【完結】いつか、ネモフィラの咲く花園で

テルミ

文字の大きさ
22 / 48
偽花風景

21話 問8「行き過ぎた自責の念は他人をも傷つけてしまうのか、答えなさい」

「小白さんは普段、本とか読まないの?」
「あんまり読まない…… かなぁ。あ、でもこの前太宰治の富嶽百景を読んだの。あと……あとは……」
「無理しなくていいよ」

 頑張って絞り出そうとしてくれる小白さんは健気で、小動物を見ているみたいでなんだか微笑ましい。おとなしそうな外見とは裏腹な積極性というか、必死な姿が私達を惹きつけるのだろうか。

「あとは、芥川龍之介の蜜柑とか」
「どっちも教科書に載ってるやつだ」
「好きなの、教科書が。小学生の頃は毎年配られるのが楽しみだったなぁ」

 小さい頃の私もそれを楽しみにしていたひとりだ。ランドセルがぱんぱんになるまで詰めて持って帰らされたことを思い出す。重いし次第に肩も痛くなってくるけれど、徒歩数十分の帰り道は別段苦ではなかった。いや、頭の中を期待で埋め尽くしていたからこそ、苦しいという気持ちが入ってこれなかったのだろう。
 本には重さの分だけ知識が詰まっている。あの時私が詰めていたもの、背負っていたのは教科書だけでなかったんだろう。
 習うのはまだ先だというのに、貰ったその日にページを次から次へとめくっていく。宝の地図を見つけたらすぐにでも冒険したくなるだろう。多分、それと同じだ。
 その後も他愛のない話は続いた。出身とか、普段の過ごし方とか、

「倉實さんってもしかして、透子ちゃんと今喧嘩してたりする?」

 ファミリアの話、とか。

「喧嘩? どうして?」

 唐突に投げかけられた身に覚えのない単語に思わず、質問に質問で返してしまった。
 自分の行動なんて思い返さなくてもそれは否定できる。それに、最近はそもそも会えてないのだから喧嘩なんて起こしようがない。起こす気もないけれど。
 それとも、私は知らず知らずのうちに透子さんを怒らせるようなことをしてしたのだろうか。いや、それもないとは…… 思いたい。いくら人付き合いの希薄な私でもそこまで鈍感ではないはずだ。多分。

「この前まで仲良しでいっつも一緒のイメージだったんだけど、最近めっきりじゃない? 教室でも席近いのに全然話さなくなっちゃったし」

 会ってないから起こせないではなくて、起こしてしまったから会えない、話せない。
 私は小白さんと彼女のファミリアとの関係は教室内のものしか知らない。仲は良さそうだけれどそれはどれくらいなのか。ただの友達なのか、親友なのか、それともそれ以上の仲なのか。
 小白さんだってそうだ、私と透子さんとの関係なんて教室内のものしか知らない。だから、いつもと違うように見えた私達を見て、見えない部分を補完して辻褄を合わせようとしたんだろう。この会話は彼女にとっての答え合わせだ。そうは思ってなさそうだけれど。

「喧嘩なんてしてないよ。ただ今は、お互い忙しいだけ」

 仲が悪いわけではない。それどころか、個人的にはこの間の件でもっと親密な関係になれた気さえしていた。
 私も彼女も今はそれぞれやるべきこと、向き合うことがあってそこに集中しているのだから、交流の機会が減るのはおかしくないし、今だけだ。
 収穫祭が終わり、落ち着いたらまた彼女と話す機会も増えるだろう。落ち着いたら…… 増えるよね?
 当たり前にそう思っているのか、そうであってほしいと思っているのか。
 内在するふたつの感情はかみ合わない歯車のよう。どちらかがいなくなれば回るのに、外せない。

「そっか。なら、私の勘違いだ」

 ごめん。添えられた言葉に言葉は返せなかった。
 徐々に徐々に寮の分かれ道が見えてくる。彼女は西、私は東。
 このまま終わらせるべきか、もう少し何か話すべきなのか。考えているうちに彼女との距離は開いたり縮んだり。選択を急かすように打ち付ける雨音がうるさい。

「けど、」

 何か言いかける声を聴いた時、ついにはその足を止めてしまった。

「あんまり離れてばっかりだと、いざ一緒になったときにどう振舞えばいいかわからなくなっちゃうよ?」
「そう…… ね」

 わからない。わからないけれど、なんとなくそんな気がする。
 一言目はどうしよう、どんな話をしよう。近くにいるはずの彼女がなぜか遠くて、そこにいるのに、今は届かないと思い込んで諦めているみたいで。
 私と彼女との距離が曖昧になっていることを、彼女の言葉で実感してしまった。

