降る雪は沈む蒼の心を優しく包む〜冴えない根暗な陰キャぼっちの成り上がりリア充化プロジェクト〜

朔月カイト

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第三章 林間学校

15.天体観測と恋バナ、そして星々の輝きの下での出会い


 肝試しの後は、そのまま山荘前の広場での天体観測になる。

 まずは集まった生徒達の前で、専門家の方が、天体観測のやり方をレクチャーしてくれたり、星にまつわる逸話やエピソードを聞かせてくれたりした。

 その後は、数台の天体望遠鏡が広場に置かれると共に、生徒達は一人につき一つずつの双眼鏡が渡され、それらを使っての天体観測が始まった。


「どう、肝試しでは男らしいところを見せる事が出来た?」

 隣に立った雪代が、片手で持った双眼鏡で星空を眺めつつ尋ねてきた。

「相手には恵まれなかったけど、それなりに頼りにはされていたよ。熊に生贄として差し出されそうにはなったけどな」

 俺も双眼鏡を両手で持ち、夜空に浮かんでいる子供の頃に遊んだビー玉みたいな月にピントを合わせながら答えた。

「江南さんと組んだんだっけ。相変わらず彼女には振り回されてるみたいだね」
「ああ、全くだ。胃に深刻なダメージを喰らったよ」

 言いながらお腹を手で擦る。

「でも、頼られたんでしょ?」
「まぁな。彼女ああいうの大の苦手らしい」

 全く意外だった。普段はあんなにも不遜だというのに。

「む。これはラブコメの香りがしますね。ラブコメ作家である私にはピーンときたよ。もしかして、怖がって抱きつかれでもした?」

 察したように尋ねられた。

「そんな事もあったような気がするな」

 曖昧に答える。

「おー、やったじゃん。それでどうだった? うら若い少女の柔肌の感触を堪能した?」

 と揶揄うように目を細めながら。

「卑猥な言い方をするのは止めてくれ。それに彼女言う程柔らかくなかったぞ。洗濯板を押しつけられたようなもんだ」

 ふにっ、とかじゃなく、ごつっ、て感じだったからな。

「酷い言い方だね。女の子に対する配慮ってものに欠けてるよ。確かに彼女、胸は小さいけど。ぺったんこ」

 肯定するのかよ。女の子に対する配慮はどうした?

「それより君の方がどうだったか気になるんだけど。誰とペアを組んだんだ」
「その件に関しては思い出したくもありません」

 途端に、楽しげだった顔が曇る。

「そんな言い方をするって事は、嫌ってるやつとペアになったのか? まさか来栖とか?」
「⋯⋯そうだよ⋯⋯自分のくじ運の悪さを呪ったよ⋯⋯つい君を殺して私も死のうかと思ったよ⋯⋯」

