈ああ〉と頷く。

〈社会基盤を維持するための情報システムへの侵入・破壊等の行為をサイバーテロと呼ぶ。情報機器一つでもできるせいか最近増えてきているテロの一つでもある〉

しかし、と言葉を続ける。

〈一応このホテルのシステムのセキュリティは強化した。そう簡単に侵入はできない。とはいえ、油断は禁物だ。システムに異常がないか引き続き監視する〉
「判った」
「『一応』セキュリティを強化したって……何気なく凄いことを報告してないかしら」

渚はそう言った。
神崎さんはまるで「セキュリティを強化しておくのは当たり前」とでも言うかの様に普通に話していたが俺たちと同い年だというのにそんなことができるというのは渚の言う通り凄いことだ。

「直巳は?」
〈俺ぁ、一颯チャンと東条センセイと一緒に監視カメラの映像を見てる〉
〈ホテル全ての映像を把握するのは困難だからね。3人でやらせてもらってるわ〉
〈ああ。なにか異常があっても絶対に見逃さないよ〉

会議室前を俺たちが警備し、ホテルのシステムセキュリティを神崎さんが強化・監視し、監視カメラでホテル全体の様子を確認──あらゆる面で鉄壁と言える警備状況だ。
そんな最強の警備態勢の中で会議は進んでいく。

「湖城家と流城家、両家の不和の発端は200年前、湖城家の人間だった湖城幻斎が湖城流の武術を利用した暗殺術の流派を立ち上げたことだ。当時の湖城家当主は幻斎を追放、そこから両家の不和は始まった……」

会議室の中から声が聞こえてくる。どうやら会議が始まった様だ。
その声は俺たちの気を引き締めるには充分なものだった。
会議中にテロなどが発生した場合はなんとしても湖城家の人間を守らなければならない。

「──しかしそれは町民同士の不和も招いている。それは町政に悪影響を及ぼしているとのことで町長からは早急に不和の解消を行う様に、と言われている」
「…………」

中から微かに聞こえてくる声で会議がどの様に進んでいるのかが知れた。
2世紀も続く両家の不和……この会議でそれに終止符を打つことはできるのか。
警備に当たっている俺たちは会議の結末に更に緊張してしまう。

「……確かに流城家の初代当主がやった行為は到底許されないものだと思う。でもその後、流城家は湖城家に対してなにか敵対的な行為をした?」
(この声は……湖城先輩か)

会話があまり得意ではない彼女だがその声は分厚い扉越しでも聞こえてきた。
その声は両家の不和を終結させるという気持ちの表れだった。

「ううん、していない。だから両家の不和はこれで終わらせるべきだよ」
「……うん、全てウチの初代がやったことだよ。僕たちも、町の人たちも関係ない」
〈環サンか、中の監視カメラで見てっけど湖城センパイの援護をしてくれてるな〉

ありがたいことだ。彼も両家の不和を望まない人間の1人で助かった。
しかし、その場には不和を望まない人間以外もいるのだということを次の人間の発言で思い出した。

「……ふん、関係ない?流城家初代当主のとがを忘れたか?彼奴きゃつは13代もの歴史を持つ湖城流武術……それを暗殺術などという陋劣ろうれつなものに転用したのだ!」
〈ちっ、まさかここで婆ちゃんが邪魔してくるたぁな……〉

直巳が忌々しげに言った。婆ちゃん……トメさんのことだろう。
今の彼女を見ることはできないがきっと纏っている厳かな雰囲気で室内の人々を萎縮させていることだろう。

「七菜!お前もお前だ!湖城流武術を会得せずに狙撃術などを身に付けて……湖城の名を汚すつもりか!」
「……お祖母様、七菜は──」
「待って、柚ちゃん」

湖城先輩に矢を向けてきたトメさんを弁護しようとすっくと椅子から立ち上がる湖城先生。
しかしそれを隣にいた人が制した。

「七菜……」
「……お婆ちゃん、わたしだって考えなしに狙撃の道に進んだわけじゃない」

湖城先輩は反論する。

「そうですわ、お祖母様。湖城流武術は誇り高いもの、それは湖城家の人間皆そう思っております。ですがそれを七菜にも押し付けるというのはどうなのでしょう」
〈若葉さん……彼女が援護してくれてるわね〉

