【完結】いつか、ネモフィラの咲く花園で

テルミ

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虚ろな影は少女と共に

11話 倉實礼は触れる

「まぁ、ではお父様の勧めがあってこの学校に? 」
「はい。父は転勤族で、あまり構ってもらったことはありませんが…… 私の大好きな、自慢の父です」

 不安と緊張で幕開けたお茶会は、その蓋を開けてみると、祖母の家に遊びに行ったような感覚だった。
 どこか懐かしく暖かい雰囲気は、私から時間の感覚を奪うほどの心地よさだった。掛け時計に目を向けると、先ほどまでは真横を指していた短針は次の数字を指し示し、疲れ果て萎れているようにも見えた。
 もうこんな時間……。

「あぁ、そうそう。そういえば倉實さんに聞こうと思っていたことがあったのよ。その制服なんだけど、着心地はどう? 」

 またえらく唐突な話題だった。やはりこうして生徒と接していると、学生服が恋しくなるようなものなのだろうか。

「え、えぇ。この時期は少し冷えますが、これからの季節を考えると丁度いいかもしれません。着心地も良いですし……」

(なによりかわいいです。ちょっと袖が長い気がするけど)
 素直な感想だった。白を基調とした制服は、着る人に楚々として潔白な印象を与え、胸元に結ばれた紐タイは、私たちを学び舎の生徒たらしめているように思えた。

「丈が合わないとか、そういうことはない?」
「あ、はい。少し袖が長いくらいですが、これくらい気になりません」
「ならよかったわぁ。ごめんなさいね。できるだけあなたと近い制服を探したんだけど、それくらいしかなくて」

 普通制服ってオーダーメイドじゃないの……?
 それともこれは私の制服ではなのだろうか。実はまだ制服についた血が洗い落とせてなくて、その間だけ代わりの制服を支給された。そういうこと?

「それってどうい……「それにしても、やっぱり倉實さんはその制服、似合うわよねぇ。可愛らしいわぁ。私の娘にしたいくらい」

 孫。と言わなくちゃいけない歳になってしまったかしら。とひとり楽しそうに笑う彼女には、もう聞けなかった。
(かわいいって何よ急に……)
 喉元まで出かかっていた言葉を声に出せなかったむず痒い感覚と、かわいいと言われたことに対するむず痒さが絡まり、しばらく彼女を直視することはできなかった。
 行き場をなくした視線は留まることを知らず、寮長室のいたるところに向けられた。
 食器棚から見える白磁のティーカップは、そのどれもが汚れひとつなく並べられていた。本棚に刺さっている本もそうだ。大きさはもちろんのこと、背表紙からは出版社ごとにしっかりと分けられているのがわかった。彼女の几帳面な一面を映しているようだった。
 木製の椅子や本棚、テーブルはある程度の年季が入っているが、それがかえって味を出し、落ち着いた雰囲気を醸し出している。
 ただ、私にそんな印象を与えているのは、それだけではなかった。
 この部屋に来た時から感じていた、まるで自分の部屋にいるような感覚。部屋の作りが同じだから? それだけではない。
 家具の数や色、位置までもが変わらないのだ。私たちの部屋と。
 数も?

「りょ、寮長さん。この部屋は誰かと共用で生活しているんですか? 」
「ここは私ひとりで暮らしているわよ? ほかの先生方にも1人1部屋、個室が設けられているわ」

 当たり前のことのように話す彼女の言葉を聞き、背筋を指でなぞられたような思いがした。1人部屋であるのならばなぜ、私たちの部屋と同じ数のベッドがあるのか、とても聞くことはできなかった。
 今まで日常を演じていたこの部屋は一瞬にしてその表情を変え、まるで私を惑わせて楽しんでいるように思えた。

「そんなに1人部屋にベッドがたくさんあることが気になる? 」

 また知らないうちに声に出ていたのかもしれない。この癖を今日ほど呪った日はない。

「いやね、去年の今頃にも1人、1年生だった子を招待したことがあったのよ。その子はこの部屋に来た途端にそれを聞いてきたものだから…… あなたも実は気になっていたんじゃないか。って」

