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第九章 体育祭ともじの広場
61.体育祭、大荒れの男女混合色別対抗リレー
十一月初頭の日曜日。
青黎祭に続く陽キャ達の祭典──体育祭の日がやってきた。
空は、飾らない自然体なニュートラルを一面で表現したような灰一色。
ネガティブなイメージを持つ人も多いだろうが、楚々とした女性を思わせる一歩引いた控え目さがあって、嫌いじゃない。
それに、強い日差しの中運動して汗だくになるよりは涼しげでいい。
ゴテゴテと装飾がされた入場門アーチを潜り、開会式の何やかやを終えて、早速競技が始まってから一時間半程──。
幾つかのプログラムを消化し、俺も玉入れを無難にやり遂げ、今は借り物競争が始まったところだ。
この種目には、怜愛が出場する。
暫くして、怜愛の順番が回ってきたので、応援席から彼女にガッツポーズをして見せる。
すると、それに気付いたらしく、小さく手を振り返して応えてくれた。
陽キャ達がしているように、声を張り上げたり大げさなジェスチャーを取ったりはしない。
彼らは、よく恥ずかしげもなくああいう大胆な行動が出来るものだ。俺には一生掛かっても無理だろう。
スタートラインに出場者が横一列に並び、ピストルが鳴る。
勢いよく飛び出した怜愛は、そのままトップで地面に置かれているお題の書かれている折り畳まれた紙を拾い上げた。
その内容を確認すると、どういう訳か、こちらに向かって一目散に駆けてくる。
「蒼介君! 一緒にきて!」
「え、俺?」
「そう。借り物は、君!」
よく分からないが、そういう事らしい。
俺は、戸惑いつつ、怜愛に手を取られて一緒に走り、そのままゴールを切った。
「では、お題を確認させてもらいますね」
判定員の女子生徒が、一位でゴールした怜愛から、お題の書かれた紙を受け取って読み上げる。
「白組一着のお題は⋯⋯『空みたいな人』ですね」
誰が考えたのか知らないが、何ともアバウトなお題だ。
「君は、蒼穹みたいに澄み切った青だからね」
一位の旗を持たされた怜愛が、微笑みを向けながら告げる。
彼女にとっての俺は、そういう色をしているのか。
青は、自分の名前にもペンネームにも入っている好きな色なので、悪い気はしなかった。
§
各団趣向を凝らしたダンスや歌で盛り上がりを見せた、午前の部最後のプログラム応援合戦が終わり、昼休憩に入った。
俺は、怜愛に誘われて、彼女の母親瑞希さんの作ったお弁当を一緒にいただく事になっている。
怜愛の父親慧さんは、仕事でこれないらしく、俺の父さんも同様で、妹の和咲は、受験生の為模試を受けなければいけないらしい。
親馬鹿の慧さんは、一人娘の晴れ姿を見れない事を、血涙を流さんばかりに悔しがっていたそうで、和咲も、「蒼兄さんエキスが不足しています」とRainでつらつらと愚痴を零していた。
それと、もう一つ。
ついさっき、姉──白鳥の体育祭を見にきていた彼女の弟にばったりと会い、いつかの姉をナンパしようとしたチャラ男達から守ってあげたお礼を改まって言われた。
その時は、決まりが悪い思いをしたものだが、今は素直に受け止める事が出来た。
俺が他人に作っていた壁も、だいぶ薄れてきたらしい。これも怜愛のおかげだろう。
「さあ、たーんと召し上がってくださいね、蒼介君」
「ありがとうございます。いただかせてもらいます」
瑞希さんに促され、三段重ねの重箱に詰められていた弁当の中から、アスパラの豚バラ巻きを箸で摘んで口に運ぶ。
「ん! 香ばしく焼かれた豚バラはジューシーで、アスパラはシャキッとしていますね!」
「蒼介君は、本当に美味しそうにしながら食べてくれますね。張り切って早起きして作った甲斐があります」
瑞希さんが、その若々しい美貌に朗らかな笑みを形作って見せる。
美人で仕事も出来て、かつ料理上手とは、恐れ入る。
怜愛の多才さは、母親譲りかもしれないな。
「お母さんの料理はどれも絶品だからね。蒼介君にも負けてないよ」
「あら? 同点ですか? これは怜愛ちゃんの母親として、負けてはいられませんね」
瑞希さんが戯けながら対抗心を露わにする。
「俺なんて瑞希さんに比べればまだまだですよ。教えて欲しいくらいです」
「ふふっ。では、今度家にきて、一緒に作ってみます?」
「あ、いいね、それ。蒼介君にはオムライスとかをご馳走になったから今度は家でお返しする番だよ」
「そうだな。よければ今度お邪魔させてもらおうかな」
「これは楽しみですね。義息子と一緒に料理できる日がこんなに早くくるなんて。孫の顔が早く見たいです」
ん? なんか今間違った意味合いの言葉が幾つか聞こえてきたような⋯⋯聞き間違いだろうか⋯⋯?