若葉さんは湖城先輩のお母さんだ。自身の娘を弁護するのは当然のことだろう。
その後、主張の応酬は1時間ほど続いた。
そして──

「……判った。確かに今後も町が二分されたままでいるのは町長にとっても迷惑な話だ、町民にとってもな」
「……!じゃあ……!」
〈おっ、結構いい雰囲気だ。あと少しで不和の解消も夢じゃないぞ……〉

直巳による実況で会議の様子を確認しつつ俺たちは会議室周辺を警戒しながら巡回する。

「今のところなにもないね。平和が一番だよ」
〈こちらもシステム系統に異常なし。正常に機能している〉
「会議も警備もこのまま順調にいってくれれば──」

そんな願いは一瞬のうちに崩れ去る。
いきなり視界が黒く染まったのだ。

「──っ!?」
「なに……!?」

突然の出来事で俺たちはその場から動けなくなる。
視力を失ってしまったのだろうかと考えたがそうではない様だ。皆の視界も同様に暗くなってしまった様なのだから。

〈むっ、照明が落ちた……?それもホテル全体の様だ……警戒しろ、辺りを見回せ。嫌な予感がする〉

神崎さんに言われてようやく照明が落ちたのだと知った。
よく考えれば判っただろうが突然の出来事になると人間は理解するのに時間を要する。

「見回せって言われても……こんなに暗くちゃなにも見えないよ」

まだ朝とはいえ、会議室周辺には窓がない。故に照明が消えると誰がどこにいるのかさえも判らなくなるくらい暗くなるのだ。

〈“コンタクト”はつけているか?〉

暗闇の中、動けずにいる俺たちに神崎さんはそう冷静に言った。
“コンタクト”……彼女の言うそれは目の屈折異常を矯正するコンタクトレンズのことだ。
けれどただのコンタクトレンズではない。対テロ戦闘員用に作られた特殊なものだ。

「ああうん……つけてるけど」
〈それに搭載されている暗視装置機能をオンにする。どうだ?見えるか?〉

神崎さんが手元のキーボードを叩くと暗闇に目が慣れたわけでもないのに突然視界が明るくなる。
俺たちのつけているこれはコンタクト型のコンピュータだ。つけると生体データ、地図、時刻などが拡張現実ARで視界に表示される。

「ああ。お陰で結構見える様になったよ、ありがとう」
〈どういたしまして〉

俺たちは最新技術によって確保された視界で辺りを用心深く見回す。
得物はいつでも抜ける状態だ。
しかし神崎さんの言う「嫌な予感」は1分ほど経過しても的中しない。

「……なにも起こらない?」
〈む、警戒しすぎたか……〉
「ただ電気が消えた、だけ……だったのかな──」

ただ単に照明が落ちただけだったのだろう。
俺たちの警戒が杞憂だったと安堵しかけたその時だった。

ガシャン

なにかが割れる様な音が聞こえた。

「な、なんだ……!?」

それは安堵しかけていた俺たちを再び警戒させるには十二分だった。
そして割れる様な音のした会議室の方へ全員の意識が向く。

「きゃあああっ!」
「うわあああっ!」

それと同時だろうか。中から悲鳴が上がる。
ただ単に照明が落ちたわけでも、ガラスが割れたわけでもなさそうだ。

「中でなにか起きてる……!?」
「くっ……とにかく入ろうっ!」
「OKっ!」

俺は勢いよく会議室の扉を開けた。
そして会議中の両家を混沌に陥れた存在と対峙した。
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