38 / 48
夏篇 付かず離れずそれが良い、わたしたちは、そんな関係
27話 夏の終わり、秋の訪れ、その足音は聞こえない
夏の暑さが引くと同じくしてその涼しさに一抹の寂しさを感じるのは、初めての経験だった。
小さい頃に行った街のお祭りが終わったみたい。名残惜しそうにその場を去る人の足音がひとつ、ふたつ、みっつ。次第に遠くなり、何も聞こえなくなる。
夏の終わりのせいなのか、夏休みの終わりのせいなのか、夏の思い出のせいなのか。現像された一枚の写真を取り出して、頼りない月明かりを頼りにその輪郭をたどる。
そこにはある夏のひと時に浮かべた笑顔がよっつと、かすかに夏の匂いが残っていた。
この写真の世界に飛び込めたら、どんなに楽しいことだろう。終わらない、あの一年生の夏休みにいっそ閉じ込められてしまったらなんて、現実味のないことを夢想する。
また一年もすればそんな季節がやってくるはずなのに、それさえも待てないのだろうか、私は。
長い長い夏休みだと思っていたけれど、それも今日で終わり。前々から秋学期はこの日からと決められていたはずなのに、私にとっては唐突に突き付けられる真実のよう。目覚まし時計のように、夢から覚める時間が来たといわんばかり。
「寂しさを忘れるくらいに楽しい思い出が待って……いや、作っていくのよね。私と、みんなと」
誰にも向けず、自分だけに向けた言葉を頭の中で反芻し、夢うつつな頭で羊と戯れながら瞳を閉じ、やがて来る目覚めに向けて眠りにつくことにした。
いつもは誰よりも遅く目が覚める私だけど、今日はなぜか誰よりも早く目が覚めた。
これがまだ夢の中であるという可能性は捨てきれないけれど、そんなものを私が望んでみるわけがないから多分、これが現実なんだろう。
そんな私がこんな時間に起きることができたのはどうしてなんだろう。
私にとっては制服に袖を通すまでが夏休みであり、残り数時間の一瞬を過ごしたかったのかもしれない。
それは来る新学期への期待があったからなのかもしれない。
あるいは、どのどちらでもあったのかもしれない。
さて、どうしよう。
頭の片隅に残る眠気に誘われるようにもう一度眠りにつくという選択肢はない。二度寝より心地よいものに未だ出会ったことはないけれど、その代償はあまりにも大きすぎるから。
かといって、何もせずただただ過ぎ行く時間を浪費することも選択肢にはない。
ベッドから這い出ると、かすかに聞こえてくるのは幸せそうにつく寝息。
あまりにも気持ちよさそうに眠る透子は短い髪を横顔に垂らし、コメディー映画に出てきそうなくらいにきれいな曲線を描いたひげが生えているみたいで、猫みたいで可愛い思えてしまう。
ひとつ面白いものが見れてしまうとほかにも探してしまうのはおそらく、人間に根付いた探求心がそうさせているんだろう。
対面につけられたベッドの下段をそっと覗き込むと、長く眠りについていた白雪姫を思わせるほど耽美で、しかし彼女も私たちと同じく年端もいかない少女だと思わせるように無邪気な寝顔をしている潮凪先輩の素顔があった。
「先輩、けっこう暑がりなんだ」
跳ねのけられたシーツに手をかけ肩まで伸ばそうとしたけれど、ソレを見た私は身体の力が抜けたように指からするすると抜けていく。
瞬間、自分はまだ夢の中に居るんじゃないかと思わされたし、そう信じたかった。
安らかに眠る彼女の左肩から伸びているはずのそれはそこになく、大事そうに抱えられていた。これまで触れてきたそれが無機質なプラスチックの塊ということに、驚きを隠せない。
血の気の引く音とうるさいほどに高鳴る心臓の音が、世界中のどこよりも静かなこの部屋の中に響く。
「せん……ぱい?」
軋む床の音だったのか、私の音が漏れていたのか、湖畔に舞う蝶の羽ばたきのようにまつ毛を羽ばたかせて瞳を開ける先輩は、驚くほど冷静で冷血で、残酷なもののように見えた。
「前に一度、言ったことがあるだろう」
――君は一人じゃない、と。
小さい頃に行った街のお祭りが終わったみたい。名残惜しそうにその場を去る人の足音がひとつ、ふたつ、みっつ。次第に遠くなり、何も聞こえなくなる。
夏の終わりのせいなのか、夏休みの終わりのせいなのか、夏の思い出のせいなのか。現像された一枚の写真を取り出して、頼りない月明かりを頼りにその輪郭をたどる。
そこにはある夏のひと時に浮かべた笑顔がよっつと、かすかに夏の匂いが残っていた。
この写真の世界に飛び込めたら、どんなに楽しいことだろう。終わらない、あの一年生の夏休みにいっそ閉じ込められてしまったらなんて、現実味のないことを夢想する。
また一年もすればそんな季節がやってくるはずなのに、それさえも待てないのだろうか、私は。
長い長い夏休みだと思っていたけれど、それも今日で終わり。前々から秋学期はこの日からと決められていたはずなのに、私にとっては唐突に突き付けられる真実のよう。目覚まし時計のように、夢から覚める時間が来たといわんばかり。
「寂しさを忘れるくらいに楽しい思い出が待って……いや、作っていくのよね。私と、みんなと」
誰にも向けず、自分だけに向けた言葉を頭の中で反芻し、夢うつつな頭で羊と戯れながら瞳を閉じ、やがて来る目覚めに向けて眠りにつくことにした。
