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第四章 球技大会
24.絶賛のミーティングと祝勝会
球技大会があった日の夜の始め頃。
朝決めていた通り、夕食には、学校帰りに寄ったスーパーで買ってきた食材で、冷やし中華と冷奴を作って食べた。
その後、風呂に入ってバスケでかいた汗を洗い落としてから、書棚から『変調愛テロル』の文庫本を手に取った。
これで拝読するのはもう八周目になる。
静かにバックで流れているのは、読書のためのBGMを収録した作品『BOOKS,LOVE&MUSIC』──。
スタンダードなラブソングが、ギター、ピアノ、ヴァイオリン等で優しく奏でられている。
そんなインストゥルメンタル・カバー集を耳に入れながら、作中に描かれているシーンの情景を思い浮かべつつ、じっくりと味わいつつページを繰る。
そうしていると、その作者のねーじゅさん──雪代からRainのメッセージが送られてきた。
ブルー『お疲れ、雪代。球技大会の振り返りミーティングだよな?』
ねーじゅ『うん。それでなんだけど、緋本君』
ブルー『何だ? そうやって溜めを入れられると、つい身構えちゃうけど』
ねーじゅ『今回のミッションの結果について私から言う事は何もありません。最高です』
ここで、ゆるぺんくんが、『GJ!』とサムズアップしているしているスタンプ。
ブルー『おぉ、これは林間学校での評価を超える絶賛と言えるんじゃないか?』
ねーじゅ『試合後には、男女問わず声を掛けられていたみたいだし、よくこうなるまでやってきたね。長い間陰ながら見守ってきた私も感無量だよ。もう私から君にしてあげられる事は何もない。卒業おめでとう。これで長らくのご愛顧をいただきながら続けさせてもらってきた「緋本蒼介成り上がりリア充化プロジェクト」はめでたく完結の運びとなります。皆さん、作者の次回作にどうかご期待ください。ぺこり』
ブルー『完結しちゃうのかよ! これから漸くクラスの仲間入りを果たした俺の新しい物語が始まるんじゃないのか?』
ねーじゅ『いえ、次回作の続編では、マンネリ化を避けるために、舞台は同じうちの高校ですが、主人公は新キャラにすげ替えさせてもらいます』
ブルー『俺を見限るのか? 誰だよ、その新たな主人公になるやつって』
ねーじゅ『同じクラスの甘粕君だよ』
ブルー『知らん。誰だそれ?』
ねーじゅ『ほら、たまに君に対して不穏な言葉吐いてる子。「処す?」とか言って』
ブルー『よりにもよってあいつかよ! そしてあいつの名前初めて知ったわ! 甘粕のくせに言葉づかいは苦々しいってどういう事だ!』
ねーじゅ『あまり上手くはないね。座布団はあげられないよ』
ブルー『君の評価も苦いな』
ねーじゅ『緋本君、ビターな珈琲とか好きでしょ?』
ブルー『言い回しじゃねーじゅさんには敵いそうにない。省エネのために、早々に白旗を揚げさせてもらうよ。降参だ』
ねーじゅ『賢明な判断だね。それと、私もちょっと冗談が過ぎたかな。これからも物語の主人公は君だよ。最初にそう約束したからね。それを破るつもりは一切ない』
ブルー『甘粕によるダークストーリーが繰り広げられなくて安心したよ』
ねーじゅ『それにしても、今回の緋本君は本当に凄かったね。劇的なイメチェンで印象を好転させ、球技大会の決勝戦という大舞台で皆の度肝を抜くスペシャルな大技で魅了する──私も思わず我を忘れて応援に力が入っちゃったよ』
ブルー『ゲイン·ロス効果だな。マイナスの印象からプラスへ変化する程、人の心に与える影響は大きくなる』
ねーじゅ『緋本君は今ノリに乗っている、謂わば時代の寵児だからね。この流れを止める事なく、次のミッションに──って言いたいところなんだけど、一学期の主だったイベントはもう残されていないんだよね。だから、せっかくやる気になっているところ悪いけれど、次のミッションの発表については暫く待っててね。また夏休み前になったら会議で発表するからさ』
§
「皆、グラスは持った? では、球技大会での総合優勝を祝してかんぱーい!」
