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運命の時⑤
しおりを挟む【side アオ】
いつも通りの朝だった。
朝起きて、カーテンを開けると眩しい光に、目を細めた。
朝食は、各自食べたいモノを食べたい時に食べるスタイル。俺が起きた時にはまだ蓮はベッドの中にいて、珍しいなと思った。
蓮は、夜は遅いし朝が早い。
本当に、寝るだけの家。
でもそのわずかな時間が愛おしくて。
昨日はいつの間にか眠ってしまったところを、蓮に襲われて。そのままなだれ込んだ。
初めて、好きだと気持ちを伝え合った。
互いの気持ちを、確かめ合った気がした。
でも今日の夜。
どうなってしまうのか。
俺が今日。
命を終わりにするのは、蓮が助けたいと願っている人。
「蓮……起きんくてええの?」
「んんっ……ねむぃ……」
「ふっ……疲れとるな」
ゆさゆさと大きな背中を揺らして、蓮の思考を呼び覚ます。今日は、早く行った方がいい。時間は夕刻ではあったけれど。後悔してほしくない。
「今日な……ゆっくりでええって……」
「え? なんで?」
「あの子、ちょっと落ち着いてきよってさ。最近遅かったやろー? 休んでええよって」
「……そう、なん……? 何時ごろ行くん?」
「んー……午後には行こうかなぁ……」
「だいぶゆっくりやねんな」
その頃、どんな状況かは知らない。
状況が変わっているとしたら。
蓮はきっとこの午前中を後悔する。
「アオぉ~もう1回やるぅー?」
「はぁ?」
「はぁってなんやねん、冷たー」
「……蓮、本当に行かんでええの? 行った方が、ええんちゃうん?」
「え、なんでー?」
ゴロゴロして、枕に顔を埋めながら蓮は、俺を見上げる。少しだけ唇を尖らせて、不満というよりは、不思議顔。
当たり前だ。なんでと言われても俺には何も言えない。
「俺も仕事やねん。昼前には出るで、一緒に出よかなと思って」
「あー、わかった、じゃぁそうしよかな」
うまく言えただろうか。
変なところはなかっただろうか。
蓮が助けたい人。
寝る間も惜しんで。
朝早くから、夜遅くまで病院にいて、治療にあたってきた。
俺だって、救いたい。
その子どものことは知らないが。
大切な人の、悲しむ顔を見たくない。
それが、人間のもつ感情。
でも俺は、死神で。
仕事は、遂行しなければならない。
その子どもを助けるのが蓮の仕事なら、その子どもの命を終わらせることが、俺の仕事。
やれるだろうか、やらなければ。
ぐるぐると思考して、答えが出ないことに疲弊して。手放したい思考が、頭を離れない。
「なぁアオ~空、好きなん?」
「ん? なんで?」
突如聞かれてぐるぐるしていた思考が、ピタリ止まる。
「空が見えるとかなんとか、資料に書いてあったでさ」
「あー……まぁ見上げんのも好きやし、見下ろすのも好きやねん」
「見下ろすのってお前……まぁあんな高いところ住んどるもんな」
「んー……夜景の光見とると、あーここには人が生きとるんやなって、思う……時がある」
「へぇ……ええやん、なんか」
「え? ええんか?」
「うん、ええと思う」
よくわからないけど。
蓮が楽しそうに続ける。
「あの家さぁ、見に行こうと思うわ」
「うん」
「アオとさぁ、デッカイ窓から朝日とか見たいなぁも……」
「見ようや。朝日も、夕陽も夜空もさ……」
「……うん」
蓮の顔が近づいてきて。
俺の唇に、触れるだけのキスをした。
額をコツンとぶつけて。
蓮の優しく口角を上げて目を瞑る、その表情を見て。俺もそっと、目を閉じた。
蓮との未来を想像して。
蓮と見る空を、想像して。
今夜見るのは、どんな空かと、頭を過ぎる。
「おし、動くか」
蓮が、ポンと頭に手を当て立ち上がった。
目の前にあった体温が、消えて。
蓮が洗面所に、消えた。
今夜、どんな空を見るんだろう。
今夜、どんな蓮を見るんだろう。
今夜、どんな時を、過ごすんだろう。
「じゃ、行こか」
蓮が、扉を開けた。
2人並んで、歩き出す。
それぞれの、仕事をするために。
同じ場所に向かって。
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