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第四章 球技大会
21.カットモデル体験と仁さんとのリハーサル
球技大会前日の日曜。
朝、準備をして自宅マンションを出た俺は、電車に乗って繁華街に繰り出した。
降車した駅から歩く事数分。目的の美容院の前に到着した。
清潔感と洗練された印象を与えるモノトーンを基調とし、直線的なフォルムと無駄のないシンプルさ、照明やガラスを利用して開放感を演出したモダンな外観をしている。
「ここが雪代の行きつけっていう美容院『Histoire』か⋯⋯』
その瀟洒な見た目に敷居の高さを感じ取り、思わず身が竦んだものの、今更逃げ帰る訳にもいかず、勇気を出して入口の自動ドアへと足を踏み出す。
──『その一歩は、一人の人間としては小さな一歩だが、「緋本蒼介成り上がりリア充化プロジェクト」に於いては偉大な一歩だった』
後に雪代はそう語ったとか語らなかったとか。
おっかなびっくりと入店し、その事を知らせるチャイム音に慄きつつ、受付けでカットモデルの予約を入れておいた者という事を告げる。
促された通り、広々とスペースが取られた店内の待合所で、他の利用客とともに椅子に腰を下ろして待つ。
暫くすると、奥の方から、芸能人かと見紛うような飛び切り美形の若い人物が現れた。
ブラウスにフレアスカートと身なりはレディースのものだが、身体の骨格や喉仏が出ているところを見た限り、おそらく性別は男性だろう。
「貴方が怜愛ちゃんのお友達の緋本君ね。私はここの店員の足立よ。こう見えてカミカリスマで三ツ星を受賞した事もあるくらい腕は確かだから、安心してモデルになってね」
オネェだ。美形なのにオネェだ。
創作物ではたまに登場するが、現実に対面したのはこれが初めての経験になる。
俺が驚きに唖然としていると、カリスマ美容師足立さんは、艶然と笑みながら続けた。
「ふふっ。私がこんな格好と喋り方だから驚いてるんでしょう? でも安心して、私、恋愛対象はちゃんと女性だから」
何を安心すればいいのかは定かではないが、身の危険はないという事だろうか。
「あ、今日は宜しくお願いします」
未だ挨拶さえしていなかった事に気付き、慌てて頭を下げた。
「はい、任されました。それじゃあカット台まで案内するわね」
§
お任せで頼んだ髪型は、爽やかに前髪を掻き上げたアップショートと呼ばれるものらしい。
カット後、鏡面に映る自分は、自分で言うのも何だが、割とイケてるんじゃないかと思える仕上がりだった。
伸ばしっぱなしで重たくてもさい印象だったのが、随分と垢抜けたものに変わっている。
──これは自分史における一種のパラダイムシフトだな。
これなら、冴えない根暗な陰キャぼっちという不名誉な称号を返上し、雪代以外のクラスメイトにも声を掛けられる──なんて事も十分にあり得そうだ。
「貴方かなり顔立ち整っていたのね。長い前髪のせいで気付かなかったわ。これなら学校で女の子達に騒がれちゃうかもね」
足立さんの言葉には、もちろん社交辞令も含まれているだろうが、それでもやっぱり嬉しい気持ちになり、自信を深める事が出来た。
他にも、髪型のセットの仕方を丁寧に教えてくれたり、そのためのヘアワックスの試供品をくれる等してもらった。
その後は、カットモデルとしてきていたので、写真を数枚撮る等した。
顔出しは了承したが、SNSへの掲載はNGにさせてもらった。
写真を悪用されたり、自惚れる訳じゃないが、変質者にストーキングされないとも限らないからな。
「今日はモデルになってくれてありがとう。怜愛ちゃんにも宜しく言っておいてね」
足立さんに見送られて退店した俺は、予想以上の自分の変化に気分を良くして、きた時とは裏腹に、足取り軽く帰路についた。
§
自宅マンションに戻った俺は、昼食を簡単に冷凍ピラフで済ませると、明日の球技大会に向けて最後の調整をしておくかと、マイボールを抱えて再び外出した。
自宅マンション近くの公園を訪れると、そこには先客がいた。
元プロバスケ選手の仁さんだ。
コート脇のベンチに座って缶珈琲を飲みながら、もう片方の手で、指一本でボールを回すボールスピンをしている。
額に汗が光っているのを見ると、既にひとしきり動いた後らしい。
仁さんは俺の姿を目に入れると、片手を挙げて、「よう!」と陽気な声で呼び掛けてきた。
「器用な真似してますね、仁さん」
「これでも元プロのポイントガードだからな。マルチタスクならお手の物よ」
ふふん、と得意げに鼻を鳴らす。
「缶珈琲飲みながらのボールスピンは、どちらかと言えば曲芸の類ですよ」
すかさず突っ込みを入れた。
「それでギャンブル代でも稼げたらいいんだけどねぇ。それよりお前、明日は確か学校の球技大会って言ってたよな?」
ボールスピンを止め、缶珈琲をぐいっと飲み干してから尋ねる。
「ええ、まぁ。それで調整のためにきたんです」
「じゃあ丁度いいな。よし! 蒼介、お前ちょっと例のやつやってみろよ」
「例のやつって、俺が球技大会用に密かに練習していた”あれ”ですか? あれは成功率が七割程なんです。失敗した時の事を考えると、みだりにやりたくないんですけど」
と難色を示す。
「あれはお前のずば抜けた身体能力をフルに活かした、俺にも到底無理なスーパープレイだ。球技大会で決める事が出来れば、一気に羨望の的だぜ?」
「はぁ⋯⋯分かりました。明日に向けて試しておく必要もあるでしょうからね。でもその前に身体を温めさせてください」
俺はコートに入って、ドリブルやジャンプシュート等を何回か繰り返した。
──調子は悪くなさそうだ。これならいけるか⋯⋯?
「どうだ? ウォームアップはそろそろ済んだか?」
「はい。もう十分です」
俺は仁さんからの問い掛けに頷きを返すと、反対側のゴール近くまでゆっくりとドリブルして進んだ。
そこで、踵を返して立ち止まると、一旦目蓋を閉じ、一つ大きく深呼吸する。
気持ちを落ち着かせる為にいつもやっているルーティンだ。
心が凪いだのを確かめると、再び目を開き、前方にあるゴールをカッと鋭く睨み付け、
「いきます!」
掛け声を叫ぶと共に、勢い良くドリブルを始めながらコートを全力で駆けていった。
そして──。
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