降る雪は沈む蒼の心を優しく包む〜冴えない根暗な陰キャぼっちの成り上がりリア充化プロジェクト〜

朔月カイト

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第十一章 欺瞞

78.来栖の罠



 週が明けて二日が経ち、水曜になった。

 今週は三者面談が行われているので、午前中で授業は終わる。
 今は、帰りのホームルームが終わったところだ。

「姫、途中まで一緒に帰ろうぜ!」

 朝倉が暑苦しく白鳥に呼び掛けた。

「ごめーん。私、涼と学校帰りに買い物しにいくから、悪いけど一人で帰ってー」
「そういう事。諦めなさい大翔」
「そ、そんな⋯⋯姫は、俺より涼を取るってのか⋯⋯?」

 愕然としてがくりと項垂れる。

「残念だったね、大翔。僕が一緒に帰って慰めてあげるよ」

 と鳴宮。

「くそっ! これじゃ告白前と状況がまるで変わってねぇ!」
「大翔達は、男子同士の方がお似合いだよ。そのままくんずほぐれつ濃厚に絡み合って。ぐ腐腐腐⋯⋯」

 彼ら一軍グループは、相変わらずのようだ。
 友達以上恋人未満という曖昧な答えだったが、特に関係性が変わったようには見えない。
 あれが彼らなりの距離の取り方なんだろう。

 その彼らの気心の知れたやり取りを耳に入れながら、ふと怜愛の方へと視線を向けると、彼女は、未だ帰る気はないらしく、手にしたスマホを眺めていた。

 ──今日もいつも通りの彼女だな⋯⋯。

 実は、先週の日曜日に、学校の裏サイトに、怜愛がカフェで大人の若い男性と楽しげにお茶をしているところをこっそりと盗撮した画像が匿名で投稿されていたのだ。
 週が明けた月曜の朝には、その噂が学校中に広まるという事態になってしまっていた。

 怜愛は、その事について尋ねられた時には、作家同士の繋がりで会っていただけであって、別に男女の関係にある訳じゃないと事情を説明してはいた。
 けれど、自分から積極的に噂を訂正して回ろうとはしなかった。

 「そんな無駄な労力を払うつもりはないよ。放っておけば、噂もその内収まるでしょ」と彼女は楽観的に構えているが、俺は少し不安だった。
 この噂が元になって、作家としての彼女の経歴にまで傷が付けられる事になってはしまわないかと。

 そんな一抹の不安を抱えながら、俺が自席で下校の準備をしていると、彼らの会話に一人だけ加わっていなかった来栖が、後ろの席から近付いてきた。
 その後ろには、顔立ちの割と整った髪型がハーフアップの女子生徒がついている。見覚えがないため、他クラスの女子だろう。

 先週の修学旅行で不穏な言葉を発して以来、彼からは、得体の知れない不気味さを感じていた。

 だが、まさか、皆が未だ残っているこのタイミングで何か仕掛けてくるつもりだろうか。

 俺がそう危ぶんでいると、来栖は、教室中に響くように、剣呑な口調で非難の言葉を浴びせてきた。

「緋本、お前、新体操部の部室を盗撮してたんだってな!」

 その衝撃的な発言を聞き、クラス中が騒然となる。

「緋本が盗撮だって?」
「何かの間違いなんじゃない?」
「分かんねーぞ。あいつも男だ。つい魔が差したって事もあり得る」
「とりあえず、続きを聞こうぜ」

 ──何を言い出すかと思えば⋯⋯言い掛かりを付けて、俺を陥れるつもりか? そんな卑劣な手段に出てくるとは⋯⋯。

 しかし、こっちはまるで身に覚えがないんだ。そっちがどういう策謀を巡らせているのかは知らないが、ここは否認させてもらおう。

「あらぬ罪をでっち上げて濡れ衣を着せようとするのは止めてくれ。それとも、証拠でもあるのか?」
「当然だ。証拠もなしに、冗談でこんな事を言うと思うか?」

 自信ありげにしながら、来栖は、隣に立つハーフアップの女子に促した。

「ほら、梨子、話してやれよ」
「うん」

 頷きを返し、話し始める。

「私が昨日、新体操の部活練習中に、女の子の日でお腹痛くなって、早退した時だったんだけどね。部室の近くまできた時に、その中から緋本君がこそこそと人目を気にしているようにして出てくるのを見掛けたの。私は怖くて、声を掛けたりは出来なかったんだけど、彼が立ち去って暫くしてから部室の中を確認したら、ロッカーの上に、盗撮用だと思える小型の隠しカメラが仕掛けられているのを見つけたんだ。そして、それを顧問の先生に伝えにいったら、先生が保管していた部室のマスターキーが、一昨日紛失していたって聞かされたの。鍵は近い内に付け換えるつもりだったらしいんだけど、その隙を突いて行われた犯行だったみたい。マスターキーは、紛失したんじゃなくて、盗まれてたって事だね」

