降る雪は沈む蒼の心を優しく包む〜冴えない根暗な陰キャぼっちの成り上がりリア充化プロジェクト〜

朔月カイト

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第一章 蒼と雪の出会い

5.ねーじゅさんの正体

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 無垢なアネモネが咲き乱れているような真っ白い鮮やかな空の下、虚飾を施されたレゴブロックみたいなくすんだ街並みに、上手く繕って溶け込む事が出来ずに浮いている──。

 今日の俺の自己評価も、安定して弾かれ者のそれだった。

 その証拠に、道行く人達は、誰もが忌避すべき者として、俺からは目を背けているような気がする。
 ただの被害妄想だと自分でも分かってはいるのだが、これは染み付いた癖のようなものだ。
 そう簡単に治るものじゃない。

 ──否、こんな卑屈な考えでいたんじゃ駄目だ。ねーじゅさんに悪い印象を持たれてしまう。

 俺が駅前の噴水のある広場でそう自分を戒めていると、スマホが通知音を鳴らした。
 ねーじゅさんからのメッセージだ。

ねーじゅ『今駅に到着しました』
ブルー『俺は駅前にある噴水の前にいます。服装は、上がネイビーのVネックセーターで、下は濃いブルーのデニムです』
ねーじゅ『了解です。すぐにそちらに向かいますね』

 短いやり取りを終え、スマホをデニムのポケットに仕舞うと、一つ大きく深呼吸をした。

 いよいよねーじゅさんと直接の対面だ。
 人付き合いは第一印象が大事っていうし、いい印象を持ってもらえるように、会話が途切れたりする事がないようにしないと。
 落ち着け。俺なら上手くやれる。大丈夫だ。問題ない。

 俺がそんな風に自分を鼓舞していると、背後から呼びかける声が聞こえてきた。

「あの、ブルーさんですか?」

 そのまるで泉から湧き出る清水のように涼やかで澄み切った声は、どう聞いても大人の男性のものではない。

 戸惑いを覚えつつも、今更逃げ帰る訳にもいかないと、覚悟を決めて振り向いたのだが──。

「はい。そうで──」

 頷きを返そうとしたところ、目に映ったその姿に驚き、思わず喉が引き攣ってしまい言葉が途切れた。

「あれ⋯⋯もしかして、緋本君⋯⋯?」

 そこに立つのは、南国の海を思わせる宝石ラリマーのような鮮やかな青色のワンピースに身を包み、頭にマシュマロみたいな白いベレー帽をちょこんと載せて、首をきょとんと可愛らしく傾げた少女──。

 そう。孤高の存在として知られる俺のクラスメイト──雪代怜愛だったのだ。

 こうして、俺が期待と不安を向けていたねーじゅさんとのオフ会は、想定外な展開を見せる波乱の幕開けとなったのだった。


   §


「なるほど。緋本蒼介で、緋色と蒼色だからスカーレット&ブルーかぁ。私のねーじゅもフランス語で"雪"って意味だから、似たようなネーミングセンスだね。やっぱり私達って波長が合ってるんだ」

 ねーじゅさん──改め雪代は、注文したキャラメルラテを美味しそうにストローで吸いながら楽しげに微笑んでいる。

 俺達は今、駅の近くにあるエリーズ喫茶のテラス席で向かい合って座り、お互いに驚きはあったものの、予定通りオフ会を始めたところだ。

「まさかねーじゅさんの正体が、クラスメイトの雪代だったなんて⋯⋯俺はてっきり社会人の男性だろうと思ってたのに⋯⋯」

 まだ驚きが抜け切らない俺が、一杯食わされたような気持ちでボヤく。
 頼んだアイス珈琲は、無性に喉が渇いてしまっていたため、届くと同時に一気に飲み干してしまった。
 それだけの衝撃を受けたのだ。

「あははっ。美少女女子高生である私の溢れる魅力も、文字だけじゃ伝わらなかったか」

 その楽しげに声を上げて笑う様からは、学校での孤高を貫くスタイルでの素気なさは微塵も窺えない。

「自分で美少女って認めてるんだな」
「作家には、客観視する力も必要だからね。緋本君だって、否定はしないでしょ?」

 さも当然というように。

「そりゃあ、あれだけ男子達に高嶺の花だとか騒がれてるんだ。認めざるを得ないよ」
「うんうん。緋本君も私を可愛いくて綺麗だと思ってくれていると」

 嬉しげに頷く。

「あくまで客観的にだけどな」

 と素っ気なく。

「じゃあ主観的には?」
「ノーコメントで。黙秘権を主張させてもらう」
「逃げたね。この卑怯者」

 蔑みの言葉とともに、ジト目を向けられた。

「なんとでも言ってくれ」

 彼女の揶揄いになど付き合っていられない。

「まぁいいや。その内本音を暴いてあげるから」
「それより、一つ聞きたい事があるんだが」
「何? スリーサイズなら条件次第では教えてあげないでもないよ」

 悪戯っぽく誘うような笑みを浮かべつつウインクして見せる。
 学校では絶対に見せる事のない茶目っ気だ。

「そんなの求めてない。俺が聞きたいのは、何で雪代があの一軍グループにいるのかって事だ」
「何だ、そんな事」

 雪代は途端に興味を失ったようにして、キャラメルラテに差しているストローを手で弄び始めた。

「だって君、あいつらと一緒にいても会話には加わろうとせずに、いつも席に座ってスマホを弄ってるじゃないか」
「私、好きであのグループに入ってるわけじゃないからね。関心がないだけ。君と同じだよ。あの時の君の言葉、忘れられないなぁ。『ただの欺瞞に満ちた紛い物だ。君達がそれに縋るのは自由だが、俺には必要ない』ってやつ。クール過ぎ。痺れるね」

