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第十一章 欺瞞
83.反撃の狼煙
二時間程掛けてある一連の計画を立てた俺は、その遂行のための重要な役割を果たしてもらう事になる協力者──アリスへと再び連絡を取った。
アリス『さっきぶり、蒼介。何か、進展は、あった?』
ブルー『ああ。アリス、君に頼みたい事がある』
そこで俺は、件の人物最果が、『蒼銀の歌姫』アリスの事を崇拝していると、自分のSNS上のプロフィールなどで明かしている事を告げた。
ブルー『それなら、動画の、管理を、任せてる、エリカが、何か、知ってるかも。ちょっと、待っていて』
アリスはそう断りを入れると、その場を離れていったようだった。
暫くそのまま待っていると、ビデオ通話の通知が送られてきた。
応答のボタンを押し、その誘いに応じる。
すると画面に、アリスと、黒髪をツーサイドアップに結んだ女の子の上半身が映し出された。
年の頃は十四、五歳くらいだろう。アリスと顔立ちがよく似ている。
アリス『紹介する。妹の、エリカ。可愛いでしょ?』
エリカ『貴方がアリスお姉ちゃんがよく話してる緋本さんっすか。アリスお姉ちゃんがいつもお世話になってるっす』
なんと、アリスが事あるごとにその可愛さを強調していた彼女の妹は、『っす』口調のアニメやラノベに登場するキャラのような女の子だった。
その口調も相俟って、余り表情を変えないアリスと違い、どことなくコミカルな愛嬌を感じさせる。
ブルー『君がエリカちゃんか。アリスから話は聞いているよ。とても多才で、アリスの歌姫としての活動の支えになっているとか』
エリカ『いえ、それ程でもないっすよ~。アリスお姉ちゃんの歌姫としてのカリスマ性に比べたら、私のスキルなんて取るに足りないものっす』
アリス『エリカは、天才。後、可愛い。異論は、認めない』
ブルー『姉妹仲がよさそうで何よりだ。それで、わざわざ俺にエリカちゃんを紹介したって事は、彼女が何か重要な情報を持っているって事か?』
アリス『そう。エリカ。話して、あげて』
エリカ『っす。緋本さんが言っているその最果って人ですけど、承認欲求の塊みたいっす。Aliceの動画にも、自分の作品をぜひ読んで欲しいみたいなコメントを書いてて、こっちも扱いに困ってたところなんっすよ」
ブルー『崇拝するAliceに、自分の作品を読んでもらい、あわよくば宣伝してもらおう──なんて下心ありきでそうしたのかもしれないな』
エリカ『っすね』
ブルー『じゃあ、そこで君に頼みがあるんだけど、その最果と、どうにかして、直接会って話をする機会を作る事って出来ないかな?』
エリカ『それなら、その最果は、Alice名義でアカウントを取ってるTwisterのフォロワーですから、それを使って、貴方の書いた作品に感銘を受けたから、ぜひ直接会ってみたいとか適当な内容のDMを送れば、承認欲求が満たされ、かつ繋がりを持とうとして食いついてくるはずっす」
ブルー『なるほど。それはいいアイデアだな』
アリス『流石エリカ。天才。さすえり』
ブルー『それじゃあ、そういう事で、最果に直接会う約束を取り付けてもらってもいいか?』
エリカ『っす。お任せくださいっす。最果を上手く言葉で煽てて、快く応じさせてみせるっす』
アリス『蒼介、最果に、会う時は、私も同行する』
ブルー『アリスが? でもその約束は嘘で、本当の目的は、盗撮が最果の犯行である事を明るみにさせる事だから、無理に付き添わなくてもいいんだぞ?』
エリカ『いえ、緋本さん。私もアリスお姉ちゃんの意見に賛成っす。Alice本人がいた方が、相手も気を許し易いと思うっすよ』
ブルー『確かにそうかもな⋯⋯よし。それならアリス、頼んでもいいか?』
アリス『任せて。一緒に、怜愛の、無実を、証明しよう』
ブルー『おう!』
エリカちゃんの行動は早く、その日の内に最果と直接会う約束を取り付けてくれた。
期日は、出来るだけ早い方がいいと俺が頼んでいたため、翌二十六日だ。
§
「最果ってどんな人なんだろうな? もし強面の厳つい男性とかだったら、どうしよう?」
俺は、押し寄せる不安に苛まれながら、この期に及んで弱音を吐いた。
「落ち着いて。多分、女の人だと、思うから」
隣に座るアリスが、そう宥めるように声を掛ける。
昼下がりの今、ここは例の如く、いつも怜愛と一緒に訪れていた、俺の住む自宅マンションの最寄り駅近くにあるエリーズ喫茶の店内。
