月夜の闇に煌めく星〜ゲイビの世界に愛はあるのか〜

はちこ

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櫂朔⑧

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櫂の部屋に、移動してSUUは、再び、深く頭を下げた。深く深く、頭を下げそして、謝罪した。

櫂は、笑ってその肩をポンと叩いた。

「見たやろ? カナ。病気なんよ」 
「……」
「会った時に少し話したけどさ。親は逮捕されて、親戚を転々としてさ。カナはな、転々としてた頃に病気んなって、後遺症残って成長とかいろいろ遅なってなぁ」
「今は、体調は……」
「良くない。使う酸素の量がどんどん上がっとる」
「病院には……」
「最近別の病気も見つかってな……もう長くないて、言われとる。医者とか、来てくれる。看護師さんとか。助成やら補助やらいろいろあってやれてるけどな、やっぱ金かかんねや」
「だからこの仕事、はじめたんだな……」

部屋の小さなローテーブルを挟んで腰掛ける。
櫂は、爪をカチカチと鳴らしながら、ゆっくりと話し
た。

「ごめんな……本当に、すまなかったな」
「SUUさんのせいやないわ」
「でもあの子が、どんな思いであれを見たかと思うと……」
「いや……俺でよかったと思うよ」
「え?」
「見られたんが俺で……カナはあんまり詳しいことはわかっとらんと思う。友だちもいないし、俺が全てなんだよ、だから、他人にバラすこともないしさ」
「うん……」
「ただな……あんな状態の奴だよ、俺宛の荷物を必死で取りに行ったんだよ、玄関まで。それで受け取ったのがアレだよ……ひでぇ兄貴だなぁとは思うよなぁ」

櫂はそう言って、力なく笑った。
その、力ない笑顔が、SUUの心を抉る。

なにを言えばいいのか。
ただ、ただ、謝罪の言葉しか、見つからなかった。

「でもな、やって良かったと思っとるよ、あの場所、楽しい」
「本当?」
「うん、朔と会って、本当に朔とは同じ気持ちで頑張って来たような気がしてさ」
「朔良とは、一緒にデビューして良かったな……」
「あいつ見てると、もっと頑張らなって思う。作品づくりに前向きで丁寧で」
「好きなんだろうなぁ朔良は。モノづくりが」
「それに、朔に会って、やっぱやりたいってことが見つかった……」
「なに?」
「美容師。ずっとなりたかったんだけど、諦めてた」
「いつも髪やってやってるもんな」
「実は通信で勉強始めとる」
「へぇ……」
「いつかちゃんと、美容師になりたい」
「お前なら、できるよ」

それが、いつの話か。
そんなことは、SUUは考えていなかった。
櫂の夢を叶えてほしいと心から思ったし、その夢の応援をしたいとも、思った。

「会ってくれてありがとう。あんなだけど、カナ、安心すると思うわ」

櫂は、笑って頭を下げた。
良かった、櫂は、続けてくれる。

そう思った。


その数ヶ月後にまさか、あんなことになるなんて、思ってもみなかった。





「SUU……俺……辞めたい」

1本の電話。
突然、櫂からの電話だった。

「どうした? 外で話そう」

事務所の近くの喫茶店で、櫂と待ち合わせた。
櫂は大きな鞄を持って、そこに訪れた。

「どうした?」
「大阪……行ってきた」
「なんだ、旅行か?」
「知り合いんとこに……」
「うん……?」
「前話した美容師になりたいって話、覚えとる?」
「うん、通信で勉強してるって、言ってたな」
「大阪の知り合いが、今度都内に店出すんよ」
「美容院?」
「うん、もともとこっちの人でさ。そこで働こうと思ってる」
「そうか……」
「通信で勉強しながら、そこで働く」
「うん……」

「お待たせしました」と、ウエイトレスが頼んだコーヒーを運んでくる。神妙な面持ちなSUUと櫂の雰囲気に、顔色ひとつ変えず、ウエイトレスはコーヒーを置いて去っていく。

「その人の出す店って、大規模な展開しとる店の1店舗でな、それで、海外の研修にも連れてってくれるって言うとる」
「海外?」
「うん、すごいやろ? そんなん行きたいやん」
「どんくらいの期間行くの?」
「研修自体は1ヶ月ちょい。でもその後も定期的にあるって」

