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第十章 修学旅行
69.修学旅行一日目in大阪
きて欲しくはなかった修学旅行の日が、遂にやってきてしまった。
因縁の相手来栖と一緒の班行動。
朝倉と鳴宮の、白鳥と涼葉へのアプローチのフォローとサポート。
そして、まさかの人気急上昇により、俺に対して女子からの何らかのアプローチがあるかもしれないという可能性。
これらの苦行に耐え切らなければいけないとは、やはり現実は刺々しく、俺には寄り添ってくれようとはしない。
しかし、そうは言っても、欠席する訳にもいくまい。
俺の成長を信じて導いてくれる怜愛の事を裏切る訳にはいかないからな。
朝。
そう覚悟を決めた俺は、支度を終え、荷物を抱えて玄関から出ると、家の前で待っていた怜愛と共に、集合場所の東京駅へと向かった。
§
東京駅のホームに降り立つ。
片付けるのが苦手で玩具があちこちに散らばった子供部屋みたいに雑多な構内を歩き、集合場所の新幹線口に向かった。
途中、青黎の生徒だと思われる少年少女を何人か見掛けながら進んでいると、見慣れたオーラを放つ連中の姿が見えた。
言わずと知れた、我がクラスの一軍グループ。
他のクラスメイトも半分以上が既に集まっているみたいだ。
怜愛は白鳥に呼ばれて、嫌そうにしながらも、仕方なくといった風にして彼女達のいる方へといってしまった。
白鳥は出発前から、来栖と怜愛をくっつけるために動いているようだ。無駄な事を。
そんな事を考えつつ、俺が端っこの方で、隠密スキルを発揮してひっそりと潜んでいようとしたところ、逃さんとばかりに声を掛けられてしまった。
「ヒモっち、おはよ~」
新居だ。
今日も巻いた毛先がエアリーなゆるふわウェーブのギャル風女子。
青黎祭、体育祭と関わる事が多く、結構親しくなったと思う。
「修旅では、よろ~」
「ああ、よろしく」
それだけ伝えると、新居は固まってワイキャイしている女子グループの方へいってしまった。
特に用事があった訳ではないらしい。
彼女も結構気まぐれな性格をしているからな。別段、意味を持った行動という訳でもないんだろう。
そうしていると、またしても、新たな干渉者が。
「緋本氏。修学旅行では、ナイスな立ち振る舞いを期待していますね。ジンベイザメに果敢に挑んで、頭から食べられてしまうとか」
ド変人の江南だった。
思わずその二つに結んだおさげを引き千切ってやりたい衝動に駆られる。
「そんな身を張ったチャレンジをするつもりはない。ところで君、どの班に入ったんだ? 俺以上のぼっちなんだから、どうせ班決めの時はあぶれてたんだろ?」
彼女を好んで受け入れようとするクラスメイトは皆無だろう。
「新居氏のいる班です。ゆるふわな彼女に優しく声を掛けてもらいました。今しがた私に対して残虐な行為に及ぼうとした緋本氏とは大違いです」
何故分かった!? 君はエスパーか!?
