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生を願う①
しおりを挟む【side 蓮】
アオが、帰った。
なんなら付き添ってアオの家に行きたいくらいだったけど、俺は俺で、仕事が忙しくなって。
治療方針はみんなで決める。
けど、そのオーダーを出したり観察したり、何かあれば検査をして、それをもとに上級医に報告をする。俺が動かないと。俺が、頑張らないと。
ベッドサイドで、眠る子どもの顔を見る。
子どもなのにこんなにも浮腫んでいて、生体反応を示すモニターは、この子の生きる音を出す。点滴から身体に強制的に流し込まれる薬は、この子を救えるか。ただ体力を奪う毒となるか。
静かに眠る子どもの髪を撫でる。
がんばれ。
心の中で、呼びかける。
たとえ治ってもきっと、飲み続けなければならない薬があって、後遺症もあるかもしれない。
でも生きていれば。
絶対綺麗な世界が見えるはず。
「蓮先生~データ出ましたよ」
「おーありがとう」
待っていた検査データを看護師にもらう。
それを見て、次なる手を考えて、上級医に報告した。その返事を、ボーッと待つ。
月が、見える。
アオは大丈夫だろうか。
「ちょっと下行ってくるわ、すぐ戻る」
病棟の看護師に声をかけ、裏階段から、外に降りる。ここは、救急外来の入り口になっていて、こんな夜なのに、ちらほら患者が現れる。
外に出て、白衣のポケットからスマホを取り出す。
「あ、アオ?」
『ん、どしたん?』
「大丈夫かなーと思って」
かけてすぐに、アオの声が聞こえて俺は、心底安心していた。
「もう、家なん?」
『帰り道。マンションの前着いたとこやわ』
「そうなん、気をつけてはよ帰り」
『うん』
エントランスに入ったのか、音が変わった。
外の風の音が消えて。
少しだけ声が響いて、そして騒つく人の声が、聞こえる。
「今更やけど、アオの家ってどこ?」
『ーー駅前のマンション、あのデカいやつ』
「え、あのタワマン?」
『そうそう』
「なに!? お前あんな高級マンション住んどんの!?」
『仕事でここ住め言われとるだけやねんで?』
「えーーー! すげぇ、今度遊び行こー」
あの駅前の、シンボル的なタワーマンションは、この辺の人なら誰でも知っている。確かコンシェルジュがいて、突撃しても住人の確認が取れないと中に入れてもらえない。
『明日は、どうするん?』
「仕事の依頼がこれからやで。それ見て決めるわ」
『うん、わかった』
そんな会話に、くすぐったさを感じる。
そもそも別に付き合っているわけではないし。
怪我を診ていたら深刻な事情を知ってしまって、今に至る、な関係なだけで。
いやそれだけかと言われたら、ちょっと。
それだけじゃない気持ちもあるような気もしなくもないけど。
いや、どっちだよっ!
って自分の心の中の言い訳に、ツッコミを入れながら。
『まだ、仕事なん?』
「うん、今上司に経過報告したとこやから。明日の朝の指示出して帰ろかな……」
『ふぅん……大変やな……』
「大変なんは本人やけどな。ちっさい身体で頑張っとるで、俺も頑張らな」
『へぇ、頑張ってや……ーーッあ……』
「ん? ……アオ? どした?」
『ーー……ーー……~……』
「アオ?」
突然、電話の声が遠くなった。
誰かと、話しているような、遠くの声。
「アオ? 大丈夫? アオ!?」
会社が借りているマンション。
アイツも住んでいると言っていた。
他の仕事仲間もいるのだろうか。
だとしたら誰か同僚に会っただけかもしれない。
そんな微かな期待をしたい自分と、もしかして……という思考停止したいほどの、どうしようもない感情が腹の中に渦巻く。
『プッーー』
そして、回線が、切れた。
「え、アオ!?」
すぐにかけ直すが、応答はない。
何度も、何度もかけ直して。
震えたのは、仕事用のPHS。
焦りと苛立ちと、襲われる不安に、思わず大きなため息が出る。
「あぁっ!!!」
ひと叫びして、PHSに出る。
「田中です」
『あ、蓮先生。さっきのだけどさ……』
「あー、はい、……はい」
検査データを細かく読んだ上級医から、さらに指示が入る。
「わかりました。それだけ出したら今日は帰ります
。……はい、お疲れ様です」
切ってすぐ、階段を駆け上がった。
白衣がヒラヒラとマントのように靡いて、正直走りづらい。
なんだ。
なんだなんだ。
アオのマンションに行ってみようか。
でも部屋番号すら知らない俺を、入れてくれるわけがない。
「頑張ってや」
切れる直前に言ったアオの言葉が、頭を掠める。
アオの理論からいけば俺のやってることなんて意味のないことで。でもアオが言ってくれた「頑張ってや」ってこと。それは、アオが少し、俺の世界に入り込んできてくれたこと、だと思う。
アオが、俺の世界に。
ずっといてくれたらいいのに。
応援ありがとうございます!
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