 ハーフアップの女子(梨子という名前らしい)が長い説明を語り終えると、更にざわつきが増した。

「盗撮用の小型カメラって、犯罪じゃん」
「でも、緋本ってそういう陰湿な事するようなやつじゃないだろ。元陰キャぼっちだけど」
「あの和久井さんがそう言ってるんだぜ? 彼女がそんな嘘を吐く訳ないだろ」
「でも、見間違いって事も考えられるんじゃ⋯⋯」

 その証言で、一気に信憑性が高まる
 彼女が、例の和久井か。
 修学旅行中も、来栖とグルになって怜愛を騙したというし、見掛けによらず、悪辣な面があるようだ。

「部室に隠しカメラが設置されていた事は先生に報告してあるけど、それを緋本が行ったという事は、未だ伏せてあるそうだ。出来れば、お前に自分から罪を認めて名乗り出て欲しいらしい。優しい彼女らしい配慮だな」

 何言ってるんだ、こいつ?
 こんな大勢の前で、公然と罪に問いておきながら、配慮も何もないだろうに。

 けれど、この状況は少々厳しいものがあるな。
 勿論俺はそんなやましい事はしていないが、それを否定出来るだけの確たる証拠も持っていない。
 言葉でどれだけ反駁しようとも、和久井の証言を盾に無実の罪を着せようとしてくるだろう。

「ちょっと待つっしょ~、くるぽん。ヒモっちがそんな事する訳ないって~。それ全然エモくないし~」
「私も緋村君はやってないと思うよ。ただの勘だけどね」
「うん! 緋本君が盗撮なんて、嘘に決まってる!」

 ここで俺への助け舟が。
 ギャル風女子新居と、眼鏡っ娘クラス委員長の秋里さん、そして、天真爛漫女子白鳥が、擁護する意見を出してくれた。
 この逆風が吹く中でこちら側に付くのは勇気がいる事だろうが、それを厭う事なく。
 これは心強い味方だ。そんな三人に感謝。

「そうだよ! ホモと──もとい緋本君が好きなのは男の子なんだから、女子の着替えなんて盗撮して喜ぶ訳ないじゃん!」

 うん。橘。庇おうとしてくれたのはありがたいが、一言言わせてくれ。
 黙れ。

「俺も緋本はそんなやつじゃないって信じてるぜ!」
「緋本君は、誠実な人間だよ。そんな卑劣な真似をするはずがないね」
「ああ。緋本は嘘が付けるようなやつじゃない」

 朝倉と鳴宮、それに早風も後に続いてくれた。
 こうして見ると、ぼっちだった頃に比べて、俺にも随分友人と呼べる者達が増えたな。
 ただ、部活組は、日和見主義なところがあるため、静観して成り行きを見守っている。

「確かに。今や緋本君って人気ランキング三位のモテ男君だし、そんな犯罪行為に手を出さないでも、女の子なんて放っておいても向こうからやってくるんじゃない?」
「それに、せっかくこれまでクラスに色々と貢献してきたのに、それがバレたら、一気に皆の信頼を失うんだぜ? リスクとリターンが見合ってねぇよな」
「じゃあ、和久井さんが嘘吐いてるってのか?」
「さぁな。俺は中立の立場で意見してるだけだ」

 新居達の援護のおかげで、一旦は傾き掛けていた天秤が、また釣り合っている状態に戻る。

「あの、ちょっといいかな?」

 その時、席に座って話を聞いていた女子の一人が、手を挙げて発言を申し出た。
 彼女は、あの甘粕の告白を受け入れたという、例の一つ結びくるりんぱ女子遊佐じゃないか。

「なんだ、小春」

 来栖が促す。遊佐の下の名前は、小春というのか。

「私も梨子ちゃんと同じ新体操部なんだけど、今朝の朝練で部室に入った時に、こんな物を拾ったんだ」

 そう話しながら彼女がブレザーのポケットから取り出して見せたのは、チャームの部分が音符の形をしたキーホルダーだった。

 ──あれは、俺が和咲からもらったキーホルダーだ。一昨日学校で失くしてしまったと思っていたけど、彼女が拾ってくれていたのか。でも、なんでそんなところに?