「じゃあ、せいぜい束の間の享楽を楽しむがよいです。ばいちぇ」
その人並み外れた洞察力に戦慄を禁じ得ないでいる俺を余所に、彼女は、Vtuber波絵チェリーとしてのお決まりの締め言葉を発して離れていった。
そんなこんなしていると、やがて定刻となり、バラけていた集団が綺麗に整列させられた。
クラス単位、グループでの点呼が行われた後、新幹線のホームに立つ。
暫くして、俺達が乗る新幹線がホームに到着。クラスごとに割り当てられた車両へとのりこんでいく。
「怜愛、私達と一緒に座ろ!」
白鳥が怜愛に誘い掛ける。
彼女達は、三人と三人が向かい合わせになっている六人掛けのボックスシートに座るつもりのようだ。
「いいよ。そっち六人いるんだから、私が入ると、一人あぶれちゃう事になるでしょ」
「じゃあ、大翔を追放するよ!」
ラノベの勇者パーティーみたいな事を言い出した。
後でざまぁされる事になっても知らないぞ。
「おい! 俺の扱い! しょっぱなから酷すぎるだろ!」
朝倉が泡を食って、それに待ったを掛ける。
「彼を追い出すのは止めてあげて。私は、蒼介君と一緒に座る約束してるからさ」
怜愛はそう断りを入れると、「いこっ」と俺に促して、残念そうにしょげる白鳥を尻目に、そこから離れた車両の一番後ろの二人掛け席にいった。
怜愛の分も引き受けて、荷物を上の棚に置き、席に座る。俺が通路側、怜愛が窓側だ。
「危うく、芋男と顔を向き合わせないといけなくなるところだったよ」
苦々しい顔で怜愛が不満を述べる。
彼女には、あの一軍グループが、来栖の恋を応援している事は伝えていない。
協力しない代わりに邪魔はしないと約束したからな。そこは好きにさせておくつもりだ。どうせ結果は見えている事だし。
「でも、明日と明後日の自由行動の時は、嫌でも関わらないといけなくなるぞ」
「そうなんだよねぇ⋯⋯あ、そうだ。二人でこっそり抜け出しちゃおうか」
悪戯っ子な面が顔を出す。
「そんな事したら、完全に来栖の怒りを買ってしまう事になるじゃないか。君は大人しく耐え忍んでいてくれ」
心を鬼にして、苦言を呈した。
「むぅ。つれないね。でも、一緒に行動はしてくれるよね? ていうか、して」
可愛く唸りつつ、要求を突き付ける。強制する圧が強い。
「分かってるよ。俺だって、君がいないと困るんだから」
降参するように、掌を胸の前で掲げながら言った。
「だよね。持ちつ持たれつだよ。それで、ミッションの方は、無事にやり遂げられそう? 君、朝倉君と鳴宮君から厄介事おしつけられちゃってるでしょ? そんな重荷を背負いながらだよ? この修旅は、今までの『ひそリプ』を振り返っての総決算的なものだって言ったよね。イベントを盛り上げるための対人コミュニケーション能力と数々のスキルが求められる、中々の難関だよ」
朝倉と鳴宮から頼まれた、それぞれが白鳥と涼葉への告白を成功させるためにフォローやサポートをする事は、怜愛にも共有してある。
彼女も、そういう事ならと、それにできる限りの協力をしてあげると言ってくれた。
「一応俺の聖書でもある『俺ガイル』の修学旅行編で予習してきたけど」
「そう言えば、あの主人公、君と同じペシミストだったね」
「ねーじゅさんの『変調愛テロル』は俺にとって神作だけど、ヒロインの国立朱莉は、偏愛的ながらも極めてポジティブ。俺みたいな日陰者とは対極に位置しているからな。その点『俺ガイル』の彼は、その周りをシニカルな視点で見ながら、時に自虐を交えつつ孤独を愛して過ごそうとするライフスタイルが気に入っている」
「でも、そんなヒキタニ君も、結局はハーレムみたいな状態になるんだけどね。君と同じだよ。人気ランキング三位さん」
と揶揄うように。
「よしてくれ。俺は彼みたいに、複数から恋愛感情を向けられるなんて御免だ。身が持たない」
「じゃあ、一人に、だったらいいの?」
「それは⋯⋯」
──ピンポンパン、ピンポンパン、ピロリロラロラン♪
俺が言い淀んでいると、オルゴール調の発車メロディが鳴った。
新幹線が、俺達を乗せて、目的地の新大阪へと向けて走り出す。
その問い掛けに、今は、「そうかもな」とお茶を濁して答えておいた。
この旅行中に、俺は彼女にきちんとした形で返す言葉を見つける事が出来るのだろうか。
§
広い公園を歩くと見えてくるお濠や石垣は、かつてこの地で国盗り物語が繰り広げられていた事を思わせた。
大阪城の威容──天守閣の存在感、歴史的重み、桜や巨石、重要文化財の櫓等が織りなす景観の美しさ──。
それらを前に、思わず、はぁと感嘆の溜息が漏れる。
1583年に豊臣秀吉によって造営が開始され、二度の焼失を経て、1931年に建造された。年間百万人以上が訪れる、姫路城、熊本城と並ぶ日本三名城の一つ。
その当時の大阪城の周りの景色はどんなものだったのだろう。
とても城下町とは言い難い街並みに様変わりした今でも、大阪城は昔と変わらぬ威容を湛えて聳え立っている。
多くの困難を乗り越え、何度焼けても不屈の精神で立ち上がる彼は、その目で街の移り変わりを見てきたんだろう。
「でっけー!」
朝倉が目の前に聳える大阪城天守閣を前に、思わずというように声を大にして叫ぶ。
大阪城天守閣は、白亜の巨体が青空に映える、まさに壮麗という言葉が相応しい姿をしている。
太陽の光を浴びて輝く瓦屋根と、力強い石垣の組み合わせは、大阪のシンボルとして相応しい威厳を漂わせていた。
石垣を含めると、その高さは約五十八メートル。めちゃくちゃでかい。
その壮麗な外観は、豊臣秀吉の天下統一の夢を体現しているかのよう。
うちの高校は、修学旅行中のスマホ利用を制限していない(むしろ写真を沢山撮って思い出残せよという方針)ので、皆その天守閣をバックに友人同士で集まって写真を撮っていた。
俺は写真は撮らない。
こういう景観は、記憶に留めておけば充分だ。写真を撮る相手がいないとも言う。
俺が数少ない友人と認めている怜愛と早風は、それぞれ他のグループに誘われて一緒に写っている。
ただのぼっち。いいさ、俺は孤独と寄り添いながら生きていくから。
などと背中に哀愁を漂わせながら、入口の桜門を潜ると、目の前には蛸石と呼ばれる巨石が聳えていた。
重さは百八トンとも言われ、一説によると、運ぶ際に昆布のぬめりを利用したとされているそうだ。
天守閣内の一階には、エレベーター、インフォメーションセンターミュージアムショップがあった。
内部は、一階から七階までが資料館で、八階が展望台となっているそうだ。
一階から五階まではエレベーターで。
そこからは階段を上がり八階の展望台へ。
金であしらわれた豪華な外観のそこからは、大阪の街を一望出来た。
「我こそは、天下人ぞ!」
「あんたはいつまでも草履を懐で温めていなさい」
尊大な態度で天下人気分を味わっていた朝倉に、そのロマンを打ち消す言葉が涼葉から投げ掛けられる。
そんないつも通りの一幕があったりした。
その後立ち寄った資料館には、鎧、刀、兜等貴重な品々が展示されており、かなり見応えがあった。
昼食は、ワールドビュッフェバイキングで。
地上四十八メートルからの眺望は最高で、大阪万博会場跡地も見る事が出来た。
一階のミュージアムショップでは、お土産や大阪城グッズが販売されていて、それを買い求める生徒もいた。
だが、荷物を宅配便で自宅に送ったりする手続きが面倒そうだったので、俺は止めておいた。
和咲達家族へのお土産は、最終日に京都で買う事にしよう。
§
次なる観光スポットは、世界最大級の水族館──海遊館だ。
入口のゲートを潜ると、早速サメの歯がお出迎え。
やはり海遊館と言えばサメなので、サメをぐいぐい押してくる。
白鳥なんかは、「きゃー!」と作った悲鳴を上げながら、何かサメに食べられてる感じで写真を撮っていた。
楽しそうで何よりだが、朝倉も真似して同じようにしていたのはどうかと思った。
童心をいつまでも忘れないアピールか? 君の行動はいつも子供じみていて大人げないんだから、逆効果だと思うんだが。
入館してすぐのところには、海遊館のテーマが説明してあった。
『海遊館のテーマは、ジェームズ・ラブロックが提唱するガイア仮説が──』云々。