 呪わしげに呟く。

「まさかそれ本気だったのか?」

 戦慄し、思わず慌ててぱっと双眼鏡から目を離して雪代の方に顔を向けた。

 それに合わせるように、雪代も俺に向き直った。その顔にはいつにない怒りの色が滲んでいる。

「それくらい嫌だったの! 肝試し中は生きた心地がしなかったね。蠱毒こどくの壺に閉じ込められたような気分だったよ」

 そいつは相当だな。虫酸が走るどころじゃない。

「君の彼に向ける嫌悪感も相当だな」
「最初の頃はただ鬱陶しいだけだったのが、彼の卑しい内面が透けて見え出してから、生理的にどうしても無理になっていったんだよ」

 と吐き捨てるように。

「雪代にとっては天敵みたいなもんだな」
「あの様子じゃあ、近い内に告白してきそうで怖いよ。その時は、緋本君と付き合ってるから無理って言って断らせてもらうからね」

 突然、とんでもない発言をし出す。

「なんで俺!? 巻き込むのは止めてくれよ。俺が来栖に睨まれる事になるじゃないか。今でさえ邪魔者扱いされてるっていうのに」

 動転しつつ、差し控えるように頼む。これ以上険悪な仲になれば、俺の穏やかな学生生活が危ぶまれる事になってしまう。

「それくらいしてくれてもいいじゃない。こっちは君のリア充化プロジェクトのために日夜奔走してるんだから」

 しかし、雪代は慮ってはくれず、自分の意見を押し通そうとする。

「それとこれとは話が別だろ?」
「君は私の事を見捨てるっていうの? 薄情だね」

 とジト目を向けると、

「だったらこっちにも考えがあるよ。緋本君が私と偽装カップルになってくれない場合、この林間学校における私のフォローは、今後一切受ける事が出来なくなります」
「うっ⋯⋯そ、それは困る」

 そんな事態になったら、俺はあの一軍グループの中で孤立してしまう。

「ふふん。どう? これでもまだ強情に断る?」

 くそう。勝ち誇りやがって。

「あぁもう、分かったよ! ただし来栖以外のやつには知られないように口止めしておいてくれよ」

 条件付きで承諾する羽目に。

「ついに陥落したね。いいよ。その条件を飲んであげる。彼にずっと付き纏われる災難に比べたら安いもんだよ」

 希望が通り嬉しげな彼女。

「俺は来栖が君に告白しない事を願ってるよ」

 そういう未来があってもいいと思うんだ。俺の心の平穏の為に。

「同意だね。私も出来れば避けたい。さて、問題は解決したし、後は綺麗な星空を眺めて楽しもうか。そう言えば君がWikiで仕入れてきた蘊蓄をまだ聞いていなかったね。相手は私になっちゃったけど、他の女子は寄ってくる様子もないし、この際だから、スキルアップのために、私をときめかせてみてよ」

 無茶な要求を突きつけられた俺は、必死に付け焼き刃の知識を絞り出しながら、その期待に応えようとした。

 ──が、それを聞いた雪代の反応は、「ふぅん。機会があれば、作品で使わせてもらうよ。機会があれば、だけどね」と芳しいものではなかった。


   §


 雪代に、もしもの時は偽装カップルになって欲しいという重荷を課されてしまった天体観測を終えた後は、シャワーと就寝を残すだけとなった。

 自分達の宿泊するロッジへと戻った俺は、じゃんけんで負けたため、シャワーの順番は最後に回される事になった。

 肝試しのペアが江南になったり、雪代に偽装カップルになってくれと強要されたりもあったし、今日の俺の運勢は最悪なようだ。

 厄日かもしれない。
 おそらく星座占いでも、俺の星座である射手座は、最下位になっている事だろう。

 そんな不運を嘆きつつ、敷かれた布団の上で横になり、シャワーの順番が回ってくるまで待つ事にした。
 この林間学校は、スマホ持ち込み禁止の為に時間を潰すための道具がなく、他にやる事もない。

 他の同部屋の男子達四人は、持参したお菓子をチップ代わりにトランプで賭け事をやっている。

 当然のように俺には声が掛からなかった。
 他人との関わりというものを極力避けている俺だが、こういう一人だけ除け者にされるという状況は、少なからず心にくるものがある。

 ──ぐすん。いいよ。俺は脳内チェスをして楽しむから。対戦相手がいないから、一人二役だけどな!

 などと子供のように拗ねながら、一人脳内チェスをしていると、後もう少しで仮想の対戦者(俺)のキングを追い詰めてチェックメイトにしようというところで、朝倉の、「あー、もう飽きたー!」大きな声が響いてきた。

