【完結】いつか、ネモフィラの咲く花園で

テルミ

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王子とあたしと毒林檎

21.5話 知ってることだけ。

 
  
 評価される人の条件というのは、まじめな人でも頑張り屋の人でもない。結果を出せる人間だ。 
 結果は花で過程は地の下に伸びる根のよう。 
 鮮やかに咲き誇る花々に人は皆目を向けるけれど、ひっそりとみずぼらしく咲く花をわざわざ見てやろうなんて人はいないだろう。もし居たとするならば、その人はたいへんな物好きだ。 
 小さい頃からその真理を知っていたわけではないけれど、ぼんやりと気づいてはいた。いや、気付かされたのだ。 
 小学生の頃の私は、親に褒められたという経験は数えるくらいしかなかった。 
 それはあの人が淡白な人であったから、なんてことではない。と、思っている。どちらかというと褒められるような結果を出せなかった私に非があったはずなのだ。 
 勉強やスポーツ、褒められるチャンスというのはいくらでもあったけれど、それを活かせなかったのは私なのだから。 
 努力を怠ったわけではない。むしろその逆で、人よりも真剣に時間をかけて取り組んだ。 
 けれど、どれだけ頑張ってみせてもあの人たちは私を褒めてはくれなかった。平々凡々な結果の後ろにある過程なんて誰にも気にしないから当然ではあるけれど、その事実は幼い私にとっては知りたくもない、とても残酷な真実だった。 
 テストで平均点を取った人の勉強の仕方なんて気にもならないけど、100点を取った人の勉強法は気になってしまうんだ。それはなにも親だけでも身の回りの人だけでもない。私もまた、そうなのだ。認めてほしいと思いながらも自分もまた、他の平々凡々には気にも留めない。 
 どうすればあの人はもっと私を見てくれるのだろう、褒めてくれるのだろう。周りを見渡すほどに色濃く鮮明に突き付けられる現実は、酷く空虚なものに見えた。 
 けれどこの世界の神様は慈悲深いようで、こんな私にもひとつ、努力した分だけ鮮やかな結果として咲くことのできる種があった。 
 先生の言葉を借りると、行動に心情や信条が滲んでいるように見えた、らしい。 
 文化祭のクラス発表で披露した演劇で、親や先生は泣きながら褒めてくれた。いや、褒められてしまった。 
 満たされると人はさらに欲し、貪欲になる。 
 もうこの道しかないと悟った私は無理を言って、小さな劇団に入った。親も賛成こそしなかったものの、習い事のひとつやふたつ、経験しておくことも大切とのことで制限はかけられなかった。 
 大きな承認欲求の器のような私にはそれ以外に残っているものなどなかった。いや、なかったからこそ誰かを、何かを詰め込むことができた。 
 知らない境遇、理解できない心情、違う性別、相いれない性格、どんな役でも全力を尽くした。頑張らないと普通という位置に立つことができないと思っていたから。そうしないと、見つけてもらえないから。 
 私にとって大切で特別なそれは同時に、呪いでもあったかもしれない。 
 それは日常生活までにも侵食し、けれどそれを拒むなんてことを私はできなかった。いや、しなかったのかもしれない。今となってはもうわからない。 
 始めてから一年を過ぎたころ。またあの人が泣いた。 
 前と違うことを挙げるならばあの人は悲しんでいて、褒められなかったこと。 
 知らない誰かに「為り」続けていた私の姿はあの人の目にどう映っていたのだろうか。 
  
「日に日に変わっていくあなたが怖かった」 
  
 欲求にのまれ怪物となり果てた私はついに、一番大切なものからも拒絶されるようになってしまった。 
  
「あなたは一体、誰?」 
  
 あの人から言われた言葉がその日から今日まで、ずっと響いている。 
 こんな結果望んでいたわけじゃないのに、血の滲むほどの努力で彩った過程でも、こんな結果が先にあるんじゃ最悪だ、エンターテイメントにもならない。 
 自分のしていることの意味が解らなくなった。結果だけしか残らない。いや、演劇の結果すらもその時の私にとっては過程に過ぎなかったのかもしれない。あの人に褒めてもらうことが結果であり、それまでの道筋は全部過程。 
 あの人のあんな悲しい顔は二度と見たくないし、あんな言葉も二度とかけられたくない。だから知らない土地にある全寮制のここに来た。 
  
  
  
  
「結果しか求めていなかった私が今度は過程を求め始めるなんて、滑稽にも程があるよね」 
  
 彼女は何も言わない。言えないだろう。同じ部屋に住むクラスメイトが半ば自分からも親からも逃げてここに来たなんてことを聞かされたら。 
 親のことまで話す必要なんてなかっただろう。ただ劇団に入って演じていて、それでたまたまその観客に居た。それだけでいいはずなのに、どうして私は私の話なんてことも混ぜて長々と語ってしまったんだろう。 
 受け入れて欲しかった? まさか。それこそ小学生の頃ならまだしも。あれから何年経っていると思っている。高校生でそれはないだろう。ましてや同じ年の、私よりも小さいあの子になんて。 
  