「じゃあ、私はこっちだから。落ち着いたら3人でお話してみたいな」
「私も楽しみにしてる。さようなら。小白さん」
「ん」

 遠ざかる彼女の足音とは対照的に、色が無く、ただコツコツと一定のリズムを刻む無機質な足音が嫌に響く。
 水色の雨音が私の彩のない足音を際立たせているみたいで。何かから逃げるようにして、足早に部屋へと足元を進めていったのだ。



「なんか雰囲気違うよね」
「ね。なんか温かい感じ」

 私はもうすっかり見慣れてしまったけど、薄水色に照らされるレッスン室しか見たことのない子達にとって線香花火をそのまま吊るたような、赤橙色照らされた放課後のレッスン室は新鮮なようだ。それはそうだ。今まで放課後の、夕方のレッスン室にいたのは私と先生のふたりだけだったのだから。
 見慣れたとは言ったけれど私以外の子達がいる放課後のレッスン室は新鮮で、どこか緊張する。
 1日1日と発表会が近づくたび、ふたりきりだったここにひとり、またひとりとクラスメイトが参加していった。私以外にも放課後に練習したいと思い声をかけた子がいたのだろう。
 わたしも、じゃあわたしも。あとは何もしなくても増えるだけで、半月もすればダンス選択のクラスメイトは全員参加するんじゃないかなんて思わされた。けれどその見立ては甘かったようで、最後のひとりが参加したのは7日後だった。
 最後に参加したのは透子さんだった。生徒会の先輩方が気を使って仕事を肩代わりしてくれたらしい。既にあれほど上手な彼女に放課後も練習をする必要があるのかと、疑問に思うけれど。

「いちに、さんし、にーに、さんし……」

 流れ出した曲と透子さんのカウントを聴き、差し出された右手にそっと左手を滑らせ、添える。

「さんに、さんし、よんにっ……さんし?」

 4小節、それが始まりの合図。
 私のリードに合わせて彼女は身体を捻り、足を進め、廻る。
 ルーティンは決められた中からふたりで選んだ。決めたのは、素早いターンの後に捻らせたままの身体を維持するオーバースウェイが、動の中にある静、静の中にある動を表現する様が美しかったからだ。
 手のひらから熱が伝わり、滴る汗を感じる。私のものでもあるし、彼女のものでもある。ほんのりと赤みを帯びた頬は輝く汗と相まって、夕日に照らされる海のように、何も考えずずっとそこで見ていたいと思わせられた。
 私の視線は彼女に、彼女の視線は私とどこかへ。私、透子さん、私、透子さん。それぞれの位置を交互に廻ってみても、やはり彼女がどこを見ていたのかはわからなかった。
 足並みは崩れぬように慎重に、行き先を見失わぬよう、左腕を大胆に振ってみせる。

「踊ってる時の倉實さん、すごくお嬢様っぽくない?」
「わかるわかる。こう、纏う雰囲気が変わったっていうか、なんというか」

 大振りすぎてしまったせいなのか、時々休憩中の子達から感じる視線が気恥ずかしい。お嬢様にお嬢様っぽいと言われると、素直に受け取るべきなのか対応に困ってしまう。雰囲気が変わったのは多分纏っているものが制服と違うからなのであって、私が何か変わったとかそういうことではないと思う。
 唯一私の中で変わったことといえば、そういう余計な事を考えながらでも踊れるような余裕ができた、ということだろうか。

「うまくなったね」
「え、えぇ。ありがとう」

 知らないうちに、と。そう続きそうな気がしてつい反応してしまう。
 会話ともいえないそれは私に沈黙を意識させた。聞きたくない言葉を聞かぬよう断ち切った私に鋭く、それでいて鈍く這入りこむ。
 光が影を際立たせるのと同じだ。今まで気にすることのなかった沈黙はひところふたことで際立ち、時間とともに大きくなってゆく。
 もうすぐ曲が終わる。終わるまでは気づかないふりをして、精一杯踊ろう。
 ここで前へ、ここでスピン、ここでオーバースウェ――

「なんだか、わたしの知らない倉實さんみたい」

 先に手を離したのはどちらだったのだろう。指先からするすると熱が抜けていくのと、重力に後ろ髪を引かれるようなこの感覚は知っている。
 背中に伝わる衝撃は肺に溜まった空気を一気に押し出した。何も考えられなくて、場違いに冷えきった身体をそのまま放り出し、ただただ天井に吊るされた赤橙を眺めていた。
 曲が終わっても騒がしい周りとその視線で、自分の置かれた状況を把握した。また、やってしまったらしい。
 だだ――