 どうやら私の悪癖は出ていないようだった。安堵の息を漏らしながらも、続く言葉にそっと耳を傾けた。

「単純に、生徒の数が減ったから、教師棟を潰して空いた部屋をそのまま使わせてもらっているだけなの」

教師棟、なんてものがあったらしい。名前を聞くまではその存在すらも知らなかったし、跡地らしき場所にも見当はつかなかった。それほど昔に壊されたものなのか、それとも、ここから離れたところに建てられていたのか。

「……少子化とかいろいろ、言いますものね……それにしても、取り壊された宿舎なんていかにも出そうなスポット、うちにもあったんですね」

言い終えて顔を上げると、寮長はさん私の顔をまじまじと見つめていることに気付いた。何か失言でもしてしまっただろうか。寮長にとって、教室棟はもしかして思い出の場所だったとか? 口に手を当てるが、一度口から出た言葉はどうしてもなかったことにはできない。

「出そう、ね。フフッ」

小さく笑う彼女はどこか懐かしむように、私に向けられた目線は私ではなく、どこかもっと遠いものへ向けられているように思えた。

「ねぇ倉實さん。貴方……幽霊。って信じるタチかしら」



「おや、君も今帰りかい?奥からということは……お友達の部屋にでも行っていたのかな?」

 お茶会を終えて部屋を出ると、ちょうど反対側からは潮凪先輩の姿が見えた。

「今日は寮長さんに捕まってしまったんです」

 寮長、という言葉を聞くと潮凪先輩はすこしひきつったような顔をした。年上が苦手だったりするのだろうか。それとも、ああいう人の懐に入るのが上手い人は苦手なんだろうか。私はどちらかというと後者。

「そ、そうかそうか、今年は君だったのか……これも巡り合わせかな。あの人はおしゃべりが大好きなわりに掴みどころがないから、さぞ疲れただろう。お疲れ様」

 こればかりは賛同せざるを得なかった。あのお茶会中、会話の主導権を握らせてもらえたことは1度たりともなかった。

「そういう潮凪先輩はいままでどちらへ?」
「倉實さんと似たようなもので、ちょっとお話をしていたらこんな時間だったんだ」

 窓越しから空を見上げてみると、夕日は完全に落ちていた。日が落ちるのはまだ早いと言っても、この時間まで部屋に戻らなかったのは今日が初めてかもしれない。
 お風呂に入る前に部屋でゆっくりしよう。
 部屋の扉を開けた途端、陽だまりのような暖かい空気に包まれた。単に部屋が暖かいだけではなく、楽し気に弾む2つの声がそうさせてるのだろう。
 貴澄さんと渚先輩が2人だけで仲良くお茶をしている光景は、同室ではあるけど珍しい組み合わせだった。

「本当に、女の子はお茶会が好きだな」

 えぇ、ほんとうに。

「今日はずいぶんと遅かったようね。二人も飲む? ジンジャーティー。体の芯から暖まっていいわよぉ」
「いえ、私は大丈夫です。お気遣いありがとうございます」

 これ以上は自分の胃が水分を受け付けないので。

「私は一杯もらおうかな」

 席を立ち、お湯を沸かしに行く彼女とすれ違うように、私たちはテーブルに添えられた椅子に腰かける。

「今日は2人とも、何をしていたの?」
「私は野暮用」
「私は寮長さんにお茶に誘われちゃって……」
「寮長さんと!?」

 おそらく委員会の仕事や散歩などを想像していたのだろう。
 いきなり寮長さんの名前が出てきて驚くのも仕方がない。
 カチャカチャ、と小気味の良い音を奏でながら渚先輩は少し笑うと

「今年は倉實さんだったのね。毎年気に入った子はお茶会に招待されると言われてるけど……なんというか、これは巡り合わせね」

 西側でたまたま出くわしただけなのは秘めておこう。自らの価値をわざわざ落とすようなことはしなくて良い。私が口を開くまでは、それが真実の仮面を被ってくれるのだから。

「そういえば、潮凪先輩もおっしゃっていましたがその巡り合わせって……どういう意味なんですか?」

 言葉の意味としてはもちろん理解していた。けれど、それがなぜ私に向けられた言葉なのかがわからない。
 そう言うと、渚先輩は少し驚いたような表情を見せた。

「ナギ……去年はあなたが招待されたこと、言ってないの?」

 それ、初耳なんですけど。
 潮凪先輩の唇に吸い込まれようとしていたカップは少し揺れた後、静止した。たっぷり3秒は固まったであろう先輩は静かにカップを起き、静かに口を開いた。

