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第十一章 欺瞞
81.蒼介の誕生日
「瑞希さん、出来ました」
最後に器に汁ごと盛り付け、イタリアンパセリを散らして飾り、隣で調理している怜愛の母親瑞希さんに伝えた。
「はい。じゃあ、テーブルまで運んじゃってください。私の方も、じきに終わりますから」
俺はそれに、「分かりました」と答え、怜愛が待ち切れないようにしているところへと、ほかほかと湯気を上げるその料理を持っていった。
十二月二十日土曜日。
今日は、俺の誕生日であり、怜愛に招待を受けて、彼女の家でそれを祝うパーティを開いてもらっているところだ。
「わー、全部美味しそー!」
テーブルの上にずらりと敷き詰められた豪勢な料理の数々を前に、怜愛が心を躍らせたようにして手を合わせる。とても喜色を帯びた声だ。
「今日は蒼介君の誕生日という事で、いつも異常に手が込んでますからね。味の方も保証しますよ」
そう得意げに話す瑞希さんの作った料理は、ビーフストロガノフやちらし寿司を初め、その他にも、彩り豊かで食欲をそそる料理ばかり。
それらに一品加える為に俺が作ったのは、真鯛のアクアパッツァだ。
俺の誕生日を祝う会ではあるものの、以前から一緒に料理がしたいと言っていた瑞希さんの願いを、この機会に叶えようと思い、腕を振るった。
「ね、お母さん、早く食べよ。もう待ち切れないよ」
「仕方ないですね。それじゃあ、怜愛ちゃんも待ち切れない様子ですから、いただきます」
「「いただきます」」
合掌して、食材への感謝と敬意を表してから、食べ始める。
「ん! 魚介の旨味がよくスープに溶け込んでて、美味しい!」
その味に感嘆する怜愛。
「お、アクアパッツァからいったのか?」
「だって、一番美味しそうだったんだもん」
それは重畳。素材から拘って準備してきた甲斐がある。
「あら、これは私、蒼介君に負けちゃったかしら?」
瑞希さんが残念そうに眉尻を下げる。けれど、その口許には微笑みを湛えたままだ。
「そんな事ありませんよ。このビーフストロガノフも、サワークリームの爽やかな酸味が、牛肉のコクと絶妙にマッチしていて、絶品です。俺にこの複雑な味は出せません」
「嬉しい言葉ですね。だそうですよ、怜愛ちゃん?」
「勿論、お母さんの作った料理も、どれも最高だよ」
「うふふ。では、今回も引き分けですね」
そんな和やかなムードでパーティは進み、粗方料理を食べ尽くしたところで、瑞希さんが、前日に焼いて一晩冷蔵庫で寝かせておいてくれたデコレーションケーキを持ってきてくれた。
「わざわざ俺のためにこんな立派なケーキまで手作りしてもらって、ホント、なんとお礼を言ったらいいか⋯⋯」
十七歳を表す『1』と『7』の蝋燭が立てられたケーキには、チョコレートプレートに、『♡Happy Birthday♡ そうすけくん』と記されている。
これ程のものを作るには、手間暇が相当掛かっただろうに、その労力を厭わずに俺を喜ばせようとしてくれたその想いに、只々感謝するばかりだ。
「私が好きでやってる事ですから、そんなに気にする必要はありませんよ」
瑞希さんは、そう言葉を掛けると、チャッカマンで蝋燭に火を点けると、リモコンを操作してリビングの照明を落とした。
「怜愛ちゃん、いきますよ。さん、はいっ!」
という瑞希さんの合図に続けて、
「「Happy birthday to you♪ Happy birthday to you♪ Happy birthday dear 蒼介く~ん♪ Happy birthday to you♪」」
母娘による『お誕生日のうた』が、綺麗な声が重って歌われた。
「さぁ、蒼介君、ふーってして」
怜愛に促され、息を吹きかけて、蝋燭の火を消す。
「蒼介君、誕生日おめでとー!」
「おめでとうございます、蒼介君」
「ありがとうございます」
二人のストレートな気持ちが伝わってきて、少し照れ臭かった。
