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道④
しおりを挟む「うぉっ……」
櫂は朔良の存在を確認し、一瞬動きを止めた。
「お、おぅ……」
朔良も櫂を認識し、小さく手を上げた。
「え、櫂、どした?」
「いや、そっちこそ……おったん?」
「え?」
「あーごめん、そーいう意味やなくて……」
気まずそうに櫂は、頭を掻く。
「KANちゃんに連絡してん、そしたらココにおるって言うでさ……」
「へ? いつよ?」
「ついさっきよ、櫂からメール来てん、だからココにおるよーって言うた」
「は?」
「誰がおるとか言わんかっただけやん。櫂も来たらええやんって思って」
「いやいやいいよ、むしろ何で櫂いねえんだって話だよ」
弦は当然のように、朔良の隣に櫂の場所をセッティングした。
「あ、櫂の場所、KAN挟むか?」
「何すかそれ」
「だよなぁ」
2人の空気を察してか、おそらくあえて、弦は朔良と会話する。促されるように櫂は、朔良の隣に座った。
「ビールでいいの?」
「うん、お願い」
短い会話に、ここに来たのが久しくないことを朔良は察する。
「よく来てるの?」
「たまになー。近いでさ」
「そっか、家近いもんなぁ」
差し出されたビールと、それぞれのグラスを無言で交わした。櫂と朔良の会話を待つように、空間が静まり返る。
「あ、メール……」
「あぁ……」
「時間、とれるよ」
「ありがとう……」
「……」
全ての時がゆっくり進んでいるように、朔良は感じた。弦が追加のつまみを用意する音だけが、静かに響く。
「つーか……」
「今日でいいよな」
「だよな……」
静かな空気の中に交わされる会話に、「フッ」と弦が小さく吹いた。
「なんですか?」
「いや、なんでもねぇよ、続けて」
「客の会話聞いて吹き出さないでくださいー」
「はいはい、すいませんでしたー」
朔良の問いに弦が答え、そして櫂が加わる。
ふたり顔を見合わせて、ふっと笑った。
喧嘩しているわけではない。
ただ、空いたままの距離を埋める術を、その器用さを、持ち合わせていないだけ。
「「仕事……」」
トンと置かれたチーズやハムと、そして2人の言葉が重なり、また訪れる静かな間。その間にすかさず弦が入り込む。
「いやいや不器用なん? お前らそんなに不器用か?」
「うるさいもうーあっち行ってて!」
「あーもう話しづらいわこの空気ー!」
進まない会話に朔良は、心が解きほぐされる感覚がした。
「雑誌見たよ」
「え、まじ?」
「名前、久々に見て一瞬ピンと来なかった」
「ハハッだよな。俺もたまにわかんなくなる」
「……カッコ良かった、髪型と、なんかいろいろ」
「いろいろってなんだよ」
「俺あーゆーのわかんねぇもん、でもなんか凄かった」
「ハハッ、凄かったと思ってもらえたならいいや」
目尻にシワを寄せ笑う櫂は、嬉しそうに笑いビールを流し込んだ。
櫂の働く店が紹介された。
そこに、注目のスタイリストとして櫂が紹介された。櫂の作るスタイルと、カットする姿が、掲載された。
「でもさ……スタイリスト紹介で、正面の顔は載せれんかった……」
「なんで?」
「だって昔のファンが見たら一発やん。怖くてさ、イメージ写真やったやろ?」
「あー。確かに」
「俺はこれからずーっとイメージで売ってくねん」
「……それはやっぱりマイナスなの?」
「んや? 別に?」
「へ?」
「だって顔で売るわけやないし。実力勝負だから、顔出さんでもやってけるわ」
あっけらかんと話し、櫂は笑った。
目標を持ち自らの道を進む彼らの潔さと、割り切りと、腹の括り方。
「尊敬するわ……やっぱ」
朔良はひと口酒を飲んだ。
喉が、熱くなる。
「なんやねんそれ」
笑う櫂と、それを見上げる朔良を、KANと、弦と凌空が見守る。
「つぅか……この空気なんなん?」
「なんで見守ってんのアナタたち……」
「いや……」
「お前ら普通に話してんじゃねぇか!」