「どこかで見た事あるなって思ってたんだけど、これって、緋本君がいつも背負ってるデイパックに付けてたやつじゃない?」

 その遊佐の発言で、新居達のおかげで持ち直していた場の空気が再び変わり、今度は俺を強く責め立てる言葉が多く囁かれるようになった。

「これ、完全にクロだろ」
「いつかやる男だと思っていました」
「緋本の高校生活終わったな」
「嘘⋯⋯緋本君が、そんな事を⋯⋯」

 来栖は、それらの完全に俺を犯人だと断定している言葉を聞いて、その言葉を肯定するように大きく頷くと、

「決定的だな。証言者が二人もいて、物的証拠も揃っている。緋本が新体操部の部室を盗撮しようとしていたというのは、疑いようがない事実だ」

 勝ち誇ったようにして、言い放った。

「緋本君、お願いだから、罪を認めて償って。そうすれば、学校側もその気持ちを汲んで、退学にまではしないでくれるかもしれないよ」

 和久井が諭すようにして説き付ける。
 よくもまぁ、恥ずかしげもなく平然と宣うものだ。
 嘘で塗り固めた人格者としての偽りの仮面──今からでも、俳優を目指したらどうだ?

「これで目が覚めただろ、怜愛。緋本は欲望に塗れた卑劣な男なんだ。君は、こいつの表向きの顔に騙されていただけなんだよ」

 来栖は、我が意を得たりとばかりに、この欺瞞によって作り上げられた状況に満足するように、ニヤけた笑みを浮かべながら、怜愛を説き伏せようとした。

 だが、それに対して、怜愛は──。

「そっくりそのままお返しするよ。欲望に塗れた卑劣な芋男君。これって、完全なマッチポンプだよね」

 その説得を意に介する事なく、逆に辛辣な言葉を来栖にぶつけた。

「え⋯⋯?」

 これで怜愛が自分に靡くとでも考えていたのか、来栖が口を開けたまま呆気に取られる。

「涼葉、お願い」

 そう怜愛に促され、それまで自分の席で黙って状況を窺っていた涼葉が、「ええ」と頷きを返して立ち上がり、俺達の傍に寄ってきた。

「なんだよ、涼。関係ないやつが出しゃばろうとするなよ」

 思い通りに事が運ばず苛つきが隠せないでいる来栖が、不快げに口を尖らせる。

 涼葉は、その言葉を無視して、ブレザーのポケットからスマホを取り出すと、それを顔の前に掲げて見せた。

「今から私が、ある録音した音声を再生するわ。皆も静かにしてよく聞いておいて。証人は多い方がいいでしょうから」

 そう告げると、涼葉は、スマホを操作して、その音声ファイルを再生させた。

『緋本のやつ、ちょっと青黎祭や体育祭でいいところ見せたからって調子に乗りやがって。怜愛も、あんなやつのどこがいいってんだ。元は冴えない根暗な陰キャぼっちだぞ? そんなカースト底辺よりも、サッカー部のレギュラーで、皆からの人望もあって顔もいい俺の方が遥かに優れてるって考えなくても分かりそうなものなのに⋯⋯』

 雑音混じりで声もくぐもっていて聞き取り難いものの、この俺への恨みつらみを吐き出しているのは、おそらく来栖だろうと分かる。

『来栖君の言う通りだよ。だけど、その苦しみももうすぐ終わる。私達の完璧な計画を実行に移せばね』

 そう言葉を返したのは、おそらく和久井。

『面白そうな話をしてるじゃない』

 そこに、ドアを開くような音がした後、三人目の声が加わった。
 この音声はさっきまでよりも明瞭に聞こえた。涼葉だ。
 多分、録音に使っているスマホをブレザーの胸ポケットにでも収めているんだろう。

