楽毅 大鵬伝

松井暁彦

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 五

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 今朝は随分と機嫌がよろしいのですね」
 王宮に向かう最中、驂乗そえのる従者が神妙な顔で言った。

「気持ちのいい青年と昨晩話した。孟嘗君が去った今、斉は爛熟期らんじゅくきに入ったが、中は清廉なる精神を持ち合わせた官吏も育ってきている。あのような若者が、歴史の檜舞台に踊り出る機会があれば、斉は持ち直すかもしれん」

「今の斉王が威王や宣王のように、諫言の士を傍に置くとは思えませんが」

「まぁそれもそうだな」
 閔王は諫言した、住民や臣下を悉く処断している。
 怨懣関係なしに、清き心を持った者達が、暗愚の手によって消されていくのは嘆かわしいことだ。
 
 かつて、燕を乗っ取った子之が同様の災禍を招いた。
 当時の燕には、志を同じくした同胞が数多いた。だが、現今の斉と同様に、友の大分が誅殺され、今は亡い。
 燕を想い忠義を尽くし、誅殺された同胞達と田単を重ねてしまったのかもしれない。

(やめよう。田単の未来を按じても詮無きことだ)
 いらぬ思惟しいを振り払い、馬車の揺れに身を任せる。
 
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