楽毅 大鵬伝

松井暁彦

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争乱

 三

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 獄舎を抜け出し、姜鵬牙は沈黙を守り、市場の方へと速足で歩いていく。
 臨輜の殷賑いんしんぶりは相変わらずで、至る所で黒山こくざんが成し、行き交う馬車のながえ轅は擦れ合い、鈍い音を立てている。

「こっちだ」
 水が流れるような所作で、姜鵬牙は人の間を縫っていく。身のこなしと足の運びで分かる。
(並大抵の鍛錬を積んでいない)
 
 無双の武人の域にある。姜鵬牙の足は、混雑する市場へと向かっていく。城郭内は賑わってはいるが、重く垂れ込む緊迫感が充満している。象徴するように、人々の話題は霊丘陥落でもちきりだった。

「ここだ」
 姜鵬牙が足を止めたのは、酒場の前だった。
 こもを敷いただけの宴席に、酔漢すいかん共が胡坐をかき、酒盛りをしている。

「ここって」

「ついてこい」
 にべもなく答えると、彼は店内へとずかずかと入る。
 
 亭主らしき、豊満な躰つきの中年女性が、此方を一瞥する。

「何かね?」
 仏頂面で告げる。

「我等、三略さんりゃくに通じる者なり」

(三略。太公望が遺した兵法書の名だ)
 亭主の太い眉が上下した。

「いいよ。入りな」
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