「兄ちゃんたちは嬉しいんだよぉぉお」
凌空が櫂に絡みつき、「もうなんなんこの人~」と櫂がそれを振り解こうともがき、弦が凌空の後頭部をペシンと叩く。その光景を朔良は、ハハハと声を出して笑う。
その姿はあの頃のライブを見ているようで、KANはキュッと唇を噛み、そして言った。
「アンタらはやっぱ違うわ……」
「は?」
「今の子らとなにが違うんやろなぁって思っとったけど、アンタらはこのまんまをライブとかイベントで見しとったんやなぁ……カッコつけんとさ」
5人のあの旅ものDVDをよく、若者に見せる。
スカウトの時に使うこともある。
見ているこちらが自然と笑顔になって、一緒にそこに居るような錯覚に陥る。それは心からモデル本人たちが、楽しんでいたからだろう。そこに、よく見せようとする虚勢とか、失敗する恐れとかそんなものはなくて、ただ、純粋にありのままの自分で楽しんでいたからだろう。
「今の子っつぅので言うけどさ……」
突然口を開いたのは、櫂だった。
そしてカツンとテーブルの上に、鞄から取り出したものを置いた。それは最新の、DVDだった。
「え、なんで持ってんの櫂?」
「え、買ってんの?」
「は!? 買ってへんわ! たまたま会ったスタッフに渡されてん、さっきちょっと見たわ」
「まじで!?」
「全部は見てへんで? つぅかこの人らいちいち煩いわぁ」
ひとこと話すたびに入り込む凌空と弦に櫂は、眉間にシワを寄せながら笑った。そして、KANに向かって言った。
「朔がおる前で言うの恥ずかしいねんけどさ、もう朔を引き出してやる奴はおらんの?」
「なんや、どーいう意味?」
「これも悪くなかったで。あー朔は後輩にはこんな顔するんやーとか思って見とった。でも、もっとこう、ウケの朔の可愛さとかあるやん? そーゆうのをさ、引き出すような奴はもういねぇのかなって、ちょっと思った……だけ」
話しながら恥ずかしくなったのか、櫂は少しだけ声を小さくして、照れ臭そうに口を尖らせた。
「なかなか後輩でそれをできる奴は難しいやろなぁ……距離感的に聖也くらいやないかと思うけど、なんせ聖也はタチ苦手やからな」
「まぁ、俺の記憶ももう何年か前の記憶やから……アテにならんけどな、なんか見ててもどかしかったわ」
照れ臭そうに笑う櫂に、弦がニヤリと笑う。
「櫂、それは嫉妬か?」
それに、凌空がすかさず応戦する。
「嫉妬だな。櫂、朔良大好きだなぁ」
「はぁ!?」
「素直んなれよ、櫂」
「うるさいわもうーこんな兄ちゃん嫌やわー」
照れながら拗ねる櫂に、朔良はガンと椅子の向きを変え櫂を正面に向き直した。
「え、どした?」
「櫂、話し、あんだけど」
「う、うん?」
「俺ら、やんない?」
「は?」
「ぷっ……」
突然の朔良の言葉に再び弦が吹き出す。
一瞬、弦を睨みつける朔良に、弦が「ゴメンゴメン」と手を合わせる。
「モデル、復活しない?」
「はぁ?」
「1回でもいい、OBで、このメンバーでやりたいんだよ」
「え、なにを?」
「作品づくり……」
「え、絡み? は? え、絡むの?」
目を白黒させ櫂は、凌空と弦を指差し交互に視線を泳がせる。
「俺らはココで絡むから」
「いやいやそれ完全にプライベートセックスやん、ありなん? それで金取るん?」
「やるなら弦ちゃんは朔ちゃんとやな」
「なんで!? 弦ちゃんは俺のだってぇ!」
「いやそれ俺もちょっと嫌やわ」
「なんなんもうー大人んなってよアンタら」
誰が誰を好きだとか、誰が誰に嫉妬したとか、現実だか設定だか、わからなくなる感覚。
普通じゃない。
もはやその、普通すらわからない、ココでの感覚。
隣にいる櫂は、恋人なのか、仕事場の人間なのか。
曖昧ではないはずなのに、曖昧に感じられるほどに自然と戻る、あの頃と同じ空気に朔良は、心地よい波に揺られているようだった。
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