俺が引っ掛かりを憶えて小首を傾げていると不意に怜愛が、俺の胸に軽く拳を押し当てながら、
「蒼介君、リレーでの君の走り、しっかりこの目に焼き付けておくからね。いつまでも、決して忘れないように」
期待の色をその黒目がちなアーモンドアイに含ませながら、刻み込むように告げた。
§
昼食後に始まった午後の部も既に大詰め。
期待されていた通り俺が最後まで生き残る事が出来た騎馬戦(なんと敵軍青組大将のハチマキを奪う事も出来た。これに関しては自分を褒めてやりたい)を終え、残すところ、この体育祭の最後を飾る男女混合による色別対抗リレーだけとなった。
ここでは、組ごとに各クラスから男女一名ずつが選出されていて、各団三十人という大所帯で競い合う事になる。
一人半周で、最後の三年生のアンカーだけが一周しての競技だ。
そのため、全体を巻き込んでの大応援となる事は必至だろう。
本部席付近に設置されている得点ボードに目をやると、一位黄組165点、二位白組150点と、俺達白組は二番手に付けていた。
一位との差は十五点と少し開いてはいるものの、勝負の行方は未だ分からない。
最終種目の男女混合色別対抗リレーで勝利した組に与えられる点数は、大量三十点と、逆転が可能な点数配分になっているのだ。
クイズ番組で見られるような、最終問題でのポイント倍増ルールみたいなものだな。
そのメンバーとして選ばれている俺は、グラウンドに入り、走る順番を待つ待機列に並んだ。
『さあ、いよいよこの体育祭のメインイベント、そのフィナーレを華々しく飾る男女混合色別対抗リレーの始まりです! 彼ら、彼女らの熱い走りを刮目せよ!』
放送部の女子生徒による、少しばかり仰々しい煽り文句を受けて、観客席から声援が上がる。
「赤組頑張れー!」
「負けんなよ、白ー!」
「勝つのは俺達青組だ!」
「黄色ファイトー! 来栖君しか勝たん!」
「バスケで大活躍したあいつもいるな。名前は知らないけど、期待してるぜ!」
来栖は最近態度が悪くて人気を落としているかと思っていたが、その黄色い声援を聞く限り、まだまだ女子からの好感度は高そうだ。
俺が名前を知られていないのはデフォルトだ。応援してもらえるだけでもありがたい。
名勝負の気運が高まる中、タイミングを見計らって、その火蓋を切るスターターピストルの号砲が鳴り響いた。
各組から選出された一年生の最初の走者四人が、同時に弾かれたようにスタートする。
一位と二位を争う黄組と白組の二人が先頭で競り合いを見せたりと、応援する生徒達も沸く。
次へ、そのまた次へとバトンが繋がれていく。 両組は、抜きつ抜かれつのデッドヒートを繰り広げていた。
けれど、新居の二人前──二年A組の女子走者まできたところで、それまで走っていた一年生最後の男子走者が、バトンパスの際に、隣を走っていた走者と接触し、バトンを渡し損ねて地面に落としてしまう。
懸念していたミスが、まさかここで実際に起きるなんて。
次の女子走者が慌ててバトンを拾い上げて走り出したものの、最下位まで落ち、一位との間にはかなりの差が開いてしまった。
新居の番でだいぶ巻き返しはしたものの、まだ差は大きい。
このままでは、総合優勝には手が届かないまま終わる。
しかし、俺は怜愛に掛けられた言葉により、その胸には、静かに熱く燃える青い炎が灯っていた。
──全員抜く。
そう心で宣言して走り出し、背後にきた新居からの「はい!」という声掛けと共にバトンを受け取り、すぐにトップスピードに乗る。
ぐんぐん差を縮めていき、難なく三番手の青組男子走者を抜き去った。
──まず、一人目。
そこから赤組男子走者との差はほとんどなかったので、間を置かず一気に横を走り過ぎていく。
──二人目。
先頭を走る黄組走者は、来栖。
潜在能力をフルに引き出すべく、更にギアを限界まで上げその背に迫る。
──来栖、君で三人目──ラストターゲットだ。
風を切り、一顧だにしないようにしてその横を駆け抜けてトップの座を奪う。
「待て!」
背後で来栖の声がし、体操服のシャツを掴まれたような気がするが、構わずに振り切った。
そのまま引き離して、差を広げた状態で、次のC組の女子走者に危なげなくバトンを渡す。
その後も、最後の走者まで白組はトップの座を守り抜き、一位の栄冠に輝く事になった。
§
「──そして、映えある総合優勝は、白組の皆さんです!」
「「「うぉー!!」」」
本部からのアナウンスに、白組の皆が歓声を上げた。
順位は、続く二位が赤組、三位が青組、そして四位が黄組となった。
それまで一位だった黄組は、最後の男女混合色別対抗リレーに於いて、来栖が俺のシャツを掴んだ事で反則負けとなり、点数が一点も入らなかった。
そのため、応援合戦で一位の評価を得た青組にまで逆転されてしまったのだ。
閉会式後は、総合優勝を勝ち取った白組のメンバーで、写真を取り合うなどして喜びを分かち合った。
俺は、リレーでの最後尾からのごぼう抜きを、これでもかというくらいに称賛されて面映ゆかった。
とまれ、最高の思い出作りが出来たという事は疑いようがない。
黒歴史に新たな一頁が加えられるような事にならないでよかったよ。
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