楽毅 大鵬伝

松井暁彦

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空を求めて

 一

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 楽毅がくき一行は魏の都である、りょうへと向かった。
 
 魏は趙・韓と共に、晋を三分して独立した国である。
 かつて魏は、三晋で一の国力を有していたが、斉との大戦、馬陵ばりょうの戦いで敗れ、大きく国力を低下させた。
 
 また、魏に仕えていた法家商鞅しょうほうを秦へ出奔させてしまったことから、魏は隣接する、秦に遅れをとることになる。魏を見限り、秦に出奔した商鞅は、法律を整え、法治国家としての礎を秦に齎した。
 
 これ以降、西の秦を野蛮人の国と見下していた、魏は悉く秦に領土を奪い取られ、今では戦々恐々と、秦王の顔色を窺っている。
 
 楽毅の先祖である、楽羊がくようが魏に仕えた頃は、隆盛の真っ只中にあった。
 晋の氏族に過ぎなかった魏氏が、晋を伐ち、覇国へと押し上げた、文候の御代で、青史せいしに名を連ねる、政治家、李悝りかい西門豹せいもんひょう、軍人呉起ごきを始めとした、多士済々の青雲せいうんの士が魏には揃っていた。
 
 楽毅は魏地に立ち、血と魂に刻まれた、記憶に追憶の手を伸ばす。だが、梁を吹き抜ける風を満身で受けても、父祖の記憶は何も語りかけてはこない。

「どうだ。魏竜ぎりゅう
 梁の城郭を前にして、馬を並べる、魏竜に問う。楽毅同様に、魏竜にとっても、魏地は、父祖伝来の地なのである。
 
 魏竜は首を竦め、微苦笑を浮かべる。

(まぁ、無理もない。父祖が魏を離れ、百年は経っているのだから)
 期待がなかった訳ではない。己の血が、魏の風土を踏み、浴びて、滾るのではないかと。
 
 見上げる梁の城壁は、何処か薄ら寂れている感が漂っている。
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