クラス委員長でショートポニーの眼鏡っ娘女子秋里さん(基本同級生は呼び捨てにしている俺だが、彼女には、厄介な一軍グループを抱えた一癖も二癖もある面子ばかりのうちのクラスを上手く纏めてくれている者として、敬意を払ってさん付けにしている)が音頭を取り、祝勝会が始まった。
週末土曜の昼下がり。
繁華街にあるカラオケケセラの広々としたパーティルームには、うちのクラスの総勢三十二名が集い、彼らは、彩り豊かに盛り付けられたオードブルに、我先にと競うようにしながら手を伸ばしている。
担任の美作先生も誘われたようだが、仕事が詰まっているから、君達だけで楽しんでくれとの事だったらしい。
「それじゃあトップバッターは私がいきまーす!」
そう言って名乗りを上げたのは、一つ結びのくるりんぱが特徴的な女子だった。
名前はまだ知らない。
くるりんぱ女子が選んだ曲は、YOASOBIの『アイドル』だ。
「無敵の笑顔で♪──」
フレーズごとに緩急をつけ、ミックスボイスやフリップを織り交ぜた巧みな歌唱法で、かなり歌い込んでいるのが分かる。
声質も高音域の透明感がある息っぽいもので、本人に似通っているな。
皆その軽やかな歌声に合わせて、身体を揺らしたり、膝でリズムを取ったりしている。
お調子者の朝倉なんかは、マラカスとタンバリンを持ち替えつつ騒がしく音を鳴らして合いの手を入れていて喧しい。
「しかし、緋本のあの大技には本当に驚かされたよ」
球技大会を通じて仲良くなった早風が、隣にきて話し掛けてきた。
彼とは既に友人と言ってもいい関係になれたんじゃないか?
このクラスで、雪代以外では初めてだ。
部活組のやつらは薄情だから、友人とは思っていない。
「そうだね。超高校級──否、その言葉でも不釣り合いなくらいのスーパープレイだったよ」
ちゃっかり話を聞いていたらしいナルシスト鳴宮が加わってきた。君は草食系らしく大好きなサラダだけ食ってればいいんだよ。
「蒼介は、昔から身体能力が他とはずば抜けていたからね。体力測定の時はいつも学年でトップの成績だったわ」
いつの間にか傍に寄ってきていた涼葉が、俺の過去エピソードを語る。
それは事実だ。
小、中と俺は体力測定では常に一位だった。
ただ青黎にきて行われた体力測定では、手を抜いて控え目な成績で留めておいた。
抜きん出た成績を残せば、部活に入るように強要されると考えたからだ。
俺が地元を離れて青黎にきたのは、誰にも干渉されない穏やかな生活を望んでの事だからな。
それが、何の因果か、リア充化プロジェクトなんて厄介なものに参加させられてしまっていているのが現状なんだが······。
それは置いておくとして、涼葉はどういう心変わりなんだろうか。
彼女は俺との幼馴染という関係を周りに知られないように隠しているんだとばかり思っていたが、自らそれを明かすなんてな。
「ん? 涼、君、緋本君と同じ学校だったって事かい?」
引っ掛かりを覚えたらしく、鳴宮が聞き質す。
「ええ、そうよ。幼稚園からずっと一緒。地元は今住んでいるところとは違うけどね」
「何で今まで黙っていたんだい?」
「誰にも聞かれなかったもの」
しれっとして答える涼葉。
「じゃあ、今それを明かした理由は?」
「別に蒼介が周りに注目され始めたからって訳じゃないわよ。単に今の蒼介なら私と幼馴染だって分かっても、やっかみなんかを受けずに済みそうだと思ったから。私も一応一軍グループなんて呼ばれてる中の一人だからね。自分の影響力は自覚しているわ」
ふぅん。そう言えば、林間学校のウォークラリーでのあの件があってからというもの、俺に向ける視線が柔らかくなったような気がしていたが、もう蟠りはなくなったと言う事だろうか。
そんな事を考えていると、次の歌い手として、あまり聞きたくない声で名乗り出た女子がいた。
「次、私が歌うねー」
腐女子の橘だ。
林間学校で来栖に告白したと聞いていたが、今でも以前と変わらずに一軍グループにいる。
来栖とも普通に会話しているのを見掛けるので、後腐れはないみたいだ。
それはいいとして、非常に嫌な予感がする。
彼女が自分の趣味に走った選曲をしたならば、この場が永久凍土のように凍りつき兼ねない。
しかし、俺は無力だった。
彼女を止めようにも、皆の前でそれを口にする度胸はない。
俺が為す術なく歯噛みしている内に、大型モニターにその曲のタイトルが映し出された。
一体どんな禍々しいタイトルだろうかと恐る恐る見るも、Supercellの『君の知らない物語』──。
予想をいい意味で裏切られた。
なんだ、普通にいい曲じゃないか。
オタク気質な彼女らしくアニメ主題歌でマイナーに分類はされるだろうが、聴くと、「あ、これ知ってる」となるような曲だ。
一応彼女もそこのところ弁えてはいるんだな、と見直しつつ安堵していると──。
「いつも通りのある日の事♪──」
ジャイアニズムをその身に宿しているかのような調子っ外れの酷い音痴だった。
普段から耳に心地いい歌声ばかりに慣れ切っている自分にとって、これは劇薬だ。
俺以外にも、その影響を受けてか、顔色を悪くしている者も何人かいる。
その拷問を受けているような地獄の時間に耐えきれず、俺は席を立ち、パーティルームから出た。
§
「あー、歌うのってやっぱり楽しいねー」
白鳥がぐてっと座席の背もたれに身を預けた。
開始から三時間以上が経ち、カラオケも皆で二周程して(俺は一曲も歌っていない。他にも聴き専でいるやつらが何人かいた)、そろそろお開きかというムードになっている。
「ねぇどうやったらあんな人間離れした事出来るようになるの?」
「緋本君、連絡先交換しよ」
「今度二人でお茶しない?」
などと、会の途中に、これまで話した事がない女の子達に頻繁に話し掛けられた。
もちろん社交辞令的な意味合いも多分に含まれてはいるんだろうけれど⋯⋯イメチェンとダンク効果凄い。
「君は歌わないでよかったの? 私、君の歌声を一度聴いてみたかったんだけど」
さっきまでバレーのチームメンバーと一緒だった雪代が、俺の傍にきてそんな迷惑な願望を告げた。
「嫌だよ。人前で恥を晒して死にたい気持ちになりたくはない。それにそう言う君だって、周りにすすめられても一曲も歌わなかったじゃないか」
「歌うのは嫌いじゃないんだけど、私が歌うと、その美声で男子達を虜にしちゃうからね」
と冗談めかして。彼女が言うと鼻につかないから不思議だ。
「凄い自信だな。君はセイレーンかローレライなのか?」
「ねー、二人で何話してるのー?」
興味を示した白鳥が会話に割って入ってきた。
「緋本君の歌声が聴けなくて残念だな、って」
「あー、そう言えば緋本君歌ってないよねー。何でー?」
「人前で歌うのは以下略」
「蒼介は昔から恥ずかしがり屋なのよ、姫」
俺の代わりに涼葉が答えた。
俺との関係はもうこのカラオケ中に一軍グループで共有されていたようで、下の名前で呼んでいる事を問われはしないみたいだ。
「ふーん、それってもったいなくない? 緋本君って球技大会で凄かったし、林間学校の時も料理が得意だったり、アウトドアの知識が豊富だったりして、いかにも出来る人って感じだったでしょ? 何でも人並み以上に熟すイメージだから、歌うのも上手いんじゃないかなーってね?」
白鳥が過分な評価をしてくれる。
「そうだよ。緋本君は隠れハイスペックなんだから。否、今は見た目も爽やかなイケメンに変身しちゃったから、あまり隠れてはいないね」
雪代が、自分の事のようにして得意げに相槌を打つ。
俺のフォローのために、『雪氷の美姫』の仮面を外してくれているんだろう。
「でも、緋本って性格は根暗なままだよな」
不意に会話に横槍が入れられ、瞬間、ぴしりと場が冷えて固まった。
その発言をしたのは──来栖だ。
「あ、否、それだけ見た目とのギャップがあっていい感じだな、って」
見た目はいいのに内面は暗いって悪い意味でのギャップじゃないか?
焦って言い繕ったみたいだけど、全然誤魔化せていないぞ。
まぁ来栖も俺が雪代に褒められるもんだから、気を悪くして、つい思っている事が口から出てしまったってところだろう。
嫉妬する気持ちも理解は出来る。強く責めはすまい。
「それじゃあそろそろお開きにするよー。皆スマホや財布なんかの忘れ物がないようにねー」
ぎこちない空気を払うように、ショートポニーの眼鏡っ娘秋里さんの朗らかな声が届いてきた。
だが、俺と来栖との間に生まれたしこりが消える事はなく、胃が悪い時にブラック珈琲を飲んだような後味の悪い祝勝会になってしまった。
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