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田斉
二
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大幕舎の中は、殺伐とした空気が充満していた。それもそのはず。今は連合国として、手を取り合っているが、本来は一様に敵同士なのだ。個人的に楽毅や平原君、廉頗を除いて、憎しみ合っている。
燕は楽毅。趙は平原君と廉頗。韓は名将暴鳶。魏は孟嘗君。秦は極悪非道の限りを尽くす、白起。楚からは上柱国(楚独自の官名。一種の名誉職)の子良が名代として、一同に解した。皆、黙然として中空を睨んでいる。見えない火花が飛び散っている。
「進行は私、田文が務めてさせて頂く」
口を開いたのは、孟嘗君である。この中で一番の大物と言ってもいい。また、孟嘗君は讒言によって、斉を負われた身であり、斉王には強い私怨がある。彼の怒りの強さを表した出来事がある。
彼は斉王憎きのあまり、魏の昭王が斉王より友好の証として賜った、女と無理矢理離縁させた。
更には、秦に赴き、斉を援助していた、穣候魏冄に援助を打ち止めするように、強諌した。孟嘗君の影響力は絶大で、秦はすぐさま旗幟を変えた。蘇兄弟の暗躍が、連合において、功を奏したものの、一番の功労者は孟嘗君かもしれない。
(なんと、煌々たる気配を放つ御方か)
孟嘗君が放つ、気にのまれている己がいる。初老の孟嘗君は、ただ座しているだけで、この場の空気そのもの全てを支配している。斉の人民が、閔王を慕うのではなく、孟嘗君を慕っていた理由も分かる。
己の器量では推し量ることのできない深さがある。さながら、底なしの深海のようだ。彼と同じ空気を吸っているだけで、果てしなく紺碧が続く、海に一人放り出されたような、心細い気持ちになる。
もう一人。興味を喚起させる男がいる。秦の白起。浮世離れした、純白の髪。雪花結晶を想起させる。いや。よくよく見えると、髪だけではない。睫毛、髭に至るまで白い。稀有であるが、玲瓏な面と白がよく馴染み、不思議と気味の悪さは感じない。それでも彼から横溢する、超然たる気配に、本能が警告を送る。決して馴れ合ってはならないと。だが、これほど美しい男が、伊闕の戦いで魏・韓の投降兵二十四万も平然と斬首したとは信じられなかった。
白起は此方の視線に気づいた。視線が交錯する。
銀の双眸の奥で、銀砂を撒いたような、細かな光が明滅している。桃色の唇が綻んだ。その笑みからは、一切の感情を読み取ることはできない。まるで、意志だけを持ち、感情のない操り人形のようだ。
「では、まず血盟を」
孟嘗君の声が、白起に傾いていた意識を眼の前に引き戻す。
従者がそろそろと列を成して、大幕舎の中へ。彼等は名代達の前に、白馬の生き血が注がれた、杯を置いた。
古代から血盟を結ぶ際は、贄を捧げ、生き血を啜り、誓いを立てる。
「我等に勝利があらんことを」
孟嘗君が高々と、杯を掲げた。
「我等に勝利があらんことを」
他の者達が続く。
楽毅は血を啜った。喉にぬるりとした不快感が纏わりつく。思わず吐きそうになったが、顔を朱色に染め、ぐっと堪えた。
「では、本題に入ろう。此度の連合軍の総大将を決めなくてはならん」
連合軍の総大将の命令は絶対で、たとえ他国の大将軍であっても、総大将に任じられた者には、従わなくてはならない。総大将の意に反した場合、軍規を以って罰せられる。この先、総大将の命は、懿諭さながらの効力を持つ。
燕は楽毅。趙は平原君と廉頗。韓は名将暴鳶。魏は孟嘗君。秦は極悪非道の限りを尽くす、白起。楚からは上柱国(楚独自の官名。一種の名誉職)の子良が名代として、一同に解した。皆、黙然として中空を睨んでいる。見えない火花が飛び散っている。
「進行は私、田文が務めてさせて頂く」
口を開いたのは、孟嘗君である。この中で一番の大物と言ってもいい。また、孟嘗君は讒言によって、斉を負われた身であり、斉王には強い私怨がある。彼の怒りの強さを表した出来事がある。
彼は斉王憎きのあまり、魏の昭王が斉王より友好の証として賜った、女と無理矢理離縁させた。
更には、秦に赴き、斉を援助していた、穣候魏冄に援助を打ち止めするように、強諌した。孟嘗君の影響力は絶大で、秦はすぐさま旗幟を変えた。蘇兄弟の暗躍が、連合において、功を奏したものの、一番の功労者は孟嘗君かもしれない。
(なんと、煌々たる気配を放つ御方か)
孟嘗君が放つ、気にのまれている己がいる。初老の孟嘗君は、ただ座しているだけで、この場の空気そのもの全てを支配している。斉の人民が、閔王を慕うのではなく、孟嘗君を慕っていた理由も分かる。
己の器量では推し量ることのできない深さがある。さながら、底なしの深海のようだ。彼と同じ空気を吸っているだけで、果てしなく紺碧が続く、海に一人放り出されたような、心細い気持ちになる。
もう一人。興味を喚起させる男がいる。秦の白起。浮世離れした、純白の髪。雪花結晶を想起させる。いや。よくよく見えると、髪だけではない。睫毛、髭に至るまで白い。稀有であるが、玲瓏な面と白がよく馴染み、不思議と気味の悪さは感じない。それでも彼から横溢する、超然たる気配に、本能が警告を送る。決して馴れ合ってはならないと。だが、これほど美しい男が、伊闕の戦いで魏・韓の投降兵二十四万も平然と斬首したとは信じられなかった。
白起は此方の視線に気づいた。視線が交錯する。
銀の双眸の奥で、銀砂を撒いたような、細かな光が明滅している。桃色の唇が綻んだ。その笑みからは、一切の感情を読み取ることはできない。まるで、意志だけを持ち、感情のない操り人形のようだ。
「では、まず血盟を」
孟嘗君の声が、白起に傾いていた意識を眼の前に引き戻す。
従者がそろそろと列を成して、大幕舎の中へ。彼等は名代達の前に、白馬の生き血が注がれた、杯を置いた。
古代から血盟を結ぶ際は、贄を捧げ、生き血を啜り、誓いを立てる。
「我等に勝利があらんことを」
孟嘗君が高々と、杯を掲げた。
「我等に勝利があらんことを」
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楽毅は血を啜った。喉にぬるりとした不快感が纏わりつく。思わず吐きそうになったが、顔を朱色に染め、ぐっと堪えた。
「では、本題に入ろう。此度の連合軍の総大将を決めなくてはならん」
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