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想①
しおりを挟む眩しさに目覚めると、そこは自分の家のベッドの上で、金槌で殴られたような頭痛に一瞬、顔を歪めた。
「いってぇ……」
ベッドから身体をなんとか持ち上げ、殆ど閉じられていないカーテンと、窓を開けた。
少しだけ暖かくなった空気が、部屋に流れ込んでくる。
「今何時だよ……」
時計を見ると、11時を指す針。
「昼じゃねぇか……」
とっくに、母親はいない。
椅子を引きずり、窓辺に座る。
2階の窓枠に腕をだらりとかけ外を眺めて、そして風に当たる。
来年には、この家から出る。
就職先は都内で、家から通えなくはないが、いつまでもココにいるわけにもいかない。
長く住んだ、そして幼少期から見慣れたいつもの窓からの景色を見ながら、昨日の記憶を遡る。
「弦くんに言ったよなぁ……」
酒は弱い方ではない。
珍しく、酒に飲まれる感覚に溺れ、そして決して言ってはいけないその気持ちを、吐き出した。
弦の言葉には、気怠さの中に芯を感じさせる説得力のようなものがあって。ずっと抑えていた気持ち、揺らぐ気持ちが溢れ出るのを、止められなかった。
その後気付くと意識はなくて、でも、意識の彼方に櫂がどこか遠くに行ったような声を聞いた。それは夢だったか、なんだったのか。
腕の中に顔を埋め、「はぁ……」と息を吐いた。
「外から見るとこえぇよ?」
外から、声がした。
向かいに住むリョウだった。
向かい合う家。
向かい合う部屋。
よく窓越しに、話をする。
ただこの窓越しの会話は、ご近所には丸聞こえで、よく母親に注意された。
顔を上げると、向かいの窓からひょっこり顔を出すリョウがいた。
「腕だけ出てて怖いよお前」
リョウも窓辺に座り、窓枠に頬杖をついている。
「内定祝いで飲みすぎた? 昨日の晩お前の母ちゃんがうちの母ちゃんに言いにきてたぞ」
「おぉ……そんなもん」
「ミツキってさぁ、わかりやすいよな?」
「なにが?」
「いや、最近変わったよな、わかりやすくなった」
「へ?」
「前はさぁ、なに考えてるか全然わかんなかったけど、最近は楽しそうな時とつまんなそうな時がすぐわかる」
リョウは頬杖をついたまま、ニヤリと笑った。
昔から、ずっとこうして隣にいて、自分のことをなんでも知っている人。
「でもお前さぁ、やっぱ俺には話してくんねぇの?」
昔から、苦しい時も、どんな時も、隣にいたのはリョウで、煩いくらいに何でもかんでも話を聞きたがって、結局は最初から全て見透かされていた。
今回も、そうなのだろうか。
朔良は、ゴクリと唾を飲んだ。
「そりゃ簡単じゃねぇよな……」
風にかき消されるほどの、小さな声だった。
リョウはジトリと朔良を見て、口を尖らせた。
「俺もお前に隠してきたことあるしさ」
「へ?」
「なぁ、あそこ行かねぇ?」
「えぇ? こんな真っ昼間に?」
「いいじゃん、暇だろ?」
いつもふたりで、小さい頃から足を運んだ場所。
いつもふたりで、眺めた鮮やかな光。
こんな昼間に、光が在るわけはないのだが。
ちゃんと話をしたいときには、あの場所にいることが、多かった。
リョウが車を走らせる。
「いいなぁ車」
「親父のだよ」
「俺も働いたら車買おー」
どうでも良い話をしながら、その場所へ向かう。
車を近くのパーキングに止め、公園を抜ける。
いつも来る夜なら、人通りの少ない桟橋。
昼間は、カップルや若者で賑わう。
「不釣り合いだなー男ふたり」
リョウは手を空に高く上げ伸びながら歩く。
人の少ない場所を選んで、桟橋の端に腰掛ける。
少し距離を置いて、朔良も座った。
いつも先にリョウが歩いて、その後ろを朔良が歩く。
いつも先に、打ち明けるのも、リョウだった。
「あのさぁ……」
今回も、リョウが話し始めた。
「相方、いなくなったんだろ?」
「……」
「ごめん……」
「……なんで謝んだよ」
視線を合わせない。
ふたりともじっと、揺れる波を見つめる。
