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第九章 体育祭ともじの広場
59.良いことづくめな結果発表と青黎祭の祝賀会
前回の定期考査以上の手応えを感じつつ、四日間に渡る中間考査を終え、結果発表の日になった。
朝、怜愛と共に登校し、廊下の掲示板に結果を見にいく。
一位 七海涼葉 1178点/1200点
二位 雪代怜愛 1172点/1200点
三位 緋本蒼介 1158点/1200点
⋯⋯⋯⋯
俺の順位は、堂々の三位。
ある程度予想はしていたが、やはり直にその結果を目にすると、喜びが内から込み上げてくる。
高揚感に身を震わせながら、拳を握り締めていると、隣で共に順位表を見ていた怜愛がこちらに温かい眼差しを向けた。
「蒼介君、凄いね。春から始めて、この半年足らずでここまで上がってくるなんて、私も想像だにしていなかったよ」
「半分以上は君のおかげだ。おかげで、より自信が持てるようになったよ。最初の内はお遊び程度にしか考えてなかった君主導のプロジェクトだったけど、今や俺の生活にしっかり根付いて欠かせないものになってしまった」
「ふふっ。まるでこれが最終回みたいな言い方だけど、私達の戦いはこれからも続いていくよ」
「おい。それこそ打ち切り最終回みたいな言い方じゃないか」
そんな危険なフラグを立てる怜愛に、思わず突っ込みを入れる。
「決して打ち切りにはならないよ。君が私を諦めずにいる限り、ね」
前置きなく、その黒目がちなアーモンドアイの眼差しと共に向けられた意味深な言葉──。
俺は返す言葉を探そうとした。
けれど、それは、湖に誤って落としたペンダントを探すのにも似て、模糊としてその手に掴む事は出来なかった。
俺はその内側に秘めた彼女への想いを言葉にする術を、未だ見つけられてはいない。
そんな言葉を失っている俺の元に、賑やかな部活組の男子達が近付いてきた。
「緋本、お前、三位って凄ぇな!」
「緋本もそうだけど、お前だって凄ぇじゃねぇか」
「聞いてくれよ。こいつ英語のテストの自己採点で95点だったんだぜ!」
「95点? それは本当に凄いな」
驚きの吉報に、一時靄がかっていた心がぱあっと晴れる。
赤点を逃れられるかどうかばかりを気にしていた時とは、比べるべくもない。
その行方を見守ってきた者として、喜ばしい限りだ。
「へへっ。何か一度いい成績取ったら、勉強が面白くなっちまってよ」
頭を掻きながら照れ臭そうにする彼。
「全部お前のおかげだ。この調子で、体育祭の騎馬戦も勝とうぜ!」
そう意気込む彼の顔は、清々しい爽やかさで満ちていて、青春の輝きを体現していた。
──ただ、名前は未だ知らない。
§
中間考査が終って(三位になった事で、クラスメイトの結構な人数から、『運動だけじゃない緋本君』と褒められ、怜愛との振り返りミーティングでも、最大級の褒め言葉をもらえた)、どこか弛緩したムードが漂っていた週の土曜日。
午後七時となった今、繁華街にある焼肉屋には、二年B組のクラスメイト達三十二人+美作先生が集っている。
青黎祭の打ち上げをするためだ。
今回は、美作先生も、仕事が一段落ついたとの事で、誘いを受けて参加している。
「はーい。それじゃあ今から、青黎祭で最優秀賞を取れた事を祝う受賞祝賀会を開きまーす。景品の食べ放題券があるから、皆遠慮なくがっついていいよー。ではいきます。かんぱーい!」
「「「かんぱーい!」」」
球技大会の祝勝会の時と同様に、クラス委員長の秋里さんが音頭を取り、会が始まった。
「うまー!」
「んー、肉汁がジューシーで良き」
「デリシャスー」
皆それぞれ、その味を堪能している。
ただ、そんな和気藹々とした中で、一人だけばつの悪そうな顔で居心地悪そうにしている者がいる。
来栖だ。
周りも気遣って、肉をすすめたりしてご機嫌を取ろうとはしてはいるが、気休め程度にもなっていないみたいだ。
先日新居が言っていた通りだな。
周りを巻き込みながら、盛大にトラジックな主人公を演じているらしい。
そんな来栖を一瞥した後は、肉を焼いて口に運ぶ事に専念していると、怜愛が江南をつれてやってきた。
件の文芸同人誌制作において、江南にイラストを担当してもらう事になった関係で、二人は繋がっている。
「江南さんが、イラストを描く上で、とりあえずストーリーの流れを知っておきたいって言うから、丁度いい機会だし君を交えて話しておこうと思ってね」