 そのせいで集中力が乱れ、駒の配置が頭から飛んでしまう。
 運の悪い事に、俺は、反りが合わない彼と同部屋になってしまっていたのだ。

 ──おのれ朝倉。この恨み晴らさでおくべきか⋯⋯。

 俺が心の中で昭和な香りのする呪詛じゅそを吐いているとは知らず、朝倉は退屈そうにしていたが、突然、いい事を思い付いたという様にして、前のめりになりつつ提案した。

「なぁ、恋バナやらね? こういう時の定番っていったらやっぱ恋バナっしょ!」
「いきなりだな」
「恋バナかぁ。じゃあポーカーで最下位だったお前から好きな女子を発表な」
「えー、俺からかよー」
「いいから早く言えよ」
「そうだなぁ⋯⋯·俺はやっぱり付き合うなら白鳥さん一択だな。顔が可愛いし、スタイルだっていいだろ?」
「白鳥さんかー。まぁ学校のアイドルだしな。でも無難過ぎて意外性がない」
「好きなんだから仕方ないだろ。そう言うお前は誰なんだよ。次は三位だったお前の番だろ?」
「俺か? 俺は七海さんだな。人気じゃ白鳥さんには及ばないけど、彼女だって顔立ちやスタイルはいいし、頭もいい。それに性格も姉御肌でサバサバしてるからな。ついでにちょっとツンデレ入ってるところもポイント高い。彼女にデレられてみたい」
「なんだよ。自分だって意外性ないじゃん」
「いいんだよ。それより次行くぞ。今度はお前の番だな」
「えー、そう言われても、可愛い子が多すぎて誰にするか迷っちゃうなー」
「そういうのいらないから。さっさと言え」
「うーん⋯⋯じゃあ、橘さんにするよ」
「えっ? それは意外性があるというよりも、地雷っぽいんだけど⋯⋯」
「なんでだよ。陸上してるから身体は引き締まっててスレンダーだし、一軍グループにいるから目立たないってだけで、顔だってレベル高いだろ」
「いや、それは確かにそうなんだけど、彼女オタクっていうか、BL好きな腐女子っていうか⋯⋯」
「何だそんな事か。俺は別に気にしないぞ? 今時腐女子なんて巷には溢れてるだろ。他人に迷惑かけてる訳でもないし、そこもある意味可愛らしい個性だと思うけど」
「達観してんな⋯⋯お前がそれでいいなら、俺はもう何も言わねぇよ⋯⋯」
「じゃあ、ラストは大翔だな」
「これと言った女子はいねぇよ。俺は博愛主義者だからな。女の子は皆好きだ」
「なんだよそれー。言い出しっぺのお前がそんな逃げ方するなんて許されんのかよー」
「逃げてる訳じゃなくて、本心だからな」

 君が博愛主義者だって? 冗談は休み休み言え。じゃあ君は、台所に潜むGでさえも愛せるんだな?

 俺が心の中で朝倉に、謂れのない非難を浴びせていると、シャワーを浴び終えたらしい男子が部屋にもどってきた。

「おぉ、丁度いいところにきたな。今恋バナで盛り上がってたところなんだ。ここにいた全員が好きな女子を言ったから、次はお前の番な」
「なんだよ、そんな面白い話してたのかよ。じゃあ俺も言うから、後でお前らの好きな子も教えろよな」
「分かった分かった。で、お前の好きな子は?」
「俺は断然雪代さんだな。顔立ちはこれ以上ないくらいに整ってるし、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでる完璧なスタイル。それに加えて、他人に媚びないクールさが堪らん。あの白いニーハイを履いた足で踏んでもらって激しく罵倒されたい」
「お前の性癖歪んでんな⋯⋯」
「まぁ雪代さんって、愛想がなくてとっつき難いところを除けば、白鳥さん以上の美少女だもんな」
「でも雪代さんって、最近冴えない根暗な陰キャぼっち君と仲良さげにしてね?」
「馬鹿、お前本人がいるところで⋯⋯」
「気にすんなよ。どうせ本人も自覚してる事だろ?」
「なぁ緋本ー! お前もしかしてして怜愛と付き合ってたりすんのー?」

 いきなり話しかけてくるなよ! こっちは慣れない相手には、事前にシミュレートしておかないと上手く喋れないんだぞ!

 心の中で無遠慮な朝倉を咎めつつ、無視するのもどうかと思い、何とか一言だけ喉の奥から言葉を絞り出した。

「付き合ってない」
「ふーん。じゃあ他に好きな子とかいねーの?」

 まだ続くのかよ! こっちは限界ギリギリなんだぞ!

