バイトで冒険者始めたら最強だったっていう話

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最終章・転生勇者編

第160話 曇天と雨天

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 曇天の下を歩いていた。
 もうすぐ雨が降るのだろう、湿った空気が肌を撫でている。
 まだ大丈夫だろうと買い物に出かけたタマコだが、鼻先に雫が一滴落ちたのを確認すると、失敗だったかと眉間にしわを寄せた。

「これは大雨になるかのぉ……早めに帰るとするかの」

 買いたいものがあったのだが、生憎と傘は持っていないため、また明日出直すことにした。
 せっかく商店街まで来たのに面倒だが、早く帰ればその分だけタローといられるのだ、何も悪い事だけではない。
 憂鬱な気分をポジティブな思考で打ち消すと、鼻歌を歌いながら帰路へとついた。
 ……が、そのとき――強烈な敵意を背後から感じた。
 咄嗟に後ろを振り向くと――目の前に差し迫る黄金の剣があった。

「魔王ぉおおッ! 貴様を――殺すッッ!」

 鬼気迫る表情で叫ぶのは、以前自分に戦いを挑んできた青年だ。
 色々尋ねたいこともあるが、まずはこの状況を打破することに集中する。
 黒弦刀を取り出す暇はない。かといって躱す余裕もない。
 今やれる最善の手段は――魔法しかない。

防音壁サイレント!」

 音の壁を発動。刹那、刃と壁がぶつかり合い、キィイーンッと金属音が鳴り響いた。
 火花が散った一瞬を狙い、バックステップでその場を離脱すると、音の壁もすぐに破壊されてしまった。
 それだけで、この青年の攻撃力が桁違いだということが理解できる。

「おい貴様! 街中でなにをしておるのじゃッ!」

 激高したのは殺されかけたからではない。関係の無い、罪のない人々に被害が及びかけたからだ。
 その住人たちは突然のことに唖然とし、ジッとこちらを見つめている。
「人違いでした」、「あ、すいません!」、「酔っぱらっててよ~」。
 ……なんていう言葉でも言ってくれたなら、「ギャグ回か~」とギリギリ納得もできるのだが……。
 どうやらそんな期待はできそうもない。

「魔王ぉ……殺す……ゼッタイに殺す……ッ!」

 瞳孔が開き、殺意だけが先行している。
 聞く耳を持っている様子はないし、周りを気にしている余裕もないだろう。
 かといって、防音壁サイレントを一撃で破壊できる攻撃力を持った奴に、自分が勝てる保証はない。
 ならば逃げればいいという話になるのだが、おそらくコイツは自分より速い。剣の速度を見ればわかる。

(……戦うしかない!)

 魔方陣から武器を手に取り次の攻撃に備える。
 ……と、その前に――まずは住人の避難が優先だ。

無音警告サイレント・サイレン!」

 その魔法は脳内に直接声を届けるものだ。半径100メートル以内にいる者が対象である。

<――危険だ、早急に避難せよ!>

 その瞬間、住民たちは一律に警告を聞いた。
 頭に直接流れた声でようやく現状を理解すると、悲鳴を上げて逃げていく。
 周りに人がいなくなるのを確認して相手に向き直る。

(――といっても、私ではどうすることもできぬ)

 相手の力量がわかるのも善し悪しだ。
 逃走という手段が許されるのならば良いが、それが出来ない状況においては地獄である。

 戦えば死ぬ。その事実は変わりない。
 戦いは避けられない。その事実もまた変わらない。

 相手が我に返るのを願いたいが、おそらく叶うのは殺したときだろう。
 自力での生還は詰みに等しかった。
 ――なので、頼るしかないのだ。この状況を打破できる男に。

(フェニックスの力なら、いくらか攻撃を受けても死にはしない。
 主殿のいる自宅の100メートル圏内に入るまで約1キロメートル……それまで耐えられるかどうかの勝負……ッ!)

 青年は自分を地の果てまで追ってくるだろう。
 その間被害が出ないように無音警告サイレント・サイレンを常時発動し人々の避難を誘導する。
 作戦が決まれば、あとは実行するのみ!

「――いくぞ」

 背中から青炎の翼を生やすと、背を向け、猛スピードで男から離れた。

「逃げるな!」

 男も地面が抉れるほど強く踏み込みこちらを追う。
 タマコは前方にいる住民たちに<――ギルドの方へ逃げろ!>と警告しながら突き進んでゆく。
 だが、すぐ後ろにはすでに追いつきつつある男の姿。
 すると左手で魔法を放つ。

「アイスヘル!」

 放ったのは極大の氷。
 辛うじて回避に成功した。が、辺りは時代が氷河期へ逆行したかのように氷に包まれてしまった。
 人が居なかったことが、何よりの救いだ。
 もしもタマコが警告をしていなかったら、大量の死人がでていたことだろう。

(急がなければ!)

 この男がなりふり構わないのは理解できた。
 早くタローの元へ向かい、コイツを止めてもらわなければならない。
 止められるのはタローだけだ。

(もうすぐ)

 ――残り700メートル。

「アイスショットガン!」

 氷の弾丸がタマコの足を貫いた。
 激しい痛みがする。けれど、フェニックスの治癒ですぐに治して進む。

 ――残り400メートル

 何度か魔法が被弾した。
 すでにボロボロである。
 力を振り絞り、前へ突き進む。

 ――残り100メートル

(もうすぐ……もうすぐ声が届く……ッ!)

 あと少し、あと少しでタローは来てくれる。
 魔力も底が見えてきた。
 だが、このペースなら間に合う!

 ――残り10メートル

 あと少し……

 ――残り5メートル

「魔王ぉおおおッ!」

 と、ここで男は剣に大出力のオーラを纏わせた。
 金色に刃が輝き、触れずとも強力な力を感じる。
 だが、問題はない。
 魔力量的にあと一度はフェニックスの力で回避が可能だ。

(その間に主殿へ――)

 と、そのとき――声が聞こえた。

「――ママぁー!」

 泣いている子供だ。きっと逃げ遅れたのだろう。

(……フェニックスの力で避けたら、あの子に当たってしまう)

 攻撃の軌道上にあの子はいる。
 フェニックスで身体を炎と化したとき、確実に攻撃があの子に当たって死ぬ。

 自分の命か、誰かもわからない子供の命か。

(――そんなの、決まっているじゃろ)

 答えは一瞬だった。

「死ねぇえええええッッ!」

 振り下ろされた黄金の刃。
 避ければ子供が、避けなければ自分が死ぬ。
 二者択一の場面で、タマコが選んだ答えは――。



 ・・・・・・・

 ・・・・・

 ・・・



 雨天の下に、そいつがいた。
 降りそうだった雨が、今はざぁざぁと音を立てている。
 水溜りがあっという間にできるようなどしゃ降りの中で。――

「……タ……ロー……――」

 女は、力なく瞼を閉じた。
 雨により広がっていく赤い水溜りの中心では、男がジッと女を見つめていた。

「――……タマ、コ?」

 呆然と、ただその光景に絶句した。
 降りしきる雨の中、タローの目の前で、タマコは静かに息を引き取った。
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