「いたっ...…」
「腫れてるね……無理に動かさないで。先生ちょっと倉實さんと保健室に行ってくるから、その間は各自で練習しててください」

 立ち上がろうとすると走る痛みとは、初めましてだった。

「礼さん……わたし、わたし……」
「ちょっと捻っちゃっただけだから大丈夫。すぐ戻ってくるよ」

 先生の肩を借り、力の入らない左足を浮かせながらゆっくりと、ゆっくりとレッスン室を後にした。



「本番までに痛みは引くと思うけれど……ここ数日は練習をお控えになってください」
「そう、ですよね」

 間に合わせとして張ってもらった湿布は醜く腫れた足首を隠し、じんじんと一定のリズムを刻む痛みを和らげてくれる。
 わかっていたことではあるけれど、転んだ際に左足首を捻挫していたらしい。
 ターンの後、横方向の負荷がかかっている状態で転倒してしまったものだから、重症ではないにしろ、軽傷でもないらしい。
 数週間単位の怪我ではないだろうと思っていたけれど、本番までには治ると聞き安心した。
 それよりも。

「礼さん。わたし……わたし……」
「だから、透子さんのせいなんてことはないって。もともと私が集中してなかっただけ」

 重症なのは彼女のほうかもしれない。
 練習に戻った先生と入れ替わりで入ってきた透子さんは、ずっとこれだ。わたしのせいで、話しかけたりなんかしたから、ちゃんと支えていなかったから。一応、リード役である私が支える役ではあるのだけれど。
 これに関しては上の空だった私が完全に悪いのだから、言い方は悪いけれど彼女には早く折れてほしい。
 先生との特訓で人と話しながら踊れるくらいの余裕はできたけれど、余裕と隙は紙一重であるということに気付けなかった私がいけないのだから。私のせいなんだ。

「今日はもう帰りたいな」
「……えぇ、疲れてしまったものね」

 肩を貸してくれた彼女に「ありがとう」と伝え、強く強く、何か締め付けるように、戒めのように一歩一歩踏みしめる。
 何も言わずに彼女も歩きだす。痛みから目を背けながら歩くのに精いっぱいで、足並みをそろえようとなんて思いもしなかった。

「失礼しました」
「お大事に」

 その言葉は私だけでなく、彼女にも投げかけられているのだと、そう思った。


感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【純愛百合】檸檬色に染まる泉【純愛GL】

里見 亮和
キャラ文芸
”世界で一番美しいと思ってしまった憧れの女性” 女子高生の私が、生まれてはじめて我を忘れて好きになったひと。 雑誌で見つけた、たった一枚の写真しか手掛かりがないその女性が…… 手なんか届くはずがなかった憧れの女性が…… いま……私の目の前にいる。 奇跡みたいな出会いは、優しいだけじゃ終わらない。 近づくほど切なくて、触れるほど苦しくて、それでも離れられない。 憧れの先にある“本当の答え”に辿り着くまでの、静かな純愛GL。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

迷子を助けたら生徒会長の婚約者兼女の子のパパになったけど別れたはずの彼女もなぜか近づいてくる

九戸政景
恋愛
新年に初詣に来た父川冬矢は、迷子になっていた頼母木茉莉を助け、従姉妹の田母神真夏と知り合う。その後、真夏と再会した冬矢は真夏の婚約者兼茉莉の父親になってほしいと頼まれる。 ※こちらは、カクヨムやエブリスタでも公開している作品です。

再婚相手の連れ子は、僕が恋したレンタル彼女。――完璧な義妹は、深夜の自室で「練習」を強いてくる

まさき
恋愛
「初めまして、お兄さん。これからよろしくお願いしますね」 父の再婚によって現れた義理の妹・水瀬 凛(みなせ りん)。 清楚なワンピースを纏い、非の打ち所がない笑顔で挨拶をする彼女を見て、僕は息が止まるかと思った。 なぜなら彼女は、僕が貯金を叩いて一度だけレンタルし、その圧倒的なプロ意識と可憐さに――本気で恋をしてしまった人気No.1レンタル彼女だったから。 学校では誰もが憧れる高嶺の花。 家では親も感心するほど「理想の妹」を演じる彼女。 しかし、二人きりになった深夜のキッチンで、彼女は冷たい瞳で僕を射抜く。 「……私の仕事のこと、親に言ったらタダじゃおかないから」 秘密を共有したことで始まった、一つ屋根の下の奇妙な生活。 彼女は「さらなるスキルアップ」を名目に、僕の部屋を訪れるようになる。 「ねえ、もっと本気で抱きしめて。……そんなんじゃ、次のデートの練習にならないでしょ?」 これは、仕事(レンタル)か、演技(家族)か、それとも――。 完璧すぎる義妹に翻弄され、理性が溶けていく10日間の物語。 『著者より』 もしこの話が合えば、マイページに他の作品も置いてあります。 https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/658724858

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。