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秋篇 比翼の鳥
36話 Side 倉實礼 ――忘れられない私の、私たちの……
ざく、ざく、ざく。舗装されていない道を歩く音が気持ち良い。都会の喧騒と違いそれはやさしく耳に語りかけてくれるよう。もちろん、そんなことはないんだろうけど。
休日に外に出るのは久しぶりで、というよりもそもそも寮と学校の間以外の道を歩くこと自体が久しぶりで、同じ学院内だというのに冒険しているみたい。
「休日に外に出るなんて久しぶり」
「そう? 透子はずっと出ていたじゃない」
「写真展の打ち合わせではね。寮と校舎の間だけじゃない。そういうのじゃなくて。もしかしたら礼の方が久しぶり? 大体寝てるもんね」
「みんなが早いだけ。これくらいの女の子だったら私くらいが普通ですー」
「ほんとかなぁ? ふふっ」
大好きな『ファミリア』と歩くなんてことのない道は特別になる。
寒さを孕んだ秋の吐息は、絡まる指から透子の熱を際立たせる。
輝きを秘めた薄紅葉、草木に宿る白露は静寂を体現しているようで、私と透子の輪郭が微笑みで縁取られる。その音に、声に包まれたここには、ふたりだけの世界が広がっていた。
ガラスで覆われた温室の扉に手を駆ける。それはまるで忘れられないあの夏に繋がっているよう。
夏の匂いがした。陽光に照らされ、凝縮された暖かさを受けた土の匂いが懐かしい。
外に広がる秋の世界とは隔絶されているようにそこには夏が広がっていて、赤黄紫と咲き誇る花々は自信に満ち溢れていた。
「今が秋じゃないみたいね! 素敵だわ!」
透子は花が好きなのだろうか。あちらにもこちらにも視線を巡らせ、駆けていく。繋がれた指が離れた時、静かに秋を感じた。
「そう、ね。ここだけ時間が止まっているみたい」
「夏に閉じ込められてしまったみたいね」
「えぇ、ずっとここに居たい」
それは忘れられないあの夏があるからなのか、ふたりきりのこの世界に居続けていたいのかは、わからない。
放っておくとどこかに消えてしまいそうなその背を追いかけて再び、離さないようにその指を絡めることにした。
「礼はこの中だとどれが好き?」
「そうねぇ…… この中だとあの白い花かしら。静かで穏やかな様子も良いけれど、この甘い香りが良いわ」
「わたしも。けれどどの花も綺麗で活き活きしていて、みんな好き。名前さえわからないけどね。あ、あっちにも綺麗な花があるわ!」
見とれている間に引っ張られた力は私の足は受け止めてくれなくて、濡れた土の上で勢いよく滑る。
「ちょ、透子待っ……きゃっ」
「礼!」
腕が塞がってしまって受け身すら取れない私は泥まみれを覚悟していた。目だけを閉じてその時を
待つだけであったがこれがどうして、いつまで経ってもその時は訪れない。
「あ、礼? 大丈夫?」
制服は純白を保っていて、衝撃が伝わると思った身体にはやわらかい感触だけがある。腰に添えられた熱と繋がれた指はまるでこれから舞踏でもするかのよう。
「と、とう……こ?」
瞼を開くと融けあってしまいそうなくらいに近い彼女の顔があった。吐息は頬を伝わり耳を通る。熱い。熱い。暖かい。
「ごめんなさい。急に引っ張ってしまって」
「い、いえ、大丈夫。助けてくれたし」
本当にここはあの夏なのかもしれない。ふたりで踊ったあの日々を思い出す。違うのは呼び方と関係だけ。
「は、放すよ?」
「ま、待って!」
衝動的に発した声に透子の息は止まる。その真意をレンズ越しに見つけようとしているみたい。けれどそれを見つけるのに視力は関係ない。私にだってみえるのだから。いちばんたいせつなことは、目に見えないのだから。
「ずっとこのまま…… いえ、もう少しだけ、このままがいい。透子さえよければ」
ずっとずっと、近くであなたを見ていたい。ずっとずっと、近くで私を見てほしい。こんな私だけど、受け入れて欲しい。
そんなわがままを言うと、彼女は仕方ないと思いつつも見せてくれた笑顔に答えを見せてくれた。
「ここまで良いの?」
「そういえば私、目が悪かったことを思い出したわ。ねぇ透子、もっと、もっと近くで見せて?」
子供ね。
そう言いつつ寄せてくれた顔に私も1ミリずつ近づいて近づいて、近づいて。
やがてその距離を、ゼロにした。
あの夏に別れを告げて出た頃には少し日が傾いていた。秋の日は釣瓶落としとはよく言ったものね。
「ずっと寝てるよりは有意義だったんじゃない?」
「もう、最近は寝てるだけじゃないんだからね」
透子は私が常日頃睡魔に襲われている人だと思っているらしい。そこまで言われると少しムッとしてしまう。まあ、間違ってはいないのだけれど。
「ホント? またなにか面白そうな本でも見つけたの?」
「うーん、まぁ、そんなところ。かな」
「あら、礼、わたしに隠し事?」
「女の子ならひとつやふたつくらいありますー」
「はいはい、あー、わたしは礼に隠し事なんてしてないんだけどなー」
「わかるよ。そのうち」
「教えてくれるの?」
「まあ、そうなんじゃない? そろそろ終わるだろうし」
「終わる?」
「なんでもない」
「気長に待ってる。楽しみ」
「そんなに面白いものではないわ」
「ご心配なさらず、面白いかどうかはわたしが決めますので」
「そうね」
二輪、私たちの間に咲く笑顔は歩みを止めない。
互いに水をあげて咲いた花は今まで見てきたどんな花より綺麗で美しく、咲き誇っているだろう。
比翼の鳥 了
休日に外に出るのは久しぶりで、というよりもそもそも寮と学校の間以外の道を歩くこと自体が久しぶりで、同じ学院内だというのに冒険しているみたい。
「休日に外に出るなんて久しぶり」
「そう? 透子はずっと出ていたじゃない」
「写真展の打ち合わせではね。寮と校舎の間だけじゃない。そういうのじゃなくて。もしかしたら礼の方が久しぶり? 大体寝てるもんね」
「みんなが早いだけ。これくらいの女の子だったら私くらいが普通ですー」
「ほんとかなぁ? ふふっ」
大好きな『ファミリア』と歩くなんてことのない道は特別になる。
寒さを孕んだ秋の吐息は、絡まる指から透子の熱を際立たせる。
輝きを秘めた薄紅葉、草木に宿る白露は静寂を体現しているようで、私と透子の輪郭が微笑みで縁取られる。その音に、声に包まれたここには、ふたりだけの世界が広がっていた。
ガラスで覆われた温室の扉に手を駆ける。それはまるで忘れられないあの夏に繋がっているよう。
夏の匂いがした。陽光に照らされ、凝縮された暖かさを受けた土の匂いが懐かしい。
外に広がる秋の世界とは隔絶されているようにそこには夏が広がっていて、赤黄紫と咲き誇る花々は自信に満ち溢れていた。
「今が秋じゃないみたいね! 素敵だわ!」
透子は花が好きなのだろうか。あちらにもこちらにも視線を巡らせ、駆けていく。繋がれた指が離れた時、静かに秋を感じた。
「そう、ね。ここだけ時間が止まっているみたい」
「夏に閉じ込められてしまったみたいね」
「えぇ、ずっとここに居たい」
それは忘れられないあの夏があるからなのか、ふたりきりのこの世界に居続けていたいのかは、わからない。
放っておくとどこかに消えてしまいそうなその背を追いかけて再び、離さないようにその指を絡めることにした。
「礼はこの中だとどれが好き?」
「そうねぇ…… この中だとあの白い花かしら。静かで穏やかな様子も良いけれど、この甘い香りが良いわ」
「わたしも。けれどどの花も綺麗で活き活きしていて、みんな好き。名前さえわからないけどね。あ、あっちにも綺麗な花があるわ!」
見とれている間に引っ張られた力は私の足は受け止めてくれなくて、濡れた土の上で勢いよく滑る。
「ちょ、透子待っ……きゃっ」
「礼!」
腕が塞がってしまって受け身すら取れない私は泥まみれを覚悟していた。目だけを閉じてその時を
待つだけであったがこれがどうして、いつまで経ってもその時は訪れない。
「あ、礼? 大丈夫?」
制服は純白を保っていて、衝撃が伝わると思った身体にはやわらかい感触だけがある。腰に添えられた熱と繋がれた指はまるでこれから舞踏でもするかのよう。
「と、とう……こ?」
瞼を開くと融けあってしまいそうなくらいに近い彼女の顔があった。吐息は頬を伝わり耳を通る。熱い。熱い。暖かい。
「ごめんなさい。急に引っ張ってしまって」
「い、いえ、大丈夫。助けてくれたし」
本当にここはあの夏なのかもしれない。ふたりで踊ったあの日々を思い出す。違うのは呼び方と関係だけ。
「は、放すよ?」
「ま、待って!」
衝動的に発した声に透子の息は止まる。その真意をレンズ越しに見つけようとしているみたい。けれどそれを見つけるのに視力は関係ない。私にだってみえるのだから。いちばんたいせつなことは、目に見えないのだから。
「ずっとこのまま…… いえ、もう少しだけ、このままがいい。透子さえよければ」
ずっとずっと、近くであなたを見ていたい。ずっとずっと、近くで私を見てほしい。こんな私だけど、受け入れて欲しい。
そんなわがままを言うと、彼女は仕方ないと思いつつも見せてくれた笑顔に答えを見せてくれた。
「ここまで良いの?」
「そういえば私、目が悪かったことを思い出したわ。ねぇ透子、もっと、もっと近くで見せて?」
子供ね。
そう言いつつ寄せてくれた顔に私も1ミリずつ近づいて近づいて、近づいて。
やがてその距離を、ゼロにした。
あの夏に別れを告げて出た頃には少し日が傾いていた。秋の日は釣瓶落としとはよく言ったものね。
「ずっと寝てるよりは有意義だったんじゃない?」
「もう、最近は寝てるだけじゃないんだからね」
透子は私が常日頃睡魔に襲われている人だと思っているらしい。そこまで言われると少しムッとしてしまう。まあ、間違ってはいないのだけれど。
「ホント? またなにか面白そうな本でも見つけたの?」
「うーん、まぁ、そんなところ。かな」
「あら、礼、わたしに隠し事?」
「女の子ならひとつやふたつくらいありますー」
「はいはい、あー、わたしは礼に隠し事なんてしてないんだけどなー」
「わかるよ。そのうち」
「教えてくれるの?」
「まあ、そうなんじゃない? そろそろ終わるだろうし」
「終わる?」
「なんでもない」
「気長に待ってる。楽しみ」
「そんなに面白いものではないわ」
「ご心配なさらず、面白いかどうかはわたしが決めますので」
「そうね」
二輪、私たちの間に咲く笑顔は歩みを止めない。
互いに水をあげて咲いた花は今まで見てきたどんな花より綺麗で美しく、咲き誇っているだろう。
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