「イメージは重要ですからね。作風にボクのタッチを寄せる必要もあるでしょうし」
今日の江南は、ちょっといつもとは違う。
傍若無人振りは鳴りを潜め、イラストレーターとしての真面目な顔を覗かせている。
やれば出来るんじゃないじゃか。
常にそのモードを維持してくれれば、俺の胃にも優しいんだが。
「そう言えば、未だ詳しくは聞いてなかったな。それでどんな話にするつもりなんだ?」
「主人公は、謂れのない罪を着せられて断罪され、その後、三年前の学園入学前にタイムリープした公爵令嬢。断罪されたショックで、日本で化粧品会社の研究開発職に就くアラサーの女性だった事を思い出す。そして、タイムリープする前は、ケバい化粧と尊大な振る舞いで見向きもされない嫌われ者だった彼女だけど、前世の知識を使って化粧をナチュラルなものにし、性格も慎ましやかになった事で、周りの見方が変わってくる。それから、公爵家の財力を使い、独自の研究を進め、ついに究極の美容液を完成させて、商売で大成功収めると共に、攻略対象の男達を惚れさせるっていう逆ハーレム展開に持っていく予定。自分を断罪した復讐対象者達にも、途中できっちりざまぁするよ。タイトルは、『コスメティック悪役令嬢の華麗なる下剋上』──先にも言っていた通り、今回は、色々と読者に媚を売ろうと思ってね。プロ作家ねーじゅとしては出来ない事を盛り込んでみたつもり」
「俺はそっち方面には精通していないけれど、それでも、まぁテンプレって感じがするよな」
「だね。けれど、設定とストーリーとしてはそれ程目新しさはないとしても、気の利いた台詞回しや、情景描写の巧みさで読者を物語に引き込ませてみせるよ。そして、君の恋愛作家としての力を借りて、素晴らしい作品を仕上げて見せる」
「ボクも、作品の魅力を引き出せるように、微力ながらお力添えさせいただきます」
おいおい、なんて謙虚でいじらしいんだ。君、本当にあのド変人江南と同一人物なのか?
「けれど、ボクの画力を持ってしても、緋本氏の書いた部分だけは、読者の評価を得られるだけのものを感じ取って絵に描き出す事は難しいかもしれません。きっと駄文もいいところでしょうからね」
かと思ったら、俺の扱いはいつも通りのぞんざいさだった。謙っているのは、怜愛に対してだけだったらしい。
俺の感心を返せ。
怜愛達との会話を終えた俺は、肉はもう十分だと、一人アイス珈琲を飲んで寛いでいた。
怜愛と江南は、白鳥に誘われ連れられていってしまった。何でも、女の子だけの話があるそうだ。ガールズトークというやつだな。
「ちゃんと肉は食べたか?」
その問い掛けと共に隣に腰を下ろしたのは、美作先生だ。手にはオレンジジュースが半分程残ったグラスを持っている。
「学生の一人暮らしは、どうしても栄養を損ないがちだからな。食べられる時に腹に入れておけよ」
「先生は、酒が飲みたかったんじゃないですか?」
多分に揶揄を込めた言葉を向ける。
「人を酒浸りみたいに言うな。生徒の前で醜態を晒す訳にはいかない」
美作先生は、ムスッと顔を顰めながら言い返した。
「俺も生徒の一人ですよ?」
「君は生徒である前に可愛い甥だ。身内の前でくらい素を見せる事を許せ」
「はいはい。また鶏肉用意して待ってますから、気軽に訪ねてきてください」
「それでいい」
満足そうに頷く。
「君も随分と変わったな」
「イメチェンした効果は、自分でも感じています」
「見た目だけじゃない。内面もだ。脆くて今にも崩れ落ちそうだった以前と違い、軸が一本通っている感じだな。それも、雪代の影響か?」
ストレートに問われ、一瞬言葉に詰まった。
「⋯⋯彼女が俺にとって、欠かせないピースを担っている事は認めます」
「そうか。それなら後は、自分の気持ちと素直に向き合って選び取るだけだな。君にとっての最良を」
「⋯⋯それで誰かが失望し、傷付く事になるとしてもですか?」
はっきりと断言出来る訳じゃないが、そういう未来も無視出来ない確率で存在している気がする。
「得るものがあれば、同時に失うものもあるだろう。酷いようにも思えるが、全ては、何かしらの犠牲の上で成り立っている。等価交換だ」
そこで美作先生は、オレンジジュースの残りをぐいと飲み干すと、立ち上がった。
「まぁそう悲観的に考えようとするな。いざとなれば、私が君を支える」
その眼差しは酷く優しげで、何の衒いもなく受け止めるには、少しばかり痛みを伴った。
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