「正直、演劇に触れたことは後悔している。出会わなければ私もこうはならなかっただろうし日和も傷つくことはなかった。あの人のことも、泣かせなかった」 
  
 受けた影響は決してマイナスだけではなかったけれど、結果的にはマイナスもマイナス。大損。 
 演劇みたいに簡単にほかの人の人生を歩むことができたらどれだけよかっただろう。私の代役なんて誰もいないし、誰もやりたがらない。 
  
「ねぇ綾乃」 
「ん、」 
「あたし実は喋ってないと死んじゃう病気なの。だから、」 
「だから、いまからあたしのする話は、ひとりごと」 
  
 足をぎこちなく振り回しながらどこか近くて遠い明後日を見つめている。瑞々しい唇の擦れる音はひとりごとの合図のよう。 
  
「過程がどうとか結果がどうとか、あんまり考えてこなかったあたしが言うのもなんだけど、綾乃のそれは、あまりにも悲しすぎると思う。だって、今すこし悲しくなったし」 
  
 ごめん、言うと彼女はひとりごとだから、と言いながら続ける。 
  
「どちらかがすべてなんてことはないと思う。100か0かじゃないの。すっごくあいまいなの。ふわふわしていてよくわからないものに囲まれながら生きているんだよ、私たち。でもさ、ふわふわしているからこそ、人は生きていけるんだと思う。そうじゃないと、辛すぎるもの」 
  
 彼女の真意を私はまだ見つけられていない。私は結果悲劇を生んでいる原因でもあるのだから、一生その呪いを背負って生きていくべきなんだ。そこに救いなんて、求めてはいけない。逃げられるだけまだ私は許されていると思う。 
  
「それに、過程で救われた人がいるなんてたぶん、綾乃は知らないでしょ。あの言葉がなかったらあたしはどこにも居なかっただろうし、私もどこにも行けなかった。そんなあたしを、私をあんたは知らずに救ってくれていたのよ」 
  
 そんなことで? あんな、たった数秒の言葉で? 思考とともに漏れ出した言葉に彼女は想定済みといわんばかりの顔で笑う。 
  
「そんなことでも、私にとってはたいしたことなの。結果、私は救われた。私だけじゃなくて、同じことを思っている人はほかにもいるんじゃないかな。だから、そんな綾乃自身がそんな結果で終わらせてしまうのは、悲しい」 
「……悲しいと言うのは簡単だよ。でも――」 
「綾乃って意外にそういうとこ頑固だよね」 
「え、あ、そ、そう?」 
  
 ひとりごとはどこへ行ってしまったのだろう。なげやりに飛んできたその言葉を不格好に受け取りながら、さて返答はどうしようなんて考えてみる。変化球もいいところだ、何も思いつかない。 
  
「言い方を変えれば芯が強いよね。あと、人には優しいけど自分には優しくない。ひとりで出かけようとするときいつもより寂しそうな顔するよね。結構寂しがり屋? それと……」 
「待って待って。それ以上はさすがに恥ずかしいし、意味が分からないよ…… でも、寂しがり屋、寂しがり屋ねぇ」 
「気づいてなかったでしょ」 
「いや、まぁ」 
「気づいていないそのひとつひとつが綾乃なんだよ。自分のことを自分より知り人はいないかもしれないけど、自分の知らないことを知っている人はけっこう居ると思うの。結局、知ってることしか知らないんだよ」 
  
 図星、とはまた違った感覚が全身を走る。楽しそうに笑う彼女はだいぶ前から知っていたような、そんな口ぶりだった。 
  
「知らないならもっと教えてあげる。食事は絶対汁物から手を付けるし、興味のない先輩の話を聞いてるときはちょっと眠たそうな顔したり、でもちゃんと最後まで付き合ってくれたり、気持ちを汲んだ行動ができたり」 
「もっと、もっと教えて、欲しいな」 
「いいよ。実はかっこいいとかきれいとか言われるよりも素敵って言われるほうが好きだったり、かわいい服とかアクセとか似合いそうな子を羨んでいたりもしてる。私は逆にきれいとか言われてみたいけど」 
  
 知らない自分がどんどん入ってくるみたい。けれどそこにあるのは恐怖でも諦観でもなくて、あったのはぬくもりにもよく似たそれだった。 
  
「それはそこにもうあったんだよ。綾乃はちょっと見つけるのが下手なだけ。でもね、まかせて、大得意な私もあたしも居るから」 
  
 自慢げに胸を張る彼女の姿は今、誰よりも大きく見える。 
  
「私は、私を知ってしまってもいいの?」 
  
 私で満たされたらもう、二度と私には戻れなくなるような気もしてしまう。 
  
「いいんだよ。それに、それは元からそこにあったもの。これから変わることがあるのなら、ちょっと綾乃が救われるくらいじゃない?」 
「私は、救われてもいいの? 本当に、これで大丈夫なの?」 
  
 私のことなのにまた誰かに聞いている。自信もないし怖いけれど、背中を押してほしい自分もたしかにそこにはいるような気がした。 
  
「いいんだよ。世界は思ったより優しいし、この世界の神様は慈悲深いのよ? ――大丈夫」 
  
 続く言葉を聞くと私はこらえ切れなくなって、その温もりを求めて数十センチの距離を、ゼロにした。 
  
  
  
 
 
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