その説明を適当に流し読み、アクアゲートという水槽のトンネルを抜けて、八階まで直通エスカレーターを上ると、第一の展示『日本の森』が始まる。
その名の通り、日本の森を再現したスペースで、コツメカワウソやオオサンショウウオ、カマツカ、オイカワ、タカハヤ等の川魚展が示されていた。
他、特徴的な顔と身体を持つフサギンポ等のいる『アリューシャン列島』。
丁度餌やりの時間で縦横無尽に泳ぎ回っていたアシカが躍動的だった『モンタレー湾』。
木登りが得意のアカハナグマが活発に動く『パナマ湾』。
アクアリウムで多くの熱帯魚が展示されているスペースの『エクアドル熱帯雨林』。
ペンギン達が生き生きと暮らす『南極大陸』。
ショーでよく見られるカマイルカがダイナミックに泳いでいる『タスマン海』。
特に、『南極大陸』と『タスマン海』では、ペンギンとイルカ好きな怜愛が、「あの時の水族館デートを思い出すね」と言って無邪気に喜んでいた。
硝子越しにその光景を、時間が許すまで眺めていたな。
そして、いよいよメインとなる大水槽のある『太平洋』だ。
ここでは、世界最大の魚ジンベイザメが泳いでいる様を見る事が出来る。
「でっけー!」
朝倉が、その勇壮に泳ぐ姿を見て、大阪城天守閣を前にした時と同じ感想の言葉を声高に発する。
語彙力が貧困だな。そんなんじゃ、白鳥にいいところをアピール出来ないぞ。
「サメさんは攻め攻めだね。イトマキエイさんはなんか可愛い顔してるし、ヘタレ受けの素養があると見受けられる。海の中でのBLも趣があってイケるねー」
そう言えば、俺の聖書『俺ガイル』にも、最強の腐女子がいたな。
彼女と橘であれば、話が合いそう──否、逆カプ解釈違い戦争が起きるって事も⋯⋯というか、何故俺はこんな無駄な知識を持っているのか⋯⋯。
それもこれも、波絵チェリーの配信を見るようになってからだ。
彼女は俺に悪影響しか与えないな。
監視のために、不本意ながらもさくらんぼとやらの一員になってはいたが、今後はもう少し見るのを控えるとしよう。
「これがマンタってやつかー。なんか愛嬌があるなー」
俺がそんな事を考えていると、朝倉が水槽を眺めながらそんな感想を述べた。
「朝倉、これはマンタじゃなくてイトマキエイだ。口の付いている場所と幅が違うだろ? 間違った知識を持っていると、恥を掻いて白鳥にいいところをアピール出来ないぞ」
彼の事を気遣い、誤りを正す。
「何? そうなのか? サンキュー! ナイスな情報をゲットしたぜ!」
そう喜ぶ朝倉からは少し離れたところで、白鳥が、
「わーい、マンタだー!」
幼子のように、キャッキャとはしゃぐ。
君もか⋯⋯。
否、これは朝倉が正しい知識を披露して、ポイントを稼ぐ好機だろう。
いけ、朝倉! いつにない知的な一面を見せ付けてやるんだ!
「否、これはイトマキエイであってマンタじゃないんだぜ。ほら、口の付いている位置と幅が違うだろ?」
まんま俺からの受け売りの知識で訂正する朝倉。訳知り顔なのが腹立たしい。
「⋯⋯知ってたもん。大翔、最悪」
が、思惑通りにはいかず、白鳥の顰蹙を買っていた。
朝倉は、がーんと縦線が三本程走ったような顔で落ち込んでいるが、俺はそれを見て何だかすっとしてしまった。
許せ朝倉。良かれと思ったんだ。
他に印象に残ったものと言えば、『海月銀河』というクラゲが展示されている水槽だろうか。
漆黒の空間で、一筋の光によって照らされているクラゲが、まるで宇宙空間で輝く星のように漂っていて神秘的な光景だった。
オフィシャルショップでは、怜愛がペンギンのぬいぐるみを購入していた。
「よし、新たに仲間に加わる君はブルー君だ」と、水族館で俺にプレゼントされたイルカのぬいぐるみに続いて名付ける。
そのネーミングは恥ずかしいから止めてくれと頼みたかったが、彼女が余りにも楽しげだったので、憚られて見過ごす事に。
海の世界を堪能し、充実した時間を終えて退館した後は、海遊館周辺のベイエリアにあるレストランで夕食を摂り、そのまま宿泊するホテルへと向かった。
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