降る雪は沈む蒼の心を優しく包む〜冴えない根暗な陰キャぼっちの成り上がりリア充化プロジェクト〜

朔月カイト

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第三章 林間学校

13.林間学校の始まり


 林間学校当日の朝。

 集合場所として指定されていた学校の校庭には、私服姿の荷物を背負った生徒達が、わさわさと集まっている。

 班ごとに列を作って並ぶ中で、俺は一つ大きな溜息を吐いた。

 空は、ダウナーな気分でいる俺とは裏腹に、今にもサラ·ブライトマンのクリスタルボイスが聞こえてきそうな程に明るく澄み切っている。

 ──これから苦行を始めなければいけない俺に対する皮肉かよ⋯⋯。

 軽いパラノイア気質である俺が、罪のない天候にまで謂れのない疑いを向けていると、後ろから声を掛けられた。

「憂鬱そうだね」

 声の主は、純白の美少女雪代だ。

 今日は、動きやすい格好を──との事だった為か、下にはズボンを履いているので、彼女のチャームポイントの、雪をそのまま織り込んだような真っ白いニーハイソックスを見る事は叶わない。

「⋯⋯俺にとっては、ヨガのタパスを実践するようなものだからな」

 心の底からの嫌悪を滲ませつつ返した。

「オーバーだなぁ。たかが学校行事でそこまで深刻になる事ないでしょ」

 雪代呆れたように言うが、それは持つ者故の余裕だ。

「君はいいよな。普段通り、気に入らない相手はスルーするスタイルでいればいいだけなんだから」

 と皮肉っぽい言葉を。

「君も無難に、差し障りなく、柳のように受け流せばいいだけだよ」

 対して彼女は、柔らかく諭すように。

「言うだけなら簡単なんだけどな⋯⋯」

 俺が雪代の励ましを受けながらもどんよりしていると、時間がきたようで、出発式が始まった。

 校長先生や生徒代表による長話やスローガンの発表等があった後、学年主任で今回の林間学校における責任者を務める美作先生が皆の前に立った。

「皆おはよう。これから山梨県の高原まで二泊三日の林間学校にいくことになる訳だが、これは遊びではなく、あくまで学習の一環だという事を忘れないように。慣れない高地での生活になり、朝晩は冷え込むこともあるので、体調管理には十分気をつけろよ。これまでの学校生活で培ってきた仲間との団結力を発揮し、ルールを守っていい思い出が作れるように充実した三日間を過ごして欲しい。それでは、出発する」

 その号令とともに、生徒達がバスのトランクルームに荷物を積み込み、次々とバスに乗り込んでいく。

 俺は雪代と隣同士で、窓側の座席に座ると同時に大きな欠伸をした。

「眠いの?」
「昨夜あまり眠れなかったんだ」
「ふふ、遠足前の小学生みたい」

 微笑ましげに笑いを零す。

「俺は寝るから、着いたら起こしてくれ。トイレも済ませてあるから、途中休憩を挟む事があっても起こさないでいい。レクリエーションがあっても無視」
「寝不足でミッション達成に支障をきたすといけないからね。そうするといいよ。おやすみ」

 雪代に、母親が幼子を寝かし付けるように優しく言葉を向けられ、目蓋を閉じた俺の耳に、美作先生が最終確認をする声が届いてくる。

 それを終え、彼女が運転手と言葉を交わすと、エンジン音が響きバスが出発した。

 これから二泊三日の林間学校が始まる。

 広大な宇宙へと旅立とうとしているロケットみたいに、多くの期待と共に、失敗に終わってしまわないかという不安をはらみつつ。


   §


「着いたよ」

 優しいシルキーボイスが泡雪のように溶け入ってきて、眠りの世界を揺蕩たゆたっていた俺を、穏やかな覚醒へと導いた。

「よく眠れたみたいだね。出発の時よりも顔色がスッキリしてる」

 腕時計で時間を確認すると、現在午前十時半過ぎ。出発から二時間半程度かかったらしい。

 バスから降りると、今回の林間学校の舞台となる金代山荘キャンプ場の見晴らしのいい雄大な景色が目を楽しませてくれた。

 この高原リゾート地は標高約千百メートルにある涼やかな高地だ。
 高原を悪戯好きな妖精のように吹き抜ける風が心地いい。
 遠くで、湖面に立つさざなみみたいに連なる山々の稜線が、希望や自由の象徴である青い空との境界を隔てている。