§
瑞希さんの手作りケーキ(お店で食べるものと遜色ない)を三人で食べた後。
怜愛が自分の部屋にきて欲しいと言うので、後片付けは任せてくださいと言う瑞希さんに礼を言ってから、二人でリビングを出て、階段を上がった。
「ここが君の部屋か」
怜愛の部屋は、八畳程の広さで、トーンがアイボリーやベージュ等の優しい色合いで統一された、ガーリーで大人っぽいインテリアだった。
壁際に置かれたベッドのボードには、水族館デートの時にプレゼントしたイルカのぬいぐるみ(怜愛はそー君と名付けていた)と、修学旅行の時に海遊館の土産屋で買ったペンギンのぬいぐるみ(こっちはブルー君だったか)が仲良く並んでいた。
「そこに座って」
促されて、可愛らしい丸テーブルの前に置かれているクッションに腰を据えた。
「蒼介くん、これ」
怜愛がローチェストの引き出しを開けて取り出した、綺麗なリボンで閉じるブックカバー──深い青色をした革製のそれが被せられた一冊の文庫本を俺の前の丸テーブルに置いた。
一枚のブックカバーと同じ色をした栞が挟まれている。
「これって──」
「誕生日プレゼントだよ。今日発売の『変調愛テロル』三巻直筆サイン入り。ブックカバーと栞は、自分が誕生日にもらったもののお返しって意味も込めて手作りだよ」
対面に座って、反応を窺うようにしながら怜愛が答えた。
「綺麗な青だな」
「でしょ? 深い海の底と澄み切った空をイメージしたんだ。君のイメージカラーだね」
「雪の模様は入ってないんだな」
「ふふっ。ねーじゅさんは思慮深いんだ。君と同じ愚は犯さないよ」
楽しげに、声に出して笑う。
「君も偶には黒歴史の一つも作って見せろよ。その方が可愛げがあるぞ?」
「じゃあ、その贈り物は、君を満たすには足りなかった?」
「否、最高の誕生日プレゼントだ。これ以上ないくらいに。本当にありがとう。一生ものだ。大事に使わせてもらうよ」
「ふふっ。どういたしまして」
俺の反応には満足したらしい。
「いやぁ、待ちに待った『変調愛テロル』の新刊がこういう形で手に入るなんてなぁ。今日は徹夜で朝まで読書コースだな」
その革製のカバーが被された本を掲げ、嬉しさに胸を躍らせる。
「ホント、君は毎回楽しそうに読んでくれてるよね」
「ねーじゅ先生の作品は神作だからな」
「ふふっ。それ、いつも言ってるよね。でも、君の今連載している『ふるリア』も、かなりフォロワーが増えて評価も高まってきているし、近々書籍化オファーとかきちゃうんじゃない?」
「あり得ないよ。確かに少なくない読者に楽しんでもらえてるみたいだけれど、書籍化の基準には全く届いていないんだから」
これは謙遜ではなく、客観的に見た冷静な評価だ。
カキヨミで書籍化されるには、星五千程度が必要だと言われている。
それに対して、俺の『ふるリア』は、星が千にも満たない。
これでは書籍化など、夢のまた夢というものだ。
「確かにそうだけど、けれど、星が千前後でも書籍化されたケースだってある訳だし、編集に気に入ってもらえたら、拾い上げてもらえるかもよ?」
「ないな。手紙を瓶に封じたメッセージボトルみたいなものだ。海に流す時は、ワクワクと偶然な出会いに期待してロマンチックな気分に浸れるけれど、それに便りが返ってくるような奇跡が起きる事は、ほぼない。大半は瓶が破損したり、封が開いてそのまま沈んでしまう。俺の小説も、そうやって数ある作品の中に埋もれていってしまうさ」
「その例え方は、私好みじゃあるけれど、意見としてはいただけないね。私なら、僅かでも可能性が残されているのなら、絶対に諦めない」
「それは君がポジティブな人間だからだよ。俺みたいなペシミズムが染み付いていてシニカルなものの見方をするようなやつは、そんな風に楽観的な希望なんて見出だせないんだ」
「なら、私が、そのメッセージボトルを拾って、返事のメッセージを送ってあげる。それがどこにあっても──例え深い海の底に沈んでいようとね。君の希望の道標になるように」