「いない」
「何だよつまんねぇな」

 朝倉は途端に興味を失くしたようにして、会話をそこで切った。

 ──ようやく引いてくれたか。助かった⋯⋯。


   §


 俺は閉じていた瞼をゆっくりと開いた。

 窓から差し込む薄い月明かりを頼りに、壁に掛けられた時計で時間を確認すると、既に日付けは変わり、午前一時まで後十分になっていた。

 消灯時間は午後十一時で、今日のイベントで疲れていたのか、他の男子達はすぐに寝息を立て始めたが、俺は枕が違うためか中々寝付けないでいたのだ。

 少し外の空気を吸いにいくかと、他の男子達を起こさないように、足音を立てないようにしながら、そっとロッジを出た。

 ゆく宛もなく近くを適当に散策していると、昼間の森林体験学習で水に触れながら色んな活動をした小川に辿り着いた。

 深夜の森閑とした中で、川の流れる音だけが小さく聞こえるその場には、先客がいた。

 涼葉だ。

 岸辺の地面の上に腰を下ろして、お気に入りのマグカップを誤って割ってしまった時みたいな物憂げな顔で、無数の宝石を集めてデコレーションしたような星々が輝く夜空を眺めている。

 彼女が何を思っているのかは分からないが、帰らぬ遠き日に想いを馳せているんじゃないか──。
 
 何故かそんな気がした。

 俺がそんな彼女の横顔をじっと見つめていると、不意にその視線が夜空から外され、幾分かの距離を置いて立つ俺へと向けられた。

「こんな夜更けに何してるのよ」

 特に表情を変える事もなく、憂う顔のままで涼葉が問う。

「君こそ、こんなところで何してたんだ?」

 その場から動く事なく、質問を質問で返した。これくらいの隔たりが、今の俺達には丁度いい。

「寝付けないから、涼みに来たのよ」
「俺もそんなところだ」
「バレたらしかられるわよ」
「バレなきゃ問題ない」

 そう答えると、涼葉は少しだけ微笑んだように見えたが、すぐに顔を曇らせると、どこか遠慮がちに問いを発した。

「⋯⋯ねぇ、私の事怒ってる?」

 その顔はまるで、失敗を親に咎められるのに怯えている幼子のようだ。

「怒られるような事をしたのか?」
「私、ずっと後悔しているの。あの時、蒼介の傍から離れるべきじゃなかったって」

 涼葉のその告白は、俺の心に響く事はなかった。

 ──それを今更言うのか⋯⋯?

 卑怯者──そう罵りたくなる気持ちを何とか宥めて、理解ある態度を装う。

「俺が周りを遠ざけてただけだろ」
「あんたが今でもあの時の事を悔やんでるのは知ってる。その事が消えない傷になっている事も」
「否、もうほとんど忘れかけてるよ。あの時見た情景も、感じた気持ちも。形而上けいじじょうのものは記憶から薄れやすいからな」
「口ではそう言えるでしょうけれど、心はそうじゃないでしょう?」
「本当だよ。あれからもう三年以上が経つんだ。とっくに風化した記憶だよ」

 涼葉はまだ納得していない様子だったが、彼女が何か言おうとする前に、俺は続けて問いを投げ掛けた。

「なぁ、一つ聞いても良いか?」
「⋯⋯何?」
「なんで君、青黎を選んだんだ? 君の学力なら、地元の方で、もっと偏差値の高い高校だって狙えたはずだろ?」
「それは──」

 その後に言葉が続く事はなかった。

「⋯⋯そろそろ戻るわ。明日の朝寝坊しないように、あなたも早めに戻って寝た方がいいわよ」
「ああ。そうするよ」

 さやさやと流れる川のせせらぎが、真夜中の静寂を優しく撫でている。

 一人になったその場で、俺はふと夜空を見上げ、散りばめられた星々の輝きに手を伸ばそうとした──が、途中で思い留まり、その手を引っ込めた。


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