俺はエリカちゃんに、この場所を最果との待ち合わせ場所に指定してもらった。
いつものように店内には穏やかなジャズナンバーが流れているが、今の俺の心を落ち着かせるまでには至らない。
「そう思う根拠は?」
「勘」
「勘か⋯⋯」
二人で、注文した珈琲を飲みつつそんな会話をしていると、
「Aliceさん!」
店中に響き渡るような甲高い女性の声がした。
そちらに顔を向けると、二十代半ば程の大人の女性が、瞳を爛々と輝かせながら通路側に座るアリスの元へと寄り、その手を握った。
「会えて光栄です! 嗚呼、動画で見るよりも、更に美しい⋯⋯」
半ば恍惚としたようにして、歓喜に震えている。
卑劣な手段で怜愛を貶めようとする悪人として抱いていたイメージとは少し違うが、情緒が些か不安定に見えるところは、精神に異常をきたしている犯罪者のようでもある。
「私も、貴女に、会えて、嬉しい」
アリスが淡々として答えた。
「はい! ありがたいお言葉です! それで、そちらの男性は?」
「私の、動画配信の、管理者で、色々と、活動の、サポートを、してくれている人。私の、従兄弟」
これは、より自分を受け入れてもらい易くし、かつ疑いを抱かせないためにそう嘘の紹介をするように、事前にアリスと打ち合わせていた事だ。
「どうも、相川です」
ぺこりと会釈しつつ、念の為に考えておいた偽名で名乗る。
この事もアリスと共有してあり、彼女にもそう呼ぶように言ってある。
「そうですか。よろしくお願いしますね」
「とりあえず、座って」
「あ、はい。じゃあ、失礼して」
彼女は、呼び鈴を鳴らしウェイトレスを呼ぶと、ブルーマウンテンを頼んで、一呼吸置いてから、
「何から話せばいいのか⋯⋯色々と考えてはきたんですけど、アリスさんとこうして直に向かい合ってみると、上手く言葉が出てきません」
「私は、貴女の事を、もっとよく知りたい」
「そ、そうですか? 分かりました。でしたら、先ずは自己紹介から始めさせてもらいますね。私は、Web上では、最果と名乗っていますけど、本名は仁科綾音と言います。二十七歳で、仕事はセキュリティ会社で事務職に就いています」
「何ていう、会社名なの?」
「アイアス警備保障というホームセキュリティを専門に扱う会社です」
「知ってる。そんな大手に、務めてるなんて、凄い。仕事の出来る、立派な大人の女性」
「そんな⋯⋯『蒼銀の歌姫《ディーヴァ》』なんて呼ばれているAliceさんに比べたら、私なんか⋯⋯」
Aliceに煽てられて、言葉では否定するものの、満更でもない様子の最果──仁科。
「貴女が、『カキヨミ』に、投稿していた作品──未だ、今、連載中のものしか、読んでいないけれど、凄く面白くて、胸を打たれた。どんな風にして、あんな、性別誤認トリックなんていう、風変わりなアイデアを、思い付いたの?」
アリスには、その連載中の作品を、昨日と今日の午前中を使って、最新話まで読破してもらっていた。
苦労を強いるようだが、最果との会話において、齟齬をきたしてしまわないようにする為には止むを得ない。
「あれは⋯⋯確か、お風呂に入ってゆっくりリラックスしている時でした。そうしている時が、一番いいアイデアが浮かぶんです」
少しばかり言い淀んだものの、即興で捻り出したのか、そんな当たり障りのない答えを返す。
決定的なボロは、そう簡単に出してはくれないか。
その後も仁科は、アリスから投げ掛けられる問いに無難な答えを返すばかりで、その会話からは、証拠となるような情報は得られなかった。
俺はそれを黙って聞いていたが、落胆していた訳じゃない。
必要な情報の半分以上は得る事が出来た。
後は──。
「じゃあ、貴女の作品を、もっと多くの人達に、知ってもらうために、私が、特別に、その作品に添える為の曲を、作って、歌ってあげる」
「え!? 本当ですか!?」
願ってもない申し出に、驚喜する仁科。
「うん。そのデータを収めたディスクを、送りたいから、連絡先と、住所を教えて」
仁科はその言葉に喜んで頷き、持参してきていたトートバッグから革製の手帳を取り出した。
その頁を破って、連絡先と自宅マンションの住所を記し、アリスに渡す。
──これでピースは全て揃った。後は、それを実行に移すだけだ。
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