楽毅 大鵬伝

松井暁彦

文字の大きさ
96 / 140
田斉

 九

しおりを挟む
 地下を這う、秘密の隠し通路を田単一行は抜けた。這い出たのは、後宮にある一室である。室内には、闇が凝っていたが、夜光虫にように、ちらちらと光点が幾つかあった。

「寵姫達の衣が保管されている」
 言った姜施の声量はなるたけ抑えられている。

「なるほど」
 得心した。あの光点は金の刺繍である。

「しかし驚いたな。郊外にある妓楼の地下に、後宮へと続く隠し通路が存在したとは」
「俺達の父祖である、桓公かんこうの代に造られたものだ。王族はいつ命を刺客に狙わるか分からない立場にあるから。こういう抜け道は、幾つか必要だったのだろう。王権が変わり、長らく忘れ去られていたものだが」

「そうか。今の斉王が、この隠し通路を知っていれば、入り口や出口に見張りの者を立てるはずだものな」

「うるさい!喋ってないで、さっさと行くわよ」
 姜音の平手打ちが、田単の頭頂部を見舞った。

「分かったよ」
 田単は唇を尖らせ、姜施に続いて、半引きの戸をすり抜けた。
 回廊の角の先。龕灯がんとうを暈したように、明かりがちらついている。

「宦官か」
 姜施が呟く。

「仕方ない。一人ずつ片付けるか。田単、お前は此処で待機していろ」

「待ってくれ。僕も戦える」

「黙って従いなさい。私達は幼い頃より、闇での動きを仕込まれているの」
 姜施が眼力で訴える。

「分かったよ」

「まぁ、任せなさい」
 姜音は軽快に、田単の肩を叩いて、回廊に飛び出した。田単は蹲り、独り静寂に耳を傾けた。音一つ立たなかった。やがて、涼しい顔をした二人が戻ってきた。

「終わったぞ」
 宦官や宿直とのいの兵は、悉く気を失っていた。

「ここだ」
 黄金の大扉。北斗七星が描かれ、瞬く星の一つ一つに軟玉が填め込まれている。
 扉の奥から、獣のような男の唸り声と、女の嬌声きょうせいが聞こえる。

「うっ」
 姜音は嫌悪感を剥き出しにしている。

「行こうか」
 田単は昏倒している、宿直の兵を一瞥して、戸を押した。鈍い音を立てて、扉が開かれる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
現代文学
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

処理中です...