殆ど鳴らない、波の音。
聞こえるのは、風の音と、遠くで遊ぶ子どもの声。
やけに周りの音が、ハッキリと聞こえた。
「こんな言い方しかできなくてさ」
「なにがだよ……」
「俺さ、お前のバイト、知ってた」
「うん……」
「あの荷物が、届く前から」
「……え……?」
朔良は思わず隣に座る、リョウに視線を移した。
太陽の光に照らされて、眩しそうに目を細め、その視線は変わらず波に揺られている。
「見るじゃん、AVとか……」
「……」
「え、見ねぇの?」
「いや、見ないことも……ないけど……」
「俺、そーゆーの、見てて……」
「そーゆーの?」
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「え、待ってちょっと待て待てなんの話? これ俺の話? だよな?」
リョウの言おうとしていることが、なんとなくわかって、そして脳内の思考が、混乱し始めていた。
リョウは今から、なにを言おうとしているのか。
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「ゲイモノを、俺見てんだよ」
「え、っと……だからこれ俺の話じゃねぇの?」
「これは俺とミツキの話だよ」
「は?」
「シコろうと思ってなんかねぇかなって探しててさ……そしたら、さ……お前出てくんじゃん……」
「……」
「ビビったよ……でもお前、AVスカウトされたとか、言ってたじゃん、まさかゲイビとは思わなくて、さ」
ペラペラと話し続けるリョウは、いつもとなにも変わらない声で、でもその頬は、少し、ひきつっているように見えた。
「なんで……男とやれんだよって、思った」
「……うん……」
「俺、好きだったんだよ」
「え?」
「お前のこと。昔な」
リョウは俯いていたその顔を上げ、空を見上げた。
空には眩しいくらいの青空が広がっていて、空高く、白い鳥が羽を広げている。
「ちょっと、待って、いや……え?」
「ふっ……ミツキわかりやすいな、混乱しすぎ」
「いや、するだろなんだよこの展開」
混乱する朔良に、嫌悪感は、全くない。
それはあの場所が、それが特別ではないと教えてくれたから。ただ、心が、追いつかなかった。
「ずーっと、隠してきてさぁ。でもなんか、俺、どっかでミツキに気付いて欲しかったんだろうなぁ……ミツキのバイト見つけた時、あ、これ俺言えんじゃねぇ?って思った。あのDVDをたまたま見ちまったときも、あの時打ち明けようかすげぇ悩んだ。でもやっぱり、言えなかった。拒否られんの、こえぇし」
拒否られるのが怖い。
聞いたことがある、言葉。
「でも、最近のお前見てて……なんかやっぱり放っとけねぇよ……」
「最近の俺?」
「あの、櫂って奴の引退。あれからお前、おかしいよ。やけにムキんなって、熱くなって」
「んなことねぇよ……」
「俺さ、あのバイト始めてミツキ変わったなぁって思った、楽しそうでさ。でもさ、櫂って奴がいなくなってから、変に一生懸命というか……お前が変わったのは、バイトじゃなくて櫂って奴がいたからだったのかなぁって、なんとなく思った」
朔良は桟橋から足を投げ出して、照りつける少しだけ熱を感じる日差しに、あの日を思い出した。
初めて、櫂とふたりで話した日。
暑い夏に、ぬるい湯に足をつけ話した。
あの日、櫂の横顔に、胸が高鳴った。
あの日、夕陽に照らされる櫂の震える唇に、心を奪われた。
あの日からきっと、櫂のことが、好きだった。
「あ、勘違いすんなよ? 今別にお前のこと好きとかじゃねぇよ? 今はさ、本当に、気難しいミツキのことをわかってくれる人が、ミツキの隣にいてほしいと思ってる。男でも女でも」
「……」
「俺は、お前を変えらんなかったけど、櫂って奴は変えたんだよ……それはちょっとジェラシーだな」
リョウはそう言って、空に向かって笑った。
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