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第四章 球技大会
20.練習試合と雪代の思い付き
今日の三、四限目の体育は、A組とB組の合同授業で、近づく球技大会に向けて、バスケとフットサルに分かれての練習試合だ。
バスケはA組との5on5形式で、実際の球技大会での試合と同じ形式の前半十分、後半十分のハーフ制で行われる事になった。
総勢八人の中からチームリーダーに選ばれた朝倉が、スターティングメンバーを指名していく。
俺は途中交代での出場だろうと予想していたが、最後の五人目で名前が挙げられた。
「余ってるやつらの中じゃ、お前が一番やれそうなんだよ」
消去法か。他は皆もやしみたいに線が細いもんな。もやし三兄弟と名付けよう。
暫くして、試合前の整列となり、相手チームと審判を挟んで向かい合い、互いに挨拶を交わした。
それぞれのコートにメンバー達が散らばり、試合開始のジャンプボールが審判の手で上方に向かって投げられる。
それをジャンプして空中でタップしたのは、敵チームのメンバーだった。
「速攻!」
その掛け声と共に、敵チームが、主にディフェンスに回っている未経験者二人ががオロオロと泡を食っている隙をついて、こちらのコートに飛び込んできた一人にロングパスを投げる。
ゴール近くでそれを受け取った彼が、難なくドリブルで二人のディフェンスを躱し、レイアップシュートを放った。
それを後ろから追い縋っていた早風がジャンプしてボールに触れたおかげで軌道がずれる。
シュートはリングに当たって枠外に跳ねた。
「くっ!」
ゴール下で陣取っていた朝倉がリバウンドを制す。
だが、一人にしつこくつかれ、中々振り切れない。
「緋本がフリーだ!」
早風が呼びかける。
それに応えて朝倉が俺へとパスを投げる。
俺はそのパスを受け取ると、ドリブルで敵陣へと切り込んでいく。
途中、一人が立ち塞がるが、上手くチェンジオブペースで相手のタイミングをずらして抜き去る。
ペイントエリア前まできたところで、またしても、ディフェンスに阻まれる。今度は二人。
だが、レッグスルーで相手を翻弄しつつ、ジャンプシュートを放つと見せかけて、ノールックで近くにフリーでいた早風にパスを送った。
「ナイス!」
パスを受け取った早風が、危なげなくジャンプシュートを決め、2点を先制した。
「ナイッシュー!」
「緋本もナイスプレーだったぞ!」
味方から声援を浴びせられる。
「やるじゃん緋本!」
朝倉にもディフェンスに戻る際に肩を叩かれた。
──試合勘もそれ程衰えちゃいない。これなら相手がバスケ部の三年でも対抗出来そうだな。
その後、途中で交代したもやし三兄弟のお粗末なプレーのせいで、大量に奪っていたリードを一気に巻き返される事になりはした。
しかし、スタメン組については、未経験者の二人も運動部所属であり、試合の中で慣れたのか動きは悪くなく、練習を重ねていけば十分通用するように成長するだろう。
§
「緋本、お前めちゃくちゃバスケ上手いな! いい意味で裏切られたぜ!」
体育の授業後、更衣室で着替えていると、朝倉が肩に手を回しながら声を掛けてきた。
──ちょ、君、ボディタッチが激し過ぎるだろ!