「別に、特別人に話すようなことじゃないだろう。それに…… 私はあの人が苦手なんだ」

 先ほど私に見せたような引きつった表情を作り、静かに息を吐いた。
 ここまで先輩が苦手意識を持つのは多分、あのお茶会が一度きりでなく、2回も3回もあったからなんだろう。たまたま居合わせた一年生としての私と、気に入られて誘われた先輩。私の場合替えはいくらでも利くけど、先輩の替えは利かない。求められるのは羨ましいけど、これほど私じゃなくてよかったと思うこともなかなかない。

「まあいいだろう、そんなことは。それで、私たちが居ない間2人はどんな話をしていたんだい?」 
「女の子がする話なんて、恋愛話、世間話、怪談話と相場が決まっているでしょう?」

 生姜特有の、清涼で温かい香りとともにやってきた先輩の口から出てきたのは、実に女の子らしい言葉だった。
 怪談話という言葉には、少し胸を刺されるような想いをしたけれど。

「少なくとも、この学院に限って恋愛話なんてものはなさそうだけれどね」
「あら、案外そうでもないらしいわよ? 私達が知らないだけで、噂あるみたいよ」

 不思議と、渚先輩の目がいつにもましてキラキラと輝いて見えるのは照明のせいなのだろうか。それとも……
 私の通っていた中学校は共学だったから、恋愛の話は絶えず耳に入ってきた。風の噂に乗せてだったけど。けれどまさか、この学院でもそういう話を聞くことになろうとは思ってなかった。
 ――ここって女子校よね?

「恋に恋したところで、長続きはしないだろうね」

潮凪先輩のその言葉は甘くもあるが苦くもあり、残酷なまでに淡白だった。

「あら、ナギからそんな女の子的な発想が出てくるとは思わなかったわ。でも、たまたま女の子を好きになってしまう子だっているんじゃないかしら?」

 恋に恋をする。
 私にはあまりよくわからない感覚だった。
 恋をすること、あくまでも恋人が好きなだけであって、その中身は誰でもいい。恋愛の対象はあくまでも「恋」そのものであって、隣にいる「あなた」ではない。
 「恋」をしたことのない私には、悲しいことのようにしか映らなかった。私がまだ青いからなのだろうか。いちど恋に恋をすれば、変わるのだろうか。いや、変わってしまうのだろうか。
 やって後悔するのならば、やらずに後悔しないほうが良い。

「ずっとそんな話をしていたのかい? 」
「まさか、女の子は恋愛話と同じくらい、怪談話も好きよ? 」

 私も怪談話は嫌いではない。むしろ好きな方だけれど、今の状況ではとても聞きたいとは思えなかった。

「最近、夜中にヒタヒタという足音が聞こえたり。大きな音が聞こえたりするっていうお話をしていたんです。倉實さんと潮凪先輩は最近、そういった経験はありましたか?」

 そういえば昨日、夢の世界に浸る前に何か、ドアを閉めるような音を聞いた気がするけれど、あまりよく思い出せなかった。夢か現か記憶が曖昧だ。

「あんまりよく覚えてない……かな」
「ベッドに入ったらすぐ寝眠ってしまうタチでね。そんな音がしたとしても、私の耳には届かないよ」

 一瞬、先輩は何故かとびきり苦いコーヒーを飲まされたような顔をしていたが、どこまでも白いティーカップはその表情を隠すように彼女の口元へと寄せられた。
 仮面のように顔を覆っていたカップが置かれると、先刻の潮凪先輩はそこにいなかった。



 消灯後、いつものように目を閉じると、定刻通りに夢の世界行きのバスが到着する。
 けれど、今日はそれを見送るようにしてバス停で立ち続けた。
 耳をすませると、聞こえてくるのは心臓の音だけではなかった。
 ヒタ、ヒタ、という音が微かに、でも確かに私の耳に届けられる。
 彼女の、あの表情の真意を知らずにはいられなかった。彼女を信じたかった。
 扉を開ける音も、閉じる音も、今日は聞こえない。
 代わりにあるのは、左手に伝わる無機質のような冷たい肌の感触だった。
 掴まれて振り返る彼女の表情は、夜の闇に包まれてよく見えなかった。

「……嘘つき」

 今宵はまだ、眠れない。
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