【完結】いつか、ネモフィラの咲く花園で

テルミ

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夏篇 付かず離れずそれが良い、わたしたちは、そんな関係

23話 小白日和

――好きです。
 初めてそう言われた時がいつだったかは、あまり覚えていない。
 小学生のころだったかしら。寒い冬だったことは覚えているけれど、相手はどんな人だったなんてことは、もう忘れてしまった。
 こう、返したのは覚えている。
――ごめんなさい
 嫌いではなかったけれど、好きでもなかった気がする。好意を向けてくれるのはうれしいけれど、それに応えられるような答えを持ち合わせていなかったからだったと思う。
 それでは、今ならわたしは応えられるのだろうか?
 あれから少なくとも5年くらいは経っただろう。わたしもあの頃に比べたら大きくなったし、知見も広がった。あの人も同じだろう。たぶんわたしより大きくて、広い世界を見ているはず。
 あの頃のわたしは知っていただろうか?
 わたしがあんなにも残酷な答えしかすることができない人間になってしまうなんてことを
 
「ごめんね、小白ちゃん。わたしはあなたの想いに応えることは出来ない」
 

 ―小白日和―
 

「今日は恒例のお部屋ルール改定日です」
 
 ファミリアの純《じゅん》がそう口に出したのは海風が目を覚ますよりも早く、朝凪の海から太陽が顔を出す夏休み初日の朝だった。
 
「と言っても、小白と美咲《みさき》にとっては初めてのことだけど」
 
 各々が部屋の中央に置かれた丸テーブルに腰かけるのを見て、わたしもと思ったけれど残念。シーツがつかんで離さないのだ。参加したくてもできないねぇ。
 
「ここからでも話は聞えるから大丈夫だよ」
「憂《うい》」
 
 視線が起きろと言わんばかりにしているのがわかる。何は口ほどになんとやらという言葉の意味を体現しているみたい。
 
「相良《あいら》先輩、私もそこでお話聞いてたいなぁ」
「うんいいよ~、おいでおいで」
 
 くるんと小さく寝返りを打って隙間を空けると、猫みたいに転がりこんでくるのはわたしにできた初めての後輩のひとり、月代小白《つきしろこはく》ちゃん。
 春はなにかあったらしくふさぎ込んでいた彼女だけど、最近は元気になってやたらと懐いてくれるかわいい後輩。
 
「憂も小白も、あんまり甘やかさない。美咲だってちゃんと起きてくれてるんだから」
 
 一年生の美咲ちゃんは居づらそうな顔をしながら笑ってみせている。彼女も呼び込もうとしたところで再度、憂、と呼ばれたことで、仕方なく体だけ起こすことにした。
 
「夏までのルールってなんでしたっけ」
 
 美咲ちゃんが純に向けて聞いていた。この部屋にはルールがある。それは共同生活を行う上で各々が過ごしやすい空間を作るため、4人だけに適応されるルールをそれぞれひとつだけ設けることができる。
 先輩の先輩が設けたものだったらしい。その人がどんな人であったかなんてことは知らないけれど、名残りとも文化とも伝統とも言えるそれだけはなぜか残り続けている。

「私は水曜と土曜に全員で部屋の掃除すること、美咲がたしかベッドでお菓子を食べたりしない。憂と小白は……なんだっけ」

 睡魔と純に押しつぶされそうになりながらもなんとか回らない頭を回して思い出してみる。わたしはルールなんてどうでもよくて、楽しく過ごせるなら何でも良いから適当に決めた気がする。
 
「月に1回、全員でお茶会をする、とかだったような気がする~。小白ちゃんはなんだっけ?」
 
 誘いこんだのはわたしだけれどこんな暑い夏でも傍から離れない彼女もまた、わたしと同様に頭を回しているようだった。
 
「忘れちゃったの?」
「忘れちゃいましたぁ、へへ」
 
 目的は確認ではなく改定であることを思い出した純は、頭を抱えながらも話を進めていくことにしたらしい、こちらを見ずに美咲ちゃんに向かって過去のルールやポイントなど、丁寧に教えていた。
 最近は不機嫌な顔することが多くなった純が楽しく過ごせるようなルールはないだろうか。改定日を知っていたからここ数日はそんなことばかり考えていた。
 しかし、何が彼女の期限を損ねているのかがわからない。甘いお菓子でどうにかなるような子でもないし、正直、期末試験の問題よりも頭を捻らせられる。
 
「ウチ、週に1回だけで良いので小白とふたりだけでお風呂に入る時間が欲しいです。その、1年生同士でしか話せないこととかも……ありますし」
 
 束ねた髪をいじりながら最初の提案をしたのは美咲ちゃんだった。先輩の前で話せない話があると言えたのには素直に尊敬の念を覚えた。隠し事がありますと公言しているようなものだけれど、ルールであるなら仕方がない。それに、知らないほうがよさそうなことには目を瞑っていたほうが互いにとって良いとは思う。隠し事があるわけではない。けれど、できた時にはわたしもまたそのようなルールを作りそうでもあるから。
 
「私はそうだね、憂、小白、特にふたりに言えることだけどくっつきすぎ。ということでずっと一緒に居ること禁止令を敷くことにします」
「なんですかそれ」
「妬いてるの?」
 
 体を寄せ合いながら援護射撃してみると、また彼女の顔に皺を作らせてしまった。黙っていればきれいなのに。
 
「そうじゃなくて! ずっと一緒に居るけどさ、あと半年もしたら部屋も別になって、1年半もしたらここからも離れることになるのよ?」
「だから居られるだけずっと一緒にいるんじゃないですかぁ」
「憂も小白もわかってるの? 居なくなった後でちゃんと自立できるの?」
 
 また面倒くさいルールを建てたわね。と思いつつも、彼女の意見が間違っていないということも理解していた。わたしも1個上の先輩にべったりだったし、それこそ別れの時は辛かった。こんなことで、この歳でなくとは思っていなかったもの。たぶん、卒業式の時より泣いたわ。
 引っ張ってくれる純が居なかったら自立はできていなかったかもしれない。それを気にしていたんだろう。
 
「わかったわかった。じゃあ純のルールはそれにしよ。じゃあ次わたしの番」
 
 これ以上続くと面倒なことになるのはもうわかり切っていたことだし、腰を折って無理やり話しをつなげて見せた。
 
「ランダムな相手に今日あったこと、例えば…… 楽しかったこととか、気になったこととかを言い合う時間を設けます。毎日、毎日」
「先輩にしてはまともなルールですね」
「おいおぃ、先輩だぞぉ?」
 
 隣の後輩をつつくと変な声を上げながらもぞもぞと余計にわたしの懐の奥深くに潜り込んできた。この甘え上手め。
 
「それで、あとは小白だけだけど、どうする?」
「それじゃあ…… お茶会が楽しかったので、前まで相良先輩がやっていたルールを私が引き継ぎます!」
「それで…… いいの?」
「それがいいんです!」
 
 楽しかったもんね。と言うと、えぇ、とっても! と元気よく応えてくれたあたり、本当にお茶会が楽しかったんだろう。こういうところも含めてほんとうに、かわいい後輩。
 さて、全員分のルールも決め終わったことだからもう一度眠りにつこうとすると、懐の猫は思い出したかのように声を上げた。
 
「ねえ先輩、ルールの施行が明日からということは、まだ今までのルールが適応されているんですよね」
「?えぇ、そうね」
 
 純と美咲ちゃんが視線を向ける。自分に向けられている気がして恥ずかしくなったので目をそらしてみると、そこに彼女がいた。全員の視線が彼女に注がれている。
 
「私、思い出しました。なにをルールにしたか。そう、そうです。先月は梅雨だったから中止していたんですよ」
 
 そういうとふたりも思い出したようにあぁ、と声をそろえていった。
 
「そういえばそんなのありましたね」
「そっかり忘れていたよ」
「そして今月はまだそれを実施していないのです」
 
 一緒に眠たげな顔していた彼女はすぐに自分のベッドに戻り着替えを済ませると、またわたしの元へと戻り言った。
 
「先輩もですよ! なにせ、ルールなんですから」
 
 わたしだけが思い出せないままでいたから、なにがなんだかさっぱり。
 
「ピクニックに行きましょう! ピクニック!」
 
 手提げバッグに入れていた眠気を強引に取っ払われて、期待と興奮をありったけ詰め込まれたまま、わたしたちは部屋を出た。
 ――今年の夏は、騒がしい季節になりそうだ。
 
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