 俺の口調を真似て揶揄するように、ニヤリと口角を上げる。

「改めて聞かされると、恥ずかしさで死にたくなるから止めてくれ。それと関心がない事についてはそうだけど、俺はそもそも陰キャでぼっちなせいで、会話をする相手がいないんだけどな」
「いつも席で本読んでるもんね。それも私と同じ。私は電子書籍ではあるけど」
「俺はWeb小説も電子書籍も読むけど、出来る事なら紙媒体で読みたいっていうアナログ派なんだよ」
「私もどっちかっていうとそうなんだけど、学校でそうしてると、読書家だってバレちゃうからね。趣味が知られると、それをダシにして近づいてこようとする男子が出てくるかもしれないでしょ。来栖くんとか、そんな感じだし」
「来栖が?」

 それには軽く驚いた。

「何か彼、私に気があるっぽくってさ。最初に声をかけてあのグループに誘ってきたのも彼だったし。それまで一言も話した事なかったんだけどね。私の容姿に惚れたみたい」
「爽やかな好青年ってイメージだったけど、意外と見た目だけで判断したりもするんだな」
「私は全然興味ないんだけどね。ていうか私、男子自体に興味を持った事ないし。あ、ブルーさんこと緋本君は例外ね。君は特別枠。好感を抱いているよ。それがどれ程かっていうのは想像に任せておこうかな」

 さらりと気持ちを告げられ、内心ドキリと鼓動が弾んだ。
 告げた彼女はといえば、その真っ白な頬を染めるでもなく平然としている。

「それは光栄だな」

 動揺を悟られないように心を落ち着かせつつ返した。

「ところで、私が来るまでの待ち時間に、スマホを見てたけど、Web小説でも読んでたの?」
「否、海外文学」
「へぇ。どんな作品?」
「エリザベス·キューブラー・ロス、デービット·ケスラーの共著、『ライフ·レッスン』。もう今回で五周目だよ。何でか知らないけど、定期的に読みたくなるんだよな」
「『もしあなたが喪失の痛手に苦しんでいるとしたら、それは、それだけ人生の祝福を受けたからこそである』」

 雪代が、歌い上げるようにしてそらんじる。
 その一節を聞いて、胸の奥底に閉じこめていた記憶が、ちくりと刺激された。

「君も読んでたのか」
「まぁね」

 頷きを返すと、雪代はちうと可愛いらしい音を立てながらキャラメルラテを一口飲んで喉を潤してから、続けた。

「いやぁ、それにしても、ブルーさんの中の人が君だったなんてね。イメージ通りだったな。うん。まさにぴったりだ」

 とても愉快そうな顔だ。

「俺は君にどんな風に思われてたんだ?」

 少しばかり興味を引かれて。

「作家としてのブルーさんが、人を惹きつける魅力と才能を持っている事は確かだね。私も君の作品に少なからず影響を受けているわけだし」
「俺なんかが書籍化作家に影響を与えるなんて、烏滸がましいにも程があるよ」

 謙っているようだが、本心だ。
 ねーじゅさんの作品は、書籍化されていないものも含めて、全てが神作だからな。
 俺は彼女の信者と言ってもいいくらい、心酔しているんだ。

 けれど、雪代はその言葉には取り合わずに淡々と先を続けた。

「でも、緋本蒼介という一人の人間としての君は、その内面がどこか歪だ。まるで壊れたヴァイオリンの様にね。元は名器だったのに、今では罅割れて酷い音を鳴らしている」
「今度は一転して散々な言われようだ」

 としょげて肩を落とす。

「でも、その歪さが、作品に深みを持たせるのに一役も二役も買っている。だから君の作品には、あえかな月の光のような美しさがあるんだ。私は、そんな陰な部分に大きく惹かれたんだよ」
「惹かれたって言ってもらえるのは嬉しいけど、手放しでは喜べないな。俺の作風ってそんなにネガティブ?」

 心外だ。ハートフルな物語を目指して書いているのに。

「ストーリーの流れで悲しい出来事が起きる事もよくある展開ではあるけれど、大半がハッピーエンドで終わっているから、取り立ててネガティブって事はないと思うよ。けれど、行間にちらほらと、君の抱えている劣等感や内罰的な側面、ペシミズムなものの見方なんかが見え隠れするんだよね」
「そうなのか⋯⋯」

 これまでに、Web上で投稿しているどの作品のレヴューや感想でも指摘された事のない意見だが、ねーじゅさんとしての彼女が言うのであれば、的外れというわけではないだろう。

「ねぇ、どうしてそんな歪な内面を形成する事になったの?」

 さっきまでの楽しげな笑顔を崩した真剣な表情で、その黒目がちなアーモンドアイにまじろぎもせずに見つめられて、俺は思わず身を竦めた。

 俺が何も答えられずにいると、彼女はふっと息を吐いて表情を和らげ、その気持ちを察したように気遣って話題を変えてくれた。

「まぁ、話したくないならそれでもいいよ。それじゃあ、ブルーさんとねーじゅに相応しく本の話でも再開しようか。私が一番影響を受けた本の事は、以前話したと思うけど──」

 だが、その後も俺は上手く気持ちを切り替える事が出来ずに、ちゃんと繕えているだろうか──そればかりを気にして、いまいち会話に集中出来なかった。


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