いつもは誰よりも遅く目が覚める私だけど、今日はなぜか誰よりも早く目が覚めた。
これがまだ夢の中であるという可能性は捨てきれないけれど、そんなものを私が望んでみるわけがないから多分、これが現実なんだろう。
そんな私がこんな時間に起きることができたのはどうしてなんだろう。
私にとっては制服に袖を通すまでが夏休みであり、残り数時間の一瞬を過ごしたかったのかもしれない。
それは来る新学期への期待があったからなのかもしれない。
あるいは、どのどちらでもあったのかもしれない。
さて、どうしよう。
頭の片隅に残る眠気に誘われるようにもう一度眠りにつくという選択肢はない。二度寝より心地よいものに未だ出会ったことはないけれど、その代償はあまりにも大きすぎるから。
かといって、何もせずただただ過ぎ行く時間を浪費することも選択肢にはない。
ベッドから這い出ると、かすかに聞こえてくるのは幸せそうにつく寝息。
あまりにも気持ちよさそうに眠る透子は短い髪を横顔に垂らし、コメディー映画に出てきそうなくらいにきれいな曲線を描いたひげが生えているみたいで、猫みたいで可愛い思えてしまう。
ひとつ面白いものが見れてしまうとほかにも探してしまうのはおそらく、人間に根付いた探求心がそうさせているんだろう。
対面につけられたベッドの下段をそっと覗き込むと、長く眠りについていた白雪姫を思わせるほど耽美で、しかし彼女も私たちと同じく年端もいかない少女だと思わせるように無邪気な寝顔をしている潮凪先輩の素顔があった。
「先輩、けっこう暑がりなんだ」
跳ねのけられたシーツに手をかけ肩まで伸ばそうとしたけれど、ソレを見た私は身体の力が抜けたように指からするすると抜けていく。
瞬間、自分はまだ夢の中に居るんじゃないかと思わされたし、そう信じたかった。
安らかに眠る彼女の左肩から伸びているはずのそれはそこになく、大事そうに抱えられていた。これまで触れてきたそれが無機質なプラスチックの塊ということに、驚きを隠せない。
血の気の引く音とうるさいほどに高鳴る心臓の音が、世界中のどこよりも静かなこの部屋の中に響く。
「せん……ぱい?」
軋む床の音だったのか、私の音が漏れていたのか、湖畔に舞う蝶の羽ばたきのようにまつ毛を羽ばたかせて瞳を開ける先輩は、驚くほど冷静で冷血で、残酷なもののように見えた。
「前に一度、言ったことがあるだろう」
――君は一人じゃない、と。
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【純愛百合】檸檬色に染まる泉【純愛GL】
里見 亮和
キャラ文芸
”世界で一番美しいと思ってしまった憧れの女性”
女子高生の私が、生まれてはじめて我を忘れて好きになったひと。
雑誌で見つけた、たった一枚の写真しか手掛かりがないその女性が……
手なんか届くはずがなかった憧れの女性が……
いま……私の目の前にいる。
奇跡みたいな出会いは、優しいだけじゃ終わらない。
近づくほど切なくて、触れるほど苦しくて、それでも離れられない。
憧れの先にある“本当の答え”に辿り着くまでの、静かな純愛GL。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
迷子を助けたら生徒会長の婚約者兼女の子のパパになったけど別れたはずの彼女もなぜか近づいてくる
九戸政景
恋愛
新年に初詣に来た父川冬矢は、迷子になっていた頼母木茉莉を助け、従姉妹の田母神真夏と知り合う。その後、真夏と再会した冬矢は真夏の婚約者兼茉莉の父親になってほしいと頼まれる。
※こちらは、カクヨムやエブリスタでも公開している作品です。
再婚相手の連れ子は、僕が恋したレンタル彼女。――完璧な義妹は、深夜の自室で「練習」を強いてくる
まさき
恋愛
「初めまして、お兄さん。これからよろしくお願いしますね」
父の再婚によって現れた義理の妹・水瀬 凛(みなせ りん)。
清楚なワンピースを纏い、非の打ち所がない笑顔で挨拶をする彼女を見て、僕は息が止まるかと思った。
なぜなら彼女は、僕が貯金を叩いて一度だけレンタルし、その圧倒的なプロ意識と可憐さに――本気で恋をしてしまった人気No.1レンタル彼女だったから。
学校では誰もが憧れる高嶺の花。
家では親も感心するほど「理想の妹」を演じる彼女。
しかし、二人きりになった深夜のキッチンで、彼女は冷たい瞳で僕を射抜く。
「……私の仕事のこと、親に言ったらタダじゃおかないから」
秘密を共有したことで始まった、一つ屋根の下の奇妙な生活。
彼女は「さらなるスキルアップ」を名目に、僕の部屋を訪れるようになる。
「ねえ、もっと本気で抱きしめて。……そんなんじゃ、次のデートの練習にならないでしょ?」
これは、仕事(レンタル)か、演技(家族)か、それとも――。
完璧すぎる義妹に翻弄され、理性が溶けていく10日間の物語。
『著者より』
もしこの話が合えば、マイページに他の作品も置いてあります。
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/658724858
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。