68 / 90
凌空と弦③
しおりを挟むそれぞれシャワーを浴びて、ソファにぐだんと転がる凌空と、そのソファの前の床に座る朔良。
肌触りの良いラグが、さらさらと朔良の肌に触れる。
連絡のない時間。
昔、母親がリョウの母親と話していた。
偶然聞いた、あの時のことを思い出す。
父親が亡くなった時。
小学生だった自分は、なにも知らずにリョウと遊んでいた。
母親は、いつもあるはずの連絡がなくて、
いつもメールや電話をすれば仕事の合間に短い返信があったのに、それがなくて。
ひたすらに不安が募っていたという。
そしてかかってきたのが、警察と仕事場からの電話。
だいぶ経って何年もしてから、母親は笑ってその頃の話をしていた。
ふと思い出し、その思いを振り切るように首を振った。
「どうした?」
そんな朔良を見て凌空が声をかける。
「んや、ちょっと嫌なこと思い出しただけ……大丈夫」
笑って答え、ソファにこてんと頭を預けた。
そのすぐ隣に触れる凌空のカラダ。
ふわりと髪を撫でられ、ちらりと凌空を見上げると、穏やかな瞳と目があった。
「朔良、ありがとなぁ。今日来てくれて」
「うん……」
凌空はゆっくりと、目を閉じた。
仕事柄、とでもいうのだろうか。
モデル同士の、距離感。
カラダに触れること、髪に触れること、その距離感に抵抗はなく、むしろ、心地よい。
その心地よさに朔良もそっと、目を閉じた。
その時、けたたましい音楽がその心地よさを劈いた。
テーブルの上の凌空のスマホが、光っていた。
そこに表示されていたのは、『公衆電話』の文字。
朔良と凌空の視線が、パチンとぶつかった。
「朔良……ちょ、出て?」
「なんでっすか……凌空くん出てください」
「……やだ……こわい……」
「大丈夫だから……」
そのスマホを手に取り、震える凌空の手に置いた。
恐る恐る凌空はそのスマホを耳に当てる。
「……もしもし?……」
その声はか細く、それでも必死で何かを耐えるような、そんな声だった。
「え、……もしもし?」
『……く……りく……』
「は? え? げ、げん? 弦ちゃん!?』
『凌空……ごめん……凌空ぅ……』
「げ……弦ちゃんの声だぁー……」
スマホから漏れる声。
目の前の、眉を下げながら笑う凌空。
朔良はそっと息を吐きそして、目尻を拭った。
*
ー2日前ー
「だっるぅ……」
昨夜は人気のジャズバンドが入っていて、盛況だった。バンドも客も一体となり盛り上がり、客が帰ったのは、朝方だった。
「うーわ……全然寝れないわ……」
急いで家に帰り、シャワーを浴びた。
今日は、撮影。
凌空が主演の、ドラマ作品。
SUUの気合も凌空の気合も、いつもとはまたひとつ違う気がした。またドラマならではの撮影時間の長さ。
場所を変えて、角度を変え、何度もシーンを撮る。
それは出来上がりの良さはあったが、撮影そのものは、過酷ではあった。
「横んなったら起きれねぇよなぁ……」
ソファに座ってうとうとして、そして慌てて飛び起きたときには、家を出る時間を少し過ぎていて、慌てて飛び出した。
マンションから一歩飛び出して一瞬、立ち止まった。
空を見上げる。
暖かくて、柔らかい日差し。
凌空と、出会った季節。
暖かい日だった。
あの頃は、まだあの事務所がなくて、いろんなモデルと絡んだ。その中に、凌空がいた。
穏やかな声と眩しい笑顔。
陽だまりのようなあたたかい人だと、思った。
もともと、『店』という自分だけの居場所をつくるための資金集めに始めた仕事だった。
いつの間にか、あの場所が居場所になっていて、その中心にはいつも、陽だまりのような凌空がいた。
すぅーっとそのあたたかい空気を吸い込んだ。
この空気を感じて、あの陽だまりのあたたかさを感じる。
「あ、やばっ!」
思わずあの頃に浸っている自分に、自分で驚き苦笑いする。そして一瞬、時計を見て走り出した。
息切れがする。
そして胸がドクンドクンと鳴る。
徹夜明けによくあるこの動悸。
いつものことだと、駅の階段を駆け上がった。
ホームに止まる電車。
これに乗れば、間に合う。
凌空、帰り車で送ってくんねぇかな……
なんとなく、そんなことを考えた。
その時。
ドクンと、心臓が大きな音を立てた。
一瞬、息が止まるような感覚がした。
次の瞬間、また、心臓が大きく波打った。
世の中の色が、なくなっていく。
微かに見える駅のホーム。
人の背中。
滑り込んでくる電車。
それが、ぐわんと、回転する。
騒がしい音が、消えていく。
「り……く……」
声が出ない。
そこにいるわけではない、凌空の名前を、なぜか呼ぼうと必死で喉に力を入れた。
腹にはもう、力が入らなかった。
「弦ちゃぁ~ん」
その声が脳内に響いて、暗闇に引き摺り込まれた。
背中が痛い。
ピコンピコン音が聞こえる。
うるせぇ……
でも、声が出ない。
カラダが、動かない。
眩しさに、顔をしかめる。
ただの白い壁が見えて。
「わかりますか?お名前言えますか?」
は? バカにすんな。
凌空は? 撮影は?
「2日前に、駅で倒れて運ばれてきたんですよ。ここは病院です。わかりますか?」
白い服を着たその女の言葉に、弦はパチパチと瞬きをした。
2日前?
倒れた?
「まだ少しぼーっとしていると思います。もう少しはっきり目が覚めてから少しずつ動きましょう」
いや、凌空に、SUUに。
連絡しないと。
「あ、動いちゃダメです。先生に診察してもらいますから。それから歩きますからね」
あいつら心配すんじゃねぇか。
電話くらいさせろよ。
あいつらに、連絡する奴なんか、いないんだよ。
凌空、どうてる?
凌空、心配してるよな?
凌空、ごめんな
凌空、ごめんな、ごめんな
『げ……弦ちゃんの声だぁー』
やっと電話ができたのは、倒れてから3日後の夜。
震える声。
凌空の、なにかを恐れる、怖がっているような、でも、あの柔らかくてあたたかい声に、言葉が、出なかった。
*
0
あなたにおすすめの小説
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)
優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。
本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる