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手を取り合って、今日から、ここから
最終話 今日から、ここから。
今日は懐かしい匂いで目が覚めた。
穏やかな太陽の匂い、うっすらと甘いような、けれどそれだけではなくてどこか寂しいような…… 春の匂いだ。
この学院に来て2回目の春はやはり前のそれとは違い、不安よりも安穏が包み込んでくれているよう。冬服と相まって少し暑いくらいだわ。けれど不思議と、嫌悪感はなかった。
陽光は鉛筆で記した跡を照らしてキラキラと輝かせる。
ノートのページは今日でちょうど最後みたいだ。
そこには数式が書いているわけでも、難しい戒律が書かれているわけでもない。ただただ私の為に、私がこの幸せをいつまでも享受できるために書かれた物語が、延々と続いている。
これを書きだしたのはいつ頃だっただろうか。あれは確か夏の暑いころだったような気がする。伝えたい気持ちは溢れるけれど言葉に出せなくて、あの幸せを、あの関係を表す言葉をその時の私はまだ知らなくて、全部詰め込んだのが始まりだったような、そんな気がする。
私はこの物語をいつまで書き続けることができるのだろう。いや、いつまで書き続けるのだろう。終わりというものがそもそも、あるのだろうか。
ふと、私が幼稚園のころ辺りに流行っていた曲を思い出した。
そこでは終わりなんてないと、ただ、終わらせることはできる、と。
とりあえずは私が満足するまでね。
「礼」
「ん?」
ファミリアの声がした。透き通り、その吐息に乗ってしまえばどこまでも飛んでいけそうなそれに少し、胸が跳ねる。
「少し早めの休憩にしない? アイスとホット、どっちが良い?」
「そうね。今日は『あの日』だものね。 アイスだと嬉しいな」
透子はコーヒーを飲むとき、必ず私の分も淹れてくれる。これがおいしく嗜む秘訣であるらしい。素直に一緒に飲みたいと言ってくれれば良いのに。
カップの用意する音が聞こえたので、書きかけのそれに筆を置く。
「あれ、4つ分?」
「あら! ごめんなさい。いつもの癖で…… つい。今はふたりしかいないというのにね」
見慣れた4つ分のカップに注がれたコーヒーだけれど、今のこの部屋ではそれは異様な光景となってしまった。
私の微笑だけが、ふたりにしては広すぎるこの部屋に響く。わかっているのに、それがより一層、先輩たちの居なくなったこの空間を際立たせているよう。
「3年生は上の階だよね。もう会えないわけではないし、夜にちょっと忍び込んだって温かく迎えてくれるはずよ」
「ちょっと、委員長の前でそれ発言は聞き捨てならないわ」
「2年生の委員長はまだ決まってないはずだけど?」
「もう、またそんなこと言って」
「ま、ふたりだけっていうのもあと少しで終わるし」
「…… それも少し悲しいけれど」
「? 何か言った?」
「いいえ、なんでも」
「ほんとかなぁ」
「ほんとですー。いいんち…… 生徒会の人は嘘をつきません」
コーヒーを啜りながら午後の穏やかなひと時を過ごす。今日という日は余計にこれまでの日々を思い出させてくれる。頭の中の思い出が次々と張り出されていくみたいで画廊を進んでいるみたい。
思い返すたびこんな私でも、ここで幸せに過ごすことができたのは透子のおかげだと、ありがとうと、直接伝えるのは少し恥ずかしい気持ちが浮かび上がる。
だめだめ、こんな私なんて考えるのはもうやめたのに。
風に揺れ、視界の隅でふわふわと弧を描く右袖から目を逸らすことは、しなかった。
あなたが愛してくれているのだのも。だから私も、私自身を愛してあげることにしたの。この傷だって愛せてしまうくらいに。
コンコン。と扉を叩く音が響く。今日を『あの日』たらしめることが始まるようだ。
「どうぞー」
透子が声を掛けてみるが、扉も開かずに返事もない。けれどその前に誰が、いや、どんな人が立っているのかは、だいたいわかっていた。
「わたしがでるわ」
「いや、私も行くよ」
想定より早かったけれど、うん。ちょうど良いのかもしれない。残ったカップに注がれたコーヒーはまだまだ熱を保っていて、豊かな土壌を思わせる香りを放っている。うん、まだ美味しそう。
扉の前に立つと向こうからの声が微かに聞こえてくる、少し不安が混じっているような声と、陽光のように暖かくてやさしそうな、そんな声が。
「こ、ここで合ってるかな…… わたしたちの部屋って…… 」
「大丈夫だよ! 間違っていてもごめんなさいすれば良いんだから。絶対大丈夫だよ!」
「ほんとに……?」
微笑ましくて、もう少し聞いていたくて扉を開けられない。先輩たちも去年、そんなことを思っていたのかしら。
「どうする?」
「いじわるしないでそろそろあけてあげましょう。君たち、新入生?」
扉の先にはふたりの女の子が立っていた。新品で純白な制服に包まれて、初々しいを体現したようなふたりが。
「は、はい。今日から106号室でお世話になる予定なのですが…… ここで合っていますか?」
「えぇ、合っているわ。そんなに怖がらなくても良いわ。これからはわたしたち、家族みたいなものなのだから」
去年の私もこんな感じだったのだろう。誰かの背中に隠れながら、ひとりであることを怖がりながらも歩み続けていたあの姿そのもの。
けれどあの子もいつか気付くのだろう。
――君はひとりじゃない。と
隣のあなたと手を取り合って優しく語りかける。彼女たちにとっても私たちにとっても新しい、幸せへの第一歩を今日から、ここから。
「「ようこそ、私たちのファミリアへ」」
いつか、ネモフィラの咲く花園で 了
穏やかな太陽の匂い、うっすらと甘いような、けれどそれだけではなくてどこか寂しいような…… 春の匂いだ。
この学院に来て2回目の春はやはり前のそれとは違い、不安よりも安穏が包み込んでくれているよう。冬服と相まって少し暑いくらいだわ。けれど不思議と、嫌悪感はなかった。
陽光は鉛筆で記した跡を照らしてキラキラと輝かせる。
ノートのページは今日でちょうど最後みたいだ。
そこには数式が書いているわけでも、難しい戒律が書かれているわけでもない。ただただ私の為に、私がこの幸せをいつまでも享受できるために書かれた物語が、延々と続いている。
これを書きだしたのはいつ頃だっただろうか。あれは確か夏の暑いころだったような気がする。伝えたい気持ちは溢れるけれど言葉に出せなくて、あの幸せを、あの関係を表す言葉をその時の私はまだ知らなくて、全部詰め込んだのが始まりだったような、そんな気がする。
私はこの物語をいつまで書き続けることができるのだろう。いや、いつまで書き続けるのだろう。終わりというものがそもそも、あるのだろうか。
ふと、私が幼稚園のころ辺りに流行っていた曲を思い出した。
そこでは終わりなんてないと、ただ、終わらせることはできる、と。
とりあえずは私が満足するまでね。
「礼」
「ん?」
ファミリアの声がした。透き通り、その吐息に乗ってしまえばどこまでも飛んでいけそうなそれに少し、胸が跳ねる。
「少し早めの休憩にしない? アイスとホット、どっちが良い?」
「そうね。今日は『あの日』だものね。 アイスだと嬉しいな」
透子はコーヒーを飲むとき、必ず私の分も淹れてくれる。これがおいしく嗜む秘訣であるらしい。素直に一緒に飲みたいと言ってくれれば良いのに。
カップの用意する音が聞こえたので、書きかけのそれに筆を置く。
「あれ、4つ分?」
「あら! ごめんなさい。いつもの癖で…… つい。今はふたりしかいないというのにね」
見慣れた4つ分のカップに注がれたコーヒーだけれど、今のこの部屋ではそれは異様な光景となってしまった。
私の微笑だけが、ふたりにしては広すぎるこの部屋に響く。わかっているのに、それがより一層、先輩たちの居なくなったこの空間を際立たせているよう。
「3年生は上の階だよね。もう会えないわけではないし、夜にちょっと忍び込んだって温かく迎えてくれるはずよ」
「ちょっと、委員長の前でそれ発言は聞き捨てならないわ」
「2年生の委員長はまだ決まってないはずだけど?」
「もう、またそんなこと言って」
「ま、ふたりだけっていうのもあと少しで終わるし」
「…… それも少し悲しいけれど」
「? 何か言った?」
「いいえ、なんでも」
「ほんとかなぁ」
「ほんとですー。いいんち…… 生徒会の人は嘘をつきません」
コーヒーを啜りながら午後の穏やかなひと時を過ごす。今日という日は余計にこれまでの日々を思い出させてくれる。頭の中の思い出が次々と張り出されていくみたいで画廊を進んでいるみたい。
思い返すたびこんな私でも、ここで幸せに過ごすことができたのは透子のおかげだと、ありがとうと、直接伝えるのは少し恥ずかしい気持ちが浮かび上がる。
だめだめ、こんな私なんて考えるのはもうやめたのに。
風に揺れ、視界の隅でふわふわと弧を描く右袖から目を逸らすことは、しなかった。
あなたが愛してくれているのだのも。だから私も、私自身を愛してあげることにしたの。この傷だって愛せてしまうくらいに。
コンコン。と扉を叩く音が響く。今日を『あの日』たらしめることが始まるようだ。
「どうぞー」
透子が声を掛けてみるが、扉も開かずに返事もない。けれどその前に誰が、いや、どんな人が立っているのかは、だいたいわかっていた。
「わたしがでるわ」
「いや、私も行くよ」
想定より早かったけれど、うん。ちょうど良いのかもしれない。残ったカップに注がれたコーヒーはまだまだ熱を保っていて、豊かな土壌を思わせる香りを放っている。うん、まだ美味しそう。
扉の前に立つと向こうからの声が微かに聞こえてくる、少し不安が混じっているような声と、陽光のように暖かくてやさしそうな、そんな声が。
「こ、ここで合ってるかな…… わたしたちの部屋って…… 」
「大丈夫だよ! 間違っていてもごめんなさいすれば良いんだから。絶対大丈夫だよ!」
「ほんとに……?」
微笑ましくて、もう少し聞いていたくて扉を開けられない。先輩たちも去年、そんなことを思っていたのかしら。
「どうする?」
「いじわるしないでそろそろあけてあげましょう。君たち、新入生?」
扉の先にはふたりの女の子が立っていた。新品で純白な制服に包まれて、初々しいを体現したようなふたりが。
「は、はい。今日から106号室でお世話になる予定なのですが…… ここで合っていますか?」
「えぇ、合っているわ。そんなに怖がらなくても良いわ。これからはわたしたち、家族みたいなものなのだから」
去年の私もこんな感じだったのだろう。誰かの背中に隠れながら、ひとりであることを怖がりながらも歩み続けていたあの姿そのもの。
けれどあの子もいつか気付くのだろう。
――君はひとりじゃない。と
隣のあなたと手を取り合って優しく語りかける。彼女たちにとっても私たちにとっても新しい、幸せへの第一歩を今日から、ここから。
「「ようこそ、私たちのファミリアへ」」
いつか、ネモフィラの咲く花園で 了
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