 そんな情景に心を奪われつつ、山荘前の広場で、出発前と同じように生徒達が整然と列を作って並んでの開校式が行われた。

 開校式では、実行委員長やキャンプ場の管理者の方から、注意事項の説明や歓迎の言葉が送られたりした。

 そして、式後は、それぞれが宿泊するロッジに一旦荷物を置きにいった。

 ここには十人用のロッジを中心に最大二百人が宿泊出来る施設が設けられていて、生徒達は、行動班とは別で、男子と女子とに分かれて、五~十人ずつで各部屋を使う事になる。
 トイレ、シャワー付きであるため、ロッジ内での生活は比較的快適だろう。

 荷物を置いた後は、最初のイベントである飯盒炊飯とカレー作りだ。
 かまどを使って自分達で火を起こし、調理しなければいけない。

「それじゃあ、まずは役割分担しよう。この中で料理が得意ってやつはいるか?」

 班のリーダーである来栖が、調理場の前に集まったメンバー達を見渡しながら尋ねた。
 点呼以外でのリーダーとしてのまともな初仕事とあって、張り切っているな。

 他のメンバー達が顔を見合わせる中、端っこに立って呑気にそんな事を考えていると、不意に隣に立つ雪代に肘で脇腹を小突かれた。

 はっとさせられ、その意を汲んで、すっと手を挙げる。

「俺、料理なら頻繁に作ってるから、割と得意な方だと思うけど」

 控え目に主張すると、白鳥がぱあっと表情を輝かせた。

「そんな特技があったんだ! じゃあ、緋本君メインで進めようよ。その方が美味しいカレーが食べられそう!」
「姫が手を出すと、ダークマターが精製されるからね」

 涼葉がそう言って白鳥を弄る。もはやお約束だな。

「涼だって、人の事言える程料理出来ないでしょ!」

 ぷんすかと頬を膨らませながら言い返す白鳥。なんとも低レベルな言い争いだ。

「私も家でお母さんの手伝いでやってるからそこそこ出来るし、緋本君のサポート役に回るよ」

 雪代がそう名乗りを上げた。約束通り、ピンチの時のお助け役として動いてくれるんだろう。

「それなら、カレー作りは緋本君と怜愛に任せた方がよさそうだね。残りの僕達は、火起こし、飯盒炊飯に、後野菜を洗ったりとかかな」

 鳴宮が役割を明確にすると、真っ先に橘が手を挙げた。

「はーい。じゃあ私は飯盒炊飯やるよ。学校行事とかで何度か経験あるし」
「なら俺は火起こし担当な! アウトドアって感じで文字通り燃えるぜ!」

 朝倉が息巻いて名乗り出るも、他のメンバーの反応はかんばしくない。

「ねぇここなんか寒くない?」
「うーぶるぶる。急に極寒の地と化したみたいー」

 さっきまでしょうもないいさかいでたわむれていた涼葉と白鳥が、一転して団結。腕を抱えて身体を震わせる素振りをしながら、朝倉を遠回しに批判した。

「酷くない!? ちょっと言葉で遊んでみただけじゃん!」

 二人から冷たい視線を浴びせられた朝倉が、真顔になって弁解する。
 憐れ朝倉。骨は拾わんぞ。

「ほらお前ら、いつまでも巫山戯てないで、役割分担出来たならさっさと取りかかるぞ」
「「「はーい」」」

 来栖の言葉に皆素直に応じ、それぞれの配置について、飯盒炊飯とカレー作りが始まった。


   §


「君、ホントに包丁の扱い上手いね」
「うわぁホントだ。トントントンってリズミカルだねー。8ビートを刻んでるみたい」

 ジャガイモを小さく切っている俺の手元を見ながら、雪代が感心したように褒め、白鳥は独特の感性で表現してみせた。
 まぁ言わんとする事は分かる。料理もリズム感は大事だからな。

