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出会い③
しおりを挟む【side 蓮】
「あーもう動かんとってくださいよ!」
「いったいんやって! アンタわざとちゃうん!?」
「はぁ!? 洗わんと膿みますよ! 我慢してください!」
病院近くの、安いマンション。
研修医時代から住むマンションの風呂は狭くて、泥まみれの腕を洗い流す。
「つぅかそのズボン脱いでください! あとこれ! これなんすか? マント? 流行ってんすか? これもうーー洗いますよ!?」
家に入って気づいたが、季節外れのハロウィンパーティのような格好をしていて、手にはシルバーの大きな斧のようなものを持っていた。
「よくできてますねこれ、どこに売ってるんですか? ドンキとかにあるんかな?」
「……お前……よう喋るなぁ」
「仮装パーティーでもしてたんですか? ええなぁ……そうゆうことしてみたいわ……」
嫌がる彼の言うことなんて聞く気はなくて、右側がビリビリに破れたズボンも脱がせた。
「あーもう……派手にやりましたね……」
恐らく右側に倒れ込んだのだろう。
右腕、右足に大きな擦過傷があった。
右腕に至っては恐らく枝がなにかで切ったのか、少し深めの裂傷があった。
「パンツ脱げます?」
「嫌や」
「やんなぁ……じゃあ捲りますよ?」
パンツ1枚になった彼の肌はものすごく白くて、透き通るような色をしていた。腕と足から真っ赤な血が流れて、込み上がる不思議な感覚に俺は、ゴクリと唾液を飲み込んだ。
黒のパンツを少しだけ右臀部が見えるように捲った。
「いたそ……」と思わず声が漏れた。そこは傷にはなっていないものの、恐らく今後大きな内出血を起こしそうな、そんな前兆がそこにはあった。
「よう派手に転けましたねぇ……」
痛がる彼の傷口をシャワーで丁寧に洗って、リビングの床に座らせた。ベッドとローテーブルしかない部屋。基本的に、寝るためだけに帰ってくる部屋には、寝る以外の物はほとんどない。
「腕……縫った方が治り早そうだけど……結構ぱっくりいっとるから」
「嫌やそんなん痛そうやん」
「麻酔しますって」
「麻酔が痛いやん」
「……じゃあテープで止めときます?」
「うん、それがいい」
なんだか随分と偉そうで、イラッとしながらこの人を患者だと頭に叩き込んで、テープを細く切りパックリと割れた皮膚を合わせるように数ミリ間隔で貼る。
「あんた細かいなぁ……」
「このテープは糸が入っててね、強いんです。だから患部をしっかり止めてくれるんですよ」
「じゃあ最初からこれでよかったやん」
「でも縫った方が早く綺麗に治るから言ってるんです」
「へぇ……詳しいな」
「まぁ……」
よく見ると、いや、よく見なくても暗闇でも思ったけど、ものすごく綺麗な顔をしている。
美術品のような、詳しくはわからないけどなにか彫刻のような。
高く尖った鼻がそう見せるのか。
綺麗な二重に少しだけ釣り上がった目元がそう思わせるのか、形の良い唇のせいか。
そんなことを思ってジッと思わず見惚れていたら、逆にジトリと冷たい視線を送られた。
「なに?」
「んや……別に……」
「お前さぁ」
「あの、そのお前ってやめてもらっていいですか?」
「名前知らんもん」
「……」
とんでもなく上から目線。
見惚れていた自分に腹が立つ。
「俺も聞かれてへんし」
「聞いてへんし」
「は? アナタなんでそんなに偉そうなんですか!? 一応、俺手当てしたんですけど!」
「感謝しとるわありがとう!」
「え。言い方違うやろ!」
「もーお前めんどくさいわぁ」
ありがとうと言いながらその口調は強くてぶっきらぼうで、まるで子どもだと思った。怒られた子どものよう。
「この傷! また見せてくださいね!」
「へ? 平気やろ」
「あかんですよ! 3日以内に来てください!」
「ココに来なあかんの?」
「じゃあ病院行きます?」
「嫌や」
「じゃあ来てください。でもいないことも多いんで。くるとき連絡ください」
俺は付箋に電話番号を書いて、渡した。
「なくしそうやな……」
「帰れます?」
「……タクシーで帰ろかな」
「呼びますよ」
「……ありがとう」
初めて少し小さな声で、そう言って彼は、上目遣いこちらを見た。それは少しだけ怯えた目をしているように見えて、思わず目を逸らした。
「なんや素直に言えるやん」なんて聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で呟きながら。
タクシーが来るまでほとんど話をせず。
静かな部屋で、テレビもつけず。
ただ、部屋で車のエンジン音が聞こえるまで、静かな部屋を共有した。
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