ヴァイオレント・ノクターン

乃寅

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兵革の五月[May of Struggle]

Mission35 新たな友情

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斧を片手に駆け出した彼女を見て、紅宮さんは刀を握り直し、一撃を受け止めようとする。
操られている様なのに受け止めようとするその構えはまるで隙がなかった。

「あなたね、操られているかどうかは知りませんけれど……」

ベアは大きく斧を振るった。
けれどそれは燃ゆる刀によって受け止められる。

「テロ、リストは……殺す……ッ」
「ワタシはテロリストなんかじゃないって何度言えば判るんですのッ!」

彼女へとぶつけた斧に力を込めつつそう叫んだ。
それは自身の潔白を主張するという感情と自身をテロリストだと信じて疑わない紅宮さんに対する怒りの感情とが混ざった叫びだった。

「関係ない……この身を、削って……でも、テロリストは排除する……」

彼女に対してそう刀を振りつつ答える紅宮さん。
それと同時に彼女の持つ刀の炎の勢いが増す。

「熱ッ……!」

ベアは灼熱に一瞬怯む。

「貰った……ッ」

その隙を狙い、紅宮さんは彼女を押し切り、バランスを崩させると刀を斜めに振り下ろした。
ベアはバランスを崩されたせいで地面に腰につけている状態だ。
そんな彼女が自身へと振るわれた刃を防ぐ術はなく、そのまま切られたかの様に思われた。

「──っとッ!」

けれど彼女は立ち上がろうとせずに紅宮さんへと蹴りを入れた。回し蹴りだ。
脚は綺麗な弧を描き、紅宮さん──ではなく、彼女の持つ刀を蹴飛ばした。

「な……ッ」

自身の手から武器が消えた彼女は当然の様に狼狽する。
その一瞬の間隙を突き、勢いよく立ち上がるベア。

「あなたね……そろそろいい加減に──」

彼女は手を大きく振り上げる。
しかしその手には斧は握られていなかった。

「──目を覚ましなさいッ!」

彼女はその振り上げた手で紅宮さんの頬を叩いた。
弾ける様な軽快な音が観客席にまで響き渡った。

「ビンタっ!?」
「……意外だな」

誰が戦いで戦士が相手の頬を打つなんて想像できるだろうか。
予想していなかった行動に俺たち全員は驚き、固まった。

「……痛い」

紅宮さんは彼女に盛大に叩かれた頬に触れ、そう呟く様に言った。
そんな彼女の瞳は虚空ではなく、ベアを映している。

「随分と手加減なしにはたいてくれたじゃないか、ええ?」
「当然ですわ。目は覚めましたわね?」

頬をさすりながら彼女は頷いた。
二人の戦いの様子を見ていた流城先生が静かに口を開いた。

〈ただいまの勝負、紅宮さんの勝ち──〉

──ベアではなく、紅宮さんの勝利。
それはつまり密入国者である彼女は対テロ党によって拘束されるということを意味している。
彼女は仕方ないかと目を閉じて諦めかけた。

〈──だったけれど勝敗が決したにも関わらず相手への攻撃を止めなかったので紅宮さんは負けよ〉
「え?」

諦め、密入国者の自身に待ち受ける運命に身を委ねようとしていた彼女は棒立ちになった。
俺たちも脳で理解するのに三秒ほどかかった。

「それってつまり……」
〈スプリンガーさんの勝利よ〉

そして理解すると同時に一斉に歓声が上がる。
そんな自身へと向けられている歓声を尻目にベアの双眸は真っ直ぐ紅宮さんを捉えていた。

「……ワタシの勝ち、ですわね」
「ああ。……悔しいが」
「それなら勝者が敗者に言うことを聞かせられる権利……使ってもいいかしら」
「……構わない」

彼女はゆっくりと放たれた言葉に対し、びくりと身体を微かに震わせた。
いきなり切りかかり、テロリスト扱いをしたのだ。どんな内容のことをやれと言われるか想像もできない。
腹をっ裁けと言われるかもしれないし、喉笛を掻き切れと言われるかもしれない。

「それじゃあ……」

しかし法や秩序を重んじる紅宮さんにとって一度交わした約束を反故にすることは彼女のポリシーに反することだった。
なにを言われても可能なら実行、不可能であっても断行するつもりだった。

「友人になって下さるかしら」

……………………え?

