23 / 48
第四章 球技大会
21.カットモデル体験と仁さんとのリハーサル
しおりを挟む球技大会前日の日曜。
朝、準備をして自宅マンションを出た俺は、電車に乗って繁華街に繰り出した。
降車した駅から歩く事数分。目的の美容院の前に到着した。
清潔感と洗練された印象を与えるモノトーンを基調とし、直線的なフォルムと無駄のないシンプルさ、照明やガラスを利用して開放感を演出したモダンな外観をしている。
「ここが雪代の行きつけっていう美容院『Histoire』か⋯⋯』
その瀟洒な見た目に敷居の高さを感じ取り、思わず身が竦んだものの、今更逃げ帰る訳にもいかず、勇気を出して入口の自動ドアへと足を踏み出す。
──『その一歩は、一人の人間としては小さな一歩だが、「緋本蒼介成り上がりリア充化プロジェクト」に於いては偉大な一歩だった』
後に雪代はそう語ったとか語らなかったとか。
おっかなびっくりと入店し、その事を知らせるチャイム音に慄きつつ、受付けでカットモデルの予約を入れておいた者という事を告げる。
促された通り、広々とスペースが取られた店内の待合所で、他の利用客とともに椅子に腰を下ろして待つ。
暫くすると、奥の方から、芸能人かと見紛うような飛び切り美形の若い人物が現れた。
ブラウスにフレアスカートと身なりはレディースのものだが、身体の骨格や喉仏が出ているところを見た限り、おそらく性別は男性だろう。
「貴方が怜愛ちゃんのお友達の緋本君ね。私はここの店員の足立よ。こう見えてカミカリスマで三ツ星を受賞した事もあるくらい腕は確かだから、安心してモデルになってね」
オネェだ。美形なのにオネェだ。
創作物ではたまに登場するが、現実に対面したのはこれが初めての経験になる。
俺が驚きに唖然としていると、カリスマ美容師足立さんは、艶然と笑みながら続けた。
「ふふっ。私がこんな格好と喋り方だから驚いてるんでしょう? でも安心して、私、恋愛対象はちゃんと女性だから」
何を安心すればいいのかは定かではないが、身の危険はないという事だろうか。
「あ、今日は宜しくお願いします」
未だ挨拶さえしていなかった事に気付き、慌てて頭を下げた。
「はい、任されました。それじゃあカット台まで案内するわね」
§
お任せで頼んだ髪型は、爽やかに前髪を掻き上げたアップショートと呼ばれるものらしい。
カット後、鏡面に映る自分は、自分で言うのも何だが、割とイケてるんじゃないかと思える仕上がりだった。
伸ばしっぱなしで重たくてもさい印象だったのが、随分と垢抜けたものに変わっている。
──これは自分史における一種のパラダイムシフトだな。
これなら、冴えない根暗な陰キャぼっちという不名誉な称号を返上し、雪代以外のクラスメイトにも声を掛けられる──なんて事も十分にあり得そうだ。
「貴方かなり顔立ち整っていたのね。長い前髪のせいで気付かなかったわ。これなら学校で女の子達に騒がれちゃうかもね」
足立さんの言葉には、もちろん社交辞令も含まれているだろうが、それでもやっぱり嬉しい気持ちになり、自信を深める事が出来た。
他にも、髪型のセットの仕方を丁寧に教えてくれたり、そのためのヘアワックスの試供品をくれる等してもらった。
その後は、カットモデルとしてきていたので、写真を数枚撮る等した。
顔出しは了承したが、SNSへの掲載はNGにさせてもらった。
写真を悪用されたり、自惚れる訳じゃないが、変質者にストーキングされないとも限らないからな。
「今日はモデルになってくれてありがとう。怜愛ちゃんにも宜しく言っておいてね」
足立さんに見送られて退店した俺は、予想以上の自分の変化に気分を良くして、きた時とは裏腹に、足取り軽く帰路についた。
§
自宅マンションに戻った俺は、昼食を簡単に冷凍ピラフで済ませると、明日の球技大会に向けて最後の調整をしておくかと、マイボールを抱えて再び外出した。
自宅マンション近くの公園を訪れると、そこには先客がいた。
元プロバスケ選手の仁さんだ。
コート脇のベンチに座って缶珈琲を飲みながら、もう片方の手で、指一本でボールを回すボールスピンをしている。
額に汗が光っているのを見ると、既にひとしきり動いた後らしい。
仁さんは俺の姿を目に入れると、片手を挙げて、「よう!」と陽気な声で呼び掛けてきた。
「器用な真似してますね、仁さん」
「これでも元プロのポイントガードだからな。マルチタスクならお手の物よ」
ふふん、と得意げに鼻を鳴らす。
「缶珈琲飲みながらのボールスピンは、どちらかと言えば曲芸の類ですよ」
すかさず突っ込みを入れた。
「それでギャンブル代でも稼げたらいいんだけどねぇ。それよりお前、明日は確か学校の球技大会って言ってたよな?」
ボールスピンを止め、缶珈琲をぐいっと飲み干してから尋ねる。
「ええ、まぁ。それで調整のためにきたんです」
「じゃあ丁度いいな。よし! 蒼介、お前ちょっと例のやつやってみろよ」
「例のやつって、俺が球技大会用に密かに練習していた”あれ”ですか? あれは成功率が七割程なんです。失敗した時の事を考えると、みだりにやりたくないんですけど」
と難色を示す。
「あれはお前のずば抜けた身体能力をフルに活かした、俺にも到底無理なスーパープレイだ。球技大会で決める事が出来れば、一気に羨望の的だぜ?」
「はぁ⋯⋯分かりました。明日に向けて試しておく必要もあるでしょうからね。でもその前に身体を温めさせてください」
俺はコートに入って、ドリブルやジャンプシュート等を何回か繰り返した。
──調子は悪くなさそうだ。これならいけるか⋯⋯?
「どうだ? ウォームアップはそろそろ済んだか?」
「はい。もう十分です」
俺は仁さんからの問い掛けに頷きを返すと、反対側のゴール近くまでゆっくりとドリブルして進んだ。
そこで、踵を返して立ち止まると、一旦目蓋を閉じ、一つ大きく深呼吸する。
気持ちを落ち着かせる為にいつもやっているルーティンだ。
心が凪いだのを確かめると、再び目を開き、前方にあるゴールをカッと鋭く睨み付け、
「いきます!」
掛け声を叫ぶと共に、勢い良くドリブルを始めながらコートを全力で駆けていった。
そして──。
0
あなたにおすすめの小説
友達の妹が、入浴してる。
つきのはい
恋愛
「交換してみない?」
冴えない高校生の藤堂夏弥は、親友のオシャレでモテまくり同級生、鈴川洋平にバカげた話を持ちかけられる。
それは、お互い現在同居中の妹達、藤堂秋乃と鈴川美咲を交換して生活しようというものだった。
鈴川美咲は、美男子の洋平に勝るとも劣らない美少女なのだけれど、男子に嫌悪感を示し、夏弥とも形式的な会話しかしなかった。
冴えない男子と冷めがちな女子の距離感が、二人暮らしのなかで徐々に変わっていく。
そんなラブコメディです。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語
ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。
だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。
それで終わるはずだった――なのに。
ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。
さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。
そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。
由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。
一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。
そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。
罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。
ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。
そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。
これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる