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運命の時⑦

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【side アオ】

仕事を終えて、夜の闇に飛び立った。
高く高く飛んで。
ゆっくりと落ちていった先は、あの低層のマンション。

その近くの建物の上に降り立った。
 
大きくとられた窓から、光が漏れ出て、そこに生きる人を感じる。中で動く人が見える。   


昨日話したのは、嘘じゃない。

ココから、朝日を見たい。
夕陽も、夜空も。

一緒に。
ふたりで。


蓮はなぜ、さっき俺を見たのか。
見えていたのか。
子どものように。

まさか、そんなわけはない。

ローブの力で姿を消して。
存在を、消していたはず。


じゃあ見られていなかったとして。
この苦しさは、なんなんだろう。

帰りたくない。
蓮の家に。

何も知らない顔をして、俺は蓮の前にどんな顔をするんだ。笑って、おかえりと言って、恐らく落ち込んだ顔をして帰ってくる蓮を、迎え入れて。

俺は、なにを言えばいい。
どんな顔を、すればいい。


湧き上がった記憶。
俺と兄ちゃんが死神になったあの日。

サツキさんは自ら現れた。
俺たちの前に。

黙っていられなかったんだろう。
友人の命を終わらせた、自分であることを。


ボーっと、木の上で時を過ごして。
大きな窓から漏れ出る光を眺めて。


スマホが、鳴った。
表示には、『蓮』の文字。

「……はい」
『アオ、どこおるん?』
「ん……ちょっと、外」
『仕事?』
「終わったよ……」
『俺も、今帰ってきて、アオおらんかったで』
「うん」

短い言葉で、繋ぐ。
心臓が、ドクドクいっているのが、わかる。

『帰ってくる?』
「……うん」
『待っとるな』

通話を切って、小さく息を吐いた。





マンションの近くに降り立って、歩いて帰宅する。
家の前を歩いていたら頭上から声がした。

「アオ、おかえり」

ベランダに立つ蓮が見えて、軽く手を振る。
少しだけやつれたような表情が、今日の出来事を物語る。

なかったことにしたい。
でもあの子の命が今日まであったこと、そして今はもうないこと、それは、事実。

「おかえり」

扉を開けて、部屋から今度はその声を、聞く。

「ただいま」

やけに部屋が静かで。
外の風の音が、聞こえる。

気づけば季節がひとつ、変わろうとしていて。
外の空気が、心地よく入り込んできていた。


「アオ……」
「ん?」
「遅かったな」
「……うん……」

ローブの入った鞄をコトリと置いて、振り返る。
蓮の目が、俺を突き刺す。
その目は何を、訴えているんだろう。

「蓮……」

なにも知らない俺だったら、なんて言うだろう。
「どした? 疲れとるやん」なんて、口が裂けても言えない。

そんなこと。
どのツラ下げて言ってんだと思う。


俺が、その命を、終わらせたのに。


「シャワー、浴びてきていい……?」
「うん、ええよ」


俺は、逃げた。
多分、蓮の視線から。

どうすればよかったんだろう。
避けてどうするんだ。
この後、どうする。
俺は蓮に、何を言えばいい。


頭から、シャワーを浴びた。
わしゃわしゃと、泡立てて、それを流して。


「アオ?」
「ん?」
「俺も、入っていい?」
「……え?」

カチャリと扉を開けて、蓮が入ってくる。
壁にかけたままのシャワーのヘッドから、俺たちに湯が、降り注ぐ。

肩に残る泡が、カラダを伝って、落ちていく。
そのカラダを蓮が後ろから、抱きしめた。

長い指が唇をなぞり、首筋を這う。

「蓮……? どしたん?」
「アオ……好き」
「……ん?」
「アオは……俺のこと好き?」
「好きやで……蓮が好き」

浴室の鏡に、その姿が映る。
蓮の瞳は、何を見ているんだろう。
鏡に映る俺を見ているその瞳は、俺ではない何かを捉えているような気持ちになる。でもその言葉は、俺に向けられていて。その手は、俺のカラダを包み込んで、刺激を与える。


濡れるカラダが、もうこれ以上は交われないほどに、密着して。そして、繋がる。

何度、蓮とこうしただろう。
あたたかい蓮の手と、言葉が、俺を救った。

俺は蓮に、何ができたんだろう。
蓮から俺は、奪っていく。
救いたい命を、奪ってきた。


「はぁッーーアオ……」
「あぁッ……はぁ、あかん……当たる……」

後ろから突かれて、鏡に映る蓮は目を細めて、俺を見下ろす。

「アオ……好き。好きやねん、アオ……」
「うん、……あぁッーー蓮……はぁッーー」

ただひたすらに、後ろから攻められその手は俺の、胸を這う。

この手が守りたかったのは、あんなに小さな命。
この手はいつも、誰かを守っていて。

なのにそれを握る俺の手は、この手からその命を簡単に奪ってしまう。

「アオ……アオ……イクで?」
「うん……あぁぁーー、ッーー」

吐き出された白い遺伝子たちが、湯に流されて、消えていく。俺の中に残る蓮のモノがドクドクと波打って、背に感じる重みが、静かに上下している。

「なんでなん……」

蓮が、俺の小さいカラダを包み込んで。
そのカラダを強く、強く抱きしめる。

「なんで……アオが泣いとるん……」

ずるりと、カラダから、圧迫が消える。

ザーザーと鳴る水音と、残る息遣いと、俺の喉から漏れる、声。

「なんでアオが……泣くん……」

止められない涙と、漏れる声。
蓮のカラダが俺から離れて、立ち尽くしているのを感じて。

俺は、あの時の視線が気のせいではなかったことを、悟った。
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