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蒼き鎧
六
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「参る」
呼吸にして一つ。気息は整った。
廉頗は莞爾として嗤った。
「来い!楽毅」
津波の如き、武威が放たれる。肌が粟立つ。
稀代の武人を前に、竦む己がいる。経験も実力も、廉頗の方が遥かに上。
(だけど、此処で引き下がる訳にはいかない)
楽毅は地を蹴った。
(迅い)
刹那にして、楽毅は懐へ。短槍の間合い。突きが来る。狙いは眉間。皮一枚で躱す。
だが、槍は目算を越えて、更に伸びる。
「ちっ」
身を翻す。弾け飛ぶ兜。
矛の鐏を持ち上げる。地面が抉れる。
眼前の楽毅。疾風の速さで躱す。
短槍が器用に回し、唸るような音と共に、次の一撃。矛先でかちあげる。憤激。互いの刃が交錯する。大気が割れた。
「おら」
空塊ごと薙ぎ払う。風圧で二人の攻防を呆然と眺める、趙兵が尻もちをついた。
眼前から楽毅が消えた。
下からの殺気。地に這うような恰好で、楽毅は斬撃を躱し、更に間合いを詰める。
せり上がる槍撃。狙いは的確に喉元。
「甘い」
突き上がった槍撃は、廉頗の右掌を貫いた。
楽毅の顔色が変わる。
「捕まえた」
(しまった)
逃れようと柄から手を離そうとする。だが、手が離れない。覇気に吸い寄せられている。
貫いた槍ごと、楽毅の短躯が持ち上がる。
廉頗は大輪の笑みを浮かべていた。大きな額が、視界を覆った。鈍器で殴られたような強烈な痛み。朦朧とする視界。哄笑した廉頗の顔は紅に染まっていた。
瞬間。手を縛り付けていた桎梏が解ける。
剛腕が唸った。
楽毅の躰が二転、三転しながら、地に転がった。
耳を聾するほどの歓声と、万雷の拍手が起こる。
楽毅の仲間が、彼の横臥する、彼の元に駆け寄ろうとする。
「まだだ!」
百雷の如き、威を放った。立ち上がって来る。廉頗は直感していた。まだ彼を纏う気は死んでいない。
辺りが静寂を取り戻す。
「楽毅!」
仲間の支えを振り切って、楽毅は立ち上がった。
額は割れ、滝のように血が溢れ出ている。殴りつけた頬は腫れ上がり、精悍な顔つきは見る影もない。
だが、眼は生きている。いや、むしろ。先より放つ光は勁い。
怖気が背筋に走った。噴き出す玉の汗。
(こいつ。死の領域に踏み込んだか)
聞いたことがある。天賦の才を宿した、勇者は死地に立ってこそ、真価を発揮すると。
朱の帳が降りた、視界が豁然と開いた。
躰が軽い。まるで翼を得たように。鳥の啼き声が、静謐な空間に轟く。
森羅万象が己の力となる。総身に絡みついて離さない、重力が解けていく。
蒼き神気が、楽毅の創痍を満たした。地に転がる、短槍を手挟む。
一陣の風が、背中を押す。楽毅は翔んだ。
呼吸にして一つ。気息は整った。
廉頗は莞爾として嗤った。
「来い!楽毅」
津波の如き、武威が放たれる。肌が粟立つ。
稀代の武人を前に、竦む己がいる。経験も実力も、廉頗の方が遥かに上。
(だけど、此処で引き下がる訳にはいかない)
楽毅は地を蹴った。
(迅い)
刹那にして、楽毅は懐へ。短槍の間合い。突きが来る。狙いは眉間。皮一枚で躱す。
だが、槍は目算を越えて、更に伸びる。
「ちっ」
身を翻す。弾け飛ぶ兜。
矛の鐏を持ち上げる。地面が抉れる。
眼前の楽毅。疾風の速さで躱す。
短槍が器用に回し、唸るような音と共に、次の一撃。矛先でかちあげる。憤激。互いの刃が交錯する。大気が割れた。
「おら」
空塊ごと薙ぎ払う。風圧で二人の攻防を呆然と眺める、趙兵が尻もちをついた。
眼前から楽毅が消えた。
下からの殺気。地に這うような恰好で、楽毅は斬撃を躱し、更に間合いを詰める。
せり上がる槍撃。狙いは的確に喉元。
「甘い」
突き上がった槍撃は、廉頗の右掌を貫いた。
楽毅の顔色が変わる。
「捕まえた」
(しまった)
逃れようと柄から手を離そうとする。だが、手が離れない。覇気に吸い寄せられている。
貫いた槍ごと、楽毅の短躯が持ち上がる。
廉頗は大輪の笑みを浮かべていた。大きな額が、視界を覆った。鈍器で殴られたような強烈な痛み。朦朧とする視界。哄笑した廉頗の顔は紅に染まっていた。
瞬間。手を縛り付けていた桎梏が解ける。
剛腕が唸った。
楽毅の躰が二転、三転しながら、地に転がった。
耳を聾するほどの歓声と、万雷の拍手が起こる。
楽毅の仲間が、彼の横臥する、彼の元に駆け寄ろうとする。
「まだだ!」
百雷の如き、威を放った。立ち上がって来る。廉頗は直感していた。まだ彼を纏う気は死んでいない。
辺りが静寂を取り戻す。
「楽毅!」
仲間の支えを振り切って、楽毅は立ち上がった。
額は割れ、滝のように血が溢れ出ている。殴りつけた頬は腫れ上がり、精悍な顔つきは見る影もない。
だが、眼は生きている。いや、むしろ。先より放つ光は勁い。
怖気が背筋に走った。噴き出す玉の汗。
(こいつ。死の領域に踏み込んだか)
聞いたことがある。天賦の才を宿した、勇者は死地に立ってこそ、真価を発揮すると。
朱の帳が降りた、視界が豁然と開いた。
躰が軽い。まるで翼を得たように。鳥の啼き声が、静謐な空間に轟く。
森羅万象が己の力となる。総身に絡みついて離さない、重力が解けていく。
蒼き神気が、楽毅の創痍を満たした。地に転がる、短槍を手挟む。
一陣の風が、背中を押す。楽毅は翔んだ。
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