『涼⋯⋯今の話、聞いてたのか?』
『七海さん⋯⋯』

 涼葉がその傍に近寄ったためか、二人の声も、さっきまでよりもはっきりと聞こえた。

『蒼介を貶めるための計画を立てているんでしょう? それなら、私もそれに一枚噛ませてもらえないかしら?』
『なんで、涼が? あいつとは幼馴染なんだろ?』
『だからこそよ。あいつは、その幼馴染の私を差し置いてあの女を選んだのよ。到底許される事じゃないわ』
『お前、あいつの事が好きだったのか?』
『以前はね。今となっては、愛情が憎しみに反転しているけれど』
『そういう事なら、彼女にも手伝ってもらおうよ。計画のために用意した隠しカメラは、モバイル通信対応で、撮影した映像をスマホに送ってデータ保存が出来るタイプのものにしておいたじゃない? だから、部室を撮影した映像を彼女に渡して、緋本君のスマホか自宅のパソコンにこっそりそのデータを移しておけば、確実な証拠になって絶対言い逃れは出来なくなるよ』
『そうか⋯⋯そうだな。涼、手伝ってくれるか?』
『任せて。三人であいつを破滅させてやりましょう』

 そこから先は、その俺を破滅に導くための計画とやらが詳細に渡って説明された。

 要約すると、和久井が新体操部の顧問を務めている先生が保管しているマスターキーを、持ち物管理が結構杜撰なところのある彼から、隙を見て盗み出す。
 次に、その和久井が、生理痛だと嘘を吐いて部活を早退し、部室に入り、来栖が偶然拾っていた俺のキーホルダー(留め具が緩みボールチェーンが外れてしまったらしい)を、部室の床に置いておく。
 そうしておいてから、顧問のところに戻り、部室に隠しカメラが設置されていたと報告する。
 後は、クラスの皆が未だ残っている帰りのホームルーム直後に、全ての犯行を俺に押し付ければ、断罪ショーの完成だ。

 事前に先生に、俺が部室から出てくるところを見たと報告しなかったのは、情けを掛ける事によって皆の共感を得て、証言を信じさせ易くしようと考えたかららしい。

 後、涼葉には、俺の自宅を訪れてもらい、隙を作ってノートパソコンに証拠となる盗撮の映像をコピーさせるつもりだったらしい。
 しかし、彼女がその計画に加わるというのは嘘でしかないので、勿論、実行には移されていない。

 それらの内容が自分達の声で語られていくに従い、来栖と和久井は、どんどん顔を青ざめさせていった。
 和久井などは、途中から立っているのも辛くなったらしく、へなへなとふらつきながら、床にへたり込んでしまった。


「皆、これで分かったでしょう? 蒼介は、盗撮なんてしちゃいないって。全部、蒼介を陥れるために、彼等が仕組んだ罠だったのよ」

 涼葉が、再生を終えたスマホをブレザーの胸ポケットに仕舞い直し、皆を見渡しながら真相を告げる。

「騙したな、涼!」

 スパイ行為を働かれた来栖が、声を荒らげて気色ばむ。

「私は自分が信じる正義をまっとうしただけよ。罪を犯したのは、紛れもなく、あんた」
「ありがとう、涼葉。おかげで助かったよ」

 怜愛は、立ち上がって涼葉に近付きながら礼を述べると、来栖の方に向き直り、

「私が、涼葉にスパイ活動をしてくれるように頼んだんだよ。私がやったんじゃボロを出さないと思ってね。何でそうしたかっていうと、芋男君が、蒼介君がデイパックにつけているキーホルダーを隠すように持って、周りの目を気にしながらロッカーに仕舞っているところを偶々目にしていたから。芋男君は蒼介君を逆恨みしているし、最近行動が怪しかった事もあって、これは何か企んでいるなと感じて念のために対策を講じておいた訳だけど、案の定だったね」
「怜愛、まさか、君が俺を嵌めたのか⋯⋯?」

 もう分かり切っているというのに、信じたくないというように来栖がその真意を問う。

「そうだよ? 芋男君が先に蒼介君を嵌めようとしたんだから、文句は言えないでしょ? 私が作家の先輩と会っているところを隠し撮りして学校の裏サイトに流したのも、芋男君だよね? 大方、その事を気に病んで私が落ち込んでいるところを狙おうとしてたんでしょう? 蒼介君に冤罪を掛けて陥れておいて、頼り甲斐のあるところを見せて私の気持ちを自分に向けさせようみたいな考えでさ。でも、そんな浅はかな計画が、思い通りにいく訳ないじゃない」
「そんな⋯⋯」

 来栖は嘆くように呟くと、その場にがっくりと膝から崩れ落ちた。

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