月夜の闇に煌めく星〜ゲイビの世界に愛はあるのか〜

はちこ

文字の大きさ
55 / 90

櫂朔④

しおりを挟む

「俺、引退する」

その言葉に、時が止まったと思った。
息をするのも、忘れているかのように、身体中が痺れる感覚に襲われた。

「なん……で?」

恐らく無意識に絞り出した声は、震えていて、それが自分の声だと気付いたのは、櫂と目が合った時だった。

「朔……ごめんな……」
「ごめんなじゃなくてさ。なんでだよ……」
「櫂朔、これからって時に……」

凌空も朔良の隣で、小さく呟いた。

「やりたいことが……あって。ずっと考えてて、それが実現しそうなんだ」
「それは……今しかないの? 両立はできないの?」
「頑張りたいんだよ……」
「応援したいけどさ……でも、辞めなきゃダメなのかよ。できる時だけでいいよ、今さ、みんな待ってんじゃん、櫂朔って、楽しみにしてんだよ」
「……ごめん」

何も言わずに俯く櫂に、なにも、言えなかった。
その後の話した内容は、ほとんど記憶に残っていない。

遠くで、弦の怒りが櫂に向けられて、SUUが止めに入り、櫂はただ、多くを語らず謝り続けた。

朔良の脳内にはただ、「なんで?」という思いだけが、ぐるぐると巡っていた。

なんで引退なんだよ
なんで辞めなきゃいけないんだよ
なんで今なんだよ

なんでなんでなんで


なんで、ひとことも話してくれなかったんだよ







櫂の引退は、翌週のライブで伝えられた。
そのライブには、出られるモデル全員が、参加した。
もちろん朔良も参加して、そこに考えたのは、櫂朔を楽しみに待っていてくれたファンの存在だけだった。

櫂に対する気持ちは、怒り、寂しさ、疑念など入り混じり、それ以上に1番大きかったのは、櫂の迷いや決断になにも気づかず、そしてそんな時に頼りにもされなかった自分への、不甲斐なさだった。

今、自分にできること。
今、自分がすべきこと。

それに集中することで精一杯で、そうすることでしか、自分を保っていられなかった。


「櫂がやりたいことなら応援する。突然のことで、応援してくれた皆さんには申し訳ない」

そんなようなことしか、言葉にならなかった。


凌空や弦が、後半盛り上げてくれて、それに乗っかるように笑って、SUUが、「櫂を応援してやってほしい」と、ただ、それをファンにお願いした。







「朔、一緒に……帰らへん?」
「うん……」

ライブの後、櫂が言った。

周囲が、自分たちのやりとりに聞き耳を立てているのは、あからさまにわかった。


櫂は、事務所に置いていた荷物をまとめ、挨拶を終え事務所を後にした。

これが、最後になる。
もう、ここには来ない。


朔良は櫂が出て行った後に「じゃ、お疲れっす」と、いつものようにパタンと、扉を閉めた。





「朔良、大丈夫か?」

朔良が出て行った事務所では、凌空がボソッと呟いた。

「大丈夫じゃないやろな……」

その小さな声に、さらなる小さな声で、KANが返す。


たまたま同じ時期に見つけた逸材だった。

「ふたり同時デビューってどうかな?」とSUUが行った時KANは当初、反対した。ファンが付きにくいと思った。

それでもふたりは、良いコンビとなった。

同じ時期に、同じように悩んで。
励まし合って、支え合って、そして、櫂朔として認められて、これから、もっともっと愛されるふたりになっていけると、思っていた。

「なんでこんなことんなったんやろか……」
「知らん……櫂はなんでなんも言わないんだよ」
「SUUはなんか知っとるみたいやけど……」
「別に櫂が悪いわけじゃねぇよな。仕方ねぇことだよ。斗真だってそうだった」
「でもさ……なんでこんなにモヤモヤするんだよ」

斗真の時も、なんでだよって、思った。
こんなにも、人気と実力があって、なんで辞めるんだよと、誰もが思った。

それでも、今の櫂への感情はなんなのか。

きっと、今まさにこれからだと、誰もが思っていたから。これからどんなふたりを見せてくれるのか。ふたりが、どんな関係を築いていくのか、誰もが、それを見たいと思い、見られると思い、期待していた。

それはファンだけではなく、モデル、スタッフ、そして朔良本人ですらも思っていたに違いない。

だからこそ、なぜという思いだけが、大きな黒い塊となって心にズシンと重りのようにのしかかっているのだ。

「朔ちゃん……大丈夫やろか……」

小さく息を吐いたKANは、窓の外を眺めた。
真っ暗な路地裏。

遠くに小さく見える色鮮やかな光が、くすんで見えた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話

タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。 瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。 笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。

処理中です...