 二人に見守られながらジャガイモ、ニンジンと刻んでいると、かまどの方から火起こし担当の朝倉の悔しがる声が聞こえてきた。

「ちくしょー!」
「どうした大翔?」

 案じた来栖が傍に寄って何事かと尋ねた。

「火がつきはするんだけど、すぐに消えちまうんだよ」

 焦りを滲ませながら答えるのを聞き、俺は調理の手を止めて朝倉の元へいき声を掛けた。

「ちょっと代わってくれ」
「なんだよ、緋本。お前やれんのか?」
「まぁ見ててくれ」

 俺はそう返すと、かまどの前にしゃがみ込んで、火起こしのための一連の流れを解説つきで行い始めた。

「まず着火剤の左右に太めの薪を置き、次に着火剤に直接触れないように細い薪を置く。シャープの字になるように薪を並べて空気の通り道を作るのがポイントだ。そして着火剤に火をつける」

「おっ、ついた! ⋯⋯今度は消えないみたいだな!」

 朝倉は苦労していた問題がすんなり解決して嬉しそうだ。

「後は見守りながら、薪同士がくっつき過ぎないように常に空気の通り道を確保しつつ、途中で火が消えないように定期的に薪を足していけばいい」
「おう! やるじゃん、緋本! 見直したぜ!」

 喝采を送りながら、背中をバンバン叩かれた。
 痛いって! 君、バスケ部の腕力をみだりに振るうなよ!


「君、火起こしの経験もあるの?」

 調理場に戻ってきた俺に雪代が聞く。

「父さんがアウトドア好きでよく子供の頃にキャンプに連れていってもらってたんだよ。父さんが昇進して仕事が忙しくなってからはいけなくなったけどな」
「へぇ、それで。君って何気に隠れハイスペックだよね」
「緋本君すごーい! インドア派だと思ってたのに、アウトドアもイケるんじゃん! 何て言うの? 万能? オールマイティ? パーフェクトヒューマン? 分かんないけど、とにかく凄い!」

 雪代に続いて白鳥も絶賛だ。
 彼女は本心で言ってるって分かり易いから、何だか照れくさい。

 火起こしも無事に成功し、橘が担当する飯盒炊飯も中々の手際で滞りなく終わらせる事が叶い、俺達の調理も完了して、ついにカレーが出来上がった。

「うひょー、美味そー!」
「大翔、食べるのはちゃんと皆でいただきますしてからだよ」

 朝倉がフライングして手にしたスプーンでカレーを掬おうとするのを、鳴宮が止めた。

「それじゃあいただきます」
「「「いただきます」」」

 手を合わせる来栖の後に、他の班員達も続く。

「うめー! このカレー最高だな!」
「お店で食べるのより美味しく感じるよー!」
「それは自分達が作ったっていう補正が入ってるでしょ。でも確かに美味しいわね」
「レシピは普通のカレーなのにねー」
「僕は野菜を洗うくらいしか貢献出来ていないから、何だか申し訳ないね」
「美味く出来てよかったな。怜愛もよく頑張ってくれてたし」
「全部緋本君のおかげだよ?」

 それぞれ、朝倉、白鳥、涼葉、橘、鳴宮、来栖、雪代の発言だ。

 皆満足してくれたみたいでよかった。
 ただ来栖が雪代だけ褒めてるのは無駄アピールだと思うけどな。

 そうして腹がくちくなったところで、しばし一休みしてから、午後からのイベントである森林体験学習が始まった。
 これは専門家による探求学習で、各班に二名の指導者がつき俺達が活動するのを見守ってくれるそうだ。

 自然に触れながらの様々な活動は、普段ごみごみとした都会で暮らす俺達には新鮮な感動を与えてくれた。

 俺達の班では小さい網を使って小川で水生生物を探したり、水遊びに興じるなどした。

 また別の班では、見つけた葉っぱや木の実を使ってオリジナルのビンゴカードを作ったりもしていたようだ。

 いずれの班も活動の主役は生徒達であり、指導者は生徒達の後ろをついていき、安全に気を配りながら、優しく活動の後押しをしている印象だった。

 そんな森林体験学を空が茜色に染まるまで続けた後は、夕食の時間となり、山荘にある食堂で、皆で山の幸がふんだんに使われた山菜定食を食べた。


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