そう真剣な眼差しを向けながら、誓うように告げると、彼女は、俺の傍に膝を擦って近寄ってきた。
「前に言ったでしょう。君は、私に嫉妬を自覚させた、唯一の作家だって。君は私にとっての、たった一つの、かけがえのない、無二の存在、なんだよ?」
互いに至近距離で見つめ合う。
その黒目がちのアーモンドアイが、水面に映る満月の光──『月の道』にそうするように、祈り願う想いを宿して輝き揺れる。
対する俺は、彼女の瞳に吸い込まれるように見入るばかりで、何も反応を返せない。
すると怜愛は、ふっと息を吐くと、徐に俺の胸に頭を預けた。
「何があっても、私から離れないでね。君と私とは、常に一つだよ」
「ああ。約束するよ。ずっと君の傍にいる」
彼女の瞳の呪縛から解かれ、やっとで言葉を返せた。
子供の頃に指切りして未来への約束を交すように、どこかあどけなさを感じさせる初心さで、俺達は言葉による契りを結んだ。
──けれど同時に、一抹の不安に駆られもした。
風船が手から離れて、空に向かってどんどん上昇していくように、彼女が二度と手が届かないところにいってしまう──。
何故か、そんな気がした。
§
夜も更けた頃。
そろそろ寝ようかとしてベッドに横になっていたところ、枕元に置いていたスマホが震えた。
見ると、あの修学旅行で出会った『蒼銀の歌姫』アリスからRainのメッセージが届いていた。
ブルー『久しぶりだな、アリス。Rain使えるようになったんだな』
アリス『覚えた。エリカに、教えて、もらって。蒼介と、話すために』
ブルー『そうか。頼りになる妹さんだな』
アリス『うん。エリカは、凄い。何でも、出来る。後、可愛い』
ブルー『俺にも優秀で可愛い妹がいるんだよ。一度会わせてみたいな』
アリス『そう。きっと、気に入られる、筈。エリカは、可愛い』
ブルー『そんなに何度も強調するくらいだから、よっぽど可愛いんだろうな』
アリス『当然』
ブルー『あははっ。それでアリス、何か用件があって連絡したんじゃないのか?』
アリス『ううん。ただ、蒼介と、話したかった、だけ。蒼介は、今日、何をしてたの?』
ブルー『今日は怜愛の家にいっていたな。覚えてるか? 京都タワーの展望室で会った、とても綺麗な女の子』
アリス『うん。真っ白い、雪みたいな子』
ブルー『やっぱりアリスもそういう印象を受けたのか』
アリス『彼女の、家で、何してたの?』
ブルー『パーティを開いて祝ってもらっていたんだよ。俺、今日が誕生日だったんだ』
アリス『誕生日⋯⋯未だ、ギリギリ、日付けが、変わる前。ねぇ、ビデオ通話に、切り替えて』
ブルー『別にいいけど、何をするんだ?』
アリス『その時に、なってからの、お楽しみ』
勿体振って焦らすアリスに、やれやれと半ば呆れながら、けれど期待もしつつビデオ通話に切り替える。
すると、アリスの端正に整った顔が映し出された。
彼女は一つ咳払いをした後、澄み切っていて透明感のある、けれど少しハスキーな声で、聞いた事のある歌詞を歌い始めた。
アリス『I heard you're feeling nothing’s going right♪』
ケイティ・ペリーの『Birthday』だ。
俺は暫くの間、そのアカペラで歌われる声に聴き入っていた。
数分後、そのポップでキュートな曲を、少しバラード調にアレンジして伸びやかにしっとりと歌い上げたアリスは、
アリス『私が、貴方の為だけに、特別に歌った、バースデーソング。どうだった?』
ブルー『歌姫と呼ばれる君の歌声を独り占め出来るなんて、俺には勿体ないくらいだよ』
アリス『そう。また、機会が、あれば、聴かせてあげる』
怜愛が、俺の前からいなくなってしまうかもしれない──。
そんな、胸の奥に生まれていた漠然とした根拠のない不安が、アリスの美しく朗らかな歌声のおかげで、その時ばかりは忘れられたような気がした。
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