ベアの口から紡がれた言葉に紅宮さんのみならず会場にいた観客全員がぽかんとなったに違いない。

「……聞き間違いか?もう一度言ってはくれないか」

俺たちも全員耳を疑った。

「……?だから友人になって下さらないかと……」

けれど彼女はもう一度同じ内容のことを言った。
どうやら聞き間違いではないらしい。

「いやいやいや……待て、おかしくはないか?」
「はい?勝った方が負けた方になんでも命令できるって約束だったはずですわ」
「いや、そうだが……ワタシが、お前と、友人になれと?」
「……嫌、なんですの?」

一瞬悄気しょげる様な表情を見せるベア。
そんな彼女を見てすぐに「いや、違う」と慌てた様に否定をする紅宮さん。

「嫌というわけではなくて……ワタシはお前を殺そうとした人間だぞ?しかも一方的に。そんな人間と友人になろうと言うのか?」
「なにか問題でも?」

大アリだ。そう言おうと思ったがベアは本当にそれが問題であるとは考えていないし、思ってもいない様だった。
あまりの世間知らずさに俺たちは呆れてしまい、中には堪え切れずに笑い出す者もいた。

「……ふっ」

なんと紅宮さんもだ。微かな笑みを浮かべた。
勝手ではあるが彼女は堅物といったイメージがあったので笑みを浮かべたのは意外だった。
しかも整った顔の上に浮かべられた笑みは中々可愛らしい。

「判った。しかし、少し待ってくれ」
「……?いいですけれど……」

ベアから許可を貰うと紅宮さんはくるりと彼女に背を向けた。
そして片耳へと指を当てる。無線機が入れられているのだろう。

「──こちら紅宮、司令官。密入国者と交戦しました」
〈おお、それで結果は?〉

彼女が無線で会話をしているのは恐らく彼女の上司の様だ。
会話の内容から任務の報告だと思われる。
彼女は一度深く息を吸うと報告を続ける。

「……目標ターゲット死亡、遺体は海に流されていきました〉
〈了解だ。よくやったな〉
「……恐縮です」
〈それと……その学園にはエクセリクシチップを持つ者か数人在籍していると聞く。早速で悪いが彼らの監視のために今後も学園には在籍してくれ〉
「了解です。……失礼します」

彼女は報告を終えると無線機から指を離した。
そして一息を吐くとくるりとベアの方を向いた。

「……これでお前が密入国者やテロリストとして対テロ党に追われることはない」
「よかったんですの?あなたがやったことって……」
「ああ、虚偽の報告だ。バレたら対テロ党にはいられなくなるだろうな」

そこに先ほどまで「理由なんて関係なく、悪を断罪する」という歪んだ行動原理を掲げる彼女はいなかった。

「戦いの中で判った。お前は密入国者ではあるが……悪い人間ではないと」
「……ええ。密入国したのは本当に申し訳なかったですわ」
「しかし本当に悪人ならばワタシの目を覚まさせるなんてこと、しなかったろう」

彼女はゆっくりと手を差し出した、十分ほど前まではテロリストと呼んでいた少女に対して。

「問答無用で切りかかってすまなかった。そして目を覚まさせてくれてありがとう。改めて……ワタシと友人になってくれるか?」

その問いに対してベアは手を握り、

「勿論ですわ」

と答えた。
それと同時に再び歓声が上がる。
しばらくの間、戦いを経て生まれた友情を祝福する喝采がアリーナ中に響いていた。
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