相変わらず馴れ馴れしいやつだ。
最近じゃ感覚が麻痺してきていたが、この距離感は近すぎる。
橘に知られでもしたら、どう妄想の中で処理されてしまうか分かったもんじゃないぞ。
「小、中でバスケ部に入ってたんだよ。それに今でもたまにストリートでやってる」
暑苦しく密着してくる朝倉を引き剥がしながら答えた。
「それでか。ちょっと齧ったって程度の動きじゃなかったからな」
ジャージの上着を脱ぎながら早風が落ち着いたバリトンで評した。
彼には高校生らしからぬ品のいい大人の魅力があるな。
将来はお洒落な喫茶店のマスターとか似合いそうだ。
彼とは気負わずに接する事が出来る。
「下手すりゃバスケ部のレギュラーよりもレベルが高いんじゃないか?」
「それ程じゃないよ。ストリートじゃ個人技ばかり磨いてきたから、その分チームプレイが疎かになってる」
「そんな事ねーと思うぜ? しっかりと味方を活かしたパス回しとかしてただろ?」
「そうだな。うちのバスケ部は去年県ベスト4入りした強豪だけど、緋本なら即スタメン入りも難しくなさそうだ」
「持ち上げないでくれよ。俺は一人でストリートやってる方が性に合ってる」
「もったいないねぇなぁ⋯⋯」
「もし気が変わったらいつでも言ってくれ。俺からキャンプテンに取り成すから」
「分かった」
誘ってくれた早風には悪いが、俺がバスケ部に入る事はないだろうな。
朝倉は知らん。
「そう言えば、そのキャプテンだけど、『インターハイ前の景気づけに優勝を目指す!』って息巻いてたよな」
「ああ。今年が最後だから、やる気で漲ってる感じだったな」
「緋本が入ってくれたおかげで一気に戦力アップしたけど、キャプテン達のチームに勝てるかって言うと、難しいか?」
「どうだろうな。緋本のおかげで俺達のチームは実質バスケ部が三人もいるのと変わりない状態だ。それに対して、確かキャプテンのチームにはキャプテンを含めてバスケ部は二人──この差がどれだけ影響するかによるだろうな」
§
「へぇ、じゃあチームメイトとも上手くやれてるんだ。成長したね、緋本君」
学校帰り。隣を歩く雪代が俺の話に合いの手を入れた。
「早風の人徳によるものが大きいけどな。彼がいない朝倉と二人の状況なんて、考えただけで背中が粟立つよ」
陽キャ特有のあの距離感で接されるのは、陰キャには厳しいんだ。
「早風君って落ち着いてるもんね。バスケ部でも朝倉君と二人で一年生ながらにベンチ入りしてるみたいだし、彼、女子人気結構高いみたいだよ」
「それ、誰情報?」
気になって尋ねた。
「萌里が楽しげに話してたよ。『あさ✕はやの薄い本はよ!』とか言って」
「萌里って誰だ? って一瞬思ったけど、後に続いた話で誰だかすぐに分かったよ⋯⋯」
腐った女子ですね。ええ、知ってます。
「あの子性格つよつよだよね。主にその独特の個性に関して」
「あれを個性の一言で括るのは語弊があるんじゃないか?」
「それより君、球技大会で優勝出来そう? 幾ら君達三人がレベルの高いプレイヤーだといっても、三年を押しのけて──っていうのは、やっぱり難易度ベリーハードだよね」
「そうだな。でも優勝くらいしないと、未だ底辺にいる俺の存在を広く知ってもらう事なんて出来ないだろうからなぁ」
「そうだねぇ⋯⋯あ、そうだ! じゃあ保険をかけておこうよ。もし優勝出来なくても緋本君の好感度と認知度を上げられるように」
名案が浮かんだとばかりに、雪代が、その黒目がちなアーモンドアイを輝かせながらパチンと指を鳴らす。
「保険? 一体どんな?」
自慢じゃないが、俺の弾かれ者っぷりは相当なものだぞ。
それは雪代もよく知っている事だろうに。
そのトレーシングペーパーみたいに薄い存在の俺が人気者になるために、これまで次々と課されるミッションをクリアしてきたっていうのに、未だその芽が出る気配はない。
それなのに、そう簡単に成果を上げられる上策があるとは思えないんだが⋯⋯。
「何、簡単な事だよ。その陰キャの象徴みたいに目を覆い隠してる鬱陶しい前髪を、思い切ってばっさり切っちゃえばいいんだよ。そう、陰キャの象徴みたいなやつをね」
大事な事のように二回繰り返された。
「この前髪は、俺を物理的にも精神的にも守ってくれる障壁なんだけど⋯⋯」
気乗りしないように渋る。
「安心しなよ。今の君はこれまでのミッションを経て素晴らしい成長を遂げたんだ。素顔を晒したところで、なんの問題もないよ」
「ホントかなぁ⋯⋯」
雪代の事は信用はしているが、信頼という面に於いてはちょっと⋯⋯彼女、時折悪戯っ子な側面が顔を出すし、それに翻弄される事も多い俺としては、その言葉を丸呑みする訳にはいかない。
「それに、今なら私の行きつけの美容院でカットモデルを募集してたから、無料で切ってもらえるよ」
俺から向けられる疑念をよそに、雪代が思いも寄らない事を宣う。
「カットモデルだって? それってルックスがいいのが前提じゃないのか?」
「大丈夫。私の推薦だって言えば通るはずだから」
「そうは言ってもな⋯⋯何だろう、不安しかない··⋯⋯」
俺はカットモデルという未知の世界を前に怖気付きながら、失われてしまう事になる前髪を思いつつ、とぼとぼとした足取りで帰宅した。
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