瞳を輝かせる櫂は、もうそこしか見えていないのだろう。

「その人は、信頼できる人? 大丈夫なのか?」
「なに? どういう意味?」
「いや、話がうますぎて逆に心配んなるわ」
「いや別にさ、俺を無条件に連れて行ってくれるわけじゃない。頑張りを認めてもらえな行けんよ」
「そっか……でも辞めなくても……できないのか?」
「中途半端にはできん。チャンスだから」
「……そうだよなぁ……お前はそういう奴だよな……」

置かれたままのホットコーヒーに、口をつけた。
苦い味。少し冷め始めて、苦味が増す。

「妹さんは? なんて?」
「……妹、死んだ」
「え?」

口につけたコーヒーカップを、置くこともできなかった。櫂が海外に行っている間、どうするのだろうと、それくらいのことしか、考えていなかった。


「イベントの日、遅刻したやろ? あの時、具合悪くなって病院運ばれとってさ。本当はもうどうなるかわからんから病院いてくださいって言われとったんだけど、無理言って出さしてもらった」

SUUはあの日の、櫂の顔を思い出そうと、必死で思考を巡らせた。でもそこに浮かぶのは、ただ、いつものように笑う櫂の姿だけだった。

皆に背中をバシバシ叩かれ、笑って逃げ回り、そして、「寝坊です」と言って、謝っていた。

「あの時さ、もうダメだって、わかってたんだよ。次肺炎とか起こしたら危ないって言われてたし。でもその時にさ、俺なんて思ったと思う? あーこれで終わる。自由になれる。自由に、やりたいことやれるって、そう思った」

椅子の背もたれに背をつけて、俯き気味に、櫂は笑う。

「最低だろ? 朔は、なんか感じたんかな……舞台の上で、大丈夫?って、聞いてきた。あーこの人にはわかっとんのかな、でも嫌われたくないって思った」
「嫌う?」
「嫌われんの、怖いやん、拒否されんのとか。俺、耐えられん」
「朔良は、そんなことしないんじゃないか?」
「しないと思う。でもアイツのことだから、いろんなことすげぇ考えると思う。妹死んで自由になれるって、そんなこと考えるようなさ、俺のところに引き摺り込みたくない」
「引き摺り込むって……」

櫂のこの、自己肯定感の低さはなんだろう。
誰もが羨む容姿とスタイルを持ちながら、飽きられたくない、嫌われるのが怖い、そう言って、いつも笑っていて。

幼少期に受けた心の傷は、こんなにも深く抉られるものなのか。そして、ずっと面倒を見なければならなかった妹の存在がまた、そうさせたのか。

やりたいことも、夢も、いろんなことを諦めてきた。
周りの大人の顔色を伺って、妹のために生活して、妹のために金を稼いで。

今、やっと解放された櫂。
そこに見た未来を阻むことなんて、できるわけがなかった。

「わかった……なにかあったら、いつでも戻ってこい」
「なにがあるんよ……」
「アイツらには、ちゃんと話せるか?」
「どこから話したらいいかわからんし、やっぱ、なんで今?って思うと思う……」
「それはまぁ、そうだなぁ」
「それに……ずっと転々としてきた、こーゆーのは慣れとる。俺のことなんか、すぐ忘れる」

矛盾していると思った。

嫌われるのが怖い。
飽きられるのが怖い。
なのに、すぐ忘れると言って、自分から去る。


嫌われるなら。
理解されないなら。
忘れられるなら。

見ないフリをして去る。

その方法でしか、自分を守れない。
そんな人生を彼は、歩んできたのだろう。

「あの子たちはそんなことしないだろ。信じてみてもいいんじゃないか?」
「……俺、本当にアイツら好きでさ。凌空くんとか弦くんとか。それから……朔。ダメやったら、多分立ち直れへん……」

櫂は小さく「ごめん」と言って、また、笑った。


そして櫂は、「やりたいことがある。ごめん」と。
それ以上のことはなにも話さずに、あの場所を、去って行った。


逸材だった。
ふたり同時に現れた、櫂と朔良。

櫂朔と言われ、愛されたふたり。


こうしてふたりは、解散した。






「なんだよそれ……」
「櫂は、逃げたってことか?」
「逃げたっていうか……そうするしかなかったんやろなぁ……」

カランと、朔良のグラスの氷が、音をたてた。

「櫂のことは責められねぇよ……でも、どうすることもできねぇのかなぁ……」
「朔良も櫂も、お互い必要としてるのは明らかだよ」

セッションを繰り広げる、若者の笑い声。
遊ぶ音とその声が降り注ぐその場所は、ただただ静かで、氷が溶けていく音が時々、カランと響いた。
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